豊後森の街並と久留島武彦

玖珠の市街地から耶馬溪方面に国道387号をやや行くと藩政時代の趣を残す街並がある。森藩には城がなかったので城下町とは言えないのかもしれない。

国道沿いにあった教組の建物もなかなかレトロ。かつては何らかの公的施設だったものを払い下げしてもらったものか。ネットで調べてもよくわからない。
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草ボーボーなので一瞬廃屋か?とも思うが、中を覗くといかにも労働組合の事務所風。大分県は日教組の牙城だったなぁ。
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ネット上でよく見るショットがここ。いかにも古い街並。
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石畳が整備された街並。三島公園に続いている。
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江戸時代の建物はない。明治に大火があり街全部が燃えたという。明治の建物もあまりないのかもしれないが、レトロ感ただよう通りではある。
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薬店は建物は新しいがレトロ感を演出している。
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旧郵便局。現在はカフェ。手前のオニは「童話の里」にちなむ。
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久留島記念館。森出身の口演童話家、久留島武彦に関する展示がある。
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久留島武彦(1874年生)という名も「口演童話家」という奇妙な肩書きにもなじみがない。玖珠町が「童話の里」を名乗っているのはこの久留島武彦の出身地だからである。街のあちこちに和洋各種の童話のキャラクターの看板やら人形やらが散らばっている。高速道路からは大きな赤鬼が出迎えてくれる。

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かといって久留島武彦が桃太郎や金太郎を創作した訳ではない。口演童話家として各地で子ども達に童話を語り続けた人である。その他、雑誌を出したり東京で幼稚園を経営したりボーイスカウトを作ったり、と多彩な活動をした。詳しくはコチラで。

しかし、興味深いのはこの久留島武彦は豊後森藩最後の藩主・久留島通靖の孫であること。世が世ならお殿様なのである。しかし彼は大分中学時代にアメリカ人宣教師S・H・ウェンライトと出会い、大きな影響を受け、キリスト教の洗礼を受けた。それにより久留島氏一族の籍を抜けたので、爵位もないとかという話。元来はいかに小藩とはいえやんごとなき身分のお方なのである。

久留島の著作
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久留島の経営した東京の早蕨幼稚園の冊子
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久留島の墓は久留島家代々の菩提寺、安楽寺にある。
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下の案内板によれば、久留島は東京で活躍した人だが「故郷の大岩扇山の見えるところに墓を作り、その上に仏を乗せよ」みたいな遺言をしている。戒名もしっかりある。ということは中学の時に入信したキリスト教は晩年には離れたのだろうか。
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三島公園の下に「わらべの館」がある。郷土玩具の展示場や町立図書館がある。とくに驚くようなものはない。背景にある大岩扇山のほうがよほどインパクトが強い。さぞ景色の良さそうな山だが、山頂は平になっていて牧場があり、あまり展望はきかないとか。

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●お知らせ●
3年間愛用してきたこのDTIブログが突然閉鎖されることになりました。利用者にしてみればジェジェジェ!!!、と晴天の霹靂。アメリカ資本のサイトだからかクールに前触れもなく12月で閉鎖です。
おかげさまでこの間15万ほどのユニークアクセスをいただきました。DTIブログ内のランキングでは10位台にいました。まぁ、国内ではマイナーなブログサービスだからでしょうが。アクセス解析が便利で使いやすいサイトだったので残念です。

ということで、F2Cブログに引越します。当分両サイトに並行して同じブログ名で同じ記事を書きますが、もしブックマークに登録されている方はコチラに切り替えていただけたらと思います。今後ともよろしくご愛読お願いします。


豊後森駅 

久大線の豊後森駅は近年蒸気機関車時代の扇形車庫で有名である。
蒸気機関車時代には全国にありふれた施設だったが、いつのまにか見られなくなってしまった。南延岡駅にもあって私が高校生の頃には写真を撮りに行っていたものだ。南延岡駅のものもいつしかなくなってしまっている。

下:南延岡駅にあった扇形車庫。今ではパチンコ屋のオーパスの敷地になってしまっている。
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昔はありふれたもので見向きもしなかったが、もうなくなりそうだ、となると不思議なもので見に行きたくなる。

森駅の駅前通り。日曜日の午後、人っ子ひとり見かけない。ゴーストタウンのような通り。昔は賑わっただろうな。玖珠川をはさんだ対岸の国道210号線沿線は大型店や郊外型レストランが立ち並び大変繁華であるから、住民が消滅した訳ではない。
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森駅。なかなかシックな駅舎である。
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お洒落な蕎麦屋のような駅の入り口。
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車庫は駅からやや離れていて駐車場が整備されている。
いちおう「立ち入り禁止、構内の事故には責任負えない・・・」みたいな立て札があるが、せっかくここまで来て誰がそんなもの気にするだろう。遠慮せずどんどん中に入る。
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転車台はあるが、線路は通じてない。
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かなり広い建物である。
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ガラスは割れ放題で昔の保線用備品も散らかって全くの廃墟。このまましておいて欲しいな。
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集煙装置がまだぶら下がっている。
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線路は撤去されている。せめて一本くらいは残してついでにD51でも置いて欲しいところだなぁ。あちこちの公園でさび付いているヤツを一両持ってくればいい。
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ロケ撮影にうってつけの場所なので、どこかの撮影隊が写真を撮っていた。コスプレ少女たちはおもちゃの剣やピストルを手に持っている。なんのコスプレなのかは知らない。
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これは裏から見たところ。
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駅構内。何本ものさびついた線路が並び、かつての鉄道の賑わいを示す。向こうに車庫が見える。
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10月にはイベントがあるようだ。
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長崎街道 内野宿

久留米から築上町に行くのに筑紫野から国道200号で冷水峠を越えた。峠を越えて飯塚市に入ったところに内野宿がある。長崎街道は小倉から長崎に至る脇街道であった。この街道で冷水峠が最大の難所だったとか。今は長大なトンネルが抜けて車ならラクに越えられる。

国道からほんの少し入ったところに旧街道が並行している。
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古い街並や建物がズラリと並んでいる、という訳ではない。
数軒の旅館の跡がかろうじて残る。旅籠の跡に案内看板だけが立っているというのは大分の今市宿にも似ている。

明治初年に建ったという150年ほど前の建物だが、ほとんど廃屋と化していてもったいない。なんとか整備できないものか。
小倉屋という質屋だったとか。江戸期には伊能忠敬測量隊一行が宿泊したという。
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旅籠・肥前屋跡。内野宿の展示館となっている。
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旗はこの奥の寺のもの。これは仏旗というそうだ。全国、どころか世界の仏教の統一旗らしい。一瞬創価学会の旗かと思ったが、創価学会旗はこの上半分だけである。
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上の地図で見るとこの宿は街路がT字型になっていて一本の道が筑豊本線を越えて山のほうに伸びている。昔は筑豊から大宰府に参る山越えの道があったという。現在は使われず、車も越えないらしい。その道沿いに「内野の大イチョウ」という巨木がある、というので寄ってみた。

「大宰府天満宮米山越道」の石柱。元禄・嘉永期の奉納。
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この道が大宰府に至る道。古い建物は残ってない。
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ヒガンバナとソバの花の向こうに大イチョウ
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巨木というのは近くからは写真に収まらず、遠くから撮るとスケール感がわからない、というふうに撮影が難しい。とにかく巨大な木であるのは間違いなく、黄色く色づく頃には見物客が多いらしい。
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イチョウの根方には薬師堂がある。
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堂内の仏像。木像である。
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イチョウの根方の仏達
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内野宿のマンホール
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筑豊線内野駅。
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内野宿遠景。山の向こうが大宰府
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テーマ : 日記
ジャンル : 日記

石炭長者 蔵内邸 3

前回前々回ポストの続き

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蔵内邸を外から見る。これは勝手口。駐車場から来ると、この門から入ることになる。やはり正門から入りたい。
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塀は立派な石造
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右が蔵内邸
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蔵内邸は田んぼの中の集落にある。隣近所にも大きな屋敷が並ぶ。左が蔵内邸
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蔵内邸の横には神社があり、道路から田んぼの中を参道が延びている。観光客はみんなこれが屋敷への進入路だと勘違いして右折しようとするが、バリケードがあるのであわててブレーキを踏む。神社は貴船神社。
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参道も神社に渡る石橋も蔵内家の寄進。御影石の立派な橋である。
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貴船神社
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ともかく、期待にたがわぬ超豪邸である。伊藤傳右衛門邸(飯塚市)や高取伊好邸(唐津市)より立派かもしれない。しかし伊藤邸は柳澤白蓮というロマンがあるし、高取邸は観光地唐津の海のそばというロケーションの良さがある。北九州の炭鉱成金たちの豪邸はほかにも麻生財閥の大浦荘、安川財閥・貝島財閥の屋敷もある。こんなに成金豪邸が妍を競う地域は全国でも炭鉱地帯だった北九州だけではないか?「炭鉱王豪邸めぐりの旅」はまだ楽しみが残っている。

一般公開が始まって半年、邸内の案内係はすべて女性で、張り切って頑張っておられた。これで300円は安い。近所はまったくの農村で売店もないので観光客はお金の落としようがない。伊藤傳右衛門邸のようにお洒落な売店でも設けたらいいと思う。近々、有料の茶菓のサービスは始まるとか。



石炭長者 蔵内邸 2

前回からの続き

引き続き、築上町にある旧蔵内邸

団体さんが広間でガイドから説明を聞いている。
平日ならかなりすいているはず。前日にはバイクでやって来た若者が1時間も寝っころがっていたとか・・・
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部屋によって襖、欄間など趣向を凝らしている。
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繊細な細工の欄間。
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花鳥の彫刻の欄間
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各部屋の床の間には美しい生け花。
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なにせ部屋が30以上もあるから生け花だけでも大量に準備しなければならない。
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長大な廊下を風雨から守る雨戸も多数に上るので、収納する戸袋も分厚い
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軒下は網代編
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中庭
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内部から庭を見る
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立派な庭であるが、伊藤傳右衛門邸の方が回遊式で楽しい。
庭木が伸び放題だったものを、最近京都から庭師を呼んで整備したとか。
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周囲に大きな建築がないので庭が広々と感じられる。近所の農家の屋根が見える。かつてはカヤ葺きだったもの。
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靴脱ぎの巨大な御影石が廊下ごとにある
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太鼓橋は進入禁止で渡れない。残念。
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奥から明治、大正、昭和と重ねた増築のヒサシが連なる。
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大変な豪邸であることがわかる。
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補修した部分もあるだろうが、全般に大変状態が良く保存されている。最近まで人が住んでいたからだろうか。とても100年前の材料とは思えないほど。

次回に続く。次回は屋敷の外回り。


石炭長者 蔵内邸 1

豊後高田のジナシさんのブログで福岡県築上町に蔵内邸という保存公開住宅があることを知り、ぜひ行きたいと思っていた。

福岡県には自治体が多く、とても覚えきれない。築上もマジマジとその字を見たのはこれが初めて。町内には自衛隊築城基地があるが、こちらは築城をツイキと読むのでややこしい。


より大きな地図で 旧蔵内家 を表示

蔵内家とは明治大正期に炭鉱王として羽振りの良かった一族である。大正8年には全国6位の産出高をほこったという。炭鉱は筑豊各地にあった。築上は一族の郷里である。蔵内家のあらましは築上町のサイト参照のこと。

旧伊藤傳右衛門邸(飯塚市)、旧高取伊好邸(唐津市)など、石炭成金の豪邸はとても見ごたえがある。この屋敷は明治から大正にかけて数次にわたって増築を繰り返し、蔵内家3代が暮らした。蔵内家の炭鉱業は昭和になるとかげりを見せ、会社は解散する。その後、この屋敷も人手に渡っていたものを、近年築上町が買い取り、修復して、今年の4月に公開を始めたもの。チケットを見ると、今までの半年で15000人ほどの訪問者があったようだから、ならすとおよそ一日100人。

期待にたがわず、素晴らしい豪邸だった。写真が多いので、数回に分けてアップロードする。

築上は炭鉱地帯の筑豊から一山越えたすぐの所。周防灘に面する農業地帯である。京築アグリラインという広域農道を走ると、ちょうど国東半島のように尾根筋と間の狭い谷筋が交互に現れる。そんな谷筋の真ん中の田んぼの中にポッカリと集落がある。
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駐車場は裏口の方にあるが、順序として正面からご案内する。
正門である。巨大な門扉はこのほど新調されたもののようだ。
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玄関から正門を振り返る。
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ファサード。公開住宅でなかったらいかにも敷居が高そうだ。
世が世なら貧乏人には絶対上がれない豪邸である。
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玄関は大理石張り。
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上がり框も大理石。
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玄関だけでもかなり広い。
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受付で300円払うと、いきなりトイレがある。気になる所なので写真に撮る。タイルが美しい。朝顔はオリジナルではないらしい。
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手洗いも大理石張り。
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他の場所のトイレ。ここも大理石
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昔なつかしい陶製の和式便器
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大理石のフロ
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大理石尽くし
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長い廊下は長い無節、柾目の一枚板。継ぎ目はそうといわれないと気づかない。スベスベなので裸足で歩くのが気持ちよくて正解とか。せっかく屋敷に上がる前に靴下を履いたのは失敗。
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タタミ敷きの廊下もある。この廊下だけで24畳あるとか・・・
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廊下の天井はアーチ型になっている。
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P9239305 posted by (C)オトジマ

天井板は最高級の屋久杉で、特有の複雑な木理が見える。大変保存状態が良い。
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どこもかしこも無節の柾目一枚板。
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フスマも障子もとんでもなく広い。
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蔵内邸は敷地面積7135平方m、延床面積1250平方m、部屋数30以上という巨大、かつ贅を凝らした和風建築の粋である。建築史家の藤森照信氏によれば、和建築が絶頂期に達したのは意外と江戸時代ではなく、明治大正期だそうだ。江戸時代は幕府の方針もあり質素倹約が旨の時代だが、明治期にそのタガがはずれ、各地の豪商・成金が思い切り贅を尽くした住宅を建てたという、この蔵内家もその代表例だろう。飯塚の伊藤傳右衛門邸、唐津の高取伊好邸をも上回るのではないか、という邸宅である。

次回に続く

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国東 小武寺

北九州に行った帰り、杵築市山香の国道10号線から少し入ったところの小武(おだけ)寺に寄ってみた。夕日に照らされた山里の寺は無住ということもあり、人っ子一人なく静まりかえっていた。
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P9239409 posted by (C)オトジマ

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ちょうど秋分の日でヒガンバナが盛り。
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P9239418e posted by (C)オトジマ

小武寺には仁王がいる。国東半島特有のデザインである。
目玉には銅板がはめ込まれている。
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仁王が稲田を見守る
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この寺は無住で本堂はない。宝物を収蔵するコンクリート建ての収蔵庫とこの薬師堂がある。
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クスの巨木がある
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周囲の風景
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日知屋城 鵜戸神社

日知屋城を散策した。この城については過去記事がコチラにあるので、城については書かない。

いい天気で日向灘がキレイ。
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伊勢ヶ浜海水浴場は海水浴客は消え、サーファーの天下となっている。駐車場には大阪ナンバーが数台止まっていた。
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柱状節理の岩。東尋坊になりそこね。
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お倉ヶ浜方面。中央の小島がトドロバエ。戦中に富高海軍飛行場があった頃には、あの岩礁が爆撃訓練の標的になっていたとか。
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岬の大御神社近くに、境内社となる鵜戸神社がある。この小さな入り江の奥の海蝕洞である。
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絶壁に通路が整備されている
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大きな海蝕洞である
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最奥に祠
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P9188972 posted by (C)オトジマ

祠から外を見るとこう。昇り竜が見えるというが・・・?
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P9188973 posted by (C)オトジマ

立ち位置を変えてみると・・・これが竜かな?
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P9188976 posted by (C)オトジマ

由来はコチラで
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P9188982 posted by (C)オトジマ/a



都農 道の駅

この夏、都農に道の駅ができた。以前から10号線沿線に「道の駅建設反対」という看板が立てられていたが、誰がなぜ反対しているのかな、と疑問に思っていた。道の駅で不利益をこうむるのはダレだろう。ははーん、商売敵になる人たちかな?

テレビのニュースでも賑わっていることが伝えられた。一月以上たった日曜に寄ってみた。場所は都農神社の南隣である。道の駅駐車場から神社に向けて赤い橋が作られて参道となっている。
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P9158902 posted by (C)オトジマ

夕方というのに店の内外は大賑わい。
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すでに野菜売り場はスッカラカン。商機を逸している。
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惣菜、弁当の類も売り切れ。商売繁盛だ。
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その他、おなじみの地場産品や地元の方たちの手作り品なども並ぶが、特段珍しいものはない。何も買わずに出たが、なんでこんなに賑わっているのか疑問だった。そういえば、日向の道の駅から先、宮崎までライバルとなる道の駅がないなぁ。

道の駅から10号線と反対方向、旧道に出るところに土壁の古い建物があった。屋根の一部は壊れたまま。風情はあるが、そう長い命ではないかもしれない。
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P9158910 posted by (C)オトジマ

奥の寺は浄土真宗本願寺派、報恩寺。
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P9158913 posted by (C)オトジマ



高鍋ルピナスパーク

高鍋ルピナスパークは10号線沿いにあるのでいつも横に見ながら通るが、中に入ったことがなかった。元来が県の農業大学校なのでさしたることはないだろうと思っていた。

とても広い公園である。広々とした芝生や遊具があるので子供連れには最適。
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農業大学校。圃場を含めるととても広い。
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空撮。
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農業関連の展示室があるメインホール
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展示場
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おなじみの古い農具が並ぶ
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口蹄疫関連の展示がある。県民としては関心を持つべきなんだろうが・・・。当時テレビでよく見た防護服。福島原発でもこれかな。よく見ると不織布。デュポン社製である。意外やあんな大企業が作っているところを見ると高度な技術が使われているのかも。使い捨てである。
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小さい秋みつけた・・・
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コブシの実。不思議な形。房になっているようで、一つにくっついている。集合果というそうだ。なるほど・・・
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台風通過中

台風は一般に進路の右側の方が強い。今回の18号は九州東方遠くを通過中なので、風はそこそこ吹いてはいるが、宮崎県にほとんど影響ない。しかし、海に行ってみると大波が打ち寄せていてビックリした。

日向市金ヶ浜。さすがにサーファーも今日は休み。連休なので駐車場には県外ナンバーのサーファーと思しき車が何台も止まっていたが、あきらめるほかない。
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太平洋ドライブインの椰子の木も風になびくが、空は青い。
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川南漁港にも大波が打ち寄せる
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川南町、伊倉ヶ浜
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夕方には台風一過特有の不気味な空
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雲が流れている
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川ガニ

北川支流、小川でキャンプをした。沖合いを台風通過中で天候芳しからず、夜はテントの中で雨音と虫の音を聞きながら寝た。

この時期、川筋にはどこにもカニカゴがしかけてある。場所によっては10mか20mに一個くらいの高密度。車で川原に接近しやすいところが多いようだ。地域の人の楽しみになっているようだ。もちろん店や市場に出荷もされている。

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P9141873 posted by (C)オトジマ

カニかご密集地帯。深い所に沈めてあり、岸辺までロープを引っ張っている。カゴの中には魚の切り身などのエサを入れてカニをおびきよせる。
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ロープには「カニかご証」がついている。漁協で交付してもらう。遊漁料年間4000円で、別途鑑札3枚1000円が必要。詳しくはコチラの北川漁協ホームページで。
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水中カメラがないので水中のカニかごの様子はお見せできない。カゴによっては10匹以上入っていた。

岸辺に大量に捨てられている子ガニ。商品にならない小さなカニは捨てているようだ。何十匹も死んでいた。
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これは五十鈴川水系の大きなカニ。
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下:延岡市内のスーパーの店頭では15匹入りの袋で1280円とか。
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557508_431909613597355_1856431383_n posted by (C)オトジマ

ゆでたところ。上とこれは加藤さんの「久の延岡だより」より転載。
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75906_431910073597309_597200762_n posted by (C)オトジマ

川の上の鉄橋を特急が通るとものすごい音がする。
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田原の野仏

昨年も、田原地区の野仏を紹介したが、今回は前回載せなかったものを。

戸の口地区に薬師堂があった。堂自体は新しいが、仏像は江戸時代のもの。
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堂内の様子
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いずれも小さな木像である。
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由来はコチラで。昔はこの山奥で武術が盛んだったようだ。
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野趣あふれる石仏。
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上田原で
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野ざらしの木像なので風化がひどい。
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昭和57年と、珍しく新しい馬頭観音。畜産と関係あるようだ。
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大師堂。
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高千穂に多い彩色石像大師。
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石材屋で売れ残った中国製狛犬や恵比寿の中にドラエモンが混じっている。墓石にちょうど良さそうなドラエモン。墓参りの孫達が喜びそうだが、私は墓を作らないつもりである。
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高千穂田原 初秋

一日ヒマができたのでブラッと高千穂に行ってみた。昨年も行った下野-田原線。

まず、国見大橋から下を覗く。毎度ながらコワイ!
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高千穂峡とは趣を異にする渓谷なので、展望所を作ればいい観光スポットになるのに。青雲橋などと違い、無粋な飛び込み防止柵がないので、欄干から真下を覗ける。足裏がヒヤッとするくらい怖い。
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下野方面を見下ろす地点で弁当を食べる。棚田が美しい。
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普通水稲が多く、まだ青い。棚田はキレイだが、アゼや土手の草を刈り込む習慣はなくなりつつあるようだ。遺棄された田も目立つようになってきている。本日も中国渡来のものかカスミがひどい。
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クリの木が多く、このように実がたくさん落ちていたが、拾うのはためらわれる。無人販売店で100円で一袋買えた。
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田にこんな物が。「戸の口国航空隊駐屯地」と書いてある。一瞬、自衛隊の分屯隊でもいるかな、と思ったが、戸の口国とあるから、日本国自衛隊とは別物のようだ。中にはイノシシ除けの電柵のケーブルの糸巻きが置いてあるので、単なるジョークらしい。
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P9118825 posted by (C)オトジマ

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P9118826 posted by (C)オトジマ

やはり稲が黄金色の頃のほうが、風情があるようだ。
去年の晩秋の棚田の様子はコチラ


日向のサル騒動

今日は全国的には東京オリンピックの決定で大騒ぎであるが、こちらではサル騒動の天王山、サル退治一斉行動日が大ニュース。今夜のニュースではオリンピックの陰にかくれて目立たないかもしれない。

日向市ではこの間、不良ザルによる噛み付き被害が連続していて、毎日のようにニュースになっていた。大昔、30年以上前か、延岡で移動動物園からコブラが逃げ出し、騒動となり大捜索が行われ、全国ニュースとなったことがあるのを思い出す。

日向市では放置できない、として市長以下本日を一斉捕獲行動日とした。さてその成果は?

日向高校近辺ではこんな看板が各所に設置してある。まったくの街中の住宅街である。
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P9078776 posted by (C)オトジマ

塩見川越しに見るサル出没地域。高台にあるのが日向高校。
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要所要所に消防団が出動。
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パトカーも多数出動。知らない人が見たら、凶悪事件の発生か、と思うだろう。
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P9081848e posted by (C)オトジマ

テレビ局のクルーと思しきが幾組もウロウロ。肝心のサルが見あたらないので絵になる写真が撮れないだろう。
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新聞系と思われるスチル写真の男達も多数ウロウロ。
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ボートも出て、川からも捜索。暑いのでサルも泳ぎにきてるかもしれない。
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大きなタモを持ったオジサン。これであの凶暴サルが獲れるか?ゴルフクラブを持ってウロウロしてる人もいたが、その方が効果的かも。
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P9081858e posted by (C)オトジマ

作戦終了予定時刻の12時になったので大部隊は何台ものバスで引き上げ。本日は成果ナシのようだ。
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例のサルは夜間に出没しているようだから、日中に街中を大勢で捜索しても見つからないだろう。山狩りもしたんだろうが、山はサルのホームグラウンドだからいよいよ大変だ。

これは市街地からやや奥に入った富高地区のシカ防止柵。
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P9081836 posted by (C)オトジマ

サルに限らずシカ、イノシシと獣害はひどいようだ。
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P9081837 posted by (C)オトジマ

ピンクのカサを並べた鳥よけ。カワイイけれど効果あるのかな?
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※この翌日、サルが一匹捕獲され、殺処分された。はたして問題のサルなんだか誤認逮捕なんだかわからない。今後、被害がなければ真犯人かもしれない。


曽木川流域--三椪

五ヶ瀬川のいくつもの支流のうち、曽木川を遡ったことがないので、三椪まで行ってみた。
北方町曽木の町の中には辻々に三椪小学校への案内板が立っている。曽木から7kmも先なのに。

曽木川で見かけたステキな淵。夏休み中には子ども達で賑わったのかも。飛び込み用のロープがぶら下がっていた。この日は大雨の後なので、水量が多く、透明度は今ひとつ。
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P9058730 posted by (C)オトジマ

流域には水田がよく拓かれている。
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P9058745 posted by (C)オトジマ

谷川から水路が延びて美しい水を田に供給している。
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P9058747 posted by (C)オトジマ

田の土手に早くも彼岸花。彼岸まではあと3週間もあるのに。
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三椪小学校の近辺まで行ってみた。このあたりは地図で見ると、行縢山のすぐ下なのであるが、行縢山は見えない。
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P9058740 posted by (C)オトジマ

三椪小学校の三椪(みはえ)というのは地名ではなく、近隣の3地区を統合する一種の美称らしい。学校所在地は屋形原杉原である。したがって地図で見ても三椪という地名はみあたらない。

校庭にあるセンダンの巨樹が宮崎県巨樹百選に選ばれていて有名である。昔は学校の校庭というとどういうわけか必ずセンダンが植えられていたから、どこの学校でも巨樹になっているが、ここのは確かに巨樹である。それもグラウンドの真ん中にあるのが珍しい。延岡高校の「校庭の杜」を思い出す。
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P9058738 posted by (C)オトジマ

センダンの下で子ども達が運動会の応援の練習をしていた。
はたして、応援するほど児童数がいるのか心配したが、学校のホームページを見ると20名ほどいるようなので安心。職員はなんと9人もいるという!厚遇されている児童たちだ。
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P9058736 posted by (C)オトジマ

学校近辺にあった野仏や庚申塚。

これは大師。
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P9058741 posted by (C)オトジマ

左端は宝暦11年(1761年)、中央は寛政4年(1792年)。江戸時代の流行とはいえ、こんな山の中でも人々は宵庚申の風習を守っていたんだなぁ。現代人にはよくわからない廃れた風習である。
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右の馬頭観音は昭和25年。戦後だからつい新しいと感じるが、すでに63年も経っている時代物ではある。
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台風一過 秋の気配

軟弱な台風が宮崎県にさしかかったとたんに温帯低気圧になって、台風一過の青空となった。学校は休みになっているが、この青空に屋外に子供の姿は見えない。「遊びに出るな」というキツイお達しがあるのだろう。
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P9048750 posted by (C)オトジマ

五十鈴川を見に行ってみたら、濁流。昨夜は山間部では大雨だったのか。2ヶ月におよぶ日照り、渇水も一挙に解決。
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P9048745 posted by (C)オトジマ

夜のうちには水位はこの沈下橋を超えていたと思われる。
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P9048741 posted by (C)オトジマ

一月前、孫を連れて泳ぎに来た頃はほとんど流れてなかったが・・
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P9048740 posted by (C)オトジマ

小園の堰。以前は遊泳場だったところ。現在は駐車場は撤去されて川原も葦の原になってしまった。
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あちこちに夏の名残が・・・渇水で実らなかったヒマワリ
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我家の庭はセミの養殖場状態だったな。
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P9048735 posted by (C)オトジマ

爆発してしまったゴーヤ
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P8268731 posted by (C)オトジマ

8月中には赤くなってしまったカキ。たぶん渇水のせい。
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延岡市内の五ヶ瀬川
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P9048760 posted by (C)オトジマ

三輪の五ヶ瀬川
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P9048768 posted by (C)オトジマ

NHK プロフェッショナル仕事の流儀 風立ちぬ

8月26日放送、「NHKプロフェッショナル仕事の流儀・宮崎駿スペシャル 風立ちぬ」・・・長ったらしいタイトルだ。

ポニョ以来、NHKはジブリ長編製作に張り付いて、映画上映中にそのメイキングドキュメンタリーを放送することが恒例になった。毎回とても面白い。全部録画して取ってある。どうやらこの秋リリースの高畑勲作品「かぐや姫の物語」も見れそうだ。この番組中で宮崎氏がNHKカメラに「パクさんの取材の成果はどうですか?パクさんは何やってんだろうね?」と言っている。今からそのスペシャル番組を楽しみにしている。

下:「かぐや姫の物語」製作中の高畑氏。宮崎氏より高齢だが若く見えるし、元気そうだ。


今回、の冒頭部は「風立ちぬ」の企画書を書いてる様子である。スタジオではそのころ「コクリコ坂」製作中であったから、NHKの「コクリコ坂」ドキュメンタリー「ふたり」の中でも宮崎氏が絵コンテを描いている様子を垣間見る事ができた。ちょうどその頃、3/11大震災があり、スタジオの中の緊迫をみることができた。その様子については以前

宮崎氏の製作スタイルは絵コンテを描きながら実製作に突入し、最後は時間に追われながら、収まりのいい結末を模索して苦しみつつギリギリで絵コンテを終える・・・というもの。実際の動画製作は大勢のスタッフの手にあるから、宮崎氏の姿を追うといつもかつも絵コンテを描いている、という地味な画面ばかりである。

この番組の中で気になったところ、面白く感じたところをいくつかピックアップしてみる。

まず悪評サクサクの主人公堀越二郎の声、庵野秀明について。2012年12月、公開を7ヵ月後にしてそろそろ音入れが迫る頃、宮崎は誰の声を当てるか思い悩んでいた。会議で思案投げ首の時「昔のインテリは滑舌がよくて声が高いんだよ。無口なんじゃなくて、頭いいから余計なこと言わない。ややこしいキャラクターなんだよ」・・・なんてやり取りがあったとき鈴木プロデューサーがふと「素人の方がいいのかなぁ。・・・・・庵野・・・」と、洩らす。宮崎氏は「庵野ですか?」とその意外さに驚くが「面白いね」と同意する。鈴木氏は実は腹案として持っていたのかも。さっそくその場でタブレットで庵野が話しているところを映しだす。

その二日後にスタジオに庵野を呼び出し、堀越が下宿近くの駄菓子屋で買ったシベリアを貧民の子供に与えようとする場面で音声のテストをする。別室でそれを聴いていた宮崎氏は思いがけぬ掘り出し物に大満足で「いいじゃん。やった」と鈴木氏をたたく。これを見ると、あの妙な声と素人棒読み風は宮崎氏も納得済みの意図的なものであったことがわかる。


震災の大群衆の場面が大変だ、とは数年前から聞いてきたことであるが、その4秒のカットに1年3ヶ月もかかった、というのを聞いて驚いた。「耳をすませば」で雫が歌う場面に1年かかった、というのとは比較にならない手間だ。担当アニメーターがラッシュ上映を見て「あっという間でビックリしましたよ」というと宮崎氏は「あっという間以上のことはあったよ。うまくできた。」とねぎらった。


震災後、宮崎氏一行が東北の支援に行く場面がある。映画上映会場で色紙に次々とサインして子ども達にあげる場面がある。「アレッ?子ども達はどんでもないお宝をもらってるぞ」と思う。実は宮崎氏は原則としてサイン要求に応じないという。ネットオークションで数十万円の高値で取引されているのを知り、怒ってサインをしないことにしたそうだ。現在ヤフオクで見ても出品はマレである。この時には「支援」のサイン会であるから後日換金されることを承知だったとか。NHK番組中でも原画をどんどんゴミ箱に捨てる場面があるが、原画だってオークションでは結構な値段がするから、ジブリのゴミ箱はオークション出品者にとってはお宝の山だ。


毎度、ジブリ密着のNHKドキュメンタリーを見ると宮崎監督の仕事は鉛筆で絵を描いては消しゴムで消すばかりで、なにも派手な立ち回りがない。机の上のきわめて地味なアナログ作業だ。一年以上かかって描いてきた絵コンテの束をみて「よくこんなに描いてきたもんだね。一寸先は闇でやってんだから」と言う。今回の絵コンテは水彩絵の具で色つきだからすごい手間だ。オリラジの中田は読了するのに2時間かかったというが、普通の人なら5~6時間かかるのでは。


エンディングでうまいこと着地できるかどうかはほとんどバクチである。映画の感想は各人各様だから断定はしないが、私は今回はなんとかうまくフィニッシュできたと感じた。私にとっては「千と千尋」以来の満足。「トトロ」「魔女の宅急便」、さては「耳をすませば」の奇跡的なエンディングとは、映画の種類が異なるので比べにくいが、「もののけ姫」「ハウル」「ポニョ」の喰い足りないフィニッシュに比べおおいに満足した。

ただし、今回のNHK番組はコクリコ坂の時の「ふたり」に比べると親子の葛藤や、若手監督の未熟ゆえの苦悩などがない分、さしてドラマティックではなかった。まぁ、しかし巨匠の手仕事をじっくり見れるというのは貴重な体験だ。それも宮崎氏は今回限りでの引退宣言をしているのだから、これが最後と思えはなおさら。ただし、彼の「最後」は幸いにも度々覆っているのでそれに期待したい。

彼の引退宣言は世界中に配信され話題になった。日本を代表する芸術家である。日本の首相の名はすぐに忘れ去られても宮崎氏の名前は不滅だろう。そんな人物が人間国宝でも国民栄誉賞でも文化勲章でもない、というのも変である。死んでからかな?

彼は日テレのキャスターに今後のことを聞かれて「金のことを考えなくていい仕事をしたいね」とも言っていた。それにも興味あるなぁ。彼の午前中は毎日近所のゴミ拾いに費やされているというから、なにかボランティアかな?
ジブリ発行の雑誌「熱風」では7月号では憲法改悪反対特集で宮崎氏自身、平和憲法死守に熱弁を奮っていたので政治運動かも・・・。引退後も目の離せぬ気骨の人である。

※映画「風立ちぬ」のレビューはコチラ











プロフィール

トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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