ウィンブルドン現象

ウィンブルドンの時期がやってきた。昨夜、テレビで森田あゆみとガイドソバの対戦を見た。日本選手が勝てる試合は見てて素直に面白い。今回は予選・本戦合わせて日本選手が13人出場しているそうである。日本のテニスファンにとっては錦織の試合がメーンイベントになるだろう。今夜の錦織も相手が格下なのでストレート勝ち。

下:錦織-ククシュキン(カザフスタン)戦より


それはともかく、ウィンブルドン現象という言葉がある。
ウィキペディアからそのまま引用すると・・・

20-50クラブ???

20-50クラブという耳慣れぬ言葉が最近韓国系メディアに頻出する。

初めて聞いたのは最近の朝鮮日報電子版。このほど韓国の人口が5000万人を突破し、一人当たりGDPも今年2万ドルを突破したことから、韓国が大国の指標である「20-50クラブ」に入ることができた、つまり韓国が世界中にたった7カ国しかない先進大国として世界中に認知された、という誇らしげな記事である。本日6月23日付けではこの続報として『韓国の「20-50クラブ」入り、周辺国が羨望の視線』、『「20-50クラブ」脱落の危機に直面する韓国』という記事が見える。本日のYahooトピックスでは「韓国の人口5000万人突破」と言う記事で朝鮮日報の関連記事を紹介している。

下:朝鮮日報記事 (クリックで拡大で詳細、さらにクリック)


私はヨン様現象が巻き起こった8年ほど前からずっと朝鮮日報電子版の日本語版を愛読している。そこで気付くのは韓国人のランキング好き。年がら年中さまざまな指標による世界ランキングを作り、韓国が何位だ、と大騒ぎするのである。実は高度経済成長期やバブル期の日本にもそんな風潮があった。やれGNP世界2位になった、とか造船世界1位だとか、自動車生産がアメリカを追い越したとか。昨今では日本はすっかり内向きになってだれもそんなことは気にしなくなった。まぁ、大人になったということ。老大国のフランス人やイギリス人はそんなこと気にしないだろう。韓国はまだそんなことばかり気にしてる訳だから国家も国民も若い。

そんな韓国が言う20-50クラブという指標だからどうせ韓国人が創作したものだろうと思って気にもかけなかったのであるが、Yahooトピックスでも見かけたので、おや? 私が知らないだけで世界的に知られている指標なのかな?と気になった。そこで調べてみると、Googleで検索したかぎりは最近の韓国系メディアの発した情報以外にほとんど見かけない、という結果。つまり韓国人以外は知らない、あるいは一般にはほとんど知られていない言葉だということ。

20-50(一人当たりGDP 20,000ドル、つまり20サウザンド、人口50,000,000人、つまり50ミリオンで20-50)というのがたまたまちょうど今年韓国が達成する数字なので、これを持ってきたようだ。別に、10-40、30-60、40-100とか何でも良さそうである。たとえば現在では韓国人が騒ぐ「20-50クラブ」には、アメリカ・日本・ドイツ・イギリス・フランス・イタリア・韓国が該当するが、これをより所得の高い30-50クラブとすると、韓国だけがはずれる。やはり韓国中心の恣意的な指標のようである。

しかし、朝鮮日報が言うように植民地レベルから出発して伝統的な世界の列強、米英仏独日に追いつこうかという「20-50」水準に到達した例は韓国以外になく、今後も当分現れそうにない、というのは確かであるから驚くべきことなのかもしれない。台湾の発展度合いは韓国レベルであるが、人口が現状の2000万から5000万になることは考えられない。次の20-50の可能性があるのはスペイン、ロシア、ブラジルか。スペインは20-50どころか30-50のレベルであるが、人口がまだ400万ほど足りない。とにかく人口5000万人という枷があると可能性のある国は限られるのでこんな奇妙な指標は広く使われることはないだろう。

下:単純に一人当たりGDPの多い順。

資料:社会実情データ図録より

面白いのでいろいろと試してみた。

世界の人口ランキングを見ると1000万以上の国が約80カ国ある。東京都よりは少ないが、神奈川県や大阪府よりは多いのでそこそこの国であるから20-10クラブのグラフにしてみた。一挙に少なくなる。シンガポールやブルネイ、ホンコン、カタールなどのアジアの都市国家がいなくなる。


人口を東京都+埼玉県クラスの2000万人にすると20-20クラブ。このほうが語呂がいい。日本の順番がどんどん上がる。


所得を最先進国レベルの4万ドルにすると 40-50クラブ。たった4カ国になった。日本てこんなに豊かだったの?? 多分に円高のおかげ。購買力平価を加味すると日本の順位はドーンと下がるのが実情。


今度は人口を1億以上に限る40-100クラブ。これを20-100にしても結果は同じである。こうやってみると日本は韓国に比べるととんでもない先進国であることがわかる。それにしては日本は韓国に比べ元気がないなぁ。人口が2倍半あるからGDPで逆転は考えられないが、一人当たりGDPではそのうち逆転する可能性は多分にありそうだ。


まぁ、多くの日本人にとっては20-50クラブなんて興味のない話ではある。しかし朝鮮日報を読んでちょっと驚いたのは、世界で初めてこの20-50ラインに到達した国はアメリカでもドイツでもなく、なーーんと日本なのである!! ちょうどバブルの頃の1987年であるが、当時はそんな話題は聞いたこともなかった。なにせ日本の人口は長年1億人台を保っているわけだからそんな奇妙な指標が問題になるわけはないのである。いずれにせよ、日本関連の否定的情報が大好きな韓国マスコミではあるが、20-50クラブという概念を持ち出せば、この輝かしい到達点に初めて到達した国があろうことか大嫌いな日本であったという、いささか不愉快な事実にも触れざるを得ないのであった。


話は変わって、韓国マスコミの直近の話題で聞き捨てならないのは「日本が核武装に向けて法律を整備した」という大ニュース。日本ではそんな重大ニュースは全く聞かないが、韓国マスコミでは既定の事実として普通に語られている。日本は韓国にとって仮想敵国であるから、国防上の重大事というわけである。これは6月20日に国会を通過し成立した「原子力規正委員会設置法案」に「原子力利用についてわが国の安全保障に資する」という文言があることを言っている。

下:朝鮮日報記事 (クリックで拡大で詳細、さらにクリック)


日本国内では現在消費税法案の行方で大騒ぎであり、朝日新聞を見ても核武装関連の記事は見当たらない。「赤旗」ではさすがに法案通過の前後にそれぞれ市田書記局長の談話を載せているが、消費税関連記事と比べると小さい扱いだ。この法案は「原発の半永久的稼動に道を開くものである」、という重大問題があるという点を重視しており、「安全保障に資する」という点については触れてはいるが付けたし的。「核武装化」を懸念する共産党の本気度はほとんどない、と考えていいだろう。だいたい安保条約に縛られている限りアメリカがそれを許す訳がないじゃないか。

韓国で最大手の新聞である朝鮮日報でも、日本関連のニュースではこの手の曲解は珍しくない。またこの記事にも見られるようにセンセーショナルな見出しに釣られて読むと本文は単なる憶測というパターンも多い。東京からの距離で言うと韓国も九州も似たようなものであるのにナゼに韓国では日本に関するいい加減な情報がまことしやかに語られるのか不思議である。台湾や中国ではもっとヒドイかもしれないが。いわゆるクォリティペーパーという類がない国々ではある。

また韓国マスコミは日本関連のニュースソースとして安直にネットから持ってくる悪癖がある。ネット上にはリア充ではないウサバラシを韓国・中国罵倒に情熱を傾けて解消するヒマ人がウジャウジャいるが、彼らのたわごとを日本の有力なオピニオンとして紹介することがある。すると「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」的に反日感情がさらに醸成されるというわけだ。ひるがえって日本では、少なくとも大手マスコミのNHKや朝日新聞が韓国について悪意や敵意を秘めたトンチンカンな記事を垂れ流しているとは思えない。まぁ、記者達のジャーナリストとしての質的な基準が彼我では違うのかもしれない。

鞆の浦

長年意見の対立や訴訟沙汰にもなってきた 広島県福山市鞆の浦の湾内埋め立てによる道路建設について県が中止を決定した。英断である。この問題では市が頑強に建設を主導してきていた。
ココに市による設計やバラ色の計画が示されているが、県の決定によりハシゴをはずされた市はこのサイトを閉じるかもしれないので、写真を転載する。

下:これが現状


下:計画道路が完成したらこうなる。浜辺を埋め立てて、町の中を迂回するバイバスと観光客向けの広い駐車場ができる。が木に竹を継いだような感は否めない。


ウィキペディアにはこの鞆の町の道路がいかに前近代的かを示す細かな写真が多数掲載されている。昔の港町はどこもこんなもので一昔前までは珍しくもない光景。しかしどこもかしこも区画整理や道路拡幅で昔の面影を失ったまでのこと。鞆の浦ではそれが奇跡的に残っているわけで、それであるからこそ貴重なのだ。

しかし住んでる人は不便に決まっている。車で訪れた観光客も不満タラタラかもしれない。5月に行った呼子がそうだったな。呼子まで続く県道の超長蛇の渋滞の車列を見たら、マイカーの進入を禁止してシャトルバスで郊外から運ぶべきだ、と思ったものの、やはり自分だけは車で乗り付けたい。それが人情。

市としても住民の利便をはかり、観光客の駐車場も確保でき、更には常夜灯のある古い港を海側からも見ることができる、といういいことずくめの計画という自信があったのだろう。

小さな町の小さな景観問題が全国的な注目を引いたのはジブリの巨匠宮崎駿氏がかかわりを持ったから。

ジブリはある年、NGO「ピースウィンズ・ジャパン」大西 健丞氏のすすめで毎年恒例の社員旅行を鞆の浦にした。宮崎氏はいっぺんでその町が気に入り、自分だけで再訪し数ヶ月住み込んだ。宮崎氏はそこで「崖の上のポニョ」の構想を得た。映画の舞台は映画の中では明示されていないが、「鞆」であることを暗示する場面がある。

下:主人公宗介母子が買い物に行くスーパーは「トモ」である。



NHKが一年間ポニョを製作中の宮崎氏に密着取材したテレビ番組でも映画製作中の宮崎氏は発想に行き詰るとこの町を訪れ、自炊しながら逗留している場面があった。

下:宮崎氏が逗留した鞆の浦にある家


下:上の写真の家はこの写真の一番手前の家と思われる。


鞆の浦では幕末に坂本竜馬が逗留した古い家屋が「いろはや」として観光名所となっているように、宮崎氏が逗留したこの家も大事にしとけばそのうち名所になり、金を産むはず。

「鞆の浦埋め立て」は宮崎氏や地元出身の映画監督大林宣彦氏の応援も得て反対運動が日本中、いや世界中に知られることになった。時の国交大臣も関心を持つ事態になる。私も宮崎氏が言うくらいだからそりゃ埋め立てなどとんでもない、と思っていた。

市は最大限景観に配慮する旨、建設計画のホームページでも細かに説明している。たぶん多くの観光客にとっては利便性が高まり、できてしまえば誰も文句は言わない。新たな観光客は以前を知らないから新しい景観について是非を問うこともないだろう。
地元の人だってふだん見慣れた地元の景観についてとくに珍しいとも美しいとも思っていないのではないか。それよりも不便な道路の方が切実である。

不満を言うのは「美しいと思う」基準が鋭い人々である。広い道路やきれいな緑地帯や環境に調和する綿密な色彩計画を駆使したところで、歴史のかもす古色や意図せざる無秩序の織り成す面白さ、味わいをぶち壊すことには全然変わりない。何が美しくて、何が醜いかは民主主義や議会の多数決では絶対に判断できない。一般に行政当局や建設業者は美しい景観に関心がないし、自分に審美眼がないことに自覚がない。

ともかく今回の広島県知事の英断にほっとしたところだ。

私はおおむねなんでも古ければ古いほど有難く感じる。妙に小細工して真新しくなってしまった保存建築を見るとガッカリする。伝統的街並保存に関係する当局者や関係者はディズニーランドやディズニーシーに行ってうまく古色を出す秘訣を学んできて欲しいものだ。


由紀ちゃん三代目

中学校の英語教科書、開隆堂のサンシャインは英語教科書ではもっともシェアが高いので、その登場人物たちも多くの中学生に親しまれている。10年以上前には主人公は「クミちゃん」であったが、教科書変更で由紀ちゃんになった。5年ごとの教科書改訂で今年度からの教科書は由紀ちゃん3代目。

下:これは10年前の初代由紀ちゃん。サンシャインはこのバージョンからイラストがマンガタッチになった。


ところが、二代目はイラストレーターが変わって、由紀ちゃんはわりとリアル寄りになってかわいくなった。私はこのイラストレーターは好きである。大矢正和さんである。

下:左端が由紀ちゃん。5年前から昨年度までがこれ。


下:これが今年度からの三代目由紀ちゃん。どうやら初代のイラストレーターに戻ったようである。髪型と顔はやや異なる。


私は二代目由紀ちゃんの大矢さんのイラストが好きだった。人物のラインが実にきれい。男性のイラストレーターというのが意外。
サンシャインのファン?や英語教師くらいしか興味はないだろうが、実は初代由紀ちゃんの時代に、大矢さんのイラストがちょこちょこ姿を見せていた。



大矢正和さんはひところNHK基礎英語で挿絵を描いていた。この頃は毎回挿絵を見るのが楽しみだった。


大矢正和さんの名は聞いたことはなかったので、ネットで調べたらホームページがあった。ここに紹介したようなマンガタッチのイラストばかりでなく、いろいろなタイプの絵を描く器用な方で実に達者である。

下はサンシャインの10年以上前の主人公、クミちゃんである。中央の少女。このイラストもなかなか良かった。


英語の教科書では生徒達は3年間由紀ちゃんとつきあうわけだから、印象に残るはずだ。ぜひ上質な挿絵でお願いしたいものである。現行の村井香葉さんも子供向け読み物で活躍している実力派で親しみやすい。他県で使われる中学英語教科書は良く知らないが、サンシャインに関する限り、主人公はずーーっと女の子である。ジブリ映画の主人公が少女に限られるのに似ている。女性のほうが男女共用の教科書では話を展開しやすいのだろう。中学生の男子ときたらサッカーやゲーム以外に興味がないガキどもなので話の接ぎ穂がない。
英語弁論大会には女子しか姿を見せない。

サイドバイサイド



前回見たサイドバイサイドはいささか古い出版なので現在のバージョンはどうなっているんだろうと気になり、一冊手に入れた。すると、著者とイラストレーターは同じなので、雰囲気は維持してるが、エクササイズのページばかりで、旧バージョンにたくさんあったカラーイラスト入り短文は全くないのでぜんぜん面白くない!!
がっかりである。もしかするとサイドバイサイドにもいつくか種類があるのでそういうのもあるのかもしれないが。

カラーページはまったくない、色気ナシ。つまらない。ただし実用性は向上しているかもしれない。


仕方ないので懐かしい昔のサイドバイサイドから一つ抜き出そう。

下:クリックで拡大、詳細を読める


ウォルターは有名な占い師のマダムソフィアを訪ねている。彼は自分の未来が気になっていてソフィアは彼に来年何が起こるかを告げている。マダムソフィアによれば来年はウォルターの人生においては大変面白い年になるという。

1月には彼は素敵な女性と会い、恋に落ちるだろう。
2月には結婚するだろう。
3月には暖かいところに旅行するだろう。




4月にはヒドイ風邪をひくだろう。
5月には彼の両親はカリフォルニアの美しい町に引っ越すだろう。
6月にはアパートが火事になる。そして彼は新しい住まいを見つけるだろう。
7月には友達が彼の誕生日にラジオをくれるだろう。
8月には彼の上司は彼をクビにするだろう。
9月には高い給料で新しい仕事を始めるだろう。


下:クリックで拡大、詳細を読める


10月には事故を起こすが、怪我はないだろう。
11月にはテレビのクイズ番組に出て新車を手に入れるだろう。
12月には彼は父親になるだろう。


その後の結論はご自分で訳して下さい。

雨のぬかるみ海岸

このところ梅雨らしいうっとうしい雨天が続き、どこにも行けないので、読書でもすることにしよう。

こんな雨降りの日には、ある英語教科書のあるスキットが思い浮かぶ。こんな場面。中学レベルの易しい英語なのでだれにでも読めるとは思うが。(クリックで拡大、詳細が読める)



いまどき筆記体でやや読みづらいので一応和訳を付す。

母さんへ
今、私はぬかるみ海岸のホテルで手紙を書いています。
ラルフと私は子供達と数日間の休日なんです。
私達は幸せなんだけど、実を言うと、若干問題があるの。
天気が良くないの。寒くて曇り空。窓の外を見ると今はどしゃ降りよ。
子供たちはあまり楽しくないの。本当のところ退屈してかわいそうよ。今はベッドに座ってトランプをしながらテレビを見てます。


下:クリックで拡大、詳細が読める


ここのレストランはとても高くてまずいんです。実はラルフは、お腹をこわして医者に行ってるの。
ここの他のすべてのホテルはキレイで新しいのに、私達のホテルは汚くてとても古いんです。実のところ、いま修理工が来てトイレの修理をしてるんです。
お母さんもご覧のように、私たちはこのぬかるみ海岸でちょっと問題を抱えてますけど、幸せよ。私達、休暇なんだし、みんないっしょだから幸せなんです。
     じゃあね.         エセルより


便箋にはロイヤルスラッジホテルのロゴ入り。
これは、やはり英語で読んだほうが笑える。おまけに身につまされる。私もたま~の家族旅行というと九州で最安の亀ノ井ホテルばかりである。かつて姪の結婚式が新宿のパークハイアットであった。式が終えて我々が宿泊する新宿ワシントンホテルに移動した時、隣接する二つのホテルのあまりの落差に娘は、「この部屋を見て現実に引き戻された。」とため息をついた。ワシントンだって亀の井ホテルの水準からするとはるかに高いホテルである。

それはともかくこの英文スキットの出どころはアメリカの英語教科書サイドバイサイドである。私の持っているのは1989年刊でかなり古い。子供向けというより、海外から来た移民向けに編集されている。

日本の英語テキストというと、高校生向けの教科書は、どれもこれも版で押したように、環境問題、平和問題、苦難を乗り越えたハンディキャッパーの話が多く、読む前から読書意欲が減退する。NHKの英語テキスト類も少なくとも読んで楽しくはない。中学英語も似たようなもの。中学の場合には英語力が初歩的なので複雑な話はそもそも不可能だ。

このサイドバイサイドは中学生程度の文法しか使わない平易な文章ばかりであるが、スキットにやや毒があって面白い。
上の文章をある中学生に読ませたら大喜びであった。日本の中学教科書でもこのくらいのおふざけはあってもいいんではないだろうか。

下:クリックで拡大、詳細が読める


夜遅く。アーサーはイスに座って時計を見ている。
彼の隣人達はとてもうるさく、彼は怒っている。

2号室の奴らは踊っている。3号室の男はリビングのカーペットに掃除機をかけている。4号室の女はバイオリンの練習をしている。5号室の10代の子達は大音響でロックを聴いている。6号室の犬は吠えている。7号室の奴らは大喧嘩をしている。

夜が更けて、アーサーは疲れて怒っている。なんていうヒドイ夜なんだろう。


こんな例文も日本の教科書では考えられない。

移民やマイノリティ向けらしく、こんな例文もある。
下:クリックで拡大、詳細が読める


マリア・ゴメスはペルーに生まれた。彼女は小さな村で育った。6歳で小学校に行ったが、中学には行かなかった。彼女の家は貧しく、彼女は13歳で働かねばならなかった。靴工場の組み立てラインで働いた。

17歳の時、彼女の家族はアメリカに移住した。初めはロサンゼルスに住み、次にサンフランシスコに移った。アメリカに移住した時マリアはうれしくなかった。彼女は故国の友達が恋しく、英語は一語も話せなかった。彼女は夜は英語を勉強し始め、昼は工場で働いた。

マリアは一生懸命勉強し、今では英語がうまく話せる。今も彼女は夜は勉強を続けているが、タイプの勉強だ。彼女は秘書になりたい。彼女は今も故国の友達が恋しいが、幸せだ。彼女は新しい国での未来を楽しみにしている。


いかにも頭でこねくりだしたような典型的なヒスパニック移民の苦労談であるが、いやみはない。この教科書で学ぶ移民たちはこのスキットに共感できるだろう。日本の中学生にも読ませたい話だ。ちなみにこのスキットは過去形の学習である。

まぁ、日本の子供達の英語学習にも辛気臭い話ばかりでなく、笑える話、やさしい小話なんかが欲しいところだな、と感じる次第。

なおサイドバイサイドは版を重ね、バージョンも変わり、今も刊行中である。



中小屋

椎野のアジサイロード見物のついでに中小屋天文台まで行ってみた。

町営のスカイロッジ銀河村は静まり返っていた。ちょっと見には、軽井沢か信州あたりの洒落た別荘地にも見える。
北郷 椎野
北郷 椎野 posted by (C)オトジマ

はたして利用者がいるのか? 採算はどうなのか? どこもかしこもバブルの頃に作られたリゾート施設はこんな状態なのではないか? どうも日本人はいつまでたっても余暇をアウトドアで楽しむ習性が広まらないようだ。

中小屋天文台。北郷村時代には北郷観光の目玉だったんだが、平成の合併で美郷町内には3村分の公営の集客施設が溢れかえり、影が薄くなっている。下の六峰街道から上がるアプローチも荒れ放題の印象。しかし、町のホームページを見ると廃止されているようでもない。
北郷 椎野
北郷 椎野 posted by (C)オトジマ
通路沿いに設置されている台の表示は手前から水星、金星、地球、火星、はるかかなたの研修棟前に木星、その先ドーム手前に土星。太陽からの距離を縮尺している。写っていないが、水星の直前には太陽がある。こうやってみると、火星と木星の間の広い空白がよくわかる。本当は小惑星帯があるのであるが。

ドームには昭和63年建設のプレートが。もう24年もたったのか。
昔、開業間もなくの頃、子供たちを連れて来た時に望遠鏡を覗かせてもらって20年以上経っているわけだ。昼間だったから水星だけ観察できた。光陰矢の如し。
北郷 椎野
北郷 椎野 posted by (C)オトジマ

ドームも研修施設もカギがかかり、無人だった。

天文台から南の方角を見下ろす。
P6102767
P6102767 posted by (C)オトジマ

北を望む。傾山、丹助山方面。
北郷 椎野
北郷 椎野 posted by (C)オトジマ

あちこちで、白い花が咲いているのかと思って、近づくと・・
北郷 椎野
北郷 椎野 posted by (C)オトジマ

なんと白い葉だった。しかも葉の表だけ白くて裏は普通に緑色。
だから斑(ふ)入りという訳ではない。
マタタビ
マタタビ posted by (C)オトジマ

帰ってネットで調べるとこれはマタタビの木であった。白い花も咲いていた。

椎野地区で見た地蔵。北郷といえば地蔵という時代の名残。
一見ブロンズにみえるが、叩いてみるとボコボコと安っぽい音がする。FRP製である。
P6102761
P6102761 posted by (C)オトジマ

北郷 アジサイロード

先週の日曜は門川遠見山の桃源郷に行った。門川町町報は町内の桃源郷については何も言ってないが、隣の美郷町北郷区のアジサイロードは紹介している。とんでもない山奥の小集落のすることだからあまり期待はできないが、ドライブがてらにいってみた。

とにかく最近はアジサイの植栽が盛んである。我が家の前の山の斜面にも近所の花好きがたくさん植栽している。数年もしたら名所になるかもしれない。

下:門川、国道388号沿い、小松地区
門川
門川 posted by (C)オトジマ

下:門川、上井野集会所
門川
門川 posted by (C)オトジマ


門川からほとんど交通量のない国道388号、県道210号で走ること1時間で中小屋も近い椎野地区に着く。

下:椎野地区。見物客を見込んで各所に案内看板や駐車場、トイレの案内が設置してある。私が行った時には見物の車は数台。
北郷 椎野
北郷 椎野 posted by (C)オトジマ

花の種類や色はやや単調である。
北郷 椎野
北郷 椎野 posted by (C)オトジマ

北郷 椎野
北郷 椎野 posted by (C)オトジマ

椎野地区は中小屋の峠も近い標高600mくらいの山の斜面にある。
戸数は10戸もあるんだろうか。近隣の林道や県道の沿道をアジサイで埋め尽くしているが、大変な労力である。
北郷 椎野
北郷 椎野 posted by (C)オトジマ

海岸にある門川ではアジサイは満開であるが、ここは標高が高いせいか、満開はしばらく先になりそうだ。集落内では結構咲いているが、林道沿いではほとんど咲いていない状態。
北郷 椎野
北郷 椎野 posted by (C)オトジマ

これは山頂近くの銀河ロッジ近辺。全く咲いてない。
北郷 椎野
北郷 椎野 posted by (C)オトジマ

という訳で、椎野のアジサイが見たい人はしばらく先の方がよろしいんじゃないでしょうか。コチラに詳しい情報があり、やはりよそより遅いとある。7月中旬までOKらしい。桃源郷はアジサイは一箇所に集中しているので、徒歩で周回するのに都合がいいが、椎野では田のアゼや林道沿いなのでやや分散的である。問題は遠いこと。延岡市内や門川の国道10号からだとゆうに1時間はかかる。
ただし、無料であるのはいい。

下:椎野地区

より大きな地図で アジサイロード 椎野 を表示

巨大甕

細島港の埠頭に行ってみたらなにやら巨大な器を見かけた。
よく見るとカメである。アリババと40人の盗賊で盗賊たちが大きなカメに隠れる話があるが、これなら大人でも楽にはいれそうだ。


あまりに大きいのでFRPかな、と思ったがやはり陶製である。車と比べたら大きさがわかる。


容量が1000Lと記してある。クローズアップでみたら製造元の刻印とおぼしきものが・・・「黄河謹製」と読めるようだ。やはり中国製か。


埠頭にいた運輸会社の人によれば、この甕は焼酎用だそうだ。県内の焼酎メーカーの物。一個の価格が30万円という。高いんだか安いんだか判断しかねる。でも日本で作ればとてもそんな価格では不可能ということらしい。
そもそも陶器でこんなでかいものが割れもせずに焼けるというのが驚きである。中国恐るべし。まぁ、陶器に関してはあちらの方が日本よりは本家というべきが。

その日たまたま門川で同じ甕を二度も見かけた。いままで気づかなかったのか。野原に放置してあった。これは1000Lはなさそうだ。


これは民家の庭に置いてあったもの。私が子供の頃、庭の便所に大きな甕を埋めて小便ツボにしていたものであるが、今時こんな大きなツボを我が家のような狭い庭に置くと場所をとることはなはだしい。30万円はとんでもないが、3000円でも買う気はおきない。


※雲海酒造の焼酎「日向古秘」のTVCFでこの甕が並んでいるところが使われている。

なごり雪と二王座

近所にゲオが開店してDVDが10円だったのでいろいろ借りてみた中に大林宣彦監督の「なごり雪」がある。大林監督は出身地の尾道を舞台にした尾道三部作と呼ばれる『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』がある。それとともに後年「なごり雪」と「22歳の別れ Lycoris葉見ず花見ず物語」の「大分三部作」を手がけるのであるが、3作目はまだなのか、検索してもよくわからん。「なごり雪」は2002年作品。



言うまでもなく「なごり雪」と「22歳の別れ」は津久見出身の伊勢正三の作品である。映画の「なごり雪」は津久見の隣の臼杵を舞台にしている。津久見はセメント工場しかない工業都市だから絵になりにくいが臼杵は古い町並みの残る城下町で大林好みのロケーション。

10年前の映画のレビューをいまさら書いてもという感もあるが、いままで見る機会がなかったのだからしようがない。
映画ばかりは見たときの気分、状況、年齢などで印象が大きく変わるので、いい作品なのかどうかはにわかに断定はできないが、あえていうと私には今ひとつ。基本的に伊勢の「なごり雪」から発想を得て、その世界観によりかかっているのであるが、あまりにも有名な歌だけに映画の中でその歌詞どおりのセリフを聞くといただけない。ヒロインの少女、雪子の棒読みのセリフも次第に耳についてくる。

映画のオープニングとエンディングは現在の(2002年時点)伊勢自身による歌である。たしかに歴史に残る名曲であるが、この歌はやはりイルカで聴きたい。少なくとも映画中の伊勢さんの歌には力がない。イルカもいくつもの録音があるが、若い頃の録音に尽きる。歌をイルカに入れ替え、冒頭の伊勢が歌う場面を風景に入れ替えるだけでも私への好感度ははるかに上がったのであるが。

今知ったのであるが、このアレンジは松任谷正隆さんなんですね。伊勢さんの才能も素晴らしいが松任谷氏に負うところもあったんだなぁ。さらにはイルカの力を得て大ヒット。


この映画は臼杵市のご当地映画であるので、臼杵の名所が散りばめられている。たびたびでてくるのが二王座の古い路地。ヒロイン雪子の家がこの坂の上にあるという設定。


この坂を上から見下ろすと


同じ路地の夜の場面


このスクリーンショットの正面の家の軒下にスクラップ同然のバイクが置いてあるのが見える。


この映画は2002年の作品であるが、なんと今だに同じ場所に同じバイクが置いてあるのである。これは私が撮った写真。どうやら意図的なモニュメントなんだろうか?? 昔のホンダ ベンリィ号である。


私が撮った現在の同じ場所、同じ家。家もスクラップ寸前であるがこのまま保存して欲しい。


昭和の面影の濃いさびれた街を三浦友和とベンガルが歩いている


たまたま写真を撮っていた全く同じ場所の現在。10年くらいではあまり変わらない?シュロチクがなくなっている。自販機は映画撮影の時は撤去したか?


ベンガル演じる水田は酒屋を営んでいる設定だが、野上弥生子生家の小手川酒造で撮影したようだ。

左が小手川酒造で右が野上弥生子生家


主人公が東京に旅立つたびに出てくる臼杵駅のホーム。

「なごり雪」の歌の場面は駅のホームであるからホームは欠かせない。歌では「東京で見る雪はこれが最後ねと」とあるから東京駅のはず。私は昔から東京駅の東海道線ホームをイメージしていた。九州から上京した学生にとって東京駅こそが故郷につながる駅であった。決して上野駅や羽田空港ではなかった。私より2歳年上の伊勢氏も急行高千穂号に乗ったはずである。延岡-東京間を25時間かけて走った懐かしい急行列車。貧乏学生は寝台列車の「富士」や飛行機に縁がなかった。しかし、この映画の展開からして駅は臼杵でなければならないので歌とは少々齟齬をきたすことになる。
ところがこの駅のロケ地は実は臼杵駅ではなく臼杵から日豊線をかなり南下した宮崎県との県境近くの山の中の重岡駅で撮影している。

臼杵駅の駅前の場面であるが、これも臼杵駅ではなくひとつ隣の上臼杵駅で撮影された。本物の臼杵駅は街中に有り、コンクリートの面白くもない駅舎で絵にならなかったのだろう。


これが実際の臼杵駅前


過ぎ去った青春の日々を28年後に主人公たちが回想するという手法をとっているのでノスタルジーを強調した映像になっている。青春物ではあるが、それを回想する世代の中年向けでもある。製作者サイドの世代から考える後者寄りか。よそのレビューを見るとかなり泣けるという人もいるようである。

私はこの項を書くにあたり、Youtubeのイルカの歌をあらためて聴いてみたところ、この歌には歌だけで十分な物語があり、胸を締め付けるような青春の切なさを表現しつくしているのを感じた。イルカの歌唱なればこそかもしれない。
これに改めて物語をかぶせるのはややもすると、屋上屋を重ねるようなもの、あるいは蛇足になるのではないか、という危惧もある。
それにあえて挑戦した大林監督の手腕に疑いを挟むものではないが、私には大成功しているとは思えなかった。でも人によっては大満足する場合もあるだろう。あとを引く青春の甘酸っぱさや悲しい結末に涙するする人も多いはず。
ともかく、伊勢正三や臼杵市に興味のある人は一見の価値は絶対にあるはず。私も「22歳の別れ」が見たくなった。


コスタビクトリア細島入港

いささか旧聞に属するが、先週の5月31日に細島港にクルーズ船コスタビクトリアが入港した。その前26日にも入港したらしい。
上海から韓国済州島、福岡を経て細島港というルート。中国人向けの短期クルーズである。今回の乗客は1868人というからすごい人数だ。

コスタビクトリアは総トン数75,166t、全長252.9m、全幅32.2m。
イタリアのコスタ・クルーズ社の所有でこの会社の船では今年の2月にイタリアでコスタ・コンコルディアが座礁事故を起こし死亡者が出たのは記憶に新しい。

たしかにでかい。以前に入港した飛鳥が約5万tというからそれより大きいが、印象としては似たようなものか
コスタビクトリア
コスタビクトリア posted by (C)オトジマ

MRTラジオのスクーピーも取材に来ている。彼女たちは船に向かって盛んに大声で「ウェーールカーーーム」とか叫んでいたが、乗客はほとんど中国人なので英語は通じないのでは?
コスタビクトリア
コスタビクトリア posted by (C)オトジマ

定番の歓迎行事の太鼓。
DSCN9194
DSCN9194 posted by (C)オトジマ

日向市内のキレイドコロ??も歓迎に出動
コスタビクトリア
コスタビクトリア posted by (C)オトジマ

クルーズ客がマキズシやヤキソバを食うのかな?
コスタビクトリア
コスタビクトリア posted by (C)オトジマ

感動したのがそのバスの数。フロントガラスに貼ってある号車ナンバーの最後尾は42号車!!宮崎交通ではとうてい足りず、県内じゅうから中小の観光バスが全部駆り出されている。中には鹿児島ナンバーも。霧島にでも行くのだろう。
コスタビクトリア
コスタビクトリア posted by (C)オトジマ

高千穂から来ている延稜バスのドライバーに聞いたらやはり高千穂に行くという。行く先はバラバラである。コレだけのバスが同じところに行ったら絶対パニックになるのは決まっている。実は1台だけでもパニックになりそうらしい・・・
コスタビクトリア
コスタビクトリア posted by (C)オトジマ

中国人ご一行様の出発
コスタビクトリア
コスタビクトリア posted by (C)オトジマ

このあとこの観光団の一部が近所のジャスコ日向店のあるロックタウンに来たのを目撃した人の話によると・・・

ジャスコ店内ファストフードコーナーを占領して声高に大騒ぎ。ダイソーで菓子を大量に買って店内で食いちらかし、ゴミを放置。駐車場で立小便。止めてある高級車に寄りかかって記念撮影・・・・などと日本人買い物客のヒンシュクを買ったらしい。
とかくアメリカ人と中国人観光客は世界中怖いもの知らずで評判が悪いとは聞いていたが本当らしい。

しかし不況で出口の見えない日本にとっては、無尽蔵に湧いて出る中国人観光客は今後いよいよ有難くなるだろう。そのうち日本中の観光地が中国人に占拠される事態もありうる。なんだか有難いような有難くないような・・・・・・

アジサイ

門川町の遠見山に「桃源郷」というアジサイ園がある。名前がいかにもなので敬遠していたのであるが、行ってみた。場所がかなり辺鄙なところで以前は訪れる人もない所であった。かつては鉱石の精錬カスの捨て場だったところ。地元のある人物が買い取り、アジサイ園としたものである。10年くらい経過してこのごろアジサイも大きくなったので観光客を呼ぶようになっている。
当日入園料300円、年間入場料500円。

一面のアジサイ。
遠見半島
遠見半島 posted by (C)オトジマ

ジャカランダの木も見えるが花はまだのようだ。ジャカランダはまだ幼木が多い。
遠見半島
遠見半島 posted by (C)オトジマ

展望台から見下ろす。花の盛りの日曜ということで結構車が来ている。正面の山が遠見山山頂。山頂にはNTTの中継所があり、町が設置した公園や展望台があり眺望絶佳。20年前に整備された時には賑わったが、現在はさびれている。この「桃源郷」のすぐ近くで、標高差もわずかであるが、連絡道はないし、看板等でのお互いの連携は全くない。仲が悪いのかもしれない。庵川の農家グループが設置した

遠見山の山頂展望台からは延岡市街が見える。遠見山随一の絶景ポイントであるが、桃源郷に来た観光客はここを知らないので全く人影はなかった。
遠見半島
遠見半島 posted by (C)オトジマ


より大きな地図で 桃源郷 を表示

日出の旅 拾遺

日出で見たもの、いろいろ。

下:滝廉太郎像
日出
日出 posted by (C)オトジマ
滝廉太郎の像が城の前、というか小学校の前にある。実は滝家は江戸時代、日出藩の家老職をつとめた上級武士の家柄であった。滝自身は東京の生まれで、父の転勤にともない竹田市をはじめ各地を移り住んだのであるが、日出に住んだ事はなかった。しかしいまだに滝家累代の墓は日出にあるので、ゆかりのある土地ということである。

下:同じところにある帆足萬里像
日出
日出 posted by (C)オトジマ
帆足萬里は江戸時代後期の学者。藩校教授を務めたり、藩政改革に取り組んだりしたこともある。三浦梅園、広瀬淡窓と共に豊後三賢の一人と言われているらしい。学問でも儒学一辺倒ではなく、蘭学にも取り組み、三浦梅園と通じるところが多かったとか。詳しくはウィキペディアで。

藩校、致道館。シロアリに食われボロボロになった門がつっかえ棒でかろうじて建っている。いさぎよくあきらめて、建て替えたほうがよさそうである。
日出
日出 posted by (C)オトジマ

玄関の木鐸。城下ガレイを模してるのか。来訪者はコレをたたいて来訪を伝える。
日出
日出 posted by (C)オトジマ

建物自体はありふれた木造住宅で、内部も畳敷きの部屋がいくつかあるだけ。格別な陳列物もない。窓ガラスから別府湾が見える。庭では何やら発掘作業中。
日出
日出 posted by (C)オトジマ

下:的山荘真下の漁協にあった看板。かなり怒っている。確かに、的山荘の庭園にノラネコが住み着いていた。日向市の日向岬にも捨て猫が多く、ネコがウジャウジャいるのと似た現象か。
日出
日出 posted by (C)オトジマ

下:二の丸館の前の武家屋敷。非公開
日出
日出 posted by (C)オトジマ

下:的山荘の隣に大手焼酎メーカー「二階堂」の社長宅がある。的山荘の一部を買い取ったものだろうか。昔、金鉱王、今、焼酎王、というところか。近くにある二階堂酒造工場敷地内には二階堂美術館もある。美術館の隣は例の琴音ちゃん遺体遺棄事件の発端となったマルショク日出店である。
日出
日出 posted by (C)オトジマ

日出城界隈の街灯は二階堂の提供。
DSCN9090
DSCN9090 posted by (C)オトジマ

二階堂はノスタルジックなTVCMが有名。二階堂公式ページのココにアーカイブとロケ地一覧がある。Youtubeでは実際のCMを見ることができる。ロケ地を見ると九州各地が多いが、お膝元の日出は出てこないようである。


日出の旅  的山荘

観光案内所で的山荘を見ることができると聞いたので行ってみることにした。なにやら昔、金山で大儲けした成金の邸宅らしい。実は城に行く途中で長い板塀の邸宅を見かけたのだがそれが的山荘だった。その時はてっきり二階堂酒造の社長宅だと思っていた。実はこの塀の先の白い塀の所が二階堂家。

的山荘
的山荘 posted by (C)オトジマ

入るのが気後れするような立派な門
的山荘
的山荘 posted by (C)オトジマ

門を入ると石畳のアプローチ。だーれもいない。
的山荘
的山荘 posted by (C)オトジマ

的山荘の玄関
的山荘
的山荘 posted by (C)オトジマ

玄関には素敵な花が
的山荘
的山荘 posted by (C)オトジマ

実は的山荘はよそにあるような公開保存建築ではなく、料亭として使われているのである。二の丸観光案内所では「ヒマだったら内部を見せてもらえますよ」と聞いていたので受付でその旨を伝えると、中でしばし相談していたが支配人とおぼしきが現れて中を少しだけ見せてくれた。本来なら喫茶タイムもあるのでケーキセットでも頼めばよかったのだろうが、その時はてっきり無料の公共施設と思っていたのでそこまで考えなかった。

内部は会食用にきちんとテーブルセッティングがされた立派な部屋がいくつかある。支配人はまっすぐに大広間に案内し、床の間にかかった「国本」という揮毫を指差し、「皆さんはアレを見たくてここに来られます。伊藤博文の直筆です。」という。残念ながら撮影禁止とか。ということで屋内の写真はナシ。唯一、支配人が許可したのが、この窓越しの別府湾の光景。
的山荘
的山荘 posted by (C)オトジマ

庭園は公開されているので自由に散策できる。この日、お天気の日曜であったがまったく人影はなかった。樹木の生い茂る庭園と眼前の別府湾を楽しめる素晴らしい庭園である。

的山荘
的山荘 posted by (C)オトジマ

的山荘
的山荘 posted by (C)オトジマ

的山荘
的山荘 posted by (C)オトジマ

的山荘
的山荘 posted by (C)オトジマ

大きな池もあるが水は枯れている
日出
日出 posted by (C)オトジマ

的山荘
的山荘 posted by (C)オトジマ

的山荘
的山荘 posted by (C)オトジマ

日出
日出 posted by (C)オトジマ

なんと言ってもこの借景が絶品。別府湾のむこうに鶴見岳、高崎山が見える。
的山荘
的山荘 posted by (C)オトジマ

秋の紅葉のころもいいようだ。Youtubeに動画がアップされているのでコチラを参照。

的山荘は金山で成功した成清博愛が日出藩の屋敷跡を買収して立てた別荘。近年まで成清一族が料亭として使っていたが、昨年日地町によって委託経営者が公募されて、2011年より大分市の食肉卸・小売業「まるひで」により運営されている。

的山荘の歴史についてはコチラに詳しい解説と貴重な昔の写真があるので是非参照していただきたい。

日出の旅 暘谷城趾

かねて日出に日出城(暘谷城-ようこく)があることは知っていたし、城下ガレイも有名である。日出はたびたび高速道路で通過はするが、10号線で走り抜けたことはめったにない。せっかく日出に来たことだから暘谷城に寄って見ることにした。この城はほとんど学校用地になってしまい、現在では石垣しか残っていないことも知っていたので期待せずに行ったのであるが、意外や大変に風情のあるところであったのはうれしい誤算。

10号線からの進入路を誤ると城へのアプローチはなかなか難しい。既述のように現在は小学校と中学校になっているからである。駐車場もない。JR暘谷駅近辺から海側に進入し、観光案内所になっている二の丸館に車を置くのが確実で、そこで観光マップをもらうと後がラクである。

暘谷城周辺マップ。クリックで詳細。


下:石垣。石垣の上は日出小学校である。
暘谷城趾
暘谷城趾 posted by (C)オトジマ

下:小学校の周囲は石垣と堀。堀に水はない。昔はあっただろう。
暘谷城趾
暘谷城趾 posted by (C)オトジマ

下:海側の石垣。近江の石工集団、穴太衆の手になるという。
暘谷城趾
暘谷城趾 posted by (C)オトジマ

海岸沿いには素晴らしい景色の楽しめる遊歩道がある。竹下首相のふるさと創生事業の一億円で作ったとか。
暘谷城趾
暘谷城趾 posted by (C)オトジマ

暘谷城趾
暘谷城趾 posted by (C)オトジマ

下:眼下に別府湾、正面に高崎山や鶴見岳が見える
暘谷城趾
暘谷城趾 posted by (C)オトジマ

石垣の階段を登ると・・・・
暘谷城趾
暘谷城趾 posted by (C)オトジマ

いきなり小学校の校庭である。
暘谷城趾
暘谷城趾 posted by (C)オトジマ

校庭の隅に天守台がある。鉄棒やサッカーゴールなどの間を遠慮しながら天守台に近づく
暘谷城趾
暘谷城趾 posted by (C)オトジマ

天守台から海を見下ろす。
暘谷城趾
暘谷城趾 posted by (C)オトジマ

天守台には何もない。天守台という標識すらない。ただ三角点の石柱があるだけ。きわめてそっけないがそれもまたよし。絶景があるだけで十分。標高28mしかないが、海からいきなり立ち上がっているので下をみるとこわい。正面は高崎山
暘谷城趾
暘谷城趾 posted by (C)オトジマ

石垣のヘリには柵もないので、下を恐る恐るのぞくとヒェー!落ちたら確実に死ぬ。小学校の校庭というのに柵を設けないというのは蛮勇か見識か意見が別れそうだが、私は絶対支持する。
暘谷城趾
暘谷城趾 posted by (C)オトジマ

隣の中学校も見下ろせる。
暘谷城趾
暘谷城趾 posted by (C)オトジマ

コチラに往時、天守台に天守があったころをCGで再現した画像が見れるサイトがあるので見て欲しい。他にも城マニアらしい解説もあるので私の説明を見るよりずっとタメになる。

小学校正門に残る石垣塀。
日出城
日出城 posted by (C)オトジマ

時鐘の鐘楼。もとの裏門櫓跡にあるが、小学校校庭にあるので、近づきがたい。
日出城
日出城 posted by (C)オトジマ

修復工事中の鬼門櫓。かつては他の場所にあって荒れ放題だったものを図書館前に移築。それとても本来の場所ではない。ほとんど新築に見えるのがやや残念。
かつての様子はコチラに写真があるが、朽ち果てる寸前の様子の方が凄味がある。
暘谷城趾
暘谷城趾 posted by (C)オトジマ

日出藩はたかだか2万5000石の小藩であったが、その城の遺構はなかなか立派である。いかんせん明治の廃城令でほとんど建物がなくなっているし、城跡が学校になってしまって、観光客が周遊するにはえらく不都合なのが残念である。
プロフィール

トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR