都城 島津邸

先日の「ぴったんこカンカン」で古舘伊知郎 、石原良純、高田万由子が都城島津邸を訪ねていた。
都城島津家というのがそもそもよく知らなかったのであるが、薩摩藩の支藩みたいなものだった。佐土原藩も島津家傍流であるが、こちらは大名だから都城よりは独立性が高い。まぁ、ともかく県内にそんな全国区の番組が取材に来るような屋敷があるなら見に行ってみるか。
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P7149666 posted by (C)オトジマ

明治12年に完成したころの島津邸。
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P7149645 posted by (C)オトジマ

アプローチから風格が感じられる
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玄関横の応接室
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広い畳廊下
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廊下か立派な庭が見える
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屋敷全体が昭和48年、昭和天皇が宿泊された時の状況を保存している。
これはその時の食卓とメニューを再現したもの
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P7149640 posted by (C)オトジマ

まぁ、ごちそうではあるが天皇といえどもそんなに見たこともないような特別なものを食ってるわけでもない。
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天皇は土足のままで屋敷に上がり、むこうの食卓の部屋の前で靴を脱いだとか。いかな天皇でもいささか無作法に思える。
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二階の天皇の寝室
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化粧部屋
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島津夫人の部屋はなにやら庶民的。
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蔵で。江戸時代の書籍や資料の入っていた箱。昔の書籍はかさばるのでこんな箱に入っていたようだ。
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庭に天皇宿泊記念の碑がある。島津氏がいかに名誉に感じていたか、がわかる。天皇が民家に宿泊したのは歴史上この時が最後だそうだ。
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庭にあるプール。タイルは貼ってない。半分防火水槽みたいなものらしい。
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庭から屋敷を見る
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テレビ番組でも触れられていた陶のテーブルと椅子。鑑定は30万円くらいだったから驚くようなものではない。
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駐車場ではなにやらイベントの準備中。
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玖珠

玖珠での泊りは景色の良さそうな伐株山山頂、と目星をつけておいた。これは翌日の朝の撮影。
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P5209012 posted by (C)オトジマ

しかし、行ってみるととんでもなく寒くて風も強い。ペグをもってきてないのでテントが飛ばされるかも。それよりも寒さの方が敵だ。
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P5198994 posted by (C)オトジマ

曇天であるがいい気流があるんだろう、夕刻なのにたくさんのパラグライダーが飛んでいる。若者のスポーツと思っていたらオジサンばかり。こんなところにも高齢化の波が。
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P5198990 posted by (C)オトジマ

豊後森の機関区に行ってみる。えらく掘り返している。転車台がなくなっている? 鉄道公園に整備するらしいが、いかにも廃虚然とした姿に魅力があったのだからあまり小ぎれいにしないで欲しい。
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P5198998 posted by (C)オトジマ

レールが積み上げてある。駅構内の配線が旅客扱いの2線を除いて全部撤去されているのでそのレールかな?
もし扇形車庫内にレールを敷設するんならうれしいけれど。
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P5198999 posted by (C)オトジマ

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IMG_20180519_183419 posted by (C)オトジマ

これは翌朝カブといっしょに蒸気機関車。国鉄9600形蒸気機関車 29612号機。福岡県志免町の公園で朽ちかけていたもの。
導体保存するらしいが、100年前のものが果たして動くのか??
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P5209008 posted by (C)オトジマ

ミニSL用の線路。せめて30㎝くらいのゲージにして欲しいな。
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P5199001 posted by (C)オトジマ

夕暮れの森の町をカブで走り回るとこんな写真が撮れた。逆さ富士ならぬ、逆さ伐株。
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IMG_20180519_182243 posted by (C)オトジマ

結局この夜は道の駅でキャンプ。
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IMG_20180520_064513 posted by (C)オトジマ

早朝の森をウロウロする。詳しくは5年前に丹念に見て回った。コチラ
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P5209014 posted by (C)オトジマ

朝早いので全く観光客がいない。昼間もいない可能性もあるが、美々津のように・・・・
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P5209017 posted by (C)オトジマ

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P5209018 posted by (C)オトジマ

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P5209020 posted by (C)オトジマ

久大線の陸橋上から万年山と伐株山がくっきりと見える。
せっかく玖珠に来たんだから万年山に登ってみようか。ということで向かってみる。
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P5209022 posted by (C)オトジマ

グーグルマップのナビの仰せでは万年山の裏にあたる、昨日通った宮原線町田駅あたりから登ることになる。
ちょうど水田に水がはいって美しい。ぐんぐん万年山の岩峰が近づく。
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P5209026 posted by (C)オトジマ

遠くに涌蓋山が頭をのぞかせている
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P5209030 posted by (C)オトジマ

こんな道。ほんとに万年山に行けるのか?登山者と思しき車は全く通らない。
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P5209031 posted by (C)オトジマ

グーグルのナビに素直に従っていくとどんどん道が細くなり・・・・。ついにはイノシシ柵で閉鎖されてしまっていた。
グーグル先生も必ずしも信頼できない。地元の人に聞くと、ここではなく、玖珠の町の方から登れと。
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P5209033 posted by (C)オトジマ

気を取り直して、再び玖珠の町にもどり、万年山登山道という大きな看板を見つけ再び登る。
麓の傾斜地には別荘群が広がる。
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P5209040 posted by (C)オトジマ

木の間から玖珠の町が見下ろせる。絶景。
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P5209038 posted by (C)オトジマ

麓から舗装道を20分も走ると登山口に着く
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P5209034 posted by (C)オトジマ

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IMG_20180520_084005 posted by (C)オトジマ

8時半というのに駐車場は満車。皆さん完全装備で準備体操なんかしておられる。福岡ナンバーのスクーターの方に聞くと、ミヤマキリシマのお花畑まで少なくとも1時間40分くらいは歩くという。そして彼は私のゾーリ履きの足元を見て「そんな恰好じゃダメだよ」と批判がましく忠告。明らかに周囲の登山者達とはスタイルが乖離している。うーむ、今日はやめておくか・・・・・
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IMG_20180520_084318 posted by (C)オトジマ




内灘 保内

NHKの「ドキュメント72」でJR予讃線の下灘駅をやってたのは去年の今頃。
それまで全然知らなかったが、夕日スポットとしてえらい名所になっているらしい。
せっかくその前を通るのだから、いちおう見ておくか。
国道378号から駅への進入路はややわかりづらいし、細い道しかない。ローカルな無人駅である。
三角寺s


だれもいない寂しい駅を想像していたら、ごく狭い駅の周りに車がたくさん。
なんと、移動式のカフェまでできている。
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PB066386 posted by (C)オトジマ

まぁ、こんな駅である。ホームには観光客ばかり。乗客とおぼしきはいない。
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PB066394 posted by (C)オトジマ

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PB066392 posted by (C)オトジマ

以前はすぐ下が海だったらしいが、今では国道が通る。
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PB066393 posted by (C)オトジマ

夕日スポットとして有名だが、日没は正面の海ではなく、こちらのほうになる。冬場はあの岬あたりか。夏場は海に沈むはず。
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PB066388 posted by (C)オトジマ

駅舎内に観光客が残したメッセージノートやら、いろんな写真がある。その中にこの駅がロケ地として使われた写真がある。
なんと寅さんが今を去る40年前にこの駅を訪れている。1977年の「寅次郎と殿様」である。殿様は嵐寛寿郎が演じたので話題になった。大洲が舞台になっている。知らなかったなぁ。もういちど見てみよう。
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PB066390 posted by (C)オトジマ

寅さんがベンチに寝転がっている。それ以前にも小林旭の渡り鳥シリーズでもこの駅が使われている。
まぁ、山田洋次が目を付けるくらいだから、それだけ雰囲気を持った駅だということだろう。
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PB066391 posted by (C)オトジマ

八幡浜の保内を通過するときに立派な神社が見えるので寄って見た。三島神社である。
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PB066395 posted by (C)オトジマ

社叢の立派さにひかれて寄って見たが、社殿はありきたりだった。
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PB066396 posted by (C)オトジマ

保内の川之石地区に古い街並みが残っている。
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PB066405 posted by (C)オトジマ

その中心的な建築が旧白石和太郎洋館。
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PB066400 posted by (C)オトジマ

夕方だったが中も見せてもらった
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PB066403 posted by (C)オトジマ

天井から伝統を下げる装飾
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PB066398 posted by (C)オトジマ

隣の宇都宮壮十郎邸。医院の跡。
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PB066401 posted by (C)オトジマ

上ふたつの邸宅の間の小路はレンガ通りの小道。
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PB066406 posted by (C)オトジマ

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PB066409 posted by (C)オトジマ

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PB066410 posted by (C)オトジマ

何が観光資源になるのやらわからない。古いものはなんでも保存しておくに越したことはない。
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PB066411 posted by (C)オトジマ

もっきんロードと呼ばれる地区。海がすぐそこなので川は海水である。
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PB066419 posted by (C)オトジマ

東洋紡績の赤レンガ倉庫がここのポイント
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PB066415 posted by (C)オトジマ

レトロな橋、美名瀬橋。
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PB066420 posted by (C)オトジマ

吉岡銅山

福山から井原を経て高梁へ。井原はイバラと読むことを知った。あちこちに「子守歌の里」という看板がある。
「中国地方の子守歌」は井原に伝わるものらしい。井原鉄道には「子守歌の里高屋」という駅まである。

井原の芳井商店街。
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PB040495 posted by (C)オトジマ

古そうな商家がある
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PB040496 posted by (C)オトジマ

純和風の建築にクリスマスの装飾。夜はイルミネーションがつくようだ。
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PB040498 posted by (C)オトジマ

芳井を過ぎると俄然山の中になる。
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PB040500 posted by (C)オトジマ

山の中腹にかつては茅葺だったろう農家が散らばる。過疎地である。
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PB040501 posted by (C)オトジマ

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PB040509 posted by (C)オトジマ

立派な大師堂を見かけた
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PB040504 posted by (C)オトジマ

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どこも柿の実がすごい。過疎化でちぎる人もいなくなったのだろう。
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PB040519 posted by (C)オトジマ

高梁川の支流、成羽川沿いになるとすごい渓谷美が見れる。
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PB045854 posted by (C)オトジマ

対岸には立派な屋敷が見るが、たぶん高齢者だけの集落。
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PB045857 posted by (C)オトジマ

数軒の集落に立派な寺。たよりないつり橋で行ける。3tまでの制限がある。
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PB045862 posted by (C)オトジマ

福山から走ること約2時間で成羽町坂本に到着。遠い。ここに去年見損ねた西江邸がある。
麓の駐車場に車を置いて徒歩で急坂を登る。
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PB045871 posted by (C)オトジマ

見えてきた。
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PB045872 posted by (C)オトジマ

ここは「釣りバカ日誌」のロケ地としても使われている豪邸である。
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PB045875 posted by (C)オトジマ

西江家は江戸時代から明治にかけて銅山とベンガラで財を成した。
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PB045877 posted by (C)オトジマ

ベンガラ
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PB045878 posted by (C)オトジマ

案内の女性はなんと西江夫人であった。要領よく西江家と吉岡銅山について解説してくれる。
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PB045882 posted by (C)オトジマ

残念ながら、座敷には上がれない。途中からそこらを掃除していた男性にガイドが交代した。なんと西江家の当主であった。
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PB045884 posted by (C)オトジマ

吹屋はてっきりベンガラの里だと思ってたら実はここは銅山の山だったとか。吉岡銅山という。江戸時代には有数の銅山だった。
銅の副産物として硫化鉄が出て、それを加工してベンガラも作っていた。
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PB045886 posted by (C)オトジマ

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PB045885 posted by (C)オトジマ

西江氏夫妻は60歳前後の様子だが、この坂本地区の平均年齢はなんと80歳で夫妻がもっとも若い部類だとか。近年は観光客も減り気味なので、なんとか吉岡銅山を世界遺産に認定させて町おこしを図りたい、と熱弁を振るわれた。
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PB045887 posted by (C)オトジマ

ベンガラ村への途中の「吉岡鉱山」という案内があるので、狭い山道をくだっていくと草ボーボーの広場に出る。
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PB040529 posted by (C)オトジマ

このヤブの奥に坑道跡があるらしいが、ちょっと冒険になりそうなのでやめておく。
学術調査ならともかく、少なくとも観光客を迎えるような状態ではない。
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PB040527 posted by (C)オトジマ

西江邸から吹屋ベンガラ村はすぐ。そこは去年見たので、パス。近所に吉岡銅山の坑道が見れる、笹畝坑道を見物。
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PB045894 posted by (C)オトジマ

ここは江戸時代から明治にかけての坑道跡だという。昔はここにトロッコの線路があった。
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PB045896 posted by (C)オトジマ

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PB045899 posted by (C)オトジマ

奥深くに巨大な空洞がある。鉱石を掘り出した跡だろう。
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PB045903 posted by (C)オトジマ

作業員が仕事している。江戸時代の様子。女性も働いている。今は電気や電池があるので楽だが、昔は暗黒の坑道でどうやって作業したんだろうか。
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PB045905 posted by (C)オトジマ

吉岡銅山では山中を掘りつくして行動の延長は70㎞にも達したという。
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PB045913 posted by (C)オトジマ


横溝正史の「八墓村」は幾度か映画化されている。その中でも渥美清が金田一耕助役をした松竹版では吹屋の弘兼邸が舞台になっている。先日それを見て弘兼邸も見なくては、と思った。ベンガラ村から車で10分ほど。

その要塞のような威容が見えはじめると圧倒される。
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PB045919 posted by (C)オトジマ

駐車場から徒歩で登る
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ほとんど城。
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門内に入り、屋敷が見えると、屋敷はそう驚くようなスケールではない。
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ここも座敷には上がれない。
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PB045930 posted by (C)オトジマ

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PB045939 posted by (C)オトジマ

屋敷から麓を見下ろす。日本昔話の風景。ちょうど正面の丘に神社が見えるが、弘兼氏の個人神社。周囲は庭園となっている。
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PB045932 posted by (C)オトジマ

門からアプローチを見下ろす。門内には座敷があって門番が住める。
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PB045949 posted by (C)オトジマ

下に降りて石垣を見上げる
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PB045955 posted by (C)オトジマ

これでもかつてよりは低いそうだ。この下にまだ石垣の下部が埋まっている。
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PB045958 posted by (C)オトジマ

この屋敷はやはり石垣に価値のある邸宅だ
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PB045959 posted by (C)オトジマ

大崎上島

竹原からフェリーで大崎上島に渡る。
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IMG_20170925_143851 posted by (C)オトジマ

大崎上島s


軍艦島がある! 後で調べてみると東邦亜鉛契島工場。島がまるごと工場になっている。
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P9250320 posted by (C)オトジマ

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P9250325 posted by (C)オトジマ

垂水港に入港。
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P9250332 posted by (C)オトジマ

大崎上島は格別何もない島である。強いて言えば造船の島、国立商船高専がある、くらいか。島の北岸を車で行くと、そういえば若者の姿が多い。

大崎上島 航空 s


ひとつのカナメになるのが保存住宅の望月邸である。昔の回船問屋だった豪商の家が歴史資料館となっている。まずはここを見てみよう。・・・・ところが。
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P9250334 posted by (C)オトジマ

休館日だった・・・・。残念。
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P9250333 posted by (C)オトジマ

観光パンフレットにはこの島が映画「東京家族」のロケ地だということで、ロケ地マップが載っている。実は数年前にその映画を見てこの島を知ったのである。
「東京家族」(2013年)は山田洋二監督が小津安二郎の「東京物語」へのオマージュとしてほぼ同じストーリーで撮った。
小津版では老夫婦は尾道に住んでいるが、この作品ではすぐそばの大崎上島となっている。映画中では特に風光明媚な島という風には見えないが、ラストシーンで少女が犬と一緒に海の見える農道をいつまでも走っているところが印象に残る。
山田洋二はこの作品以降、同じ出演メンバーで「家族はつらいよ」を2本撮っているから3部作といえる。
tokyo kazoku

撮影は主に東海岸の木江の町で行われた。執念深く歩き回れば主人公・平山周吉の家にも行けたと思うが、狭い小路ばかりの島の集落なので車では回れない。古い街並みだけを見ていくことにした。

木江集落内にある厳島神社。
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P9250335 posted by (C)オトジマ

目の前は港。前の道は島の周回道路でやたらと車が多い。
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P9250338 posted by (C)オトジマ

この斜面のとこかにロケ地の平山周吉の家があるらしい。殺風景といえば殺風景な集落。
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ここらでもロケがあったらしい。
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別に格別な集落でもなさそうな。まぁ、監督のねらいもありきたりの漁村集落、ということだったんだろう。
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P9250346 posted by (C)オトジマ

外周道路沿いに古い商店街がある。
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P9250342 posted by (C)オトジマ

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ここは大崎上島町の観光案内の表紙にも使われている郷愁小路。昔の瀬戸内の港に必ずあった花街の跡。車は入らない。
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ほとんどが空き家みたいだ。女性が一人できたら怖いかも。子供なら泣き出すかも。
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木造三階建て。えらく細い。
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こちらが反対側の入口。ここに案内表示板がある。
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町のパンフレットではまだこの通りは多少生きているが、残念ながら今ではほとんど死んでしまっている。取り壊されるのも近いのではないだろうか。
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この空き地は最近取り壊された跡。この空き地のせいで街並みの連続性がなくなり、急に明るくなってしまった。しかし、この街並みが観光客を大勢呼んで金になる見通しもないだろうから、滅びるのも無理はないだろう。
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P9250383 posted by (C)オトジマ



これは別の場所。造船所そばの長屋。
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P9255496 posted by (C)オトジマ

造船所。町の観光案内には島の名物として船の進水式があげられているが、進水式はそう頻繁にあるものではないだろう。
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この後、島南端の明石港に向かう。
大崎上島s
プロフィール

トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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