那智の滝 如意輪寺

ミワ君のブログで那智の滝を見た。 ----ミワ君のブログ「赤いシリーズ」はコチラ----

そういえば「那智の滝」は聞いたことあるなぁ、と遠い記憶がよみがえる。もちろん和歌山県、熊野古道のあの那智の滝ではない。延岡市川島町にあるご当地那智の滝である。聞いたことはあるが行ったことはないのでブラリとバイクで出かけてみた。谷のどん詰まりにあるんだが、谷筋がわかりづらいので入り口にある川島神社を目印にする。
那智の滝
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川島神社
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小さな川の沢筋の細い道を600mほど登る
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終点にコンクリート構造物が現れる。如意輪寺である。森の中の古刹をイメージしていたのに全然違う・・・・。やや失望。
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石垣がスゴイ
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那智の滝、如意輪寺境内方面に石段を登ると大きな大師が出迎え。その名も「お迎え大師」
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市教育委員会が設置した那智の滝由来。714年、行基の開基だというが、ホントだとすると1300年前!! その頃延岡なんて人跡未踏の僻地だったはずだが・・・・。延岡藩代々の藩主の祈願所で藩主も参詣していたというが、どうなんだろう。
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下ネタなしの上品なブログを目指している当ブログではあるが、宗教施設にあるありがたいご神体だから無視するわけにはいかない・・・・。なんでこんな所に陰陽石?自然石ではなく彫ってるじゃん。どこの石材屋の作品だ? 中国製かな?
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この上に稲荷社と滝がある。
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んーー。ささやかな滝である。 どうせなら行縢の下に寺を作った方が良かったんじゃないか?
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これが如意輪寺本堂。あまりお寺らしくない。ほとんど民家か土産物店。
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ご本尊は厨子の中かな?鏡が置いてあるのが神社みたいだ。
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お守りや開運グッズ
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ウメボシが名物のお土産らしい。ウメは寺で実ったとか。
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西国三十三箇所めぐりの石仏があちこちにある。古そうだ。
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明治26年とあるから110年前。
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アレ? 廃仏毀釈の被害者の大師か?まぁ、憎めない顔してるけど・・・
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この先にも三十三箇所めぐりがありそうだが、ヤブ蚊がすごいので退散した。
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ここらの岩盤は須美江など南北浦海岸と同じような薄い砂岩層。薄っぺらく割れるので石垣には最適。
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高鍋 城堀緑地公園

高鍋美術館の前の通り。 オープンできれいな水が流れているので側溝ではなく堀と言っていいんじゃないか。
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美術館のウラには大きな堀がある。コイがたくさん泳いでいる。
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これをたどっていくと高鍋農業高校の構内に至る。えらく立派な堀だか池だか・・・・・・
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ここらに至ってこりゃ城の堀だな、とやっと気づいた。高鍋城はすぐ近くにある。
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堀の両側には高校施設がある。
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城堀緑地公園というそうだ。延長750メートルもあるとか。
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学校の中に城の堀を持つという贅沢な学校である。
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校門の横に歌碑。郷土の歌人、安田尚義の歌。牧水とは反対側から尾鈴山を称えている。
尾鈴山ひとつあるゆゑ黒髪の白くなるまで国恋ひにけり
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古い屋敷があった。 真清閣、とある。なんの解説もないし、扉も閉まっていたので中はわからない。帰ってネットで調べたら元住友総理事鈴木馬左也氏の別邸だそうだ。
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老人福祉館別館として住民に開放されているそうだ。そうと知っていれば中を見たのに・・・
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鈴木馬左也とは知らなかったが、ウィキで調べるとなかなかたいした人物である。住友財閥が大を成すのに大きな力を発揮した人物。椎葉の電源開発も彼の手になる。

街中に古い建物はあまりない。この銃砲火薬店は古い商家のたたずまい。
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猟銃でも売っているのかと思ったら花火打ち上げ業者のようだ。
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いわさきちひろ展

高鍋美術館で「いわさきちひろ展」をしているとかで出かけてみた。

7月に高鍋に来た時にヒマワリの双葉が出たばかりの畑を見たがどうなっているのか回ってみた。
下は7月の様子。持田古墳群のあたり。あの時はこの双葉が一月でホントlにヒマワリになるのか?と疑問だったが・・・
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P7130493 posted by (C)オトジマ

ハイ、立派にヒマワリが満開。みんな勢ぞろいでコッチを見ている。
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P8231325 posted by (C)オトジマ

映画「ひまわり」のような人がかくれるようなヒマワリの畑を想像していたが、これはヒザ丈くらいの小さなヒマワリ。観光客向けの観賞用ではなく、畑に鋤きこむ肥料用のようだ。国道や県道からは入り込んだ所でヨソ者が来るところではない。民家もない広大な畑にはるか彼方までひっそりと咲いていた。
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面白いことに反対側から見ると全員あっちをむいている。当たり前か・・・・。
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コチラはトラクターですでに鋤きこまれた畑。
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情け容赦ない・・・
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というところで高鍋美術館へ。こんな小さな田舎町にある美術館だから名ばかりで公民館に毛がはえたくらいのものだろう・・・・・と侮っていたのであるが、なかなか立派な建物なのでビックリ。
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田舎の展覧会の常で客もマバラで我々だけだろうとも思っていたのだが、意外や駐車場にはたくさんの車、たくさんの入場者にまたビックリ。「ちひろ」の驚くべき集客力に感心した。
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当然、展示室の写真はない。グッズ売り場の様子だけ。ジャンジャン売れている。
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ところでこの展覧会のポスターをよーーーく見て欲しい。
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P8231337e posted by (C)オトジマ

よーく見ると「ピエゾグラフによる」と書いてある。以前にチラシやポスターを見た時には気づきもしなかったし、気づいても気にも止めなかったと思う。ピエゾグリフというとなにやら専門的でシロウトにはわからないが、実はこれはインクジェットプリンター印刷を意味してるらしい。つまり展示されているすべての作品は原画ではなくエプソンの特殊プリンタによる複製品なのである。入場してすぐのところにその解説があるのだが、多くのひとは面倒くさくて読まないと思う。まぁ、そのまま気づかずに原画と思って鑑賞した方が幸せである。実際いかに近寄って目を凝らしても原画だか複製だかシロウトにはまったく判別はつかない。

いきなり最初に「サギにあったようなもんだ・・・・・」と気落ちしたが、そういえばこんな田舎に低料金で100点もの原画の巡回展が来ると考える方が甘かったし、現代の最高の複製技術を鑑賞するのも悪くない、と気を取り直して鑑賞した。

ちひろの絵は誰にでもお馴染みだ。昔、30年以上前、ちひろが亡くなって間もない頃、ちひろ美術館と作品普及会がちひろカレンダーを発売した。ちひろはかわいい子供の絵を描くイラストレーターとして高名であったが左翼活動家でもあった。ご主人が共産党代議士の松本善明であることも有名だ。その関連でカレンダーは民主団体や労組や保育園のチャリティとしてのルートで販売され大変良く売れた。我家の壁にも毎年かならずちひろのカレンダーがあった。

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昔、学生時代、ちひろ美術館が下井草にできたばかりのころ、下宿から遠くないので自転車に乗って美術館にも行ったことがある。松本善明宅の庭にあった。そこがちひろの自宅だから当然ではあるが。

彼女の人気はローランサンを思わせる淡い水彩の美しさにあるんだろうが、今回あらためて作品を見ていると、鉛筆だけの作品により魅力があるなぁ、と感じた。ベトナムに題材をとった絵本「かあさんはおるす」はすべて鉛筆だけのモノクロ作品だが素晴らしく、子供の愛らしさにおもわず涙がでるくらいである。私が高校生の頃、庄司薫の「赤ずきんちゃん気をつけて」という小説が芥川賞をとり、青年層から大きな支持を受けた。庄司はシリーズ4作を中央公論に連載していた。私は当時中央公論を愛読していて庄司の作品もしっかり読んでいた。その挿絵はいつもストーリーとは全く無関係なかわいい少女や花の鉛筆画だった。そのイラストの独特なラインがいつも心に引っかかった。横にひらがなで「ちひろ」とサインがあった。子供の頃の同級生にちひろ君という男子がいたのでてっきり男性イラストレーターだとばっかり思っていた。それがこのいわさきちひろだと知ったのは後のこと。1970年頃の話である。ちひろは74年に亡くなっている。今思えばちひろは忙しくて小説原稿を読むヒマもなく適当にイラストを描いていたのではないだろうか。それでもそれは庄司の都会的で洒落た小説のイラストとしてふさわしかった。ただし、共産党活動家という泥臭いイメージからは対極にあるかもしれない。

ちひろ美術館のホームページには彼女の制作プロセスの写真がある。ギッチョである。コチラ

府内城

大分の城は大分城かと思ったら府内城というんだなぁ。まぁ、大分城とも言わなくはないらしい。
江戸時代は府内藩2万石。たった2万石?県庁所在地、さらにはけっこう広い大分平野の真ん中で2万石とは少ないような気もする。しかし大分市内には延岡藩の領地もあったりして平野を独占してたわけではないからそんなもんか。
わずか2万石にしては堀や石垣が立派。戦国時代には12万石あったこともあるからか。

大分県は江戸時代は領地がコマ切れにモザイクになっていた。延岡藩領もいくつかある。湯布院も延岡領。
府内藩も小さな範囲でしかなかった。
豊後 領地


堀をまたぐ廊下橋。18時で閉鎖だから急いで渡ってあわただしく見物。
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廊下橋から堀をのぞく
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廊下橋は珍しいがもちろん復元である。
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堀と櫓を見ると堂々たる城であるが、城内の真ん中はただの広場で何もないのでこの角度から見るのがベストショット。
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堀のほとりに遊歩道があって歩ける。
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堀の対岸に松栄神社がある。
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P8171296 posted by (C)オトジマ

堀にはサギが住み着いている
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P8171299 posted by (C)オトジマ

カメもたくさん。人々が飼いきれずに捨てるんではないか? 日本古来の石亀ではなく外来種がいるようだ。
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城内の広場。去年までは文化センターがあったが取り壊されたとか。今は単なる駐車場。こんな立派な城なのにもったいない。天守復元のアイデアもあるらしいが莫大な費用を要するだろうから庭園にするのがいいな。
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P8171314 posted by (C)オトジマ

城の駐車場は閉鎖され、近所に駐車場がなかったのでこっそりセブンイレブンに車を置いた。城近辺の景観保護のためモノクロの看板。これはこれでなかなか新鮮でいいんじゃないか?
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別府 潮聴閣

かなり前にじなしさんのブログで別府の潮聴閣を見た。別府は古い観光地なのに意外と古い建築が保存されていないのでこの建物は貴重である。行こうと思いつつ、なかなか機会を得られず今回になった。そしたらいつしか潮聴閣は模様替えをして「佐藤渓美術館」になって入館料も上がっていた。まぁ、別にかまいはしないが・・・。

外観は特別な建物には見えない。
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正面が入り口。
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なぜかポスト
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外壁は桧皮葺き
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応接間だけが洋風なのは昔の建物にはよくある。
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P8171267 posted by (C)オトジマ

応接間。これより奥には入れない。驚くほどの部屋ではない。
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P8171242 posted by (C)オトジマ

二階から応接間の出っ張りを見下ろす。
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中庭。コケとモミジがなかなか風情がある。しかしうっかり外に出るとヤブカの大軍にやられそうだ。
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P8171215 posted by (C)オトジマ

池もあるが干上がっている。以前は水を張っていたらしいが、水密がいいかげんで水漏れがひどく、水道代が月10万円もかかるのでやめたとか・・・
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二階廊下。モミジは秋には紅葉するとか。
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P8171228 posted by (C)オトジマ

二階の部屋が絵の展示室になっている。壁にではなく、イーゼルに置かれて並んでいる。
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P8171227 posted by (C)オトジマ

佐藤溪という画家については全く知らない。昔、NHKの日曜美術館で紹介されたことがあるらしい。正統的な美術教育は受けておらず画家に弟子入りしたことがあるらしい。放浪の画家であった。昭和30年代前半、全国を放浪して絵を描いたらしい。やはり放浪の画家であった山下清の少し後。昔は放浪の画家とか詩人とか俳人とか色々な人が放浪してたんだなぁ。今もいるんだろうけれど。時々得体のしれない格好をした人が国道を歩いているのを見かけるが、そのうち名を挙げるのかもしれない。

紙芝居。まさに昭和30年ごろの光景。ガラス越しなのでよく映らない。写真撮影は自由。
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P8171220e posted by (C)オトジマ

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どこか懐かしい風景。風間完にちょっとタッチが似ているか。
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水彩がいい。
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P8171231e posted by (C)オトジマ

屏風だか襖絵だか。ちょっとギョッとする絵である。
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P8171233e posted by (C)オトジマ

モンゴルの女。戦前の作品だろうか。
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喫茶室がある。
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P8171247 posted by (C)オトジマ

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入館料と喫茶室セットで1000円。お土産売り場もある。隅々までキチンと掃除が行き届いているし、懇切な案内があるし、やはり民間が運営するとこうも違う。
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喫茶室にあった別府に関する冊子に面白い写真があった。潮聴閣は元来名前のとおり浜辺にあったものを現在地に移築している。この青山2丁目あたりにあの伊藤伝右衛門の別荘、赤銅御殿があったのである。今、まさにNHK朝ドラで話題沸騰の白蓮の故地である。白蓮が伝右衛門の目を逃れ宮崎龍介と逢引したのもこの屋敷であった。

すごい塀。とんでもない広さである。
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P8171262ew posted by (C)オトジマ

建物がいくつもある。飯塚の伊藤邸よりもよっぽど豪壮だったらしい。
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P8171257eew posted by (C)オトジマ

老境の白蓮が赤銅御殿を再訪したときの写真だとか。
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潮聴閣の正面、別府アリーナのあたりに赤胴御殿があったらしい。4000坪ほどもある広壮な邸宅であったが、戦後転売され、購入した人が維持しきれず住宅地としてコマギレになってしまった。ウーーム残念!
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P8171268 posted by (C)オトジマ

こうなっている。
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P8171272 posted by (C)オトジマ

住宅街の一角に小さな児童公園がある。
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P8171277 posted by (C)オトジマ

遊具の向こうにひっそりと歌碑が立つ。
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白蓮の歌碑である。彼女の色紙の直筆を彫ったと思われる。素養がないとどこから読むのやらわからない。
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P8171275 posted by (C)オトジマ

どこからなんと読むのやらさっぱりわからなかったが、帰ってネットで調べてわかった。
--和田津海の沖に火もゆる火の国に我あり誰そや思はれ人は--

まさに龍介のことを歌ったものと思われる。白蓮と龍介のに関しては以前にコチラで書いたことがあるので参照。

湯布院周辺

湯布院盆地の稲穂と由布岳。
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P8171115 posted by (C)オトジマ

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駅でもらった観光案内を見ていたら大杵社の大杉(おおごしゃ)というのがあった。本当は「杵」の字ではなくノギ偏に午である。
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P8171122 posted by (C)オトジマ

変わった狛犬。顔が上を向いている。とても小さい。
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これはわりとオーソドックスな形だが古そうだ。小さい。
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併設の稲荷社のキツネ
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P8171129w posted by (C)オトジマ

これが件の大杉。かなり枝が伐られている。例によって写真ではスケール感は伝わらない。
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人と比較するとデカさがわかる。中はウロになっているが、金網で塞がれていて中には入れない。
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P8171131 posted by (C)オトジマ

タクシーに乗った観光客が次々と訪れていた。

神社そばの葬祭場でなつかしいものを見た。宮型霊柩車である。最近メッキリ見ないので絶滅したのかと思っていたらまだ生き残っていた。今のうちに保存活動をしておかなくては。
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P8171138 posted by (C)オトジマ

ななつ星

ななつ星が運行をはじめて半年たつが、実物を見たことはない。週に1回、朝早くに日豊線を通過するらしいが早起きして見に行くほどマメではない。

湯布院で日野病院を探すために観光パンフレットでももらおうと、最寄の南湯布院駅に行ってみると、駅前にななつ星塗装の観光バスが止まっている。
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P8171114 posted by (C)オトジマ

ドライバーに聞くと、数分後にななつ星がこの駅に来るというではないか。なかなかラッキーであった。早速カメラを構えてホームで待つ。ホームには三脚を構えた鉄女とその家族しかいなかったが、そのうち通りがかりの観光客がゾロゾロと増えてきた。
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やってきました!! キキーーーーッツというすごいブレーキ音を発して停車した。
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ななつ星と由布岳
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P8171100 posted by (C)オトジマ

ここで乗客が降りて観光バスに乗り換えるのか、と思ったら上り列車との行き違いのためだった。普通は優等列車が通過するものだが、この列車は全然先を急ぐわけではないので特急由布院の森と普通列車の通過を待つ。
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どこもかしこもピカピカに磨かれている。乗客は降りず、次の湯布院で下車するようだ。
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走行中ならゆっくり見れないところ停車したので幸運だった。あとで湯布院駅に行ってみるとななつ星が止まっていたが、駅周辺は大混雑で駐車場はどこも満車でとてもゆっくり見れる様子はなかった。
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湯布院 日野医院

湯布院は九州有数の観光地であるが街中を歩いたことはないし、温泉にも行ったことはない。やまなみハイウェイの途中を通ったことがあるだけ。見たいと思う所がない。しかしネットで調べていたら「日野医院」という保存建築があり、興味が涌いた。

明治27年(1894年--日清戦争の年)にできた。日野家は江戸時代以来の歴史ある医家である。近代以降も由布院地区の中心的な医療機関として地域医療に貢献してきている。できて120年も経っている古い洋館は貴重だそうだ。ボロボロに劣化していたらしいが、20年ほど前に修復されて国の重要文化財に指定された。そう大きい建物ではないが、修復費用は1億円以上かかったというから、個人で維持するのは大変だ。
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P8171199 posted by (C)オトジマ

場所は久大線の南湯布院近くでややわかりづらい場所である。現在の湯布院市街からは遠く離れた寂れた場所にある。現在の日野病院は市街地にある。「なぜこんな所に?」と聞くと係員の方の説明だとこうだ。---湯布院温泉はかつてはウラ寂れたところであって、むしろコチラの方が賑わっていた---というもの。幸か不幸か盆休みでごった返す湯布院中心部から遠いので、まったく観光客はおらず、たぶんその日の来客はは私達夫婦だけだったのではないか。

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P8171140 posted by (C)オトジマ

白いしっくいの壁と緑の装飾の対比が美しい。我家もこの色あわせに塗りなおすか・・・
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一階の診療室。昔の医療器具や資料が展示してある。
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この建物で最後まで医師を務めた日野俊子。
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本館横に病棟がある。これは外観もまったく和風建築。雨戸が閉まっている状態。
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雨戸の内側。病棟の廊下。1・2階とも同じで廊下沿いに3つの病室がある。
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二階病室。タタミ敷きである。昔の病室はベッドではなかったようだ。興味深い。
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昔の手術台? 分娩台?
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病棟にある台所。広い。
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P8171160 posted by (C)オトジマ

我々が来たので係員が各所の電灯を点けてくれたが、ふだんはどこも真っ暗なはず。失礼ながらオバケ屋敷にするには最適な建物である。現状でも気の弱い女性なら一人では回れないかも。

本館二階ベランダから。
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P8171183 posted by (C)オトジマ

本館の外観は洋館風だが内部は全く和風。二階廊下。
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本館二階大広間にはクマやヒョウの毛皮の敷物
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本館二階のトイレ。タタミ敷きでケヤキ作りの立派な便器。大便は階下に落下するのではなく、ほとんどオマルのような使い方をしたようだ。
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便器の前には違い棚もある。柿材のようだ。ほとんど床の間のよう。
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女医日野俊子の夫・篤三郎は婿養子で画家であった。館内各所に絵が飾られている。
大概の絵はシロウトにはうまいんだかヘタなんだかよくわからないが、この絵に関してははなかなかしっかりしてることはわかる。
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P8171192e posted by (C)オトジマ

篤三郎は一度帝展に出品したが落選した。その後は他人の求めに応じて絵を描くことはなかったという。
この明治大帝の肖像画は例外かも。昭和2年に描いたこの作品は教科書にも使われたという。大きい作品である。
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P8171194e posted by (C)オトジマ

本館ウラに離れの家屋がある。篤三朗のアトリエにも使われたらしい。オンドル暖房設備が床下にある、という珍しいつくり。篤三郎は朝鮮総督を務めた軍人・南次郎の弟で、その関連で朝鮮式暖房を取り入れたらしい。
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床の間に置いてあるコオリ。---関東軍司令部行 南大将特務 日野篤三朗---とある。南大将とは兄弟だから満州・朝鮮で軍関係の仕事もしたのかもしれない。
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木の窓枠が懐かしい。
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縁側の下は池になっている風流なつくり。裏山から常に流水が流れこんでいる。
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石垣の端を船の舳先に見立てている。なかなか遊び心がある。
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久留米市草野の山辺道文化館も昔は病院で、今にその洒落た洋館づくりを今に残している。昔は病院というとどこでも洋館造りが多かったものだろう。
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昔、戦前まで土々呂には藤崎病院という名医があって遠隔地からも患者が泊りがけで来ていたという。日野病院もそのような病院だったのかもしれない。これがその藤崎病院。洒落た建築ではなかったようだ。
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P6070696e posted by (C)オトジマ

日野病院のホームページに解説と地図があるので参照。

湯平温泉

盆休みの最終日、湯布院方面にドライブしてみた。温泉に入る予定はないが。
豊後大野~長湯温泉~男池経由、広域林道で湯平温泉到着。
その後で立ち寄った湯布院駅周辺の観光客でごった返す喧騒とは正反対の静寂の中。
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狭い石畳の坂道の両側に旅館が並んでいる。あまり見かけない珍しい光景だ。人を見かけない。
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「男はつらいよ」花も嵐も寅次郎ではこの湯平温泉が舞台になっている。その時使われた旅館が右にある白雲荘だそうだ。映画では看板を「湯平館」とかけかえて撮影された。22年前の映画だから今では建て替えられたか改築されていると思う。
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昭和レトロの旅館もある。
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温泉街の裏に花合野川が流れている。ほどんど滝。
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湯平には5つの共同浴場がある。これは川っぷちにある砂湯。入泉料200円。
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砂湯
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温泉や鉱泉にはどこでも仏さんがつきもの。
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共同浴場「銀の湯」
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足湯だけ入ってみた。
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昭和初期の湯平温泉。とても賑わっていたようだ。
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戦前、湯平駅前で客待ちをするタクシー。これも賑わっていた証拠。
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実は戦前、湯平温泉は湯布院に比べると圧倒的に賑わっていたらしい。現在はご存知のとおり。この温泉は発展するには辺鄙で狭すぎる。湯布院対抗せずレトロ感と辺鄙感を売り物にした方が良さそうだ。

寅さんからスクリーンショットで切り出した湯平温泉遠景。
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湯平駅で旅の女の子をからかう寅さん。この回のマドンナは田中裕子である。寅さんは沢田研二演じるさえない青年と田中裕子の間を取り持つ。実生活でもこの二人は結婚することにあんる。
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WOOD JOB

延岡シネマは都市部の大型シネコンと上映時期がずれており、5月公開だった「WOOD JOB」が今上映されている。林業の盛んな県内では林業関係団体主催のホール上映が9月にあるようだ。

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監督が矢口史靖というだけでも見ても損はなさそうだ。最近あまり映画を見ないとはいえ、矢口の作品くらいは見ている。特に『ハッピーフライト』にはその巧みな腕前に感心した。エンターテインメントとして完璧。「ロボジー」は文句なく笑えて抱腹絶倒。

今作は矢口初の原作モノだそうだ。その原作が三浦しおんだから面白くない訳がないはずだが・・・・。

話は都会のダメな青年が気まぐれで山村の林業体験プログラムに参加して都会と田舎のカルチャーギャップや慣れない山林作業で失敗と挫折を重ねる中で成長していき、村のマドンナとの恋も成就する・・・という、見る前から底の割れたストーリーでなおかつかなり地味なシチュエーション。しかし矢口ならそれをうまく調理するはずだ、という安心感で映画館に入ったのである。クサイ演技も多いし、今時ケータイも圏外となるような山村にはあんなに働き盛りの男達や若い女性が大勢はいないだろう・・・とか文句のつけどころはあるがコメディなんだからそんなところにメクジラをたてるのはヤボ。まぁ問題なく面白くて泣かせるさすがの手腕であった。

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見せ場は祭の場面。諏訪大社の御柱祭みたいな行事であるが、御柱祭との違いは丸太が斜面を下るのに木馬(きんま)のようにレールを滑り落ちるのである。実際にセットを組んだのかCGで合成したのかはわからないが、これを実際に見られるとしたら大変な見もので、全国的なメジャー祭となるだろう。映画では丸太の巨木の上に主人公が乗って下るというものだが、その場面はさすがに合成だと思う。---木馬(きんま)については以前のポストを参照---

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この時に使われる丸太はフンドシの男達がオノで巨木を切り倒す。その杉の巨木がまたとんでもない巨木なのである。普通ならどこかの神社のご神木か保存樹木となるくらいの巨木だからホントに切り倒すのかな?と思ってみていると実際にオノを入れている。ここも実写なのか合成なのかはわからない。ネット上でもその話は見あたらないから是非知りたいところである。巨木の丸太は男根形に形成されて斜面の下の女陰形のワラの作り物に向かって突進する。この巨大な丸太はさすがに張りぼてだろうと思うが、見たところわからないくらい良くできている。そんな技術的なところにえらく感心した映画でもあった。
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舞台は三重県津市の山中。熊野もロケ地になっているようだから林業の盛んなところである。100年モノの杉を切る場面がある。宮崎県でも飫肥地域なら江戸時代からつづく林業家があるかもしれない。

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※その後、原作「神去なあなあ日常」も読んだのでその感想も。

矢口監督によれば、原作はあえて1回しか読んでいないとか。というのも、あまり読み込むと、原作に引きずられてしまって矢口自身が「面白かった!」という印象のパワーが薄れるんじゃないか、という恐れを抱いたからだ。原作にとらわれずにシナリオを書いて三浦しおんに承諾を求めたところ快諾を得たという。

だから映画は各所で原作とは異なる。なまじ映画を先に見たもんだから原作より映画のほうが良くできている、と感じたくらいだ。普通、原作本を読んだ後で映画やドラマを見ると失望することがままあるが、「WOOD JOB」に関しては矢口の脚本の巧みさが生きている。

映画冒頭の都会にいる勇気の描写、三重に行って当初林業の座学をするところ、大学に行っている元カノがサークルを連れて見学に来るところは原作にない。最後の丸太に乗って下るところなどは原作とはかなり異なる。逆に映画にはないが原作にあるところはたくさんある。そりゃ小説の方がきめ細かく描けるに決まっている。映画も原作もそれぞれになかなか良くできている、というのが感想。

車中泊の準備

お盆にまとまった休みがとれたので山陽・四国方面に旅行の計画をたてた。フェリー代だけでも2万円以上かかるので宿泊費を浮かせようとキャンプ場でのテント泊、雨がひどい場合には車中泊の予定。プレマシーで行くか、ワゴンRで行くか、迷うところだ。車はプレマシーの方がはるかに大きいが、3列目シートを撤去して、2列目を倒しても足を伸ばして寝られるほど広くならないし、床が平らにならないので寝心地が悪い。
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P8141015s posted by (C)オトジマ

フェリー代・ガソリン代を考えると軽の方が有利ということもあり、試しにワゴンRを工夫してみた。

後席を倒すとそこそこ平になるが明らかに寝るには短い。手前端は一段低くなっている。
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P8141009 posted by (C)オトジマ

手前端の一段低くなっているところにモロブタと発泡スチロール板を入れて平らにする。
さらに前席を倒す。助手席側はほとんど倒れるが、運転席側はちょっとしか倒れない。
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P8141011 posted by (C)オトジマ

全席との空隙にプラスチックコンテナを置き、ベニヤ板を敷き詰めると・・・。やや傾斜があるがほぼ平坦な空間ができる。
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P8141012 posted by (C)オトジマ

寝袋を置いてみる。これなら173cmの私と153cmの妻が足を伸ばして寝られそうだ。なにも大きいミニバンやホンダN-boxを買わなくともワゴンRクラスで車中泊ができそうである。これで雨の夜も安心だ・・・・・
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P8141014 posted by (C)オトジマ

ところがである。フェリーも予約し綿密なスケジュールも作り、食料品も用意したしところで突然知人の不幸の通知。翌日から通夜、葬儀となり、はかなく旅行計画は潰えたのであった・・・・・・・。

台風一過

各地で台風被害が大きいようだが、こちらは台風一過の好天となった。というところで前回に続き空と雲の写真ばかり。

OLYMPUS XZ-2で撮影
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P8100944 posted by (C)オトジマ

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P8100945 posted by (C)オトジマ

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P8100948 posted by (C)オトジマ

これを同じくOLYMPUSのPen EPM-1で撮ってみるとこんな色合い。
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P8102258 posted by (C)オトジマ

どうです? ありえないくらい鮮やか。
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P8102261 posted by (C)オトジマ

デジカメの発色はたぶん高いカメラほどいいんだろうが、メーカーで画像処理エンジンの開発に関わっている娘によれば、色合いの処理は開発者のポリシーやユーザーの好み如何なので一概にどれが良いとは言えないらしい。まぁ、シロウトにはPenの鮮やかさの方がいいかな。

細島灯台に行ってみた。馬ヶ背のすぐそば。駐車場には県外車が多い。馬ヶ背はささやかな観光地ではあるが盆の休暇で旅行者が多いようだ。

漁船ですらレーダーやGPSを備えている時代にまだ灯台があるとは。まぁ、風情ある物なので残して欲しいが。
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P8100971 posted by (C)オトジマ

これはXZ-2
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P8100985 posted by (C)オトジマ

Pen EPM-1で。やはりコチラの方の色具合の方がよろしい。
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P8102294 posted by (C)オトジマ

灯台を描く画家にエドワード・ホッパーがいる。細島灯台も描きようによっては絵になるんではないだろうか。灯台のよこにこんな素敵な家があればいいんだけれど・・・
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馬ヶ背駐車場に牧水歌碑。
 樹は妙に草うるはしき青の国 日向は夏の香にかをるかな
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P8100991 posted by (C)オトジマ

夜はなにやらスーパームーンとかいって、一年で月が最も大きく見える日らしい。澄み切った空に素晴らしい月。そういわれれば普通よりも大きく見えるような気もする。名月とはいえ月だけ撮ってもつまらないもんだな。
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P8100996 posted by (C)オトジマ

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P8111003 posted by (C)オトジマ

台風通過

8月9日の朝方には台風11号が種子島沖合いにおり、夜には宮崎県北が大荒れになる、という予測だった。日中いっぱいは断続的に雨が降り風もそこそこ吹いたが、さしたることもなく過ぎた。
午後一番荒れた頃。まぁ、たいしたことはないので写真に撮っても全然劇的ではない。
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P8090932 posted by (C)オトジマ

スピードの遅い台風は夕方にはちょうど門川沖合い100kmくらいの所を通過中。しかしその頃には雨もやんで北よりの吹き返しの風が吹いていた。すぐそこの空に台風中心部があるはずなんだが、全然なんてことはない。
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P8090933 posted by (C)オトジマ

このところ腰砕けの台風が続いているので宮崎県民はかなり油断している。私も今回はシケ囲いをしなかった。災害は忘れた頃にやって来るというから、そのうち本気出した台風が来るのかもしれない。

明日は台風一過の夏日となりそうだ。
これはおととい10日ぶりに青空が見えたので感動して撮ったもの。
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P8070903 posted by (C)オトジマ

XZ-2の青空の発色は今ひとつだな。オリンパスブルーらしからぬ。
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P8070905 posted by (C)オトジマ

我家上空はいつもトンビが飛んでいる。
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P8070908 posted by (C)オトジマ

明日は日曜で久しぶりの晴れ。孫もいなくなったのでどこかに出かけるか・・・・。

心の杜

台風のせいかこの3日前くらいからずっと雨。孫達は海にも川にも行けず家の中で腐っている。かわいそうだからプールに連れて行くことにした。時折雷鳴もとどろいているので町の大きなプールは営業中止だろう、ということで門川温泉心の杜に問い合わせると温泉付属のプールは入れるという。大喜びの子ども達をつれて早速出かけた。

心の杜。手前の植え込みの向こうにプールがある。
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P8014122 posted by (C)オトジマ

プールだけでも温泉入浴料を普通に取られる。大人500円、子供200円。

けっこう大きなプールがある。最悪のお天気だからかガラガラ。ここはやや深くて幼児には無理。監視員はいないので自己責任。
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P8014082 posted by (C)オトジマ

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P8014088 posted by (C)オトジマ

こちらは幼児用で浅いが、滑り台がないのでつまらない。
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P8014096 posted by (C)オトジマ

これは温泉。生ぬるく、塩味がする。肌寒い日なのでずっとここに浸かっていたらふやけた。
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P8014094 posted by (C)オトジマ

子供たちは、流れもしないし、滑り台も、スライダーもないのですぐに飽きた。併設された遊具公園に。
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P8014106 posted by (C)オトジマ

ここも人けがない。
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P8014107 posted by (C)オトジマ

ぼんやり遊具を見ていたら・・・・
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P8014113 posted by (C)オトジマ

アメリカ製だった。なかなかメイドインUSAも製品にお目にかからない昨今だから意外。
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P8014114 posted by (C)オトジマ

この悪天候はしばらく続きそうだ。海では波は荒いし、五十鈴川は茶色い濁流が渦巻いている。孫たちの楽しい川と海の夏休みもこれでおしまいのようだ。また来年・・・・・。

伊藤一彦短歌講座

一月ぶりに短歌講座の二回目が近づいた。全6回の予定。

講座の仕組みは、講座1週間前までに自作一首を事務局に郵送、FAXなどで提出する。
事務局は講座予習用にその作品一覧を全受講者に郵送してくれる。真面目な受講者はそれらの短歌の用語や表現を辞書やネットも使って下調べをしてくるようだ。
当日は作者名を伏せた状態でその一覧表を見ながら、全員が自分の作に当たらないように一人一首感想を述べる。また伊藤氏が講評をする、というパターン。前回の様子を見ていると、伊藤氏はどうやら事前に見ておらず、ぶっつけで講評をしているようだ。解釈に戸惑ったりしたり、時間配分がアバウトで後半になるほど駆け足になっていた。まぁ、お忙しい方だから無理もない。

私の作、----「山里の廃屋の梅実れども落果むなしく庭をうずめる」----は伊藤氏に「むなしく」が余計だ、と酷評。直截な表現にたよらず、余韻を残すような、光景に語らせるような方法の方がベターだということだろう。そこのかねあいはシロウトにはなかなか難しいところで、つい、一言盛りたくなるのである。

さて。あっという間に次回の締め切りが来て、例によって直前になってやっつけ仕事。なんとかひねり出した。
この10日間、孫と過ごしてきた夏休みの情景で2首。

夏の海 寄せては返す波の間に 子等飽きもせず ひねもす遊ぶ
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P7273579 posted by (C)オトジマ

かの川に 孫と遊べばよみがえる 子と通い来し かの夏の日々
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P7254073 posted by (C)オトジマ

んーーーん。伊藤氏は力んだ作品よりアッサリ作ったほうが良くなる、というがあまりにも平和で平凡だ・・・

というところで多少毒のある一首を投稿した。

盆来れど 草生い茂る無縁墓 子等に伝えん 墓はいらぬと
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P4151522e posted by (C)オトジマ

実は、無縁墓の激増で墓石の処分が全国で問題になっているという。朝日新聞電子版に記事があるので参照。

昔と違い、現代では人の流動が激しく、先祖伝来の墓地の近所に子孫が住んでいる、という保証はない時代である。私の子供にしたって3人とも遠隔地に住んでいて戻ってくることはないだろう。なまじこちらに我らの墓地を構えても子孫には負担になるばかり。盆暮れ彼岸に命日、シキミを上げるだけでも大旅行が必要となる。世の中の若者たちは自分の生活だけでもやっとという人も多い、とても墓の面倒まではみれないので、あっという間に無縁墓となり、醜態をさらすことになる。

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P4151530s posted by (C)オトジマ

私はどこかに散骨してもらいあとは一切生きた痕跡を残さぬような方法を願っている。実は散骨すら必要ないのである。火葬場から骨を持ち帰らねばすむこと。骨と灰の大部分は火葬場が処理するのだから同じこと。体の成分の大方は有機物で火葬場の煙突から透明な二酸化炭素となって大気中に放出されるのだから、その方法で散骨ならぬ、散有機物をしていると考えれば済む。

そういう私に妻はいつも「遺書にあんたの気の済むように段取りを詳しく書いとかなきゃ、子ども達が困るでしょ」と言うのであるが、これまた切羽詰らないと取り掛からぬ性分なので、いつになることやら。

プロフィール

トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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