行く年、来る年

手垢のついた表現ではあるが、齢をとるに連れ、一年の経過は早くなり、あっという間に年の暮れだ。
「冬でも暖かい」というのは宮崎県を紹介する常套句であるはずだが、近年、年末年始が暖かい記憶がない。毎年息子が孫を連れて帰省するが、屋外で遊ばせられるような気温ではない。
こんなに寒いと、もう今から春の到来が待ち遠しくなる。
本年の写真から春と夏を振り返ってみる。

2月、宮野浦八十八箇所のツバキ
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P2121194 posted by (C)オトジマ

3月、岩戸の棚田。
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P3111426 posted by (C)オトジマ

3月、古野から愛宕山を望む
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P3241635 posted by (C)オトジマ

3月末、近所で
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P3291705 posted by (C)オトジマ

4月、我家の庭
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P4272191 posted by (C)オトジマ

5月、大神ファームのバラ
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P5272566 posted by (C)オトジマ

来年は巳年。なんと私は還暦。いよいよ老人の仲間入りではあるが、残念ながら私には退職も優雅な老後もない。
あまりキショクのいいものではないが、干支にちなんで今年撮ったヘビの写真でも入れておこう。
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P3241615 posted by (C)オトジマ

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P4240297 posted by (C)オトジマ

本年は拙ブログの閲覧ありがとうございました。来年もよろしく。

高速 都農開通

先週の延岡~須美江間の開通に引き続き、今週は高鍋~都農間の高速道路が開通。区間を見るだけでなーーんにも面白そうなものはなさそうだが、行ってみた。

都農側の入り口は10号線から矢研の滝方面への農道を入ってしばらく。
都農
都農 posted by (C)オトジマ

高鍋~西都間と同じく路肩に塀がないので見晴らしが良い。都農~高鍋間にトンネルはまったくない。たいした橋梁もトンネルもない平坦地なのに建設になんでこんなに時間がかかったんだ?
都農
都農 posted by (C)オトジマ

川南PAから見下ろす新品の高速道路。
都農
都農 posted by (C)オトジマ

開通直後なので一度走ってみよう、という見物客で駐車場は賑わう。
都農
都農 posted by (C)オトジマ

川南PAには小さな売店がある。地元産品を売る店であるが・・・
都農
都農 posted by (C)オトジマ

店内は客は多いが商品はほとんどない!どうやら来客数を見誤ったようで午前中で商品が払底してしまったとか。自販機もホットはすべて売り切れ。子供連れはな~んにも買ってあげるものがない状態。あわてて持ち込まれた70円のキャベツ。
都農
都農 posted by (C)オトジマ

東九州道は全通したら、別府湾SAから都城の山之口SAまで200km以上の区間にここしか物販施設はないそうだ。ここには給油所はないようだから、200kmの間ガス欠は禁物だ。

川南近辺
都農
都農 posted by (C)オトジマ

高鍋ICから都農方面を見る
都農
都農 posted by (C)オトジマ

名貫川にかかる橋梁
都農
都農 posted by (C)オトジマ

都農以北は工事たけなわ。石並川橋梁ももうすぐつながりそうだ。
都農
都農 posted by (C)オトジマ

耳川橋梁はすでに完成。
美々津
美々津 posted by (C)オトジマ



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ハゼと色覚

宮崎県の海岸沿いは暖地なので紅葉する樹種が少ない。せいぜいハゼくらいだ。ハゼは今、12月が紅葉の盛り。見事に真っ赤に染まっている。

門川町中村で
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PC070422 posted by (C)オトジマ

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PC190449 posted by (C)オトジマ

日向市日向岬で
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PC190437 posted by (C)オトジマ

ハゼというと思い出すことがある。昔、私が子供の頃、家族で裏山のハゼの紅葉を見て「ハゼがキレイだね」という話をしていたら、父は「どこにハゼが??」と気付かなかった。
そう、父は赤緑色覚異常だったのである。色覚異常にもいろいろ種類があるが、多くは赤緑系の識別に困難を生じるというから、緑色の山の中にハゼの赤い斑点のちらばる景色はほぼ一色に見えるらしい。
下の写真のような状態はとりわけ苦手なのではないか。
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PC190453 posted by (C)オトジマ
日本人男性では約4%、白人では約8%が該当するというからそう珍しくはない。8%だとサッカーチームに約一人はいる。ゴールキーパーなみの頻度。ニューヨーク市の人口規模だと36万人もいるというから無視できるほどのマイノリティでは決してない。

左利きは人口比で約10%いるというが、さして異常とは考えられていない。色覚異常の白人男性の8%という数字は左利きの割合とさして違わない。
仮に色覚異常の白人男性の8%と言う数字が80%だとすると、その方が正常となり、今は正常だとされる色覚の方が異常とみなされるだろう。色覚異常は左利きと同じで比較少数派なのでいろいろと不便が生じているにすぎない。世の中は3原色派が多数派なので彼らの便利なように作られているものが多い。

人間の目の色を識別するための錐体細胞には3種類あり、おおむね光の三原色である青・赤・緑に対応している。このうち赤と緑を決定する遺伝子がX染色体上にある。X染色体は女性は2本、男性は1本持っている。もし赤か緑が欠けている場合、男性は赤緑色覚異常になるが、女性はもう1本スペアがあるのでそうそう赤緑色覚異常になることはない。そういうわけで赤緑色覚異常は圧倒的に男性に多い。血友病が男性に多いのと同じ理屈だ。

では赤緑色覚異常の人にはどのように見えているのか、というと実は本当のところはわからないのではないだろうか。だって私が赤と思っている赤とあなたが赤と思っている赤がまったく同じものである保証はないし、比較のしようがないのである。電機店のテレビ売り場ではたくさんのテレビが同じ画面を映しているが、各々のテレビはそれぞれ自分の発色が正しいと信じている。しかし色調はそれぞれ微妙に異なる。

そこをあえて説明するとこうなるらしい。
http://www.vischeck.com/daltonize/
このサイトからの引用であるからあしからず。英語の読める方は詳しくはこのサイトを読んで欲しい。


つまり左が正常、右は赤緑色覚異常の見え方の例。
赤い果実が判別しずらく、赤と緑は同じ褐色系に見える。

下の例では、山のハゼを認識できなかった父の視覚がわかる。
森の中で果実を捕食する動物なら赤い果実を見逃すだろう。


アメリカ映画に「シュレック」という怪物がいるが、赤緑色覚異常の人は、他の人が緑だ、と言うのを聞くまで褐色だと思っていた、という話を下で紹介するブログで読んだ。


私の父が赤緑色覚異常だった訳だから私の血脈にはその遺伝子が確実に存在する。どうやら現在の私の子供にはいないようだが、縁戚の男性にいる。彼はアパレル関連会社に就職したのであるが、仕事をする中で、生地や柄の判別をできない、と指摘された。そこではじめて自分が色弱であることを知り、退職を余儀なくされた。その後転職して、不自由なく暮らしているが、やはり、職業によっては不利たらざるを得ない場合があるのである。

昔からパイロットなどは色覚異常ではなれないし、医療関係でもトリアージタグの色が識別できないとか、患者の肌の色の変化が見えにくいとか不都合が多いらしい。料理でも焼いた肉が生焼けなのかウェルダンなのかよくわからないという。
農業にも不便ではないか?赤ピーマンと青ピーマンが同じように見えるとしたら。

利点もなくはないらしい。昔から爆撃機の乗員に一人色覚異常者を混ぜておいて、敵のカムフラージュを見破った、という話がある。ホントかどうか知らないが国内外を問わず有名な逸話である。生まれつきの色覚異常者は別に自分が異常な世界を見ている、という実感はない。長ずるにつれ正常者との軋轢のなかで自分の特性に気づくだけである。私は父からの遺伝でアルコール分解酵素が欠如しているので下戸であるが、格別不便を感じることはない。上戸からは「そりゃ、えらく人生損をしてますなぁ」と気の毒がられるが、当人にそんな実感はないのである。

我家の色覚遺伝子の系図を作ってみた。中学で習うメンデルの法則である。色覚異常は劣勢遺伝し、その遺伝情報はX染色体上にあるので、色覚異常は男性に現れるが、女性を経由して遺伝することがわかる。下の赤いAが私に当たるので、私の子や孫には色覚異常は現れないことになる。ただし子や孫が色覚異常の因子を持つ配偶者を得ない場合に限る。

※まれに両親とも色覚異常の因子を持つ場合にはX'X'の遺伝子を持つ女性が現れ色覚異常となるが女性の0.165%にすぎない。

色覚異常に関する私の解釈はあまりアテにならないので詳しくはコチラのウィキペディア記事を参照。

コチラに色覚異常の方のサイトがある。彼はデザイナーとして活躍し、さらに色覚異常の立場からのいろいろな発言をされている。ブログを読むとなかなか面白い。興味ある方は覗いてみることをお薦めする。






延岡~須美江 高速開通 

12月15日に高速道路の延岡~須美江間が開通した。
終点須美江に何の用事もないが、さぞ風光明媚な路線かもしれない、と期待して走ってみた。門川インターから入り、終点須美江まで時速70kmで走りおよそ25分くらいか。



舗装も真新しい延岡インター。直進が大分方、左側は高千穂方面。
高速開通
高速開通 posted by (C)オトジマ

小峰近辺、高平山の下のトンネル。
高速開通
高速開通 posted by (C)オトジマ

10月に撮影。上と同じ場所を広域農道から見下ろす。
高速開通
高速開通 posted by (C)オトジマ

実は今度開通した区間はトンネルだらけ。延岡から北川インターまで半分以上トンネルを走ってる印象だ。将来高速で延岡を通過する人はトンネルの印象しかないだろう。
高速開通
高速開通 posted by (C)オトジマ

差木野のトンネルを抜け北川を橋で渡っているところ。
高速開通
高速開通 posted by (C)オトジマ

長井の北川インターが見えてくる。門川からわずか20分。今後大分方面に行く時には延岡市街地を通過しなくてすむので20分ちかく短縮できそうだ。
高速開通
高速開通 posted by (C)オトジマ

高速開通
高速開通 posted by (C)オトジマ

このあたりのトンネルはアスファルトではなく、どういうわけかセメント舗装である。そのせいかトンネル内は砂ぼこりがすごい。バイクの人にはキツイ。
高速開通
高速開通 posted by (C)オトジマ

終点須美江で降りる。トンネルは北浦方面。北浦までは4年後の開通。時間かかりすぎ。
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PC165643 posted by (C)オトジマ

須美江インターから海まではややある。海水浴シーズンでもないし、須美江によらずに阿蘇まで行ってみた。下阿蘇海岸。
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PC165644 posted by (C)オトジマ

下阿蘇海岸の道の駅「北浦」は大変な混雑であった。ふだんならガラガラの駐車場は順番待ちするほど。高速見物の人たちがここまで流れてきたようだ。さっそく経済効果が。
高速開通
高速開通 posted by (C)オトジマ

店内も大賑わい。
高速開通
高速開通 posted by (C)オトジマ

ライダーの大群も高速ツーリングの流れ。
高速開通
高速開通 posted by (C)オトジマ

復路で北川から見た可愛岳。
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PC165659 posted by (C)オトジマ

宇納間 いろいろ

長野川流域に古い薬師堂がある。2年前の写真で。
北郷2010
北郷2010 posted by (C)オトジマ

北郷2010
北郷2010 posted by (C)オトジマ

北郷2010
北郷2010 posted by (C)オトジマ

これは2年前に入下近辺の民家で見かけた不思議な庭。
妙なものがあるなと思ったのであるが、向こうにスフィンクスがあるのでピラミッドだと歴然とする。
北郷2010
北郷2010 posted by (C)オトジマ

なかなか手が込んでいる。門衛はLEDのトーチを持っている。
北郷2010
北郷2010 posted by (C)オトジマ

ヒエログリフ も刻んである。左は同じ内容の英文。どうやらプトレマイオスの墓のようだ。こんな山奥でエジプト見物ができるとは。
北郷2010
北郷2010 posted by (C)オトジマ

入下にも立派な石橋がある。旧国道はこの橋を使っていたようだ。
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PC040406 posted by (C)オトジマ

その石橋の上で。正面の丘の上に昔、入下城があったという。
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PC040403 posted by (C)オトジマ

入下城のあった小山の全景。---入下城は伊東氏48城のひとつ。享禄年間(1528~31)に、築民部少祐という武将が築城したという記録が残る。伊東氏の臣・入下弥四郎が城主であったとの伝承もある。----
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PC040400 posted by (C)オトジマ

入下近辺の五十鈴川。
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PC040399 posted by (C)オトジマ

宇納間 野仏 2

美郷町北郷区の五十鈴川支流、長野川流域には小さな集落がいくつか並んでいる。山は低く穏やかな山村風景である。
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PC040378 posted by (C)オトジマ

山道の脇にある石仏。顔は失われていて斧を持っている。馬頭観音か?これも廃仏毀釈の犠牲者か。
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PC040375 posted by (C)オトジマ

レトロな公民館がある。
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北郷2010 posted by (C)オトジマ

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PC040380 posted by (C)オトジマ

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PC040382 posted by (C)オトジマ

見事な石垣の田んぼ。お城並みの立派な石垣。
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PC040370 posted by (C)オトジマ

立派な石橋もある。確かな腕の石工がいたんだろう。ガードレールが不似合い。
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PC040372 posted by (C)オトジマ

長野川
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PC040394 posted by (C)オトジマ

人家は数軒しかない辻に野仏たちが。
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PC040383 posted by (C)オトジマ

ここも馬頭観音が人気。
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PC040384 posted by (C)オトジマ

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PC040386e posted by (C)オトジマ

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PC040385e posted by (C)オトジマ

ここの仏達も明治時代のもの。当時馬頭観音が流行したものか。農村だから馬に関連した仏にしたものか。
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PC040391e posted by (C)オトジマ

宇納間 野仏

宇納間(美郷町北郷区)地域は山間地で幹線国道からもはずれ、合併で役場もなくなり、いよいよ過疎化が進みつつある地域。辻つじには野仏やら庚申塔・青面金剛が残っている。
ちょうど2年前にもそのうちの幾つかを紹介したので、それとダブらないものをアップしていく。

五十鈴川
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PC040340 posted by (C)オトジマ

黒木で。この地域には青面金剛が多く残っている。江戸時代の流行。
2012宇納間
2012宇納間 posted by (C)オトジマ

西野々大師堂。各所から集められたものだろう。並んでいるのは大師ばかり。面白くない。
2012宇納間
2012宇納間 posted by (C)オトジマ

2012宇納間
2012宇納間 posted by (C)オトジマ

首を折られた形跡がある
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PC040348 posted by (C)オトジマ

首が失われて、最近テキトーにいい加減な首を継ぎ足されている。石ですらなく、FRPか何か。目鼻はマジック。
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PC040346e posted by (C)オトジマ

上の大師堂の近くにある石仏群。表示板のある供養塔は1579年。
2012宇納間
2012宇納間 posted by (C)オトジマ

雨ざらしの石仏は地衣類がはびこって状態が良くない。
2012宇納間
2012宇納間 posted by (C)オトジマ

米花地区にある嶽野権現神社
2012宇納間
2012宇納間 posted by (C)オトジマ

神社の鳥居のそばにはいくつもの石仏が。野ざらしにしてはキレイだ。実はそんなに古いものではない。大正時代のようだ。とはいえ100年。
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PC040356 posted by (C)オトジマ

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PC040359e posted by (C)オトジマ

馬頭観音たち。これは明治時代。
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PC040362e posted by (C)オトジマ

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PC040365 posted by (C)オトジマ

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PC040368 posted by (C)オトジマ

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PC040369 posted by (C)オトジマ

2012  門川だんじり

やや旧聞に属する。門川名物の尾末神社大祭だんじり祭りは11月18日であった。毎年のことなので今年は見に行かなかったのであるが、今年は天気にも恵まれいつになく盛会だったようだ。町の広報誌にも例年になくカラーページで大特集を組んでいる。

下:門川町広報誌「かどがわ」より




とりわけ今年は地元の放送局が2局もレポートしたことが異例。
NHK(11月30日放送)とUMK(12月1日放送)であるが、放送日が1日先だったNHKの「いっちゃがゴールド」が得したかもしれないが、土曜昼のUMK「まっぽす」も視聴率はいい。面白いのは両局の企画がほとんどかち合ってしまったこと。両局ともレポーターをだんじりの担ぎ手として参加させ、1日その姿を追う。NHKは金子アナウンサーが尾末の組、UMKは児玉レポーターが下納屋の組。

必死の形相で「下納屋だんじり」を担ぐUMK児玉レポーター。重さ2トン。


自分のふがいなさを泣いて謝る児玉。


NHK金子アナウンサーも頑張る


はじめは組の幹部に冷たくあしらわれていたが、最後には温かい言葉で一日の労をねぎらわれる。金子アナも感動の結末。この方々ややコワモテですが、カタギです、たぶん。


祭りのメインイベントの「さし比べ」ではNHKの参加した尾末だんじりが優勝し、レポートの構成が感動的に盛り上がった。短いレポートではあるが、視聴者の感動の涙を誘うくらい。
2トンのだんじりをどれだけ長く差し上げていられるかを競う。
だんじり内には子ども達の囃し手が5~6名乗っている。


しかし、UMKの方も児玉レポーターの涙まみれの奮闘で十分感動させた立派なレポートであった。放送局の編集の力もあるだろうが、この祭りのもつ力が感動的なレポートの源泉だろうと思う。担いだ者だけが、とてつもない充足感と連帯感が得られるということ。

門川に住んで30年たつ。いつもはチラッと見て、こんなもんか、しまらない祭りだな、くらいにしか思っていなかったのであるが、今回この二つの放送を見て、認識を新たにした次第。
だんじりを支えている地元の皆さんに改めて感謝。

スクリーンショットはNHK「いっちゃがゴールド」、UMK「まっぽす」より

日知屋城

延岡のケーブルTV局のPR誌「Wing」の特集「県北の城」にはいくつか私の知らない城が紹介されている。うかつなことに日知屋城も知らなかった。

伊勢が浜から見た日知屋城址。小さな岬全体が城跡。
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PC190450 posted by (C)オトジマ

伊勢が浜や大御神社には昔から度々行っているが、そこに城跡があるなんて全然気付かなかった。それもかなり本格的な城で、門川城とは比較にならない立派さである。しかもきちんと整備されしっかりした遊歩道があり、要所要所にステンレス板の案内表示がある。

日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

入り口。復元ですらなく、近年作られたもの。大御神社駐車場のすぐそばにある。
日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

自然石で舗装された歩きやすい遊歩道が岬を巡っていて、城跡めぐりの順路となっている。
日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

大御神社の摂社である鵜戸神社がこの下の海岸にある。
日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

防衛施設である「堀切」。岩盤を掘りぬいている。日知屋城は岬を利用しているので三方が海。残る陸側の接続部に堀切を設けて敵の侵入に備える。
日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

虎口
日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

各所に石積みがあるが、そのまま昔の遺構なのかどうかは知らない。戦国時代のものにしてはキチンとしすぎているような。少なくとも石は昔のものだと思う。
日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

岬自体が柱状節理のある岩盤なので樹木が石を割って成長し、アンコールトムのようになっている。
日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

古代のドルメンだというけれど、はたして??
日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

本丸跡。本丸といっても小さな平屋建て家屋だったようだ。
日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

石垣もこれくらい壊れていると、遺構に見える。
日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

東の曲輪。周囲がきれいに石垣で囲まれている。
日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

城は岬全体にわたっている。これは岬の突端。柱状節理の岩が風化され丸くなっている。向こうは日向岬方面。
白い建物は日向ハイツ。現在は韓国資本のゴルフ場経営会社に渡っている。昔は近鉄バファローズの日向キャンプの宿舎としても使われたものだ。
日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

伊勢が浜海水浴場。
日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

遠景はお倉ヶ浜
日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

岩盤が天然の石垣に見える
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PC015577 posted by (C)オトジマ

墓石がまとめられている。かなり古そうだ。
日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

日向岬や米の山もそうであるが、ここにもやたらとネコが多い。不心得者がジャンジャン捨て猫を持ってきているようだ。
日知屋城
日知屋城 posted by (C)オトジマ

散歩道としてもなかなかいいコースである。迷路のように順路が張り巡らされているので子どもは大喜びで駆け回るだろう。
市の管理がややなおざり、の感はあるが、城好きには絶対オススメのポイント。


門川城

延岡のケーブルTVのPR誌「Wing」、12月号に県北の城特集がある。門川にも門川城がある。昔から知っていることだが実は行ったことがない。知り合いがその城跡にハーブ園を作っているというのでその見物がてらに行ってみた。

場所は五十鈴小学校の向かい。アプローチは城屋敷の国道388号からか、五十鈴小前のJA農産物加工所横から細い道を入っていく。いずれにせよ駐車場はないし、コース案内表示や、まともな道もないのでいきなり行ってもわかりづらい。


右の丘が城跡。田んぼの向こうに五十鈴小が見える。
門川城
門川城 posted by (C)オトジマ

この山が城跡。中断の手すりのあるところは二の丸跡。現在地元のYさんがハーブ園を造成中。
門川城
門川城 posted by (C)オトジマ

ここがオフィシャルな登り口。史跡案内看板はカンナのヤブに隠れつつある。
門川城
門川城 posted by (C)オトジマ

城の沿革は案内板を読んで下さい。戦国時代の日向を支配した武将、伊東氏の外城である四十八城の一つ。城主は米良四郎右衛門。
門川城
門川城 posted by (C)オトジマ

天明年間の古い墓もある。
門川城
門川城 posted by (C)オトジマ

最上段の本丸跡。杉と竹が生い茂って昼なお暗い。
戦後しばらくまでは山に木は生えておらず歴然と城跡然としていたらしい。昭和40年代に植林されて、それ以後手入れされずヤブになってしまっている。とても史跡といえる状態ではない。
門川城
門川城 posted by (C)オトジマ

石積みが残っていて、かろうじて城の名残となっている。
門川城
門川城 posted by (C)オトジマ

ヤブでわかりづらいがややテラス状になっている虎口跡。
門川城
門川城 posted by (C)オトジマ

二の丸跡。ここはYさんが竹を刈り払ったので明るくなっている。
門川城
門川城 posted by (C)オトジマ

二の丸跡。ここも竹の生い茂るものすごいヤブだったが、Yさんが刈り払い整地してハーブ園を造成中。
門川城
門川城 posted by (C)オトジマ

二の丸から城屋敷の集落を見下ろす。
門川城
門川城 posted by (C)オトジマ

正面に見える森は八坂神社。城跡に来る人はこの神社に車を置くと良い。
門川城
門川城 posted by (C)オトジマ

向こうに広域農道が見える。小園方面の集落。
門川城
門川城 posted by (C)オトジマ

土塁あと。写真では単なるヤブにしか見えないが。この城について専門的見地から詳しく見たい人はコチラの城専門サイトに数年前の写真があるのでソチラを参考にして欲しい。
門川城
門川城 posted by (C)オトジマ

Yさんは将来的には城跡を巡る周遊ルートを構築したいという希望を持っている。個人でやるのは大変な事業であるが、頑張って欲しい。

この城は狗山城(いぬやまじょう)とも言われる。そばにある十鈴小学校校歌にも歌われている。
プロフィール

トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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