ヤモリはいつから

年の瀬らしからぬ写真で申し訳ないが、今年中に片付けときたかった写真なのであしからず。
掃除していて家の中で見つけたヤモリのミイラです。
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PC292841 posted by (C)オトジマ

実は我が家にはヤモリがたくさんいるようだ。以前にもイタチの件でアップした写真だが、ネズミ取りのベタベタにたくさんのヤモリがかかって干からびていた。
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これはうまいことガラス窓に張り付いてガを捕えているところを撮った。
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P9111868 posted by (C)オトジマ

私はヤモリについて不審に思っている。ヤモリという名は昔から聞いたことがあるが、長いこと見たことはなかったのである。子供の頃はもちろん、長じてからも私の住む宮崎県北部の住宅地という環境でヤモリを見たことはなかった。東京で七年間暮らした時にも見たことはない。だから日本にはいないんじゃないか、くらいに思っていたのである。妻や子供に聞いても以前には見たことはないという。ところが今から七年ほど前突如我が家で見かけるようになった。気候変動のせいか、何らかの原因による生息域の変化が起こったのではないか。

ウィキペディアで調べると、ヤモリは別に人間に何の害もなさず、どちらかというと益虫?益獣?に属するらしい。県によれば絶滅危惧種ともなっている。はたして我が家のヤモリが日本古来のニホンヤモリかどうかは知らない。中学生の理科・生物のテストではセキツイ動物の部門分けでよく出る生き物ではあるが、最近では子供にも身近になっただろう。逆に昔はウジャウジャいて身近だったイモリの方が子供に縁遠くなりつつある。地元の中学のテストに「イモリ・ヤモリ・タモリはそれぞれ何類か?」という問題が出たことがある。もちろん両生類・爬虫類で、タモリは哺乳類が正解である。

黒田の家臣

日向市の日向岬に「黒田の家臣」という名所がある。名所というより墓である。むしろ小島というべきか。小島なのに奇妙な名前である。細島は天領だったから黒田藩とは関係ないし。来年のNHK大河ドラマは「黒田官兵衛」で世の中は黒田ブームらしいから、今回はこの小島について。

細島湾にあるホンの小さな島で、満潮時はこのように完全な島である。
細島 震洋  (1)
細島 震洋  (1) posted by (C)オトジマ

干潮になると陸繋島になる。
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地元の人が貝を取っている。
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向こうに見える岬が馬が背方面。
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島に上陸する
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「黒田の家臣」の由来が書いてあるので詳細は読んで欲しい。
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要は幕末に勤王の脱藩浪士達が京都で薩摩藩に摘発された折り、そのうち数名が薩摩に護送途中にここで処刑された、という事件に由来する。三名中の一名が筑後秋月の黒田藩(福岡黒田家の支藩)だった。テロが日常茶飯だった幕末に起こった悲劇の一つ。坂本龍馬ほどは有名にならなかった人々。

黒田藩士海賀直求辞世の歌「夏の夜の短き床の夢だにも国安かれと結びこそすれ」
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三人の墓。後年建てられたものだろう。
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「赤心報国の碑」元帥公爵山縣有朋書とある。ホントかな?
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戦前は忠君愛国の聖地となっていたようだ。すぐそばには特攻艇「震洋」の基地もあった。

本居宣長先生まで勝手に引っ張り出されている。
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海がきれいだ。事件の主役も海賀。
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キラ文字

県北の人でもキラ文字と言われてもピンと来ない人が多いだろう。試しにグーグルで検索しても上位10ページには日向のキラ文字は出てこない。キラキラした文字やデコの記事ばかり。

かつては街にあふれる看板は職人による手書きであった。ついこないだのことである。それがコンピュータとカッティングマシンの導入によりあっというまにコンピュータ文字にとって変わった。今や看板屋に筆はなく、芸を極めた文字書き職人も必要なく、きのう高校を出たド素人にだってきれいな文字が作れるのである。

それとともに街の看板は小奇麗になり、全国の看板は画一化した。25年前にコンピュータ文字を見たときにはそのシャープさと美しさにほれぼれとしたものである。コンピュータ文字は駅でも公共機関でもあらゆる場所を埋め尽くし、読みやすく、退色も少なく、街頭風景をスッキリさせた。それどころかイラストだろうが写真だろうが巨大なプリンタでたやすく作れるようになった。道路端に立つ政治家の看板は写真入りになったから、写真写りのいい人は得だ。きれいな写真入りのラッピングバスや飛行機まで登場。大変な技術革新である。

下:鮮魚店のラッピング軽トラ。店名がキラ文字。
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こうなると、昔は汚らしく思えたペンキで筆文字の看板が急に懐かしく、ありがたいような気がしてくるものである。手書き文字の時代には町々に個性的な文字を書く看板屋がいた。文字を見れば、あれはどこそこの看板屋だな、とわかるくらいに。書道系の筆文字は上手、下手がすぐにバレる。

下:10号線新生町交差点にあるキラ看板店。
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PC152709 posted by (C)オトジマ

そこでキラ文字である。日向のキラ看板店のキラさんの書く筆文字のことをそう言う。その文字には豪快で強烈な個性があった。県北のダンプカーや重機のボディの社名表記にはどういうわけかキラ文字が多かった。10t積みダンプにキラ文字を入れると30t積めるなんていう冗談もあるくらい、強烈に力強かった。

下:どうです?パワフルでしょ?
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上の軽トラの一部を拡大。いかにもキラさんらしい特徴的な長い横一棒。
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私は若い頃はあの文字を見ると、その品のなさにゾッとしたものである。ところが、コンピュータ文字ばかりになった今、たまにキラ文字に出会うとホッとしてマジマジと眺めてしまうのである。やはり、見事な文字だなと。しかし、最近めっきり少なくなった。特に自動車は新陳代謝が早いからトラックの文字をあまり見かけない。そうなると寂しいもの。

下:右の河川標柱にはこの文字がピッタリ。しかし、左は単に駐車場案内の情報を伝えるだけだから筆文字よりもゴチック体のコンピュータ文字で十分。これではウルサイ。
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下の看板を見ると、コンピュータ文字全盛の現代的基準では「キタナイ」と感じる。そもそも看板の出来不出来以前にこんな看板は河川の風景を雑然とさせるだけだから必要ない。河川管理者が予算を消化したいだけ。
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キラ文字も最近はコンピュータ入力でカッティングやプリンタ処理である。やはり筆とペンキの流れる線とカスレの味わいが薄れる。
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面白くない例。白地にペンキ文字だけの方がマシ。看板もコギレイに仕上げればいいというものじゃないようだ。
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PC102599 posted by (C)オトジマ

キラさん。実は大ファンです。豪快なキラ文字の伝統を是非伝承してください!





十以上はたくさんではない

門川町に2級河川五十鈴川がある。私の子供達は五十鈴小学校を出た。
本家の五十鈴川は伊勢神宮にある。自動車会社のいすゞはこちらにちなむ。

下:門川の五十鈴川
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しかしなぜ五十鈴をいすずと読むのか、ということに疑問を持ったことはなかった。
実は本来は「いそすず」なのであるが、転訛・短縮されて「いすず」になったもの。つまり五十は「いそ」と読むのである。そういえば山本五十六海軍大将がいたなぁ。日向には「五十猛神社」(いそたけ)がある。

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伊達宗行著「『数』の日本史」を読んでいたら、日本の数のはじまりとして、中国語由来の「いち、に、さん・・」ではなく和語の数詞について書いてあった。
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数詞について深く考えたこともなく、大昔の日本人は指十本以上の数については「たくさん」と一括りにしていたのではないか、くらいに思っていた。伊達氏も十一以上の和語を言える人は現代ではめったにいない、と書いている。早い話が下の表のようになり、長ったらしくて煩雑ではあるが和語でもけっこう大きな数の表現は行われていたのであった。

和語数詞s

そういわれれば誰でもふた桁の数の「そ」については思い当たる。「みそじ」「よそじ」「みそか」西条八十という詩人もいたし。20については「はた」あるいは「はたち」とイレギュラーである。十重二十重(とえはたえ)とは今でも言う。大手百貨店の「そごう」は十合伊兵衛(そごう いへえ)が江戸時代に大阪で起こした。そういえば昔、国鉄総裁に十河(そごう)さんて人もいたなぁ。

100の「もも」は山口百恵がいるし、私のじいさんは「百吉」である。これも200以上は「ほ」になる。しかし今では「ふたほ」「みほ」はあまり聞かない。しかし大震災や福島原発関連でよく登場した五百籏頭真(いおきべまこと)というえらく難しい苗字の学者がいたが、その名前は「いほ」から来ていたんだなぁ。1000の「ち」も高千穂、八千代でおなじみだ。万の「よろず」はよろず屋というし、俳優に萬屋錦之助、画家に萬鉄五郎がいる。

人数の数え方で感じること。最近「ひとり」「ふたり」は言っても「みったり」「よったり」はあまり聞かなくなった。我らの父母までは普通に言っていた。「十人のインディアン」という歌がある。♪一人 二人 三人 いるよ、 四人 五人 六人 いるよ、 七人 八人 九人いるよ、 十人の インディアンボーイズ~というもの。これも「ひーとり、ふーたり、さんにん、よーにん・・・」であって和語は最初だけ。だんだん和語の肩身が狭くなっているようだ。子供たちは「いつつ」「むっつ」ではなく「五個」「六個」としか言わなくなりつつある。子供に歳を聞くと「よっつ」ではなく「よんさい」と言うのではないか。


もしかすると世間では周知のことなのかもしれないが、この齡になるまで、11、12とか31とかの和語を知らなかったのは迂闊だった。

ネット上にも数詞専門のサイトがある。コチラを参照。

戦争展 日向

やや旧聞に属する。12月8日の開戦記念日、日向市の中央公民館で戦争展があった。地元の元教員たちが中心になって毎年催している。開戦から72年。遠くなりにけりである。私が物心ついて記憶があるのは昭和30年代半ば以降であるから、日清戦争や日露戦争と同様に昔のことではあるが、太平洋戦争が日本にもたらした甚大な影響は今なお強く影を落としている。今年のテーマは「玉砕の島」。

テーマはさておき、展示品に興味深いものもあったので写真に撮ってきた。

下:素晴らしく状態のいいポスター。ヤフオクに出すなら「新同」と言ってよい。絵柄がいかにも軍国時代らしく面白い。月星靴はいまでは英語でムーンスターという社名になっている。当時は「つちやたび」という社名だったようだ。
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PC072538e posted by (C)オトジマ

ところが子供達の足元に並ぶ靴の紙箱を見るとちゃんと英語で「MOON STAR」と書いてあるのである。
ということは、敵性語使用自粛となった戦時中のものではない、ということか。
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PC072540e posted by (C)オトジマ

子供達の顔も面白い。女の子も鉄砲を担いでいる。北朝鮮のポスターみたいだ。
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戦時中の清酒のポスター。戦争便乗の宣伝文句。右の支那事変国債のポスターは昔のモダンデザイン。
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PC072534ee posted by (C)オトジマ

戦時国債。10円というと当時は大金だったろうが、戦後インフレで紙くず。
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最近の貴金属の押し買いを連想する。
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昔のことじゃなく、つい最近、秘密保護法ができたばかり・・・・
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PC072544e posted by (C)オトジマ

出征兵士にはみんな餞別を出していたんだなぁ。
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37ミリ対戦車砲弾。ズッシリと重い。
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PC072542e posted by (C)オトジマ

歩兵銃。三八銃ではない。銃刀法大丈夫なんでしょうね。
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PC072549e posted by (C)オトジマ

銃剣。面白いことに刃は先っぽにしかついてない。突き専用で切ることは目的ではないようだ。
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PC072556e posted by (C)オトジマ

零戦の車輪だという。富高の海軍航空隊には練習機ばかりだったはずで、零戦が配備されていたのだろうか?ともかく戦後、車輪だけを荷車の車輪に転用して使ったらしい。車のタイヤみたいに空気は入っていない。中までゴムが詰まっている。パンクはしないな。もちろんアルミだかジュラルミンだかのホイールを履いている。超贅沢な荷車だったはずだ。
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PC072552e posted by (C)オトジマ

蒲江ツーリング 3

夏に蒲江に来た時、楠本浦の天満社に参った。境内に見事なモミジの木があった。今頃なら紅葉が美しいかもしれない、と期待してとりあえず天満社を目的地とした。寄り道をしたので家を出てからほぼ100km地点である。
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天満社の前から楠本浦を見る。
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天満社。さて紅葉は?
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PC142691 posted by (C)オトジマ

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まぁ、早い話が、散ってはいないが、赤くはない。黄葉というところか。暖地だからね。
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拝殿の天井画。そう古くない。平成のものか。
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色が寂しいのでポップ調で撮ってみた。
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楠本浦は深く入り込んだ湾で、波静か。
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入江をはさんで天満社の向かいにある88体仏から。
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帰路、蒲江浦。向かいの山は背平山。頂上に展望所がある。
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PC142701 posted by (C)オトジマ

イカが干されている。とても美しい。
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PC142697 posted by (C)オトジマ

トンビが飛んでいる。
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昭栄堂さんに寄って、蒲江名物うず巻を買って帰った。
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PC142699 posted by (C)オトジマ

帰りは国道388号で帰ったので往復約180km、6時間の原付の旅。往復5Lほどガソリンを消費したので36km/Lの燃費。これは新型フィットの公称燃費と同じくらい。排気量は30倍違うが・・・

蒲江ツーリング-2

古江から蒲江まで海岸沿いに至る県道122号の県境直前で、眼下に美しい浜が見えた。
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PC142634 posted by (C)オトジマ



やや寒い日ではあるが、風はなく外洋に面しているにもかかわらずほどんど波がない。夏なら飛び込みたいような色だ。
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PC142635 posted by (C)オトジマ

バイクなら降りられそうなので行ってみた。海岸までは降りられないが、車を転回するくらいのスペースはありそうだから車で海水浴や磯遊びには来れそうだ。
美しい砂浜である。人家はないし人里からも遠い。イノシシと思しき足跡が砂浜にポツポツ。ここまでは宮崎県。
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PC142641 posted by (C)オトジマ

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水は思ったほど透明度はない。
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沖合の岩礁には釣り人たち。
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浮島が見える
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剣道に戻って北上するとすぐに県境があらわれる。すぐ下に高速の波頭津インターが見えた。
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波頭津海岸
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波頭津海岸近辺。あの山を超えると名護屋湾。
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PC142655 posted by (C)オトジマ

車の多くは無料の高速に流れてしまったのか交通量はとても少ない。スズキバーディは快調に走る。
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蒲江ツーリング

天気がいいので原付で遠出をしてみた。今年、車で何度か行った蒲江方面へ。
延岡市街地を西の方で大きく迂回する広域農道で大峡まで行き、10号線で長井まで。長井から山越えで須美江へ。
下:長井から家田湿原を通り、山越えしたあたりで、須美江方面を見下ろす。
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PC142611 posted by (C)オトジマ

古江から山越えで直海に至る途中、陣ケ峰近辺。この下に高速のトンネルがある。
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直海漁港そばの砂浜。
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防波堤で囲まれているのでとてもほとんど波がない。水はきれいで海水浴に最適。都会の近くにあれば高級リゾートになりそうなくらいである。高速の開通で今後来客が増えるか。
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PC142614 posted by (C)オトジマ

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PC142618 posted by (C)オトジマ

砂浜のすぐ横が小さな漁港になっている。宮崎県海岸部で最北の集落。
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PC142619 posted by (C)オトジマ

直海から県道122号を北上すると横島展望台に至る脇道がある。岬の先まで車で行ける。
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PC142631 posted by (C)オトジマ

岬の突端には広場がある。
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PC142629 posted by (C)オトジマ

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PC142621 posted by (C)オトジマ

深島が見える。この島は大分県。
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PC142622 posted by (C)オトジマ

はるか彼方に蒲江のマリンカルチャーセンターが見える。直線で13kmくらい。
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PC142624 posted by (C)オトジマ

ここはまだ宮崎県で県境はすぐそこ。
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PC142625 posted by (C)オトジマ

かぐや姫の物語

遅まきながら「かぐや姫の物語」を見に行った。先入観を持ちたくなかったので、新聞や雑誌の映画評やネット上にあふれるレビューは一切見ていない。

世界中の高畑ファンにとって長年、待ちに待った作品である。別にこの作品を待っていた訳ではなく、高畑作品ならなんでも良かったのであるが。結果的に「かぐや姫のものがたり」になってしまっただけ。私としては一度彼が企画した「子守唄」をモチーフにした作品が見てみたかった。その後、竹取物語がらみになると聞いたのが5年くらい前か。一時はかぐや姫が現代日本に降り立ち巻き起こす物語、とも聞いたことがある。鳥獣戯画みたいに全編を水墨画風に描くので悪戦苦闘している、という話もその頃聞いた。それがやっと日の目を見た。企画以来8年越しとか。

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私個人の感想を結論的に言うと、眼福の至り、と言うに尽きる。水墨画とまではいかないが、キャラクターの描線は筆のタッチのままで彩色は別に描画された輪郭線によっているから、普通の2Dアニメとはまるで雰囲気が異なる。背景も水彩の淡彩画そのもので塗り残しの余白が多い。ちょうど1999年の高畑作品「ホーホケキョとなりの山田くん」とよく似た雰囲気である。「山田くん」はCGで作られたがよく水彩画の雰囲気を出していた。美術監督が男鹿和雄だからこれ以上は望めない美術陣である。パンフレットで高畑氏が「これは虫と草の映画です」と言っているように、美しい四季の移ろいが丹念に描かれる。どの場面をとっても一枚絵として鑑賞に耐える。そこを楽しむだけでも十分ではないだろうか。

大きなイチョウの枯れ木が象徴的な木地師の里。
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意外にもストーリーは原作の竹取物語にかなり忠実である。そこに、山里で暮らした野性的な少女時代、初恋の人との交流、都に出てからの窮屈な暮らし、思い通りに生きられない葛藤が付与されて物語に膨らみを与える。いかに数奇な物語といえど、日本人ならだれでも結末を知っているから物語の展開に特に驚きはない。高畑氏自身が言うように「みんな読んだことがあるが、だれも面白いと思わないし、感動もしない物語」なのである。高畑氏はあえて物語を改変することはせず、かぐや姫の内面の葛藤を描くことによって物語に意味を与えたい・・・と言っている。実は率直に言って、そこらは大成功を収めた、とは思えなかった。そもそも高畑氏が力づくで人を泣かせよう、というスタンスではないので、まぁ、こんなものだろうとも思った。真っ暗な画面のエンディングロールの流れる中、二階堂和美の歌が流れるのを聞けば、しみじみとした気分になることはできる。

ところが、私は自分の鑑賞力があてにならないのを知っているので、数日後二度目を見に行ったのである。2時間17分という長丁場をときにはアクビをしながらその美しい画面を再び堪能し復習していただけなのに、最後には予期しなかった深い感動がジワジワと押し寄せてきた。涙の中でエンディングの二階堂和美の「いのちの記憶」を聞くことになった。高畑マジックである。「おもひでぽろぽろ」を思い出す。あの映画は、最後でアレッ?もう終わり?と物足りなく思うところでエンディングロールが都はるみの歌とともに流れ始める。ところがお話はそこからなのである。涙の感動はそのエンディングロールが終わる頃に訪れるのである。高畑さんも「かぐや姫のものがたり」の出来に満足しているようで、私も同意できる。


気づいたことを二つ三つ。全体の構成が大昔の東映動画のようにクラシックで懐かしさ横溢。今の映画は映画会社マークの後にすぐに物語の導入部があるパターンが多いが、これは昔の映画のようにオープニングにはタイトルが出て、動かない千代紙の背景に主要スタッフ名が出る。今、確認してみたら「おもひでぽろぽろ」も同様であった。物語の前半は山里での展開でやたらと小鳥や動物が出てくる。ディズニーの白雪姫やシンデレラのスタイル、あるいはそれを模倣した1960年代の東映動画スタイルの踏襲。東映動画でキャリアを積んだ高畑氏が昔を懐古しているのだろうか。

竹取物語は平安時代の作品だから時代設定は当然1000年も前である。それを時代考証するのは大変だろうが、随所にさもありなん、というような設定を見ることができる。竹取の翁が竹細工を作る様子はなかなか堂にいった手つきだし、となりの木地師がろくろ物を作る様子はホホウと感心する。貴族の着物の着こなしももっともらしい。最後に月からの使者からかぐや姫を奪還されるのを防ぐために武士たちが迎え撃つ場面がある。この場面は大昔の講談社絵本ととてもよく似ている。参考にしたのかもしれない。

下:昭和初期の講談社絵本から。絵は織田観潮。映画でもこれそっくりそのまま。
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普通の絵本の挿絵なら月からの使者は天女と決まっていそうだが、高畑版ではブツブツ頭のお釈迦様と思しきお姿である。音楽はえらく陽気だし(高畑氏は久石譲にサンバ調で、と指示したらしい)奇妙で滑稽な感を持った。しかしよく考えると、月の世界というのは実は無味乾燥な死後の世界であり、かぐや姫が月に帰るということは一時的に得た生の世界を後にするというこだから、仏様がお迎えに来るのは当然かもしれない。だからかぐや姫はあんなに悲しかったのだろう。二度目に見たときには仏頂面の無口な仏様に納得。

下:講談社絵本から。絵は織田観潮。映画ではウチワの下に天女ではなく仏様。ペガサスの馬車は映画でも全く同じ。
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ディズニーは有名な御伽話をアニメ化して、今や白雪姫やシンデレラを想起するのにディズニーアニメのキャラクターでしか思い浮かべることができないくらいにしてしまった。1937年のディズニーの白雪姫は世界初のアニメーション長編作品、それもカラー。その滑らかな動きとカラーの美しさだけで価値があった。愉快な小人たちや憎たらしい王女など印象的なキャラクターはあるが、ストーリーはさして面白くはない。そこいくと我が桃太郎や金太郎やかぐや姫にはそういう強烈な定番作品がなかった。さてディズニーに遅れること約80年、この「かぐや姫の物語」は名作ではあるが、世界的なスタンダードになれるのかどうかはあやしい。子供受けするディズニーと違い高尚すぎるだろう。

講談社絵本から。大伴大納言が筑紫に龍の球を取りに行く図。この場面は映画でもよく似た設定で、抑えた色彩、動きともため息が出るほど素晴らしい。
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高畑氏は今作でアニメーションという手法を一歩前に進めた、と自負しているようだ。筆のタッチそのままでキャラクターが動き回る、というのは短編ならともかくこんな長編の本格作品では見たことがない。そこらへんの技術的なところは素人にはどれだけスゴイことなのかよくわからない。制作費50億円というのが、いかに手間と人件費がかかったか、を語る指標である。たぶん今の興行成績では元がとれないんではないか。パンフレットの中で鈴木敏夫氏が、なぜとっくに亡くなっている氏家齊一郎氏(元日本テレビ会長)が制作者と名を挙げられているかを語っている。氏家氏は個人的に高畑氏の大ファンで死ぬ前にもう一本高畑作品を見ることを願っていた。だからこの作品の完成には採算を度外視して後継者の大久保好男氏(現日テレ会長)ともども莫大な出費を惜しまなかったという。鈴木氏はいい作品にはいいパトロンが必須だ、と書いている。この作品は現代日本の動画の業の集大成ともいうべきもので、昔の源氏物語絵巻や平治物語絵巻なみの国宝になってもおかしくはないのである。

12月20日にアートオブジブリシリーズの「アートオブかぐや姫の物語」が発売される。予約して楽しみに待っているところである。






岩戸 天安河原

高千穂を通過するとき、娘が岩戸神社に寄ってみたい、というので岩戸-広域農道-下野ルートをとることにした。高千穂には度々来ているが、岩戸神社に詣るのは数十年ぶりのような記憶。地元の人間は有名な観光スポットには意外と行かないもの。朝から駐車場は賑わっていて停まっている車は私の以外は全部県外車!
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若い神官達が境内の掃除をしていた。ホウキに軍手をかぶせて放置したまま、彼らは次にハンドマイクを持って団体客の案内係になった。
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霜の降りた屋根に陽がさして湯気があがる
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天安河原に至る谷間に後光が射す。中国渡来のPM2.5のせいか、寒さのあまり水面から立ち上る水蒸気のせいか。
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毎度お馴染みの大きな洞穴にケルンの大群があるだけ。昔初めて来た子供時代には神秘的に思えたものだ。
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岩戸温泉で見たカキの木が見事。背景は障子岳。
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場所は変わって高森近辺の水田の中の神社。阿蘇山を背景になかなか風情がある。
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熊本城 細川刑部邸の紅葉

一昨年の夏、熊本城の細川刑部邸に行ったおり、たくさんモミジの木があるのを見て、こりゃ、秋に来ればさぞかしキレイだろうな、と考えた。本日12月8日、やや遅いとはいえ、平地のモミジだからまだ残っているだろうと期待して行ってみた。

やはりまだ残っていた! 奥の茶色の葉はすでに終わっている。たぶん10日前くらいが見頃だったか・・・
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細川刑部邸長屋門前にも見事な一本。三脚のデジイチ高齢者がモミジの前に長いこと陣取ってなかなかどいてくれない!
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団体さんが来ていてクツがたくさん。どういうわけかガイドが日本人相手に大声で英語で説明していた。
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迷路のような入り組んだ大きな屋敷である。写真を自由にとれるのはいいが、立ち入り禁止の場所が多い。築城町の蔵内邸を見た後ではどこの屋敷を見ても質素に見える。実際ここは大きいだけで贅沢な建築ではないと思う。しかし、天守閣そばの新築の本丸御殿よりもこちらのほうが有難い。
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これは屋敷の外のモミジ
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そばに喜遊亭という茶室があり、抹茶サービスをしている。一部屋しかないので先客がいると入れないか、相部屋になる。シルバー人材センターが運営しているので一人200円と安い。
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七五三かな? かわいい子供達をプロと思しきカメラマンが紅葉を背景に撮っているが、なかなか言うことをきいてくれない。大きなレフ板も置いてある。
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今年最後の紅葉を楽しんだ。いずれ11月中の平日に再来したいもの。

行縢八景

天気が良かったので原付でちょっと出かけてみた。蒲江まで行こうと延岡市街の西側を高速道路に沿って迂回する広域農道を走るうちに見事な行縢を見たら気が変わって行縢方面に進路変更。

舞野神社越しに見る行縢
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だいぶ近づいてきた、これは農家であるが、最近このあたりも純農村から住宅地として小洒落た住宅が増えてきた。
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むかばき少年自然の家から
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鹿狩瀬越あたりから。
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パンパ草の穂が輝いている
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峠を越えて降りた鹿狩瀬から
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祝子川の橋の上から
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あれ?八景のつもりが九景になってしまった。

西郷  森林技術センター

数年前、美郷町西郷の森林技術センターの紅葉を見に行ったことがある。あの時、天気のせいで今ひとつだったのでリベンジと思って出かけてみた。門川から広域農道で行けばそう遠くもない。門川では青空だったのに現地に行くと雲が増えてきた。結果、今回も日光の射さない紅葉報告となってしまった。
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フウカエデ、あるいはアメリカフウというそうだ。葉っぱはたしかにカエデと同じだが・・・
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街路樹としてポピュラーだという
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こちらはトウカエデ(唐楓)。もうほとんど落葉。
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葉先が3つに分かれている。
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園内に湿地がしつらえてある。近寄ると大きな水鳥が飛び立った。ここに紅葉・落葉する針葉樹の林があった。センターの職員に聞くとメタセコイアだという。
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しかし・・・・。 地面から奇妙なものがにょきにょきと頭を出している。
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明らかに気根である。調べてみると、どうやらこれはラクウショウ(落羽松)、別名ヌマスギというらしい。湿地に生えるので地中の酸素が不足するので気根を出す。メタセコイアと似ているが、葉のつき方が異なる。
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これは大内原ダム湖畔のトウカエデ。
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西郷在住だった歌人、小野葉桜の歌
---ひと平すすきばかりの穂が光るくもり日の山を我がこゆるかな---
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藤河内の紅葉 2013

大分県の紅葉情報を見ると必ず藤河内渓谷が載っている。昔から何度も訪れているが、あそこで真っ赤な紅葉を見た記憶がない。行った時期がたまたま悪かったのか、紅葉のはずれ年だったのか・・・

しかし今年こそは確信した。藤河内に紅葉なし!!
藤河内は紅葉名所の座から降りるべきである。あのもっともらしい色付き情報はいったい誰が行って確認してるんだろうか?

山の中腹にはチラホラ赤いところも見えるが・・・
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谷底には赤いものなし
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モミジがあっても黄色くなるのが関の山
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渓谷の底にはモミジは少ないが、国道326号から渓谷に至る沿道には結構モミジがある。しかし赤くはならず黄色くしかならない。それも例年通り。
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沿道の崖に蜂の巣を見つけた。岩肌の窪みにある。
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ズームで寄る。まん丸くて大きい。直径50cm以上あるのではないか。
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2個ある。奥のは去年のものか。
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PB292345 posted by (C)オトジマ

藤河内をそうそうに退散して国道326号で帰路につくと、北川沿いに紅葉を見つけた。しかし支流の鐙川流域とは雲泥の差。自然林が少ないからだろう。
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PB290514 posted by (C)オトジマ

北川の岸辺にこんな看板が。そうか、あれは柴堰というのだね。以前にアップしたことがある。
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PB290521 posted by (C)オトジマ

竹柴で川をせき止める。とはいっても水はどんどん流れる。魚だけが通り抜けられない。
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PB292350 posted by (C)オトジマ

一箇所あけた開口部で投網を持って待ち構える。
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航空祭

例年、新富の新田原基地で航空祭が開かれていることは知らんではなかったが、自衛隊の広報事業ではあるし、大渋滞は目に見えているので、行こうと思ったことはまるでない。今年は件のオスプレイが来る、というのでローカルニュースで話題になっていた。そういえば、原付を入手したので渋滞や駐車場を気にしなくてもいいから、一度くらい見てみようかな、という気になって朝8時からバッチリ防寒対策をしてスズキバーディで家を出た。基地周辺の大渋滞の中を原付ならではの小回りでスイスイかき分け、1時間半で到着。車なら遠隔地の駐車場から有料のシャトルバスに乗らねばならないが、バイクなら基地内に乗り入れられる。

大型バイクの大群、このあとどんどん増加していく。
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大変なお祭り騒ぎである。
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弁当は飛ぶ売れ行き
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仮設トイレには長蛇の列。
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すごい数の店が出ている。これは自衛隊グッズの店。
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PC012406 posted by (C)オトジマ

慣れた人たちはイスや毛布やシートを持参。開会からフィナーレのブルーインパルスまで見ると5時間の長丁場。
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PC012410 posted by (C)オトジマ

グループで来ているオッサン達は宴会状態。航空ファンなんだろうね。
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PC012412 posted by (C)オトジマ

田舎暮らしだと、こんなに大勢の群衆を見る機会はあまりない。老若男女取り混ぜだから、必ずしも航空ファンやミリタリーオタクばかり、ということはないのだろう。

なかなか前列までは行けない。
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PC012416 posted by (C)オトジマ

これが話題のオスプレイ。とはいいながら、やはり戦闘機に比べると地味で華がない。なんだが古びてる。ここだけは米軍海兵隊が周囲に立っていた。
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PC012420 posted by (C)オトジマ

とにかく皆さんカメラだか望遠レンズだかの展示会状態。お金あるんだなぁ。レンズ1本で軽自動車が買えそう。
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バスーカ砲のおねえさん
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お母さんも坊やも望遠レンズ。
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とにかく戦闘機の展示飛行は彼らニコンやキャノンの望遠レンズ部隊に任せて、私はどーでもいいところばかり撮るほかない。コンデジのズーム、それも液晶画面で飛んでるヒコーキを狙うのは至難の業。
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子供用の飛行服を用意して戦闘機の前で記念写真のサービス
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このF4ファントムは導入から50年もたつ傑作機であるが、今だに時代遅れに見えない。第二次大戦前後の戦闘機は数年で陳腐化していたのと大違い。ライト兄弟からP51マスタングまで40年かかっていないのを考えると現代の戦闘機の進歩はゆっくりしているというべきか。

空挺隊の落下傘
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20ミリ砲弾の展示。訓練弾である。殺人兵器をハートの形に並べてある。
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20ミリ砲の給弾の様子を実際に動かして見せていた。モデルかな?
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F15の主翼の根元に20ミリ砲が見えている。機体がでかいので小さく見える。
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ズラリとならぶバス。県内県外から多数の貸切バス。
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基地周辺の道路には延々と路駐の列。遠方に臨時駐車場があるのを知らなかったのか、ズボラなのか。
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これは基地から10kmほども離れた小丸川河川敷の臨時駐車場。高速道路の高鍋インターが近いからだろう。
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※翌日の宮崎日日新聞によれば、この日の人出はおよそ14万人!!過去最高だそうだ。私は昼前には会場を出たが、その後、午後にかけてさらに大勢の来客があったのだろう。そら恐ろしい人数である。ものが売れるはずだ。あの出店は利権化してるんじゃないだろうか。県内最大のイベントといってもいいんじゃないだろうか。


臼杵近辺

杵には度々行っているが、あの有名な石仏には行ったことがない。神社仏閣には興味があるが、磨崖仏の類にはあまりそそられない。臼杵の石仏も頭が地面に転がっている写真はさんざん見ているのでもう見たような気になっている。

試しに、国道から案内看板に釣られて脇道に入ってみた。しかし、現地に並ぶ観光バスや大型土産物店を見ただけで、金を払ってまで中に入る気がなくなってしまった。中ではスピーカーだかハンドマイクだがで案内する声がガンガン聞こえてくる。旧時代のダサイ観光地の典型である。せっかくの国宝石仏がかわいそう。隣にあるコバンザメ商法のナンタラ美術館の受付の女性が私の車が来るのを見るや、駆け寄ってきて入場を勧める。閑古鳥が鳴いていることを自白しているようなもの。

というところで、石仏の写真はナシ。遠景から建物だけ。
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石仏公園に面して満月寺がある。境内入口に仁王がある。こんなところに仁王があるとは知らなかった。説明板によれば鎌倉あたりまでさかのぼる古いものだという。700年ほどたっているか。確かに風化がひどい。上半身像と思っていたら下半身は地中に埋まっているという。
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仁王が石仏公園を見ている。
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寺の境内にどういうわけかドーナツ屋があって、干し柿がたくさんぶら下がっていた。ドーナツでも買おうか、と思ったら閉店中。
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寺の横に妙見社がある。傍らに杉の巨木。「
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深田のアオ杉」というそうだ。推定600年。鉄の支柱で枝を支えている。杉よりモミジの方が見事。
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国道10号、宗太郎峠あたりの鐙川渓谷では紅葉が見事。車を置いて眺めるようなポイントがあまりない。少なことも紅葉名所と言われる藤河内渓谷や陽目渓谷よりもよっぽど紅葉が多くて赤い。川原に降りるとさらにいいだろう。来年はここに弁当を持ってきてモミジ狩りをしようかな。
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惜しむらくはこの時は陽が射してないので発色がいまひとつ。
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国道10号、尺間山登り口近辺の曲線改良区間にモミジ並木がある。これまた山の影で陽が指してないが見事。
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プロフィール

トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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