都留近辺

宮崎県内にある三秀台から熊本県高森町に入った所が都留の集落。県境近辺で見た秋の風情を。

三秀台から祖母方面。祖母は雲の中。絶景ぶち壊しの真新しい畜舎ができている。せめて色を目立たなくするとか植栽で隠すとかして欲しいところである。
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三秀台には赤いモミジもチラホラ
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宮崎県側の五ヶ所。
都留
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宮崎県側の五ヶ所の大谷川。上流は祖母山。
都留
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下流側にわずかにアーチ型の石橋が見える。
都留
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これがその石橋。今は使われていない道路で、この手前でぶち切れている。橋の上からは石橋の全貌はよく見えない。
都留
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都留集落内のちょうど県境のところ。ケヤキが色づいている。
都留
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橋の上から見下ろす。この川が県境になっている。
県道41号
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橋の下に廃道が見える。落ち葉がすごい。
県道41号
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下に下りてみるとこんなふう。この道は先でぶち切れているので車が通らない。
県道41号
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上の落ち葉の道は先であのぶち切れた道につながる。
上に新道と橋ができたので廃されたようだ。
都留
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より大きな地図で 都留 を表示http://photozou.jp/photo/show/207044/158342497

荻岳近辺

高森町都留から県道41号を通って久住方面に行ったので途中で見た秋の風情をランダムにご紹介。

県道41号は7月豪雨のせいで荻岳近辺で現在も通行止め。
豊肥線も竹田以西不通なので線路は草ボーボーになっている。
このまま廃線にならなければいいが。高千穂線の例もある。
荻岳
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せっかく荻岳のそばを通るので寄ってみた。
荻岳
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しかし、頂上の近くに来ると、表土の崩落とガードレールの垂れ下がりが見える。
荻岳
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やっぱり通行止め。いたるところに豪雨被害が。
荻岳
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山頂近くは一面ススキの原。
荻岳
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高森方面。モヤがかかっている。久住は全然見えなかった。
荻岳
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荻岳近辺の白菜畑
荻岳
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大豆畑
荻岳
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麦畑
荻岳
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ケヤキ畑? 造園関係の圃場か?
荻岳
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久住高原ロードパーク 2012

宮崎県では紅葉までまだまだであるが、久住くらい標高が高くなるとすでに紅葉してるんではないか、と偵察に行ってみた。
山の上に上がれば紅葉真っ盛りというのはじなしさんのブログで知っている。
当ブログにも「久住高原ロードパーク」「陽目渓谷」「陽目の里」での紅葉を調べるアクセスが増えている。

結論的に言えば、久住高原ロードパークの紅葉はあるにはあるが、見頃は来週か再来週(11月初旬)ではないだろうか。


山上には赤い斑点がたくさん見える。
2012 久住
2012 久住 posted by (C)オトジマ

ガンジー牧場寄りの入り口から入るとしばらくは紅葉はほとんど見えない。赤川温泉近辺のモミジはまだ緑色。中盤以降の標高の高いところからぼつぼつ赤いモミジがあらわれる。
2012 久住
2012 久住 posted by (C)オトジマ

これはあくまで赤いところだけ狙って撮っているんです。
さらには赤いのにはカメラ側のエフェクトもある。全山真っ赤という訳ではない。
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2012 久住
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2012 久住
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2012 久住
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2012 久住
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紅葉は日光の透過光あってのもの。日光が当たったところだけ美しい。
2012 久住
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これは赤川温泉から撮影。赤川温泉近辺の紅葉はまだまだ。
2012 久住
2012 久住 posted by (C)オトジマ

サッパリだった去年に比べると、今年の紅葉は期待できるんではないだろうか。

キィウィ一葉、落ちて天下の秋・・・・

桐一葉、落ちて天下の秋を知る

Jotta A

Youtubeを見出すとキリがないのであまり見ないのであるが、クリスマスが遠くないので生徒達に英語のクリスマスソングでも聴かそうか、と思って、今や定番となっているマライア・キャリーの「All I want for Christmas is you」を検索すると、小さな少女が歌っているのを見つけた。アメリカじゃ有名な子どもかもしれない。歌が上手なのよりカワイイのが先。生意気に「きつく抱きしめて」なんて言ってる。


『消臭力』のミゲル君のように外国にはとんでもなく歌の上手な子どもがいるもんだ。しかし更に驚いたのはブラジルの少年、ジョッタ(Jotta A)である。幼い日のマイケル・ジャクソンを彷彿とさせる。とんでもない美声でなおかつウマイ!! おなじみの名曲をゴスペル風に自由にアレンジしてしまっているのも12歳とは思えない才能だ。聞いたことない人は一度聞いてみる価値アリ。


素人の子どものタレント発掘番組で登場するやたちまちスターになってしまった少年である。もう声変わりの時期だから今後はどうなるかわからないが、マイケルが少年時代の美声から声変わりした後、いよいよ活躍した例もある。

美声はそれだけでも人を酔わせる。
下は同じくブラジルの天才少女マヌエリとのデュエットで「ハレルヤ」。マヌエリが低音、ジョタが高音部を素晴らしい声で歌っている。二人とも教会の聖歌隊できたえてるらしい。教会の存在が歌のうまい層の厚さに影響してる。美少年と美少女が歌い上げるすばらしい掛け合い。日本ではなかなかお目にかかれないパフォーマンスだ。

ダウンロードしていつも聴いている私のお気に入り。

Jotta A。歌詞つきでアメイジンググレース。いろいろな歌手のアメイジンググレースを聴いたがこれを越えるものは聴いたことがない。


彼の母語はポルトガル語なので英語の歌詞と発音はあちこち間違っているが、そんなことは愛嬌。神も仏も信じない私だが、彼の歌を聴いていると思わず神の恩寵に涙したくなるくらいの歌唱である。スゴイ。

いろいろ他に聞いてみたいと思ってアマゾンで購入しようと調べたがポルトガル語のなじみのないゴスペルばかりなのが残念。

私は昔からクリスマスソングの中でも少年時代のマイケル・ジャクソンの「Mommy kisses Santa Clause」が大好きである。何回聴いても聞きほれる美声である。






IS2=1

ススキの地福寺

天気が良いので近くの地福寺に出かけてみた。
延岡市の西部の下三輪。
お寺の方におじゃましてお手間を取らせては気の毒なので納骨堂にだけ登ってみた。
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納骨堂。シバザクラの間から山土が露出している。
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風景絶佳なのでここで永眠したい人は是非お寺にお問い合わせを。永代供養を受付中。
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地蔵さんの額に白毫(びゃくごう)が・・・、と思ったら鳥のフンでした。
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下は五ヶ瀬川
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ススキの向こうは行縢山
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藤棚はススキの原
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松瀬の農産物直売所の屋根が良い加減に芝屋根化していた。
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美々津 海岸

美々津の海岸には細い松林がある。が、ここもマツクイムシに食われつつある。
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

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被害木は伐採されている
美々津
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駐車場から南は広葉樹に植え替えられている
美々津
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七ッ碆(ななつばえ)と美々津灯台
美々津
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山頭火の句碑が立つ。 「墓がならんでそこまで波がおしよせて」
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山頭火は昭和5年に美々津に滞在している。
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この家の脇に道路元標が立っている。耳川大橋開通以前はこの通りが国道だった。さらに現10号線耳川大橋のやや上流にある美々津橋の開通(昭和九年)以前は、耳川河口は渡し舟で渡河した。距離の測定も渡し船の経路によった。
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距宮崎元標13里34丁13間3尺。現在の10号線経由でここから県庁までおよそ55km。北隣の富高元標まで2里29丁33間。
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

美々津 愛宕神社

美々津の裏通りを歩いていたら、「橋口家庭園」という案内があった。入り口がわかりづらいので人に聞いて入ってみる。この奥にある。
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橋口家は愛宕神社の神職らしいから、いかにもそれらしい構え。
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案内板を見ると、たいへん古くて由緒ある庭園ではある。
昭和11年に文部大臣指定、昭和32年に県指定の名勝になっている。
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しかし・・・・
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今、見てみると「名勝」というほどではない、と感じるのは私だけではないはずだ。小さい庭であるし、あまり手入れもされていない。
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崖からの湧き水があり、池が作られている。ここから崖の上にある愛宕神社への上り口がある。
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神社への参道の石垣も丸石で築かれている。
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愛宕神社。社殿は新しい。
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この小路のつきあたりに橋口家庭園と愛宕神社がある。手前のビルはスーパーニシムラ。かつては日向・門川の店舗網を広げた地場スーパーだった。
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

ニシムラの裏にある八坂神社。社殿はなく、小さな祠があるだけ。
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

鳥居の脇に地蔵が並ぶ。
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

美々津 専修寺

国道10号線沿い、旧美々津県庁跡のやや南に専修寺がある。
車では10号線から入るが本来の参道は海に面した町のほうにある。
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寺の斜面の擁壁は丸石。海岸や近くの石並川から持ってきたものだろう。
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

石垣は古いが建物は新しい
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

千手観音。左は天明年間、右は享保年間だからかなり古い。
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

大師堂があるが・・・
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

大師の大群。各地の路傍から集められたものか。
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

石の素材が柔らかいようで風化したものも多い。首をつないだ物も見られる。廃仏毀釈の被害者か。
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境内から海を見る
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PA064427 posted by (C)オトジマ

美々津

図書館から2003年平凡社刊「太陽」別冊「日本の町並み」を借りてきて、九州の町並みのラインナップを見て、やや失望した。その多くをすでに訪問済みだったからだ。つまり私には、九州にはもうあまり楽しみが残されていない、ということ?
中国四国には古い街並が多いが、日帰りはムリなのでなかなか行けそうにない。

ちなみに、この本に載っている九州の町並みは・・・
福岡県/筑後吉井・秋月・八女福島・英彦山・柳川
佐賀県/有田・肥前浜・塩田宿
長崎県/長崎・島原・国見(神代)
熊本県/山鹿・三角西港
大分県/杵築・臼杵・竹田・日田
宮崎県/飫肥・美々津・椎葉
鹿児島県/知覧・入来・出水・奄美

たとえば古い街並の専門サイト「郷愁小路」には他にもたくさんの街並がリストアップされているが、上記は確かに代表的ではある。

宮崎県の三つのうち美々津は近くなので何度となく行っていて、

ところがこの前に無粋なトタン張りの壁が出現。手前の空き地になにかできるのかも。
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ

これが以前の様子。この商店がなくなったんだな。
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PB180123 posted by (C)オトジマ

これは裏通りにあるトタン張りの家だが、安っぽいトタンといえども十分古くなると貫禄が出てきて歴史に溶け込む。
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PA064431 posted by (C)オトジマ
木造モルタル、セメント瓦という安普請も古くなるとなんとはなしに風情がある。向こうに見える赤い総トタンのバラックとともに赤と青の対比が面白い。
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PA064470 posted by (C)オトジマ

共同井戸の横にある廃屋もいい雰囲気。
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PA064495 posted by (C)オトジマ

屋根にまで植物が生えて自然と一体化しつつある。
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PA064497 posted by (C)オトジマ

本瓦は古くなると不均等に退色して味わいが出る。家は新しいから、昔の瓦を流用したと思われる。古い瓦は決して捨てるべからず。今に値が上がるよ。
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PA064429 posted by (C)オトジマ

昨今では庭に芭蕉がある御宅も少なくなってきた。古いレンガ塀とあいまって風情がある。
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PA064411 posted by (C)オトジマ

廃屋の廃園。昔の小金持ちは庭にこんな池をつくり金魚を泳がせていたものだ。
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PA064446 posted by (C)オトジマ

茅葺屋根

10月15日放送、NHKBSプレミアムのNHKアーカイブスで白川郷合掌造りの屋根葺き替えの模様「心をつないだ大屋根葺き」を見た。あるお宅が一世紀ぶりにカヤ葺き屋根を葺き替える様子をドキュメンタリーにしたもので2001年の取材。

大変な作業である。集まった作業員とボランディアなんと500名。用意した弁当なんと2000食。ほとんどお祭りである。「結い」のボランティアの労賃はかからないとはいえ総費用は相当なものである。数千万という費用から葺き替えをあきらめてトタン葺きにする家も多いという。

近年白川郷は世界遺産になり、「世界遺産白川郷合掌造り保存財団」もできたので事情は変わったかもしれない。
とはいえ、茅葺屋根の専門業者というのはあまり聞かないから、技能を蓄積した屋根葺きの「結い」のシステムなくしては困難な事業だ。

国東半島で見た家。観光用ではなく普通に人が住んでいた。
わらぶき
わらぶき posted by (C)オトジマ

スタジオジブリの出す「熱風」という雑誌がある。以前購読したことがある。今号はたまたま電子版で無償公開されているので読んでみたら藤森照信氏がたまたま「茅葺屋根」について大変面白い記事を書いていた。

藤森氏は若い頃から数度、自作で萱葺屋根を作ったことがあるという。縄文人の竪穴住居を復元したもの。やってみてわかる最大の困難はススキを集めることがだ、という。ススキなんてどこにも生えているものだが、雨漏りなく葺くには厚みが30cmほど必要でそのために必要なススキは小さな小屋といえども膨大なものらしい。10cmくらいの厚みでは下から見るとスキマから空が見えると言う。家族でそのススキを集めるのは大変だったとか。白川郷の葺き替えでは厚みはゆうに1m近くあった。

昔は集落で萱を栽培する「萱場」を持っていた。いまでも東京に「茅場町」という駅名が残るし、ショックアブソーバで有名なカヤバ工業も萱場に由来するはずだ。諸塚などの山村では近年まで山の一部が萱場として残っていたそうだ。つまり普段から屋根葺き替えに備え、大量の萱を備蓄していたもの。農村では各種の共同作業「結い」が見られたが、近代化とともに次第に消滅していく。しかし、屋根葺きのための「結い」は個人では困難なので最後まで残ったという

安心院で見た廃屋。トタンの破れの下にカヤが見えている。
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PB200161 posted by (C)オトジマ

藤森氏は縄文人の家作りを体験するために石器でススキを刈ってみた。これが大変困難だという。そういえばススキは折ることは簡単だが切るとなると刃物が必要だ。藤森氏は縄文人が石器で大量のススキを刈っていたとは考え難いとしている。だから各地で復元されている縄文時代の住居、さらには弥生時代の住居にしても萱葺で再現されているが、史実かどうか怪しいという。実際には、より簡単に雨がしのげて、採集しやすい桧皮葺きの方が普通だったのではないか、と推測している。古い神社はいまだに桧皮葺きである。

我々が頭に描く萱葺屋根が普通になったのは鉄器が庶民にまで浸透してきた室町時代かららしい。鉄器がなければ昔話の絵本の屋根のようになだらかに刈りそろえられた美しいラインは絶対にできない。ボサボサの髪の毛のように見苦しくなるそうだ。白川郷では大型の剪定鋏や電動のヘッジトリマーを使ってきれいに刈り揃えていた。

藤森氏ならではの面白い連載である。コチラで読める。

高千穂町で。
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PA074506 posted by (C)オトジマ








千代田病院

義父が日向市細島の千代田病院に入院した。
千代田病院は日向市内の有力病院で、市内中心部にあって、増築を重ねた古くて迷路のような建物だった。それが今年、細島のジャスコ裏に新築移転したもの。
見違えるように広くてキレイな快適な病院に変身して、ほとんど高級ホテル並み。ここなら楽しく入院できそうだ。
千代田病院
千代田病院 posted by (C)オトジマ

病室は4・5階にあって眺めが良い。
千代田病院
千代田病院 posted by (C)オトジマ

西と東面は展望廊下になっている。
あの細長い卓で景色を眺めながら食事をする入院患者もいる。
千代田病院
千代田病院 posted by (C)オトジマ

自由にくつろげるロビーもある。
千代田病院
千代田病院 posted by (C)オトジマ

周囲に高い建物がないので眺めがいい。これは北西方向。
工業港や大王谷方面。
千代田病院
千代田病院 posted by (C)オトジマ

工業港、畑浦、竹島方面
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PA014446 posted by (C)オトジマ

南面。伊勢が浜、櫛の山方面。
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PA014443 posted by (C)オトジマ

細島商業港方面。
千代田病院
千代田病院 posted by (C)オトジマ

市中心部方向。遠くに東郷町の冠山が見える。
千代田病院
千代田病院 posted by (C)オトジマ

同じく日没時
千代田病院
千代田病院 posted by (C)オトジマ

日没後
千代田病院
千代田病院 posted by (C)オトジマ

義父は個室に移動した。そしたら外の景色は全く見えなくなった。残念。しかし、シャワー・トイレ・冷蔵庫付き、天窓から日光が差すという快適な個室である。スタッフのサービスも充実した素晴らしい病院である。個室料、1日5000円。



二上神社

高千穂にはたくさん神社があるが、二上神社には行ったことがないので行ってみた。218号線の芝原あたりから川を渡って枝道に入る。案内がないのでややわかりづらい。

三田井から近くだろう、と思っていたのだがとても遠い。おいそれと大型観光バスが来れるところではない。
周囲の景観はちょうど秋元神社に行く途中に似ている。

二上神社
二上神社 posted by (C)オトジマ

いかにも神様が鎮座していそうな山が見えてくる。あの山の中腹あたりにある。
二上神社
二上神社 posted by (C)オトジマ

神社参道入り口から集落を見下ろす
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PA074514uz posted by (C)オトジマ

ようやく鳥居にたどり着く。まっすぐ進むと参道であるが、どれだけ歩かされるのかわからないので今回はパスして裏参道へ。右にセメント舗装の細い道が山の上に続く。
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PA074510 posted by (C)オトジマ

表参道
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裏参道は細く長い上り坂。歩いたら相当ある距離である。
大きい車だとちょっと苦しい。軽ならラクラク登れる。
二上神社
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社殿
二上神社
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閻魔様とおぼしき彫り物
二上神社
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絵馬堂
二上神社
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おなじみの三十六歌仙図。退色がひどく字は読めない。
二上神社
二上神社 posted by (C)オトジマ

天井画もかなり退色している。もとはさぞ美しかっただろう。
二上神社
二上神社 posted by (C)オトジマ

とても個性的な狛犬。行縢神社の狛犬に似ている。台座の奉納記をみると年号はハッキリしなかったがそう古くはないようである。明治以降と思しい。
二上神社
二上神社 posted by (C)オトジマ

こんな山奥のどんづまりになぜこんな立派な神社があるんだろうか。とても裕福とは思えない山間の集落である。

秋元神社とよく似たロケーションであるが、秋元神社よりは幹線国道から近い。秋元神社のような人気のパワースポットになってもいいはずだが。



高千穂 向山の野仏

大人から上流に五ヶ瀬川の右岸を遡ると、日之影町から高千穂町に入り、天翔大橋が見える。ここから県道50号を山のほうに入っていくとパワースポットで人気の秋元神社がある。今日も神社詣でと思しき県外車に何台もすれ違った。

向こうに天翔大橋が見える。国道218号線は対岸である。
高千穂 向山
高千穂 向山 posted by (C)オトジマ

立派な石蔵のあるお宅がある。
高千穂 向山
高千穂 向山 posted by (C)オトジマ

向山地区から県道50号を高千穂峡まで行ってみたら、いくつか野仏を見ることができた。

真新しい大師堂がある。何も書いてないのでうっかりすると気付かないが、嗅覚があれば大師堂とわかる。
高千穂 向山
高千穂 向山 posted by (C)オトジマ

右端は46番浄瑠璃寺薬師如来。大人と番号がつながっているのかどうかは知らないが、45番はわりと近くにあったので連番の可能性がある。
高千穂 向山
高千穂 向山 posted by (C)オトジマ

横に木像を納める棚があるがしっかり格子で封鎖されている。盗難除けか。
高千穂 向山
高千穂 向山 posted by (C)オトジマ

なかなか立派なお顔の仏様が。
高千穂 向山
高千穂 向山 posted by (C)オトジマ

高千穂 向山
高千穂 向山 posted by (C)オトジマ

馬頭観音
高千穂 向山
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猿田彦
高千穂 向山
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高千穂峡の近くの大師堂
高千穂 向山
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左から:18番恩山寺薬師如来、20番鶴林寺地蔵菩薩、21番太龍寺虚空蔵菩薩
高千穂 向山
高千穂 向山 posted by (C)オトジマ

下:高千穂峡近くにある高千穂太郎の墓。鳥居に書いてある「奥津城」(おくつき)とは墓の意。実際の墓はこの山の上にある。
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そばのワラ葺き屋根。民家ではなく、なんらかの施設のようだが立ち入り禁止。
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ここから国道218号線に行くには高千穂峡の谷底を通らざるをえない。ちょうど連休ということもあり大変な混雑。焼きトリだか焼きイカだかのけむりが立ちこめ大勢の観光客がソフトクリームを手にそこらじゅうに座り込んでいる。ゆめゆめ休日の高千穂峡に行くものじゃありませんよ。



日之影 古薗の野仏-2

古園集落から少し西の路肩に大師堂がある。

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かたわらに小さな祠もある
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P9304420 posted by (C)オトジマ
左:馬頭観音  右はなんだろう? 御幣を持っているように見える
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P9304421e posted by (C)オトジマ

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左:45番岩屋寺不動明王  右:文久3年銘の大師
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左:83番一宮寺聖観世音菩薩、右:81番白峯寺千手観世音菩薩
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左:76番金倉寺薬師如来 右:84番屋島寺十一面千手観世音菩薩
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日之影 古園の野仏

日之影、大人地区から県道205号を西にいくと古園地区である。懐かしいふるさとの風景。

田の中に小さな鎮守の森が見える。
日之影 古園
日之影 古園 posted by (C)オトジマ

神社は天満天神。かたわらに小さな大師堂がある。
昔懐かしい風景。
日之影 古園
日之影 古園 posted by (C)オトジマ

かがまねばならぬほど小さな堂であるが、中には仏達がぎゅうぎゅう詰めである。さらにはプラスチックのイスや目覚まし時計なども置いてある。石仏たちは例によってあちこちの路傍から退避してきたものだろう。
日之影 古園
日之影 古園 posted by (C)オトジマ

これは木彫の仏像たち。かなりボロボロ。
日之影 古園
日之影 古園 posted by (C)オトジマ

左:44番大寶寺十一面観世音菩薩、右:73番は出釈迦寺釈迦如来のはずだが、これには虚空蔵菩薩と彫ってある。?
日之影 古園
日之影 古園 posted by (C)オトジマ

石仏も赤の着彩があると、ぐっと華やかになる。
左:82番根香寺十一面千手観世音菩薩、右:71番弥谷寺千手観世音菩薩
日之影 古園
日之影 古園 posted by (C)オトジマ

左:85番八栗寺聖観世音菩薩、右84番屋島寺十一面千手観世音菩薩
日之影 古園
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左:63番吉祥寺毘沙門天、右:75番善通寺薬師如来
日之影 古園
日之影 古園 posted by (C)オトジマ

昔、村の人々は連れ立って八十八箇所めぐりをしていたことだろう。きっと楽しいレジャーだったと思う。弁当を持って回っていたのかな。そのころの情景が見たいものである。
日之影 古園
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日之影 古園
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日之影 古園
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鉄片がぶらさがっている。半鐘のかわりか。
P9304409
P9304409 posted by (C)オトジマ /



日之影 大人の野仏

大人の集落からやや高千穂方に登ったところに地蔵堂がある。
ここも各所から集められた八十八箇所めぐりの石仏たちのたまり場である。

大人 野仏
大人 野仏 posted by (C)オトジマ

道路改良の済んだ新しい道には野仏はなく、曲がりくねった旧道沿いにある。

大人 野仏
大人 野仏 posted by (C)オトジマ

左から62番宝寿寺十一面観世音菩薩。61番香園寺大日如来。60番横峰寺大日如来。
大人 野仏
大人 野仏 posted by (C)オトジマ

左から59番国分寺薬師如来。58番仙遊寺千手観世音菩薩。57番栄福寺阿弥陀如来。
大人 野仏
大人 野仏 posted by (C)オトジマ

左から56番泰山寺地蔵菩薩。55番南光坊大通智勝如来。 54番延命寺不動明王。
大人 野仏
大人 野仏 posted by (C)オトジマ

左:文政10年銘の大師。 右は顔を破壊されている。
大人 野仏
大人 野仏 posted by (C)オトジマ

これは路傍の野仏。道路改良される前の屈曲した旧道にあった。
大人 野仏
大人 野仏 posted by (C)オトジマ

左から68番神恵院阿弥陀如来、67番大興寺薬師如来、66番雲辺寺千手観世音菩薩、65番三角寺十一面観世音菩薩
大人 野仏
大人 野仏 posted by (C)オトジマ

路傍の野仏は風情があるものであるが、文化財の保全という点からみると、屋根の下に置いておかないと風化がひどいということがよくわかる。同じ時に作られたにしては堂内にあるものとえらい違いだ。

コスタビクトリアまた入港

細島港を通りがかったらまたコスタビクトリアが入港していた。
今年3度目である。4度目かな?
しかし尖閣を巡って日中に緊張関係が生じて以降は初めてだからどんなもんか覗いてみた。

巨体も見慣れてきた。
コスタビクトリア
コスタビクトリア posted by (C)オトジマ

船籍はイタリアなので乗組員もイタリア人が多いのか?イケメンの船乗り達。
コスタビクトリア
コスタビクトリア posted by (C)オトジマ

コスタビクトリア
コスタビクトリア posted by (C)オトジマ

毎回おなじみの光景。歓迎の太鼓演奏が船が着岸するまでずっと続く。船べりの乗客たちが岩壁に向かって手を振ると、こちらからも手を振る。まぁ、友好ムードである。
見物客達が老人ばかりなので、中国人は日本は老人ばかりの国と思うのではないか?まぁ、あたらずとも遠からず。
コスタビクトリア
コスタビクトリア posted by (C)オトジマ

歓迎の日向美女たちがいささか高齢なのも毎回同じ。
PA054374
PA054374 posted by (C)オトジマ

そこらじゅう焼き鳥のケムリが立ち込めていて、中国人をケムリで燻そうという魂胆らしい。日向の印象はヤキトリだな。
コスタビクトリア
コスタビクトリア posted by (C)オトジマ

こんなもん中国人が買うのかぁ? 
コスタビクトリア
コスタビクトリア posted by (C)オトジマ

中国人はひらがな読めないよ。
コスタビクトリア
コスタビクトリア posted by (C)オトジマ

栗は中国の方が本場ではないかい?
コスタビクトリア
コスタビクトリア posted by (C)オトジマ

仮設トイレの案内
コスタビクトリア
コスタビクトリア posted by (C)オトジマ

前回、その多さにひったまがったバスの数はやや少ないような気もするが、HISの表示のついたバスの番号は40番まではあるようだ。
コスタビクトリア
コスタビクトリア posted by (C)オトジマ

夕方のジャスコは中国人で大賑わいで、電気釜の特設販売コーナーもできていたとか。正直言って田舎町にとって中国人クルーズ客は神様のように有難いのではないか?あんな巨大な船に数千人も乗って次々にやってくるんだから。

「領土問題は存在しない」一点張りの芸のない現政府。国際的にも国内的にもなんの説得力もない。なんらかの工夫をしないと事態は良くならない。傲慢な中国政府は憎たらしいが、中国人を熱烈歓迎する田舎町が安心して商売できる環境は必要だ。



日之影 大人神社

小さな集落の大人には岩井川神社の近くに大人神社もある。
小高い丘の上ではるが、駐車場からすぐで石段を上がる必要はない。
大人神社近辺
大人神社近辺 posted by (C)オトジマ

境内と社殿
大人神社近辺
大人神社近辺 posted by (C)オトジマ

拝殿に神輿が置いてある
大人神社近辺
大人神社近辺 posted by (C)オトジマ

立派な木彫がある
大人神社近辺
大人神社近辺 posted by (C)オトジマ

線刻地蔵は由緒ある貴重なものらしいが、いかんせん、よーーく目を凝らさないと見えないような代物なのでどうにも有難くない。
P8193713
P8193713 posted by (C)オトジマ

神社の近所にはもう一つの小高い丘があり、古い墓石が並び、地蔵堂もある。古木が集落の古い歴史を示す。
大人神社近辺
大人神社近辺 posted by (C)オトジマ

石塔群。詳しくは下の解説を。
大人神社近辺
大人神社近辺 posted by (C)オトジマ

大人神社近辺
大人神社近辺 posted by (C)オトジマ

甲斐宗攝の墓石がある。甲斐宗攝は高千穂地方を領有した三田井家の武将。彼を巡るドラマについて詳しくはコチラを参照して欲しい。
大人神社近辺
大人神社近辺 posted by (C)オトジマ

甲斐宗攝によって討ち取られた三田井親武の首はこの大人の川向こうの宮水神社に祀られている。コチラに宮水神社に行った時のエントリがあるので参照して下さい。

甲斐宗攝の墓石。
大人神社近辺
大人神社近辺 posted by (C)オトジマ

古木の間から日之影中学校方面を見る
大人神社近辺
大人神社近辺 posted by (C)オトジマ

撮影は8月なので緑が濃く、稲穂も青い。

日之影 大人 岩井川神社

日之影町大人集落は大人歌舞伎、大人神楽で有名だという。私は見た事がない。高千穂の神楽だって見たことないが。
コチラに詳しい解説と写真があるので参照して欲しい。

神楽は1月なので、神楽の舞台となる岩井川神社も完全に今はシーズンオフ。そのオフぶりを写真に撮って来た。

長い石段で知られる。これはその下半分。下半分は近年改修されたコンクリート石段なのであまり風情はない。
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真ん中の踊り場に来ると灯籠と石段の上半分が見える。
こちらの石段は昔からの石造なのであるが、草ボーボーになっているのでギョッとするような凄みがある。
大人
大人 posted by (C)オトジマ

石段があまりに長く、地域の老人達が気軽に御参りできないのでだれも掃除せずにこんなになってしまったのではないか?ここまで草ボーボーの神社はあまり見かけない。

上から見下ろす。
大人
大人 posted by (C)オトジマ

長い石段を登りきると、ありきたりの社殿があらわれる。
大人
大人 posted by (C)オトジマ

社殿もかなり荒れ放題。神楽の頃だけキレイになるのかな。
杉の大木が生い茂る。
大人
大人 posted by (C)オトジマ

神社からふもとの大人集落を見下ろす。
岩井川神社
岩井川神社 posted by (C)オトジマ

神社の下に広場と「歌舞伎の館」が見える。いかにも昔の小学校然としたたたずまいだ。
岩井川神社
岩井川神社 posted by (C)オトジマ

やはり大人小学校の跡地だった。昭和41年の閉校だから50年近く経っている。
岩井川神社
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昔の学校にはどういうわけかセンダンの木が多い。最近は流行らない植栽ではないだろうか。
岩井川神社
岩井川神社 posted by (C)オトジマ

2012年10月7日にここで「大人歌舞伎」が演じられるらしい。

日之影 大人

日之影の大人地区に野仏を探してみた。
大人(おおひと)は国道218号の宮水から五ヶ瀬川の対岸にあたる。国道から見ると日之影中学校のとんがり屋根が見える。
その中学校を大人側から見るとこうなる。(8月に撮影)
P8193704
P8193704 posted by (C)オトジマ

現在は稲穂が黄色に色づいている。
大人
大人 posted by (C)オトジマ

この地域では高千穂と同じようにあちこちに大師堂がある。
おそらくあちこちの辻にあったものが道路拡幅や改良工事で撤去されて集められたものだろう。大人集落入り口で。
大人
大人 posted by (C)オトジマ

それぞれ基部に奉納者が刻んである。江戸時代のもののようだ。
ところどころの朱の着色が効いている。
大人
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左は馬頭観音
大人
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左端はクビを折られた形跡がある。廃仏毀釈の折か。
右の大師には天保15年(1844年)の銘がある。
大人
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これは別の場所の大師堂
大人
大人 posted by (C)オトジマ

ここには「新四国八十八箇所供養塔」の碑が立っている。年銘は文久3年とあるから1863年、幕末である。ここにも八十八箇所めぐりがあったということで、本来ならば88の石仏があるはずである。
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左は11番、藤井寺の薬師如来。右は23番、平等寺薬師如来。
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左は14番、常楽寺の弥勒菩薩。 右は26番、金剛頂寺の薬師如来
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左は31番、竹林寺の文珠菩薩。 右は17番、井戸寺の薬師如来
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最近の物らしい妙に色っぽい大師がひとつ。
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プロフィール

トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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