犬飼ウォーク

先日、緒方で磨崖仏を見て歩いたので、今回も石仏とウォーキングの組み合わせ。
下のルートでおよそ9000歩くらいか。
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まず犬飼の石仏に車を置いて石仏を拝む。
阿蘇の凝灰岩の崖を彫っている。
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ここも宮迫石仏同様に巧みな彫り、というより素朴な仏像。時代は宮迫石仏と同じく平安末期。
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与謝野晶子の歌碑がある。こんな田舎まで来たんだろうか。調べてみると与謝野寛・晶子夫妻で昭和6年(1931年)に別府から竹田、久住を旅行している。招待による公演旅行である。その時に犬飼石仏に立ち寄ったもの。
---犬飼の山の石仏龕さえもともに染みたり淡き朱の色---    龕(がん)は仏を納める石窟
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磨崖仏が彫られる凝灰岩層は柔らかくて加工がしやすいらしい。切通しもこんな風にナイフで切ったようになっている。
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犬飼石仏の裏には谷あいの小さい集落
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遺棄された田も多い
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きれいに整えられた畑
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すみずみまで刈り込まれている。勤勉な農家に違いない。昔はどこもこうだったんだろうなぁ。
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来た方を振り返る
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上重集落。どこを歩いても人影が薄い。子供は見かけず、たまに老人に会う。
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あちこち凝灰岩の崖に穴を掘って物置にしてる。
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辻に古そうな石塔がいろいろ立っている。
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市の文化財になっている宝筐印塔
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サクラが満開ならいい風情なんだが
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国道と豊肥本線を渡る。
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畑の上空では盛んにヒバリが鳴く。懐かしい。
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大野川
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国道から犬飼石仏へのアクセス路。細い道。
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凝灰岩の崖にある野仏
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一周して石仏駐車場に戻ってきた。ほぼ1時間のコース。
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犬飼まで来たので普現寺に寄ってみた。名物のモミジは若葉が出始めたところ
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サクラの大木に大きなヤドリギの玉ができている。
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住職の子供の遊び場になってるようだ
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ジンチョウゲんんの香りが漂う
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国道10号線の帰路、ヤマザクラが満開。大分県はヤマザクラがいつも見事だ。

内山観音

水曜は休みなので豊後大野方面へ。

お弁当を食するために内山観音に寄ってみる。いつも通る国道326から見えるケバケバしい巨大な像の頭部を見るとお参りするに値しないような気がして未だに行ったことがなかった。
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意外なことに大きな公園がある。サクラの木がすごい数植えてある。やや早いが花見客も弁当を食べている。
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満開まであと1週間、というところか。満開になったらスゴイことになりそうだ。雨が降り出したので写真が暗い。
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公園は内山観音という別名を持つ蓮城寺(真言宗)と一体になっている。古く由緒ある寺である。
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本堂
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立派な薬師堂。江戸時代の建築らしい。
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中には・・・。なんと1008体の薬師像が並ぶ。あまりにもたくさんあるので今ひとつ有り難くない。室町期に遡るという。
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堂の両脇には大きな仁王。室町時代の作とかいう由緒あるものらしい。薬師堂も仏像も仁王も大変立派に見えるが国の重文ではなく県の重文に指定されている。
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薬師堂の脇から山の上の巨大な像に向けて上がる歩道がある。入り口にある石造宝塔。
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元禄年間の奉納だから、およそ300年前。
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八十八箇所巡りの巡礼路にもなっている。86番
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82番。逆向きに上がってしまった。昇順に回る入り口はやはり薬師堂のそばにある。
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いつも通る国道326号がすぐそこに見える。
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すぐに頂上に着く。
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荒れ果て感が強い。
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内山観音というからてっきりこれが観音だとばかり思っていたら、さにあらず。これは般若姫といって、地域に伝わる伝説のヒロインであった。
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伝説では般若姫の両親である真名野長者と玉津姫。
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だからこの像は宗教的なものではない。24年前に三重町が建設している。竹下首相の「ふるさと創生」の1億円で作られたとか。当時は新たな観光地として大賑わいだったろう。バブルの遺産である。
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広大な駐車場がかつての栄華を物語る。
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ということで内山観音はあの極彩色の女人像ではない、ということはどこかにあるはず。実は本堂内に安置されているらしいが、拝観はできない。
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寺の裏に回ってみる。
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小さな祠がある。ここには一寸八分観音が安置されているとか。これも般若姫にまつわる伝説に関連する。
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内山観音の蓮城寺の近所に似た名前の浄運寺がある。サクラ並木が見事なので寄ってみた。
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満開まであと数日か。
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沖田ダムあたり

1週間前の沖田ダムのヤマザクラはまだまだだったが、そろそろいいかな?
オオッ、ほぼ見頃だ。
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吉野のサクラもこんなものかな?
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ダム湖の周回路で最も大きい山桜。一本桜である。
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あと一週間くらいは楽しめるのでは。
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沖田ダムの麓は延岡市の古野地区である。農村地帯の山の中腹に小さな神社がある。
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祭礼ののぼり旗が立ち・・・・
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人々がゾロゾロと神社から降りて来る。
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たまたま今日は祭礼の日で麓の住民が集まって花見をしたとか。神社のすぐ下には十数戸があって全て尾崎姓。古野地区には尾崎姓が多い。私の縁戚や高校の同級生もいて尾崎である。この神社は尾崎一族の氏神様なのである。
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愛宕山を望む
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別府界隈の春

妻の定期健診で別府の野口病院へ。甲状腺関係では全国的にも有名な病院である。数年前に移転新築されている。
以前の敷地にあった洋館風の病院がステキだったんだが、今度は超近代的な病院になっている。
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南立石公園に寄ってみる。サクラにはちょっと早いか・・・・・。ウメと鶴見岳。
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ヤマザクラは満開
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ソメイヨシノやシダレザクラはまだ全然咲いてない。
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ピンクのサクラの幼木が満開。
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志高湖のヤマザクラはどうかな、と寄ってみるが・・・・・ モクレンは咲こうとしている。実はモクレンだかコブシだかよく違いがわからない。志高湖には両方あるらしいので調べても判然としない。
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しかし肝心のヤマザクラは全然。普通のヤマザクラと異なり遅いらしい。
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今度は由布岳北側の塚原地区で。一本道がいい。まだ冬景色。
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由布岳
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伽藍岳方面
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帰りは高速では面白くないので湯布院から豊後大野まで大分県を縦断。長湯のラムネ温泉にはサクラが咲いていた。
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帰りに原尻の滝のチューリップを見に・・・・・。ここもまだまだ。一分咲きだとか。
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田んぼが田植え前にチューリップ畑に転用されている。
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生月島・平戸島

生月町博物館「島の館」に寄ってみる。生月島は隠れキリシタンと鯨漁で名高いが、どちらも歴史の中のことなので現在それを見ることはできない。資料館で見るほかない。

江戸時代の鯨漁のジオラマがよくできている。迫力がある。しかしこんなもんでクジラが捕れたもんかなぁ。
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港に曳航されたクジラを解体している。鯨油の採取と塩クジラの加工が主。加工場は大規模である。
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鯨の頭蓋骨の一部。これで一部だからいかにでかいかわかる。
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鯨漁に携わった益富組は享保年間から明治はじめまでのおよそ150年間に捕獲した鯨はなんと21790頭におよび、収益は332万両、最盛期の従業員3000人という大企業であった。平地が少なく年貢収入の乏しかった松浦藩財政に大きく貢献した。あの手投げのモリと手漕ぎの船でよく巨大な鯨がそんなに捕れたもんだ。昔はよっぽどいんたんだろうな。

明治以降に使われたっ捕鯨銃。重さが10kgもあるので撃つのは大変。
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銃から打ち出されるモリ。上端のものは破裂した状態。
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近代鯨漁が導入されノルウェー式の捕鯨砲が使われた。
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隠れキリシタンは実は今でもいる。長い禁教期に秘かに信仰されたためにいつしか変容し、明治期にカトリックが再布教された折には合流できないほど変わってしまった。すでにカトリックではなくなっていたのである。極秘にに信仰されたために新たな信者の流入はなく、新規の布教もできなかった訳で縮小再生産の結果、現在では小数の老人しか信者はいないようだ。

これが聖母子像。そう言われなければこれがマリアとイエスだなんて気づかない。カモフラージュか変容か。
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これが受胎告知の図。右が聖母マリアで左が天使、中央が神様。天使の証拠に羽が生えている。
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島の館から生月大橋を見る。
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館浦の町の裏通り。細い路地に家が密集。古い漁師町の通例。
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生月島を後にして平戸島に戻る。川内で鄭成功廟を見た。なんでこんな所に明の英雄、鄭成功が?
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廟のそばの展望台
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展望台か千里が浜を見る。素晴らしい浜である。
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P3211869 posted by (C)オトジマ

川内の集落。蒲鉾が名物。実は鄭成功はここで生まれた。
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集落には鄭成功記念館がある。一昨年来た時にはなかったから新しいものである。
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鄭成功についてはウィキペディアによれば------
中国明代の軍人、政治家。元の諱は森。字は明儼。日本名は福松。清に滅ぼされようとしている明を擁護し抵抗運動を続け、台湾に渡り鄭氏政権の祖となった。俗称を国姓爺。台湾・中国では民族的英雄として描かれており、特に台湾ではオランダ軍を討ち払ったことから、孫文、蒋介石とならぶ「三人の国神」の一人として尊敬されている


鄭成功と平戸の関係は以下-----
日本の平戸で父鄭芝龍と日本人の母田川松の間に生まれた。成功の父、芝龍は大陸は福建省の人で、平戸老一官と称し、平戸藩主松浦隆信の寵をうけて川内浦に住み、浦人田川マツを娶り2子を生んだ。2人に、福松と七左衛門と名付けた。 たまたま、母マツが千里ヶ浜に貝拾いにいき、俄に産気づき家に帰る暇もなく、浜の木陰の岩にもたれて出産した。この男児こそ、後の鄭成功である。幼名を福松(ふくまつ)と言い、幼い頃は平戸で過ごすが、7歳のときに父の故郷福建につれてこられる。

このように鄭成功は日系の中国人で、ここで生まれている。先ほどの鄭成功廟は台湾にある本来の鄭成功廟から分祀を受けている。これは幼名福松母子である。着物の合わせが不自然なところを見ると台湾製の石像かもしれない。台湾の鄭成功廟にもこれとほぼ同じものがある。
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P3211877 posted by (C)オトジマ

近松門左衛門作の人形浄瑠璃に『国性爺合戦』(こくせんやかっせん)がある。1715年の初演というから鄭成功がオランダから台湾を解放して50年後のこと。当時としては昔話ではなく現代劇だった訳だ。

川内のほぼ真裏の山の上に川内峠がある。絶景らしいので寄ってみた。
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IMG_20160321_132107 posted by (C)オトジマ

峠とはいうものの大きな駐車場や展望台を備えた大きな公園になっている。野焼きがされて草原になっているので新緑の頃が美しいだろう。
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IMG_20160321_132112 posted by (C)オトジマ

確かに絶景。真下に千里が浜の海水浴場が見える。海がきれい。対岸は九州本島で平戸市の田平地区から佐世保市方面。鉄川与助の作になる田平教会がある。
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目を北に転じるとさきほどまでいた生月島が見える。
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IMG_20160321_132040 posted by (C)オトジマ

古江湾。海が青い。リゾート地に最適そうなビーチがあちこちにある。
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IMG_20160321_132057 posted by (C)オトジマ

生月島

一昨年、平戸の教会巡りをした。なので今回は平戸の街は素通りして平戸島の先にある生月島をめざす。
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平戸島を峠越えで横断すると、むこうに生月島と生月大橋は見えてくる。波は荒い。
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P3211889 posted by (C)オトジマ

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生月島というと隠れキリシタンで有名だ。明治以降に再布教でカトリックが復活し現在でも二つの教会があるそうだ。そのうちの一つ、山田教会は長崎の教会建築では高名な鉄川与助の手になる古い教会である。
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P3211895 posted by (C)オトジマ

前面の石造と後ろのレンガ造りがいささか奇妙だが、同じ鉄川の作である崎津教会も正面と本体の造りが違っていた。崎津は予算の都合であったが、こちらは正面は本来木造であったものを、近年石造に改築されている。
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内部はこじんまりとしているが大変立派である。
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これが本来の姿。
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P3212025 posted by (C)オトジマ

山田教会の近くから島の中央部の山頂にある山頭草原に上がる道がある。早い話が牛の放牧地である。
石垣が見事。そこらじゅう牛のクソだらけなので要注意。
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まだ枯れ草。緑で覆われるころが美しいかも。
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島の北部方面をのぞむ
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土が赤い
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島の東岸沿いに北端の大バエ灯台を目指す。島は南北に細長く、東岸はなだらかな丘陵となっている。
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どこもここも菜の花
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柱状節理と断崖が見れるスポット、塩俵の断崖。
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海底が砂とところは海がエメラルドグリーン
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海岸はどもでも漁業廃棄物がひどい。韓国からの漂流物も多いらしい。
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キリシタンの島が売りであるが、実は様々な宗教が共存してきた。八十八箇所めぐりもある。
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島の北端、大バエ灯台。縦断およそ10km。平戸島のオマケみたいな島であるがけっこう大きい。
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五島列島がぼんやりと見える。対馬と韓国は見えないそうだ。
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水平線のむこうに対馬と韓国があるはずだが。
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壱岐は見えるそうだがどれかわからない。
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今度は島の西岸を広域農道で下る。
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西岸は東岸とうってかわって急斜面と断崖が続く。ほとんど集落もない。
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棚田があちことにあるが遺棄された田が目立つ。
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ちょっと不思議な光景。牧場なんだろうが、石積みが珍しい。
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斜面の侵食を防ぐためか、防風のためか知らないが石垣が張り巡らされている。
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私の連想したのはコレ。イギリス、アラン島の石垣。ウーン・・・・だいぶ規模が違うなぁ。
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大変な労力である。石はいかにも溶岩質のものが多い。
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さんざん牛に食われたのか、残っている植物はイバラやアザミなどトゲだらけのものばかり。
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道は素晴らしい。バイクが楽しそうだ。
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鷹の巣トンネルを抜けると断崖は終り平坦になる。
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一周してまた平戸島が見えてきた。
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伊万里・松浦

いつも参考にしている「郷愁小路」に伊万里の大川内山という焼き物の里がある。ステキそうな街なので行って見る。

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有田から伊万里への途中で見た見事なモクレン。
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というところで夕暮れ時に大川内山に到着。谷の奥にある小さな焼き物集落。
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夕暮れでもう人通りがない
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大川内山は鍋島焼の藩窯があったところである。
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さして風情のある街とは言い難い・・・・
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ここは焼き物に関心のない人にはいよいよ面白くない街だった。
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今夜は松浦市の道の駅「海のふるさと館」で車中泊の予定だが日没前に「星鹿城」に行ってみる。
岬の突端に小高い丘がある。
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山頂に立派な展望台がある。電源立地による交付金か。
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半島はなだらかな丘陵になっている。
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松浦市には電源開発と九電の火力発電所が隣接して二つある。唐津から玄海原発、松浦とここらは九州の電源地帯である。
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正面に平べったい鷹島が見える。この島には「モンゴル村」がある。
---元寇、弘安の役の折、元軍の大艦隊はこの湾に集結した。おりしも襲った台風により、軍船の多くが破損、沈没。元の将兵は命からがら鷹島に上陸。船と帰る手段を失った10万人がこの島に残され、日本の軍勢の掃討戦の犠牲になった。この島と周辺の海域は日本史に残る激戦の舞台なのである。海底には今なお元の軍船の残骸が残る。----
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この星鹿城は鎌倉時代の城の遺構であはるが元寇とは直接関係ない。ただし周囲に元寇の折の防塁のあとが残っているとか。
さすがに800年前の戦の跡は見ることはできないだろうが、いずれ鷹島にもぜひ訪れたい。現在は橋が架かっているので渡るのは簡単だ。

玄界灘
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日没の方角をみると平戸島が見える。
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平戸島の向こうには明日行く予定の生月島も見える。
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有田

連休なのでちょっと遠出。佐賀・長崎方面へ。

高速代の節約とショートカットのつもりで、高速をみやまで下りて有明湾岸を下道で武雄まで走る。たかだか50kmしかないのになんと2時間以上かかった。やはり高速で行くんだった・・・・・・・。佐賀平野の農村をスイスイと通過するイメージだったのに、みやま市から柳川、大川、神埼、佐賀、武雄とほぼ市街地か半市街地。宮崎平野ではこんなに市街地が連続することはあまりないような気がする。

有明海沿岸道路の全通が待たれる
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やっと有田ポーセリンパークに着いた。ネット上のユーザー評価では「なかなかいいところ」「行って損はない」なんてコメントが並んでいるが、果たして・・・・・ ヤラセか、ステマか、という疑念が生じたのがホントのところ。

ものすごく立派な宮殿に見えるが。セメントで急ごしらえしてるのが見え見えで、何年経過してるのか知らないが、経年劣化がひどい。堀にかかる橋は遠からず通行禁止になるくらいこわれかかっている。内部はパッとしない土産物店である。
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”宮殿”の内部
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せめて庭園なりとも立派だったら来た甲斐があったというものではあるが・・・・・。 春というのに花もない。ここもあまりやる気を感じられない。
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ヨーロッパ風の街並みも近くで見ると劣化がひどい。経営が順調でなさそうだ。陶器業者の施設かと思ってたら酒造業者みたいである。綾町の酒仙の杜みたいなものか。あそこも久しく行ってないが。
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この日は「ヨサコイソーラン」の大会をしてた。スピーカーからの大音量の音楽がキツイ。九州全域から若者のグループが結集して次々と踊りを発表していた。見物人より踊り手とその家族の方が多い。明らかに見てるより躍る方が楽しそうだ。今はこんなのが盛んなんだなぁ。
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陶器にはあまり興味も造詣もないから有田には寄らず、伊万里に行くつもりだったが、国道から山越しに「深川製磁」の煙突がチラと見えたので、あわてて国道を下りて旧道に回ってみたら、そこが有田のメーンストリートだった。私好みの古そうな街並みがありそうなので車を停めて歩いてみた。古い建物がズラリと並んでいた。
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有名な香蘭社
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5月の陶器市の頃にはここが大混雑するんだろうな。
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寺に仁王があるが、新しいようだ。彫にもいまひとつ風格がない。
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いい味出してるなぁ。
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今右衛門焼。あの高名な今泉今右衛門である。
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なんと向かいに「今泉今右衛門」の表札のお宅がある。人々が勝手に入っていくので中にはいってみた。
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中で陶器の雛人形の展示があった。通りのいたるところでこのような展示を見ることができる。
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ここにはもう住んではおられないようだ。
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消防団の機庫にも風情がある。
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延々と陶器屋さんが並ぶが、入ってみると高級品ばかりで高い。茶碗1個が10000円くらいするのが普通なので貧乏人には縁がなさそうだ。
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しかし、買い物をしている観光客も多い。お金があるんだなぁ。
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営業してなさそうな店もある。昨今は陶器の需要も減ってるんではないか。貧乏な我家でも水屋の中は陶器であふれている。結婚式の引き出物は陶器と相場が決まっているので買いもしないのにどんどんたまる。
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香蘭社の煙突
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香蘭社、深川氏宅。有田の有力企業といえば香蘭社と深川製磁であるが実は本家と分家でいずれも深川氏なのである。
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香蘭社の即売所と展示場。
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即売所内部。
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いかにも高級そうだが、意外にも大手業者だけに量産品を作っており、低所得者にも買えそうな陶器がある。そういえば息子の新築祝いのお返しも香蘭社の茶器セットだった。
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耐火煉瓦の塀
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深川製磁
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ボロボロのペンキ塗りの建物に味はあるが、経営は大丈夫なんでしょうね・・・
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深川製磁
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香蘭社工場
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連休というのに観光客も多くなく、古い街並みをゆっくり見て回れた。



沖田 青谷城神社

そろそろ沖田ダムのヤマザクラが咲いたかな、と出かけてみた。すでに夕方。

たしかに咲いてはいるが、数年前見たような眼を奪う満開とまではいってない。
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ダム湖のどん詰まりに青谷城神社の鳥居が。以前はなかった。新しく立派だ。
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数年前、途中まで行ってわからなかったが、ちょっと行って見よう。
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コンクリート路と地道が交互する。
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P3191686 posted by (C)オトジマ

疱瘡神社という小さな祠がある。
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疱瘡神から数百メートルで青谷城神社の駐車場。そこからは杉造林の中を徒歩で。
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かなりの山の中だから一人では心細い人も多いだろう。女性なら一人では来れないような神社である。
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森の中を300mも歩くと見えてきた。たぶん近年参道を整備している。
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社殿は小さいが、こんな人里はなれた山の奥にしては小ギレイで立派だ。
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よくこんな所にお参りするする人もいるもんだ。ちゃんと絵馬が掛かってるのが不思議なくらい。
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参道のセメント橋に平成27年と書いてある。
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ところでダム湖畔のヤマザクラはこんなもの。
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帰りに塩浜の旧競馬場跡に寄ってみた。グーグルマップで見るとまだ歴然と競馬場の
トラックの跡をうかがう事ができる。以前ここらで人に聞いたら競馬場なんて全く聞いた事がない、と言ってた。
shihama track2

GPSによればここらがトラックの中心部みたいだが地表からみるとわからない。
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地図ロイドのGPSによればこれが走路の跡のようである。
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舗装された農道と斜めにクロスしている。
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老人施設のあたりがコーナーになっている。一部は施設の下敷きになってしまったようだ。
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ここも走路の跡。左は住宅地になっている。
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もともと現在のウルスラ学園のところにあった競馬場が戦後塩浜に移転したのであるが、間もなく閉鎖されたもの。

緒方ウォーク

おだやかな休日だったので昼から緒方へ。竹田に行く途中、緒方の小盆地を通過する時おだやかな農村風景に癒される。今日はその中を歩いてみる。 原尻の滝の隣の谷筋である。
緒方宮迫2

宮迫石仏の前にある駐車場を出発。
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P3161649 posted by (C)オトジマ

宮迫石仏は東と西の二ヶ所に別れている。まずは宮迫東石仏を見ておく。参道をしばし登る。
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P3161588 posted by (C)オトジマ

立派な屋根が設置されている。
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P3161590 posted by (C)オトジマ

意外と素晴らしい磨崖仏である。着色されているの石仏は見て楽しい。なんと平安時代末の作というからおよそ900年くらいは経っている。流麗というよりやや素朴な感はあるが大変立派なものである。予備知識まったくなしで来て見て大変得した気持ちになった。現在の着色は昭和初期らしい。臼杵の石仏同様元来は着色されていたものだろう。
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P3161591 posted by (C)オトジマ

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P3161594 posted by (C)オトジマ

このようなデコボコの阿蘇溶結凝灰岩に掘り込まれている。当然滑らかな仕上げとはいかない。
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両脇には不動明王と持国天が控える
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洞穴の両端には仁王が掘り込まれる。
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P3161592 posted by (C)オトジマ

片方は欠損している。
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宮迫東石仏から400mくらい離れたところに西石仏がある。こちらも少し山に登る。
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東と同じく凝灰岩層に洞穴を穿っている。こちらは仏様が3つ並立している。
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なかなか立派だ。
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洞穴のすぐ近くには何らかの横穴が掘られている。
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路傍の野仏
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P3161609 posted by (C)オトジマ

谷筋に農家がポツポツと見えるが高齢化が進んでいるようだ。
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大きい道をはなれ山越えの細道に入る。
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正面に傾山が見える。春というのに雪を被っている。
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路傍の野仏
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里を見下ろす
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P3161623 posted by (C)オトジマ

尾根筋まで60mくらい登る
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遺棄された田は竹薮に
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ここの棚田はスギの造林
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尾根の舗装路に出る
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くじゅう連山もよく見える
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複雑な地形の丘陵地帯に用水路が張り巡らされている
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クヌギの造林
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とにかくこの地域には墓地が多い。一家か一族ごとに墓地を構えている。
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自家用の洞穴
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路傍の岩肌に穿たれた野仏
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麓の集落に降りていく
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P3161641 posted by (C)オトジマ

宅地も道も凝灰岩の台地を削って作られている。がけ崩れの心配はなさそうだ。
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麓に下りた。川は岩盤の上を直接流れているので砂利はない。自然の三方張りである。
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一周2時間弱。たぶん4~5kmくらいのウォークであった。

この川の上流に農業用水ダムがあって公園になっているというので寄ってみた。もうじきサクラが咲くのかも。
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荒平池である
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ステキな橋があるが・・・・・
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渡るとキケン。多分緒方町の時代には大事にされたのかもしれないが広域大合併で豊後大野市になってしまい、あまりにも公園が増えすぎて等閑視されている雰囲気がある。
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池のほとりにカラオケ屋の残骸がある。「あらひらの夢」という店名だが確かに夢の跡であはある。
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ダムサイトの脇に野仏が並ぶ。昭和10年に設置。
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昭和10年というと既に80年。もう文化財に近づきつつある。立派な彫りである。
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P3161654 posted by (C)オトジマ

水清谷のウメ 2016

昨年はharbyさんのブログで水清谷の梅園を見て私も見に行った。満開のウメが高い山の上に咲いてキレイだった。今年はちょっと時期を失してしまったが、山の上だから意外とまだ見れるかも、というくらいの気持ちで出かけた。美郷町南郷区水清谷に着くと、「梅満開 あと2.5km」なんていう標識が設置されているので、オヤまだ見れるじゃん、と期待する・・・

しかし、さすがに3月も中旬というとウメの時期ではなかった。
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P3111487 posted by (C)オトジマ

ウメの実を収穫するためのネットがすでに準備されている。
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麓の集落からの標高差は250mもある。
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帰路、水清谷トンネルを抜けたところの神埼神社に寄ってみるとピンクのウメが満開。
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P3111499 posted by (C)オトジマ

シャクナゲもすでに咲いている。
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P3111501 posted by (C)オトジマ

擬木で作った恐竜。近辺に集落はないので公園にはいつも全く人影がない。地面は芝と思っていたらコケだった。
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P3111505 posted by (C)オトジマ

林業センターに寄ってみたら修善寺サクラが満開だった。
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一足速く花見
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P3111534 posted by (C)オトジマ

ヤマザクラでも満開のもが見られる
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P3111538 posted by (C)オトジマ

あと2~3週間で怒涛のように花が咲き出すだろう。
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P3111540 posted by (C)オトジマ

震災から5年

家の前が幼い子供たちのさんざめきで騒がしい。
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IMG_20160307_102615 posted by (C)オトジマ

幼稚園の避難訓練であった。そうか3月11日が近い。例年の恒例行事になっているようだ。
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IMG_20160307_102542 posted by (C)オトジマ

幼稚園は海の近く。園からここまで子供の足では15分以上かかるんではないだろうか。みんなおそろいのライフジャケット。
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IMG_20160307_102639 posted by (C)オトジマ

菜の花の中を園児たちが帰っていく。
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IMG_20160307_102834 posted by (C)オトジマ

三福寺

今日は母の17回忌。檀那寺の三福寺に出かけた。4年前の13回忌以来。
三福寺は延岡市役所の裏にある由緒ある寺で延岡藩主内藤家の菩提寺であった。

寺から市役所を見る。市役所の裏口側。
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本堂は立派である。庭は幼稚園になっているので狭い。風情ある庭とは言い難い。
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本堂内部
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P3021430 posted by (C)オトジマ

住職に伺うと本堂は天保年間の築造で190年ほど経つという。延岡大空襲の時には周囲の市役所などがみな焼けてしまったのに奇跡的にこの本堂だけが焼け残ったという。私が幼い頃には母に連れられてよく来たものだが、これらの天井の様子は当時は大変古ぼけて見えた。40年ほど前に寺の大改修をした折にきれいに掃除され手直しされたとか。今は大変立派に見える。
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P3021435 posted by (C)オトジマ

天井の彫り物も江戸時代のもの。
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P3021436 posted by (C)オトジマ

とんでもなく巨大な木魚。
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P3021437 posted by (C)オトジマ

内藤家歴代の位牌が並ぶ。
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P3021431 posted by (C)オトジマ

庫裏にはお雛様が並ぶ。
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P3021443 posted by (C)オトジマ

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P3021439 posted by (C)オトジマ

帰りに五ヶ瀬川河畔の菜の花と河津桜を見に寄ってみた。
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IMG_20160302_131256 posted by (C)オトジマ

サクラはもう盛りを過ぎていた。
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IMG_20160302_131221 posted by (C)オトジマ
プロフィール

トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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