今山八幡

もうすぐ延岡のお大師祭りである。たぶん20年くらい行ってない。なにせ車を止める場所に苦労するのである。

子供の頃は大イベントであった。満員のバスにゆられて幸町で降りて山下通りの石段の参道から参った。刃物売りの露天商やアコーデオンを弾く白衣の傷痍軍人の印象がある。以下は私の父が撮影した1960年の写真。私のノスタルジーの世界。

サーカスも来ていた。
大師祭 1960
大師祭 1960 posted by (C)オトジマ

中央通り、ロータリーで。自動車パレード。車の幕には「島津久永・おスタちゃん 新婚旅行御来延」と書いてある。おスタちゃんとは今上天皇の妹、島津貴子さんのこと。
大師祭 1960
大師祭 1960 posted by (C)オトジマ

わかりづらいが、押すな押すなの参道の賑わい
大師祭 1960
大師祭 1960 posted by (C)オトジマ

大師祭 1960
大師祭 1960 posted by (C)オトジマ

大師像は1957年建立だから、まだ新品の頃。
大師祭 1960
大師祭 1960 posted by (C)オトジマ

サクラも一段落して人出がない平日に出かけてみた。
今山八幡に駐車場があったので、そこに停めた。
今山八幡
今山八幡 posted by (C)オトジマ

サクラがまだ残っている
今山八幡
今山八幡 posted by (C)オトジマ

稲荷もある。そばには恵比寿社もある。
今山八幡
今山八幡 posted by (C)オトジマ

この石段を上がったところに八幡社がある。
日本一の石段とあるが・・・・
今山八幡
今山八幡 posted by (C)オトジマ

なにが日本一か、というと、この石が御影石の一本石だ、という点。そういわれてよく見ると、2間幅の石に継ぎ目がない!!奥行き30cm以上。高さ20cm以上はありそうだから、一本当たり300~400kgはあるんじゃなかろうか。段数は数えなかったがかなりあるので、巨費がかかったと思われる。「日本一」の真偽は知らないが、かなりのイマジネーションを要する日本一である。
今山八幡
今山八幡 posted by (C)オトジマ

そういわれれば急にありがたい石段である。昔、回船問屋・木材・酒造で財を成した豪商・小田家が寄贈したものとか。
今山八幡
今山八幡 posted by (C)オトジマ

石段の両脇にはおびただしい石灯篭が立つ。延岡の名士や商店の名前が多い。このあたり一帯の大地主の谷氏、前の延岡市長・早生氏の名前もある。


これが八幡社本殿。
今山八幡
今山八幡 posted by (C)オトジマ

狛犬はそう古くない。大正・昭和のもの。
今山八幡
今山八幡 posted by (C)オトジマ

ここから更に山を登ると今山大師がある。次回で。

家電&カメラ

サクラの名残

既にサクラも葉桜になりつつある。2週間にわたりサクラを追い続けた今年のシーズンも終わり。息子が延岡高校に入学した時、入学式は4月10日あたりだと思うが、春日神社参道の桜並木で桜吹雪の中を歩いた記憶があるから、それと比べると2週間早い。

さらには今年は天気に恵まれず、写真がパッとしない。

門川高校
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P3206274 posted by (C)オトジマ

近所の門川神社
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P3190825 posted by (C)オトジマ

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P3190823 posted by (C)オトジマ

米の山の稲荷社
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P3260869 posted by (C)オトジマ

米の山の稲荷社
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P3260868 posted by (C)オトジマ

梶木の天満宮神社。灰色に塗装された柱と白い格子がどこか洋風。
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P3260854 posted by (C)オトジマ

細島の墓地。官軍墓地のあるところ。
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P3260862 posted by (C)オトジマ

Mr.Max裏の裏山。砕石場の跡にサクラがたくさん植樹されている。10年もしたら見事なサクラ並木になりそうだ。
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P3260853 posted by (C)オトジマ

近所の門川神社の裏山。地主がモモやサクラをたくさん植樹している。これまた10年後には花盛りになるだろう。
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P3260850 posted by (C)オトジマ

サクラではないが・・・ 延岡植物園
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P3236601 posted by (C)オトジマ

延岡植物園
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P3236603 posted by (C)オトジマ

家電&カメラ

三重 市場の街並

久住、竹田方面に行く時にはよく国道236号で三重の町を通る。三重に限らず市街地の国道はおおむね昔の街道をはずして新道が作られている場合が多い。三重の町も現国道に平行して昔の日向街道が市街地の中を通っている。離合もままならないような細い道である。市場、という地域に古い街並が残っているというが・・・

古いといえば古いが、昭和の残り香がわずかに残っているというくらい・・・。 虫食い状に駐車場ができ、古い商店はポチポチ。セメントレンガの舗装である。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

古い街並の案内マップ看板もある。
市場
市場 posted by (C)オトジマ

古い通りをアピールするなら、古い建物は古いままで、妙に化粧直しして欲しくない。まぁ、それは他人の勝手な願望で、住んでおられる方にはそれぞれに事情がある。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

長田医院跡。昔の病院は洋館風が定番。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

現在はカフェになっている。看板多すぎ。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

三重
三重 posted by (C)オトジマ

貫禄のある古い店。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

唯一、補修されていやにキレイな店、麻生醤油屋跡。復元するにあたって新築同様になると、せっかくの歴史を感じさせない。ここは公開されている。西南戦争時には西郷軍の宿舎になって、西郷も泊まったとか。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

トタンの鉢巻なしで瓦のひさしのままの方がいい。プロパン屋さんなんて店舗に来て買う人いないんだから集客の必要なし。レトロに徹して欲しいところ。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

ズバリ、昭和の店を名乗る金物店。いまどき、金物店なんて経営は大変だろう。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

どこか戦後の趣を感じさせるライン。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

錆びたトタン壁もいまや文化財か。
三重
三重 posted by (C)オトジマ

ノスタルジーを感じる古い商店街ではあるが、観光客が来るほどではない。核となる造り酒屋とか銀行とかが欲しいところ。


より大きな地図で 三重 市場 を表示 height=



地福寺 2013

昨年のサクラ探訪で見つけた延岡の地福寺のサクラも満開らしいので出かけてみた。例によってお天気は曇天。例によって写真は光が足りないし、青空もナシ。
地福寺
地福寺 posted by (C)オトジマ

ソメイヨシノはすでに散り始め。陽光の元でないと白い花が輝かない。
地福寺
地福寺 posted by (C)オトジマ

本堂内部から。当日、本堂内では市役所関係者が退職者を囲んで送別会をしていた。その中に二人、高校の同窓生がいてびっくり。
地福寺
地福寺 posted by (C)オトジマ

正面にシダレザクラが見える特等席。
地福寺
地福寺 posted by (C)オトジマ
地福寺
地福寺 posted by (C)オトジマ

本道裏に咲いてたハナズオウ(花蘇芳)
地福寺
地福寺 posted by (C)オトジマ

また来年、お天気のよいことを期待して・・・
地福寺
地福寺 posted by (C)オトジマ
昨年の天候に恵まれた地福寺の様子はコチラで。
地福寺副住職の地福寺ブログに花便りがある。

舞野の舞野地区多目的研修センターから麓を見下ろす。
地福寺
地福寺 posted by (C)オトジマ

毎野
毎野 posted by (C)オトジマ

サクラは白いので、白っぽい曇天を背景にしてはさえないが、緑の田んぼを背景にしたら美しい。
毎野
毎野 posted by (C)オトジマ

舞野神社にサクラが一本。
毎野
毎野 posted by (C)オトジマ

行縢駅跡。線路が撤去されていた。残念!
行縢駅
行縢駅 posted by (C)オトジマ

下は昨年の写真。線路があるだけでいい雰囲気!
2012 桜 延岡
2012 桜 延岡 posted by (C)オトジマ

門川町、松瀬の松瀬分校跡。現在NPO法人「子どもの森」が森の学舎として利用している。コチラにHP
西門川
西門川 posted by (C)オトジマ
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別府 野口病院

別府では、妻が野口病院で診察を受けた。10年ぶりの受診だったが、別に異常なし。野口病院は甲状腺の専門病院である。美智子皇后も若い頃、ここで手術を受けたとか。全国的にも高名な病院がわりと近くにあって幸運だった。ネットで見ると全国から受診に来ており、めちゃ評判がいい。
野口病院
野口病院 posted by (C)オトジマ

内部は広く、たくさんの受診者で大賑わい。これは検査室の待合室だから、ごく一部。
野口病院
野口病院 posted by (C)オトジマ

この方が初代の野口雄三郎博士。現在は三代目。
野口病院
野口病院 posted by (C)オトジマ

病院の横には昔の建物が保存されている。素敵な洋館建築。
野口病院
野口病院 posted by (C)オトジマ
野口病院
野口病院 posted by (C)オトジマ

この旧館の横の新館もまだまだ新しそうだが、この5月から近所にできた新しい建物に移転するというから、ここに来るのも最後だ。
これが新しい野口病院。5月の連休明け、7日から使用される。青山通りの別府公園真向かい。
野口病院
野口病院 posted by (C)オトジマ

地図で見ると病院所在地が野口中町なので地名から野口病院となったのかと思ったら、野口さんの病院だった。近所には、野口元町、野口原という地名もある。病院を建設し、公立若松病院の院長だった野口氏に寄贈したのは北九州の石炭成金・佐藤慶太郎氏。だから偶然のようだ。しかし、今回の移転により所在地は青山町になる.

別府公園の西、ビーコンプラザの向かいに赤レンガの建物がある。気になるので寄ってみた。京都大学理学部地球熱学研究施設・・・という長い名前。
京大
京大 posted by (C)オトジマ

登録有形文化財。1924年建造だからおよそ90年。
京大
京大 posted by (C)オトジマ

別府市HOPE賞とは、街づくりや建築に与えられる賞。現在は廃止されている。
京大
京大 posted by (C)オトジマ


より大きな地図で 野口病院 を表示



別府のサクラ

所用で別府に行った。佐伯からの高速沿線ではヤマザクラも依然満開。ソメイヨシノも至るところで花盛り。もう、少々のサクラでは驚きもしない。

別府には別府公園という、大変立派な公園がある。市街地の真ん中にありながら、赤松の巨木が鬱蒼と茂る地方の小都市に似合わぬ27haもある広大な公園。元はアメリカ占領軍の基地、その後自衛隊駐屯地として使われた土地だから、こんな広い正方形の土地が虫食いにならずに残ったんだろう。


ところが、別府公園から1kmもないところに11haもある南立石公園がある。重複投資もいいところだが、歴史的にみると、コチラが昭和46年と先で、別府公園は昭和52年の設置。たぶん南立石公園を計画した時には自衛隊駐屯地の移転話はまだなかったのではないか。

別府では用事が済ませ、コンビニ弁当を買って、小さいほうの南立石公園で花見をした。例によってサクラ満開だが、お天気はあいにくの曇天で、写真がパッとしないが羅列する。
南立石緑地
南立石緑地 posted by (C)オトジマ

南立石緑地
南立石緑地 posted by (C)オトジマ

緋寒桜はもうすれている。
南立石緑地
南立石緑地 posted by (C)オトジマ

ものすごい花のボリュームのヤマザクラ。見事。
南立石緑地
南立石緑地 posted by (C)オトジマ

シダレザクラも立派なものがある。周囲を柵で囲んで根元の土を養生している。
南立石緑地
南立石緑地 posted by (C)オトジマ

南立石緑地
南立石緑地 posted by (C)オトジマ

平地にある11haの公園はかなり広大で、樹木は古く貫禄がある。延岡植物園は山をふくめて8haだからこの公園に比べたらかなり小さい。宮崎市の市民の森が37haだという。
南立石緑地
南立石緑地 posted by (C)オトジマ

空の色がパッとしないが、下の緑の苔は美しい。
南立石緑地
南立石緑地 posted by (C)オトジマ

公園近辺の住宅地にもサクラ
別府
別府 posted by (C)オトジマ

公園からやや下ったところにある青山中学校のグラウンドのサクラ。
別府
別府 posted by (C)オトジマ

驚くような巨木であるが、樹勢は衰えてない。
別府
別府 posted by (C)オトジマ

古くはなさそうだが、なかなか雰囲気のある品のいい校舎。二階堂のCMに使われても不思議はないくらい。
別府
別府 posted by (C)オトジマ

高速道路の別府インターの近所に約1kmに渡って道路上にネットのトンネルのある区間がある。すぐ横の扇山ゴルフクラブからの飛球のための防護ネット。このゴルフ場に行く途中にサクラの名所がある。


ほら、このとおり。天気が悪くてあいにくの写真だが・・
別府
別府 posted by (C)オトジマ

ここは広大なサクラの純林である。
別府
別府 posted by (C)オトジマ

この林が全部サクラなんだが、上のほうは標高が高いせいかまだ全然咲いてない。上のほうは標高400mくらい。
別府

別府
posted by (C)オトジマ

これがいっせいに咲いたらさぞ見事だろう。晴れた日に見てみたい。

ゴルフ場から市街を見下ろす。
別府
別府 posted by (C)オトジマ/a


一ヶ岡のサクラ

本日21日は快晴。昨夜の強風でサクラは吹き飛んだか、と思ったが大丈夫みたいだ。やはりサクラは青空の下で見ないと。
明日、金曜から週末にはまた雨らしいから、今年の花見はさんざんだ。

朝から近場の一ヶ岡に行って見た。
南一ヶ岡、宮交バスの終点の転回場で。
一ヶ岡
一ヶ岡 posted by (C)オトジマ

南一ヶ岡、土々呂小の上。
一ヶ岡
一ヶ岡 posted by (C)オトジマ

土々呂小グラウンド南端。ここのサクラは私達が卒業記念に植えたものだから、やがて50年たつ。
一ヶ岡
一ヶ岡 posted by (C)オトジマ

校舎が秋月中学校くらい風情があればね。どうも日本の行政当局はすぐれた公共建築なら将来文化財になりうる、という見識も審美眼もないようだ。
一ヶ岡
一ヶ岡 posted by (C)オトジマ

南一ヶ岡、わかくさ保育園そば。
一ヶ岡
一ヶ岡 posted by (C)オトジマ

一ヶ岡で一番のサクラの名所、神社山。見事な並木。
一ヶ岡
一ヶ岡 posted by (C)オトジマ

一ヶ岡
一ヶ岡 posted by (C)オトジマ

サクラの海。近年めっきり木が大きくなり素晴らしいサクラの名所になってきた。
一ヶ岡
一ヶ岡 posted by (C)オトジマ

霧島神社下のお稲荷さん。やや日差しの具合がよろしくない。
一ヶ岡
一ヶ岡 posted by (C)オトジマ

一ヶ岡
一ヶ岡 posted by (C)オトジマ

私が子供の頃はこの近辺にサクラの木があまりなかった。花見というと、妙見の三松公園か樫の浜のブリ見山と相場が決まっていて、徒歩ではとても遠かった。自家用車なんてない時代。かなり昔の話だな、こりゃ。
戦後、公共の場所に大量にサクラが植えられるようになって、そこらじゅうがサクラの名所になってしまった。まぁ、悪いことではない。

林業技術センターのサクラ

いきなりサクラは満開になった今日、お天気はあいにく雨。
昼からやんだところで美郷町の林業技術センターに出かけてみた。
これが大正解。一面のサクラであるが、広大な園内に人影はほとんどない。もったいない。まぁ、お天気が花見というには今ひとつ。写真もパッとしない。

林業技術センター「森の科学館」
森の科学館
森の科学館 posted by (C)オトジマ

業技術センターを貫く道路
森の科学館
森の科学館 posted by (C)オトジマ


森の科学館
森の科学館 posted by (C)オトジマ

1週間前ならユキヤナギが見事だったに違いない
森の科学館
森の科学館 posted by (C)オトジマ


森の科学館
森の科学館 posted by (C)オトジマ

諸塚村の妻の実家にあったシダレザクラを30年前にここに移植したもの
森の科学館
森の科学館 posted by (C)オトジマ

林業センターらしく、多種多様な樹種が植えてある。サクラも色々ある。伊豆ザクラ。白い花と緑の葉が美しい
森の科学館
森の科学館 posted by (C)オトジマ

森の科学館
森の科学館 posted by (C)オトジマ

アーコレードという品種。イギリスでベニヤマザクラとコヒガンという品種を交配して作られた。
森の科学館
森の科学館 posted by (C)オトジマ

ヤエベニヒガン
森の科学館
森の科学館 posted by (C)オトジマ

ウミネコという品種
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P3206314 posted by (C)オトジマ

森の科学館
森の科学館 posted by (C)オトジマ

林業センター
林業センター posted by (C)オトジマ

林業センター
林業センター posted by (C)オトジマ

これはボケ。紅白が一本の木から
林業センター
林業センター posted by (C)オトジマ

林業センター
林業センター posted by (C)オトジマ

正面の山はその名も尖山(とがりやま 713m)
森の科学館
森の科学館 posted by (C)オトジマ

林業センター近くの田代地区で満開の桃を見かけ、思わず車を止めてみた。
西郷
西郷 posted by (C)オトジマ

西郷
西郷 posted by (C)オトジマ

西郷
西郷 posted by (C)オトジマ

一本の木に紅白の花、どころか、一輪の花に紅白の花びら。
西郷
西郷 posted by (C)オトジマ

絵になる一本道
西郷
西郷 posted by (C)オトジマ

のどかな山村。御田祭りはこのあたりで開かれる。
西郷
西郷 posted by (C)オトジマ

林業センターの近くにあるダム湖のほとりに作られた、石峠レイクランドに寄ってみた。
西郷
西郷 posted by (C)オトジマ

ここも満開のサクラ。まだ木が若い。
西郷
西郷 posted by (C)オトジマ

西郷
西郷 posted by (C)オトジマ

西郷
西郷 posted by (C)オトジマ

ここの温泉を楽しむ人は多いが、たくさん並ぶバンガローやキャビンの利用率は悪く、赤字体質らしい。
西郷
西郷 posted by (C)オトジマ

五ヶ瀬、浄専寺のしだれ桜もこの週末、23・24日頃が見ごろだという。3月31日では手遅れ。お天気がどうかな。とにかく今年はどこも例年より10日早い。


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秋月中学校

HONDAフィットのCMで福岡県の秋月中学校が登場する。昨年からつづくシリーズCM。九州ローカルのCMかな? 


焼酎「二階堂」のCMはいつもノスタルジックな風景のコラージュである。今放映中のバージョンではやはりこの秋月中学校がチラと出てくる。人物は合成ハメコミである。


校舎は新しいんだが、木造でレトロな味わいがあり、なかなか絵になる建築なんだろう。本物の木造校舎がすでにないってこともあるだろう。秋月中学校は秋月藩の秋月城跡地に立っている。周囲もなかなか絵になる。

下:この学校は「男はつらいよ・寅次郎紙風船」で登場したこともある。寅さんが中学校で掃除する生徒達をからかっている。1981年の映画なので、この校舎はたぶん現在の校舎ではない。


城跡から見下ろす秋月中学校。3年前に撮影。
秋月
秋月 posted by (C)オトジマ

こんなところで学べる中学生は幸せだ。
秋月
秋月 posted by (C)オトジマ

3年前のちょうど春分の日に秋月を訪れた。このブログには記録してないので旧聞ではあるが、サクラの話題として記す。
サクラの開花は必ずしも地理的な南から始まるものではなく、宮崎県は例年早くはない。普段の年だと3月末から4月初めが満開だが、今年は例外的に早くて19日現在で既に満開に近い。

この年、3月21日の秋月ではサクラは満開だった。

秋月城跡。
秋月
秋月 posted by (C)オトジマ

堀と土塁、石垣
秋月
秋月 posted by (C)オトジマ

秋月
秋月 posted by (C)オトジマ

黒門
秋月
秋月 posted by (C)オトジマ

秋月
秋月 posted by (C)オトジマ

瓦を埋め込んだ堀にかかる橋。
秋月
秋月 posted by (C)オトジマ

秋月
秋月 posted by (C)オトジマ

「男はつらいよ・寅次郎紙風船」では寅さんがあの川沿いの細い道を歩く。
CIMG5418
CIMG5418 posted by (C)オトジマ



二階堂のCM


フィットのCM



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家電&カメラ

沖田ダムのヤマザクラ

例年、この時期、沖田ダムのヤマザクラが気になる。
すでにソメイヨシノがどんどん咲き始めているのでやや遅いか。

まぁ、満開と言っていい。2,3日前がベストだったか。
沖田2013
沖田2013 posted by (C)オトジマ

人知れず、一生懸命咲いているんだから、写真に撮ってあげないとかわいそうである。
沖田2013
沖田2013 posted by (C)オトジマ

なんでココにはこんなにヤマザクラが多いのか?ヤマザクラが多いということは照葉樹が少ないということ。山火事と関係あるんじゃないかな?
沖田2013
沖田2013 posted by (C)オトジマ

沖田2013
沖田2013 posted by (C)オトジマ

ほとんどのヤマザクラが山の斜面にある中で、これは道路沿いにある大木である。
沖田2013
沖田2013 posted by (C)オトジマ

沖田2013
沖田2013 posted by (C)オトジマ

沖田2013
沖田2013 posted by (C)オトジマ

沖田ダムのダム湖の周回路はちょうど8kmある。歩くにはやや長すぎるか?
沖田2013
沖田2013 posted by (C)オトジマ

石田地区から愛宕山を見る。タンボのレンゲが満開。
沖田2013
沖田2013 posted by (C)オトジマ

沖田2013
沖田2013 posted by (C)オトジマ

春を探して 祝子

祝子川流域の桑平までは若い頃、仕事がらみで度々来ていたが、そこから先に行くのは、20年前に大崩山に登山して以来。別に用事も山登りもないが、行って見た。

桑平を過ぎると、谷はいきなり狭くなり、川には巨石がゴロゴロ。
祝子
祝子 posted by (C)オトジマ

川沿いに立つ廃墟。発電所の跡か。この建物は他の方のブログでもまま見かける。
祝子
祝子 posted by (C)オトジマ

祝子ダム。ダム近辺にはサクラ並木があり、花見によさそう。いかんせん遠い。
祝子
祝子 posted by (C)オトジマ

ダムのしばらく上流に廃校がある。祝子川小中学校。平成15年に廃校になっている。この1月に放映されたNHK「こころ旅」でこの学校に養護教諭として勤めた女性からの手紙が紹介されていた。さすがに火野正平はここまで自転車で来ることはなかった。
祝子
祝子 posted by (C)オトジマ

校庭には巨石の石垣が? 販売用の採石なのか・・・・
祝子
祝子 posted by (C)オトジマ

祝子川キャンプ場下の橋から大崩山方面。
あの山の向こうにある谷筋、鹿川キャンプ場近辺と雰囲気がよく似ている。途中の谷沿いの遠い道もほぼ同じ。
祝子
祝子 posted by (C)オトジマ

集落には10軒ほど家がありそうだ。
祝子
祝子 posted by (C)オトジマ

キャンプ場下の川原。花こう岩の巨石がゴロゴロ。写真ではスケール感がわからないが、とんでもなく大きな石ころ。
祝子
祝子 posted by (C)オトジマ

花こう岩の岩盤をくりぬいて渓谷が流れる。
祝子
祝子 posted by (C)オトジマ

西南戦争では西郷隆盛は延岡の激戦から鹿児島に逃れる途中、ここで宿泊したという。延岡からここまで来るのも容易ではなかったろうが、ここから高千穂経由で九州山地を縦断して鹿児島まで行軍したという彼らの驚異的な脚力は想像を絶する。
祝子
祝子 posted by (C)オトジマa href=

春を探して

春を求めて、行縢方面へ。

舞野神社から見た菜の花畑
行縢
行縢 posted by (C)オトジマ

行縢から鹿狩瀬に抜ける峠道を通る。
桃の木がたくさん。生け花用か、さんざん切られた形跡がある。
P3166209-e
P3166209-e posted by (C)オトジマ

行縢山を背景に。サクラがチラホラ。これは満開まであと1週間か。
行縢
行縢 posted by (C)オトジマ

行縢
行縢 posted by (C)オトジマ

こちらは道路沿いの並木ではない。ほぼ満開。
行縢
行縢 posted by (C)オトジマ

サクラも気になるが、右の大木も見事。何の木?
行縢
行縢 posted by (C)オトジマ

高平山のヤマザクラが見事。電線がジャマ。
高平山
高平山 posted by (C)オトジマ

妙町にある土持神社。
妙
posted by (C)オトジマ

妙
posted by (C)オトジマ

中世から近世にかけ、延岡を支配した土持氏は大友宗麟との戦いで、ここで滅びたという。
妙
posted by (C)オトジマ

妙
posted by (C)オトジマ

桑平の菅原神社。下から見た社叢がいい感じなのでお参りしてみた。
桑平
桑平 posted by (C)オトジマ

まぁ、どこでもそうだが、社殿は小さくありきたり。
桑平
桑平 posted by (C)オトジマ

延岡市内からほど近いのにのどかな集落が残る。
桑平
桑平 posted by (C)オトジマ

石段が急で手すりがない。
桑平
桑平 posted by (C)オトジマ

桑平。辻に立つ大師堂。
桑平
桑平 posted by (C)オトジマ

大師堂そばにたつ石仏と庚申塔。
桑平
桑平 posted by (C)オトジマ


ヤマザクラ-2

季節はあっという間にめぐり、ヤマザクラも十分見ないうちに過ぎてしまいそうだ。下の写真のように、山には見事なサクラが見えるんだが、近寄るのは容易ではない。かなりのヤブコギが必要。
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P3150741e posted by (C)オトジマ

あの貯水タンクのあたりがサクラで白っぽい。あそこなら道がある。
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P3150778e posted by (C)オトジマ

門川町の貯水タンクは門川高校のグラウンドの上にある。
ピントが手前の枝に合ってしまったようだ。
向こうの海は門川湾と細島港。
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P3150742 posted by (C)オトジマ

このヤマザクラはすでに花はない。
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P3150749 posted by (C)オトジマ

こんな状態のもある。
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P3150745 posted by (C)オトジマ

これはまだ満開。
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P3150747 posted by (C)オトジマ

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P3150753 posted by (C)オトジマ

ゼンマイがたくさん
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P3150752 posted by (C)オトジマ

貯水タンクに至る道路沿いにはたくさんのハチミツウトが並んでいた。近年日本ミツバチが絶滅気味という話も聞くが、ここではハチの入っているのもある。
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P3150755 posted by (C)オトジマ

五十鈴小学校の近所には満開のサクラ。これはソメイヨシノのようである。ちょっと気の早い木であるが、この木は毎年早い。
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P3150768 posted by (C)オトジマ


ヤマザクラ

近所の山を見るとあちこちに白いヤマザクラが満開。このへんでは今年は早いのかな? 去年の記録と比べると10日ばかり早いようだ。
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P3120728 posted by (C)オトジマ

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遠見山で まだ全盛とまではいかない
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P3110722 posted by (C)オトジマ

門川町牧山で
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P3110715 posted by (C)オトジマ

ヤマザクラの美しさも写真ではなかなか伝わらない。写真がまずいのももちろんあるが・・・

10日の日曜の延岡市沖田ダムではまだまだだった。あの様子ではやはり月末か。

No kangaroos in Austria

BS朝日のニュース番組を見ていたら、「It's COLOMBIA, Not COLUMBIA」というコロンビア政府のキャンペーンについて話題になっていた。COLOMBIAが南米のコロンビアで COLUMBIAが北米のコロンビアである。たとえばワシントン・DCのCがCOLUMBIAである。番組コメンテータのパックンによればアメリカじゃだれもそんな些細な綴りの差を気に留めないし、発音も同じだという。もとを正せばコロンブスに由来するわけだから同じこと。



その時、キャスターやコメンテータの間で「オーストリア」と「オーストラリア」の違いも話題になったが、そりゃ発音も地理的にも違いすぎるから日本人以外は間違う人はそういないんじゃないか?という結論になっていた。
しかし、あまりにも間違う人が多いので、東京のオーストリア大使館にはオーストラリア大使館の地図が掲げてあるという話。しかし、これは日本人だけの問題ではなく、どこの国の人でも区別しづらいらしい。今じゃ南半球のオーストラリアの方が何につけメジャーになっているので、もっぱら欧州のオーストリアがオーストラリアと混同される。オーストリアが世界有数の列強だった100年前には逆だったのではないか?

有名なのが下の写真。オーストリアの道路にはこの標識があるというが、事実なんだろうか。「NO KANGAROOS IN AUSTRIA」マークのTシャツやマグカップは土産物で有名らしい。


このマンガは面白い。


日本語に訳してみた。(クリックで拡大、精細)


笑い話ではなくこんな日本のオバちゃんもいそうだ。少なくとも私の接する中学生3年生でもこのレベルはごく普通だ。日本の山脈や川の名前を問われているのに「ロッキー山脈」とか「ナイル川」とか答える中3はザラにいる。15才でそうなんだから30歳になってもあまり進歩はなく、上のオバちゃんみたいになるだろう。中学生でオーストリアについて学ばないわけでもない。地理では習わないんだが、歴史では第一次大戦の同盟国として出てくる。大戦の発端はオーストリア皇太子が暗殺されたサラエボ事件である。音楽ではモ-ツァルトやヨハン・シュトラウスがらみで勉強するはずである・・・・が、縁遠い国には違いない。

我々の世代ではオーストリアというと映画「サウンドオブミュージック」が忘れがたい。上の世代の方なら「第三の男」かな。いずれもアメリカ映画だがオーストリアでも撮影されている。


私は中学生の時、映画館でサウンドオブミュージックを見て感動した。中学生のときには地理・軍事両方とも興味あったから、一つ疑問が生じた。時代背景は大戦間。劇の主要登場人物であるトラップ大佐はオーストリア海軍の退役軍人なのであるが、海のない国の海軍軍人て何してんの?というものであった。「NO KANGAROOS」だけではなく,「NO SEAS IN AUSTRIA」でもある。
その疑問は放置していたところ、数十年後にインターネット普及があっさり解決してくれた。

トラップ大佐は実は第一次大戦時、オーストリア海軍の潜水艦艦長として活躍したのであった。第一次大戦まではオーストリア帝国は確かに海を持っていた。トラップ大佐は通算で12隻の貨物船とフランスの装甲巡洋艦、イタリアの潜水艦各1隻を撃沈したというから、腕の立つ潜水艦乗りであった。トラップ一家についての詳細はコチラで

トラップ大佐とコトル泊地のUボート




トラップ大佐のUボートが基地にしていたのは、アドリア海沿岸のコトルという港である。旧ユーゴで現在のモンテネグロ。中世の街並が保存された世界遺産の町だそうだ。特異なのは、その地形。地図をみると、どうやったらこんな不思議な地形ができるんだろう、と思う。天然の良港とはこのこと。BS放送の世界紀行番組を見ていると、欧州南端のフィヨルド地形と紹介されることがあるが、実際はリアス海岸、その中でもダルマチアンコーストと呼ばれることもある。












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俵山峠

いつもは福岡に行く時に高森峠から県道28号を通り、益城ICで高速に乗る。

高森峠からカルデラを見下ろす。写真ではわかりにくいが、はるかかなたに俵山の風車が見えた。
俵山
俵山 posted by (C)オトジマ

高森峠と俵山はカルデラ外輪山の南東端と西端にあたる。直線距離は16km。


これは逆の俵山から高森峠方面をみたところ。
俵山
俵山 posted by (C)オトジマ

いつもは俵山トンネルを抜けるところ、今回は俵山峠を通ってみた。沿道はほとんどが野焼きされて樹林のない草原だから見通しがよく景色がよい。昔は桜並木がキレイだっただろうが、現在では老木が多く、枯死したものも多い。

麓の太い道は現県道28号、曲がりくねって斜面を登るのが旧道。
俵山
俵山 posted by (C)オトジマ

ぬっと風車がのぞく。
俵山
俵山 posted by (C)オトジマ

道は走りやすい。交通はほとんどない。
俵山
俵山 posted by (C)オトジマ

P2246043
P2246043 posted by (C)オトジマ

阿蘇中央火口丘の裾野の向こうに米塚が見える。
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P2246042 posted by (C)オトジマ

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P2246052 posted by (C)オトジマ

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P2246050 posted by (C)オトジマ

樹木のない草原の山は日本では珍しいから貴重だな、と思うのであるが、ここには「ソニーセミコンダクタの森」という看板があり、植林されている。やがて森になるだろう。
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P2246053 posted by (C)オトジマ


大きな地図で見る


アクロス山

NHKの「美の壷」の屋上庭園をテーマとした回を見ていたら、天神のアクロスが紹介された。福岡の人にはおなじみの光景なんだろうが、少々びっくりするような建物である。階段状の建物南面がすべて緑地となっているのである。
アクロス山
アクロス山 posted by (C)オトジマ

冬なのでわりと繁りがスカスカだが、夏はビッシリと緑の山になるだろう。
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P2250689 posted by (C)オトジマ

麓はこんな風
アクロス山
アクロス山 posted by (C)オトジマ

中腹の様子。普通の公園緑地に見える。内部はオフィスである。
アクロス山
アクロス山 posted by (C)オトジマ

アクロス山
アクロス山 posted by (C)オトジマ

森の小道。野鳥がヨソの山から種を運び、次第に樹種が増えてきたという。
アクロス山
アクロス山 posted by (C)オトジマ

アクロス山
アクロス山 posted by (C)オトジマ

管理業者の看板も。
アクロス山
アクロス山 posted by (C)オトジマ

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P2250678 posted by (C)オトジマ

下の公園を見下ろす
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P2250680 posted by (C)オトジマ

アクロスの周辺
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P2250693 posted by (C)オトジマ

娘があそこの博多大丸で働いていた。
アクロス山
アクロス山 posted by (C)オトジマ

家電&カメラ

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トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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