唐松山林道

門川町は漁師の町ではあるが、実は町のほとんどは山地。狭い平野の裏にそそり立つのが唐松山。428m。
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P8295440 posted by (C)オトジマ

牧山から見ると、壁のようにそびえているのがよくわかる。
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P3271678 posted by (C)オトジマ

近所の山好きの方から、唐松山には車でも楽に登れますよ、と聞いたので行ってみる。実は30年近く前に家族でドライブに行った写真が残っている。どうやって行ったのか全く記憶にない。写真の位置関係を見ると、これは山頂ではなく、展望所近辺のようだ。昔は樹木が茂ってなくて展望が効いていたはずである。
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唐松山2 posted by (C)オトジマ

中村集落から林道本山線というのが分岐している。地図を見ると林道は山頂直下まで伸びている。現在広域農道は中村付近で工事中で、林道は途中で工事中の広域農道と交差する。

順番が逆でわかりづらいが、これは途中の展望所から麓の工事中の広域農道までの復路。舗装区間で軽トラやバイクにはちょうどいいが、普通車だとやや苦しいか。上等の車はやめておいたほうが無難。SJ4000をバイクのハンドルに固定して撮影。


ここが舗装路の終点。左手に展望所がある。直進すると唐松山。
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IMG_20160829_122518 posted by (C)オトジマ

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IMG_20160829_122554 posted by (C)オトジマ

門川を見下ろす。SJ4000で撮影
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2016_0829_112446_001 posted by (C)オトジマ

乙島、細島方面
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2016_0829_112521_004 posted by (C)オトジマ

庵川方面
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2016_0829_112532_005 posted by (C)オトジマ

展望所から先は舗装がなくなり、路面はひどく荒れている。直進すると津々良方面、左に上がると唐松山山頂方面。まったく案内表示はないのでスマホのGPS地図は必須。
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IMG_20160829_122416 posted by (C)オトジマ

最近車が走った形跡は見られない。落石、朽木、落ち葉だらけ。とにかくひどい路面なのでモトクロッサーや四駆の軽トラならともかく、原付で行くには蛮勇が必要。その蛮勇を振るって行けるところまで行ってみる。
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IMG_20160829_120525 posted by (C)オトジマ

これも順番が逆で復路。林道終点からしばらく下る。ほとんどこんな道と思っていい。うっかりスリップすると崖下に転落する。


ここで林道の終点。周囲は立木で展望はきかない。木の間に間に門川市街地や海は見えなくはないが写真は撮れない。
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IMG_20160829_120454 posted by (C)オトジマ

地図で見るとここからほど遠からぬところに山頂があるが、半ズボン、半そで、ゾウリといういでたちでこの先ヤブ漕ぎするのは無理そうなのでここであきらめる。登山者が来てる風にはとても見えない。近所の山好きの方は途中の展望所までのことを言っているはず。展望所までは道半ばであって、そこから先が大変なのである。
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IMG_20160829_120511 posted by (C)オトジマ

バイクの距離計で距離をはかると麓の広域農道から中村を経て本山林道経由唐松山までおよそ8kmある。
唐松山
唐松山 posted by (C)オトジマ

SJ4000 ウェアラブルカメラを試す

夏休みに孫と海や川に行って撮影するとカメラにせよスマホにせよ水没が気になる。去年は水没でスマホを1個パーにしている。それに水中の様子を撮りたい。水中カメラが欲しくなる。数年前にも欲しくて調べたことがあったが数万円はする。夏だけの季節物にその出費はばからしいなぁ、と買わなかったが、今アマゾンで調べると中華製の激安カメラが無数にある。

Gopro ゴープロはカメラでは珍しいアメリカのメーカー。この分野のパイオニア。
gopro s

身に着けるウェアラブルカメラではGoProが有名だが5万円はする。GoProを検索すると関連でSJCAMというのが出てくる。外見はそっくりで価格は6000円ちょっと。レビューを見るとGoProに劣らない、なんていう評価もけっこうある。レビューの動画を見てもGoProに全然遜色ないような気がする。

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P8285439 posted by (C)オトジマ

これはもちろんGoProを模倣した中華製であるがこれが大ヒットして今ではSJCAMのバチモンがたくさん出てるとか。買うときにはGoProのバチモンであるSJCAMのさらなる非正規品に注意せよ、とある。とにかく安いからダメモトで正規品とおぼしきSJCAM SJ4000を買ってみた。

開封するとめちゃめちゃ付属品がある。車やバイクやヘルメット固定用のアタッチメントである。説明書があるが中華製のAV機器に共通でほとんど役にたたない。仮に英語や中国語に堪能でも全く役たたず。ネットで検索すると親切な人が懇切丁寧に説明してくれているのでそちらを見るべし。
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P8285434 posted by (C)オトジマ

本体はとても小さい。ほとんどマッチ箱くらいと言っていい。オモチャじゃないか?と思いたくなる。
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P8285435 posted by (C)オトジマ

水中撮影用のハウジングに入れる。別に水中でなくとも常にこの状態でもかまわない。
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P8285436 posted by (C)オトジマ

以前はコンデジの水中撮影用ハウジングを別売で買うとそれだけでも1万円以上したものであるが、中華製はありがたいなぁ。
カメラ本体の操作部は押すだけの物理ボタンが4つあるだけで細かい設定をどう操作するのか見当もつかないので、ネットで調べる。するとツリーの奥にきわめて豊富な機能が隠されている。日本語設定もできる。こりゃすごい。

では実際の機能はどうだろう。

まず付属のアタッチメントをヘルメットに付けてみる。粘着テープは強力で簡単に固定できる。親切なことに予備の粘着テープが同梱されているので他のものに付け替える時も安心。
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P8285429 posted by (C)オトジマ

近所を一回り原付で走ってみる。


別のアタッチメントをバイク本体に着けてみる。ヘルメットだとスイッチオンオフの操作がしずらい。特に走行中は不可能だから手元に付けておいたほうが便利だろう。
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P8285431 posted by (C)オトジマ

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P8285432 posted by (C)オトジマ

これもちょっと走ってみた。しかし、見ればわかるように路面の凹凸をダイレクトに拾って画面の上下動がひどい。やはりヘルメットに付けたほうがよさそうだ。


肝心の水中撮影はどうだろうか? 


とてもきれいに撮れる。五十鈴川は最近の日照りで水が減って透明度が低いが、きれいな海ならきれいな動画が撮れるはず。
このカメラでは普通に静止画も撮影できる。ものすごく小さいので持ち運びにとても便利だ。6500円でこんな機能が手に入る。コンデジはいよいよ立つ瀬がなくなった。娘の会社は由緒あるカメラメーカーであるが事業の先細りは確定的だ。日本の製造業の行く手は大変だなぁ・・・・。

そうそう、最近20年くらい使ってきた冷蔵庫が突然こわれたので買い換えたのであるが、ヤマダ電機でこれは、と思ったシャープ製がなんと入荷配送まで一か月もかかるというので同クラスで在庫のあったアクア(ハイアールの別ブランドで旧サンヨーブランド)の製品にした。これまた中華製である。日本のメーカーには申し訳ないが・・・・。
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P8285437 posted by (C)オトジマ







土々呂 運動会

運動会が年々早くなる。門川では中学校が9月11日、小学校が9月下旬となる。するほうも見るほうも暑くてたまらんだろうに。
というところで昔の土々呂小・中の運動会関連の写真。私の父が撮影したものを中心に。

土々呂小、戦前の運動会の写真。かなり昔のはず。大正時代くらいさかのぼるのでは。グラウンドが狭い。講堂は私が在学中のものと同じだが、校舎の様子は見覚えがない。後にはこの校舎の手前に校舎が増築されている。
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15 posted by (C)オトジマ

以前にも掲載したものだが、昭和39年ごろだと思う。当時の土々呂小は児童数は1200人はいたはず。
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1962__60 posted by (C)オトジマ

向こうの山は今では南一ヶ岡5丁目あたりになっている。
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1963 63 posted by (C)オトジマ

背後の山はミカン山であった。今では南一ヶ岡6丁目。
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1964 66 posted by (C)オトジマ

大太鼓をたたいている小さいほうが私。
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1964 1 posted by (C)オトジマ

面白いのはコレ。当時は校庭中にたくさんの露店が出店していた。昼休みには1200人の児童がそれぞれにお小遣いをもらうわけだから露店は大いににぎわった。ここは校門から入ったあたり。
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img063 posted by (C)オトジマ

1960年代であるがすでにワタアメはビニール袋に入っている。覚えてないなぁ・・・・。体操服でない子供がいるのでもしかすると学校の運動会ではなく、土々呂地区の運動会だった可能性もある。
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img069 posted by (C)オトジマ

運動会ではないが、土々呂小の鼓笛隊つながりの写真。たぶんこのリコーダー部隊の前を大太鼓の私がマーチングしてたはず。父が撮影しているのに、どういうわけか私がいない。写真を拡大してみたがどの子供もだれだかさっぱりわからない。土々呂1丁目。
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totoro maturi posted by (C)オトジマ

その後ろに仮装行列が続く。土々呂商栄会の皆さんだろう。後ろの山車に「ばんば踊り大会」と書いてある。お祭りの日には土々呂桟橋通りで盛大にばんば踊り大会が開かれた。
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totoro maturi2 posted by (C)オトジマ

次に土々呂中学校の運動会。1960年とあるが正確かどうか自信はない。昭和30年代ではあると思う。生徒は全員はだし。私の頃も裸足だったのかなぁ? グラウンドの南に小さな山がある。そんなのあったっけ?覚えてないなぁ・・・・・
土々呂中運動会 1960
土々呂中運動会 1960 posted by (C)オトジマ

フォークダンスをしている。けっこう楽しかったけど・・・。今は流行らないようで門川中学校の運動会で見たことはない。
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S35 10-9 posted by (C)オトジマ

女子の花輪ダンスは昔から運動会の定番プログラムだったが、これも最近は流行らない。最近どころか私の娘たちの花輪ダンスも見たことはない。
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field day posted by (C)オトジマ

ずっと時代が下って1980年ごろの土々呂中。卒業アルバムから。
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20150521001332590 posted by (C)オトジマ

昼食前のばんば踊り
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20150521001333699 posted by (C)オトジマ

土々呂小から分離した一ヶ岡小学校の全盛時代。1980年代、第二次ベビーブームで児童数2000名に近かったころ。
HITOTSUGAOKA
HITOTSUGAOKA posted by (C)オトジマ

土々呂ではなく、戦前の延岡高等女学校の生徒たちが花輪ダンスの花輪を持って内藤記念館の石段に勢ぞろい。伝統ある演目であることがわかる。
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naito kinenkan girls posted by (C)オトジマ

tag : 土々呂 運動会 花輪ダンス 鼓笛隊

土々呂海水浴場のくろんぼ大会

姉の写真に土々呂海水浴場の思い出があったのでご紹介。

昔の土々呂海水浴場では土日曜ごとに様々な行事を催していた。砂の芸術コンテストだとかのど自慢大会だとか映画会だとか自衛隊軍楽隊のコンサートだとかあって、海水浴場のそばに住んでいた子供時代の私にはとても楽しかった。

なかでも定番は「くろんぼ大会」。日焼け度を競うのであるが、いかに黒いかの判定はいい加減であった。今では「黒んぼ」という言葉が差別用語になっているし、日焼けは健康に悪いといって子どもたちは日焼け止めを塗ったり衣服を着用して泳ぐ、というのは当たり前になっている。今昔の感が深い。

昭和30年ごろと思われる。手には賞品を持っている。男児はキンシメ、女児はパンツ。この子供たちは土々呂小で現在では70歳前後と思われるので皆さんご存命のはず。どうぞダウンロードして下さい。
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img064 posted by (C)オトジマ

やはり昭和30年ごろ。水着を着ている。水着もあったんだな。現在の土々呂1丁目の子供たち。
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akiko 1 e posted by (C)オトジマ

これも昭和30年ごろと思われる。
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224214339_large.v1471657334 posted by (C)オトジマ

以下は以前にも掲載した写真から。昭和38年ごろか。左端が私。このころになると高度経済成長期で男児でもキンシメはすたれていた。この数年後には工場排水による汚染で海水浴場は閉鎖される。
海水浴場 1960-3
海水浴場 1960-3 posted by (C)オトジマ

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1967 2 posted by (C)オトジマ

これは戦前の写真と思われる。洋望崎の樹林の様子でしか時代がわからない。戦前には洋望崎に海水浴場の看板があったようだ。
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totoro beach2 posted by (C)オトジマ

昭和3年。これも私の記憶する昭和30年代とさして変わらない。貸しボートも飛び込み台も同じ。時代が下るほど浜は広くなっていく。
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24e posted by (C)オトジマ

これは1960年ごろ。土々呂海水浴場の全盛期。
海水浴場 1960-1
海水浴場 1960-1 posted by (C)オトジマ

貸しボート屋が何軒もあった。
古い土々呂 beach-1
古い土々呂 beach-1 posted by (C)オトジマ

すごい人出である。国道10号線には何台もバスが止まっている。
東浜-北から-ss
東浜-北から-ss posted by (C)オトジマ

台風の大波が押し寄せているので浜が広く濡れている。
東浜
東浜 posted by (C)オトジマ

シーズンオフの冬場にはズラリと並ぶ海の家は閉鎖されている。犬は私の愛犬。
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totoro beach-poru posted by (C)オトジマ

1970年。まだ埋め立てられてはいない。
洋望崎 1970
洋望崎 1970 posted by (C)オトジマ

平成3年ごろと思われる。
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H3年 posted by (C)オトジマ

これは現在。埋め立て後に砂の流入で再び広い浜が再生された。
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P4092572 posted by (C)オトジマ

洋望崎
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P4092573 posted by (C)オトジマ

後ろの山は造成されて住宅地となった。マンションも建っている。
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P4092576 posted by (C)オトジマ

一ヶ岡暖地の造成工事

昔の写真を整理していると父が一ヶ岡の姉の住宅新築の様子を克明に撮影していたものがあった。昭和47年ごろ、1972年あたり。

一ヶ岡南。すでに一ヶ岡小学校の校舎ができている。手前は市営住宅が建設中。小学校の後ろは神社山。
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img052_edited posted by (C)オトジマ

南一ヶ岡3丁目あたり。タンク山の水タンクが見えている。今は樹木に囲まれて見えない。
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img054_edited posted by (C)オトジマ

タンク山から南一ヶ岡3丁目あたりを見下ろす。
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img047_edited posted by (C)オトジマ

南一ヶ岡5丁目あたりは最後に分譲されたのでまだ空き地が多い。向こうは土々呂湾。
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s47-9_edited posted by (C)オトジマ

昭和22年。1947年。中央左の田んぼあたりにAコープや一ヶ岡小ができる。
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Jan31801_edited posted by (C)オトジマ

これは昭和35年ごろか。まだまったく工事は始まっていない。
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50 posted by (C)オトジマ

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58 posted by (C)オトジマ

これは造成工事が始まったころ。昭和40年ごろか。中央にAコープができる。
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59 posted by (C)オトジマ

5丁目、6丁目の造成工事。タンク山も造成中。
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1971 32e posted by (C)オトジマ

上と同じ場所の現在
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P2080276e posted by (C)オトジマ

これは1980年ごろの航空写真。すでに空き地はない。
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img249_edited posted by (C)オトジマ

現在の南一ヶ岡5丁目あたり
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P2080275e posted by (C)オトジマ

現在の南一ヶ岡3丁目
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P8195304 posted by (C)オトジマ

現在、神社山から一ヶ岡小を見下ろす
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P4152276 posted by (C)オトジマ

これは市の事業の一ヶ岡造成事業終了後、民間開発業者の手による霧島台の造成。霧島神社のウラにあたる。ここは一ヶ岡ではなく土々呂2丁目となっている。
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kirisimadai posted by (C)オトジマ

左端が霧島神社のある霧島山。
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kirisimadai2 posted by (C)オトジマ

同じ場所の現在の様子。現在はこの造成地のさらに上に海咲台住宅地(南一ヶ岡7丁目)が造成されている。
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P8195301 posted by (C)オトジマ

これは1972年ごろの南一ヶ岡3丁目。まだ空き地があるころ。
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img085 posted by (C)オトジマ

姉の家が姿を現してきたころ。この家は今はない。多くの家は建て替えられている。
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img086 posted by (C)オトジマ

それから12年後、落ち着いた住宅地となり住民は子育て真っ盛り。現在はそれからさらに30年以上たち、一ヶ岡にも高齢化の波が押し寄せている。
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hitotugaoka maturi 3 posted by (C)オトジマ
プロフィール

トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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