原付で阿蘇一周 西原村

阿蘇ミルク牧場からさらに裾野を下ると西原村の集落があらわれる。地震被害が大きかったのは益城町と西原村。

屋根を青シートで覆った家が多くなる。
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門出地区に壊れた神社があった。
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白山姫神社。コチラにホームページがあって神社が壊れた様子が詳しく載っている。
神社には石造の物が多いので被害が大きくなる。
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面白い顔の狛犬がある。残念ながらシッポが欠けている。
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全壊の家も多い。斜面に家を作るのはやはり危険。
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とにかく瓦は地震に弱い。スレートやコロニアル、鉄板の方が軽量で、ずれることもない。
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西原中学校にはまだ車中泊の避難者がたくさん。隣が役場で各地自治体からの応援の車が見える。
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グーグルマップには最新の航空写真。西原中学校にたくさんの車。他の場所をよく見ると屋根が壊れている家がたくさん見える。青シートが少ないところを見ると地震後まもなくの撮影のようだ。
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畑をつぶして仮設住宅の建設が進んでいる。
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テレビのニュースで西原村と聞いてもどこにあるのかピンと来なかったが、熊本益城インターに行く時いつも通っているところで、このコンビニにもよく寄る。西原村役場はすぐ近く。
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建築途中で地震に遭っている。大工も困ってるだろうなぁ。
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大きな石で作られた立派な石垣も地震にはキケン。
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俵山に向かう県道28はこの先通行止め。
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大津町に入る。白川が濁っている。カルデラ内各地の土砂崩れのせい。向こうに阿蘇が見える。
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瀬田駅近くの宝満社。社殿や境内の破損で立ち入り禁止。
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この家も斜面の地盤崩壊。
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豊肥線も錆びついている。
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いつもなら阿蘇観光で大賑わいの国道57号も閑散。この手前からミルクロードへ回る迂回路に車が集中している。
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国道沿いの石材店の巨大な大黒さんが道路に転倒。
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国道57号の迂回路、ミルクロードへ向かう県道339号は大混雑。 外輪山から赤水方面を見下ろす。
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車が引っ切り無し
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赤水の踏切で脱線した列車がその場所に放置。
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列車が通るのはいつかわからないし、迂回路で交通量が多いからか、踏切はアスファルトで固められている。
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阿蘇神社は国の重要文化財の楼門が崩壊した。どうなってるのかな、と寄ってみたら意外や観光客で大賑わい。参拝客が引きも切らない。壊れた楼門はフェンスで囲われていて中は入れないし見れない。そこに臨時の賽銭箱が設置されている。
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専門家によればこの楼門の修復は部材がほぼ残っているので困難ではないらしい。そのうちかつての姿がよみがえるだろう。
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その後は竹田経由で帰途に就く。結局9時間、330㎞の原付ツーリングであった。

原付で阿蘇一周へ

2年前の5月末に原付で南阿蘇から外輪山の地蔵峠、西原村、大津、赤水、宮地・・・と一日がかりで回ったことがある。新緑が美しい。今年は地震の様子も見てみたいので同じコースを回ってみる。朝10時に門川を出発。予定では走行距離300㎞を8時間で。原付では明らかに非合法な速度になりそうだ。

五ヶ瀬川沿いの旧国道218号、北方町は高速ができたのでガラガラ。
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気持ちよく走っていたら・・・・。早日渡の先で通行止め。地震による崩土があるようだ。向こうに見える赤い橋の国道に迂回。
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橋の上から旧道を見下ろす。
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高千穂を過ぎ国道325号を熊本県内に入る。交通量は少ない。
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高森では田植えが終わったばかりの水田が美しい。
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田んぼの中に浮かぶ市下神社
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寄ってみると・・・・・。鳥居がない・・・・
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残骸が駐車場に。やはり地震で倒壊したようだ。
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南阿蘇にはハーレー族も来ている
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県道28は俵山近辺が通行止めで地蔵峠越えのグリーンロードが迂回路となっている。
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遠くに阿蘇大橋近辺の大崩落が見える
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写真ではわからないが迂回路となっているので通行量はとても多い。
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ずいぶん上まで上がってきた。地蔵峠は標高1000mくらいあるのでさきほどの交差点からの標高差が500m。
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いつの間にか地蔵峠を過ぎて西原村へ。地蔵峠への上り口を見逃してしまった。外輪山の外側に出るとなだらかな牧場地帯。
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馬の牧場
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肉用馬
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麓は地震の益城町
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車が引っ切り無し
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阿蘇ミルク牧場の前に「再春館製薬の花畑」がある。ご自由にご利用ください、と看板にあるが、花の姿は見えない。この植樹はサクラのようだ。4月は花いっぱいなのかもしれない。
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阿蘇ミルク牧場でゴルフに興じる家族連れ。駐車場には車がいっぱい。この高原にいると地震被害があるとは思えないくらい。
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阿蘇南麓からの俵山の遠望。ここまでは地震の被害をあまり見ることもなく快適な原付ツーリング。スズキバーディは2サイクルなので燃費は悪いがパワーはある。常時フルスロットル。
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清栄山

数年前のじなしさんの九州100名山レポートに阿蘇外輪山の清栄山があったことを覚えている。改めてチェックしてみるとなんと4年前。じなしさんは根子岳に登ったついでに清栄山にも登っている。「ついで」に登れるくらい簡単だということ。ということで清栄山にトライ。

高森の国道265号と325号の分岐点にある信号そばから小さな道が清栄山に向かっている。わかりにくいが「清栄山」という小さな看板がある。すぐに集落を抜けて牧場になる。牧場に数台置ける「高森殿駐車場」が設置されている。

その高森殿の大杉を見んとしてしばし牧場内の舗装路を歩く。
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こんな感じの牧場。外輪山の内側斜面にあるので景色がいい。しきりにウグイスが鳴く。
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赤牛が草を食っている。
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牧場は花盛り。アザミがきれい。
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P5203002 posted by (C)オトジマ

外輪山を見上げる。清栄山は上のどれかの峰のはず。
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で、これが高森殿の大杉。樹齢は400年以上ではっきりとはわからない。高森殿とはここらを支配した地頭一族で、ここらに城があったらしい。島津の侵攻のさい全滅したのが天正14年(1586年)だからそれ以来400年ということ。
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密植や枝打ちで直幹となる杉を見慣れていると異様な姿である。自然の杉はこんなものだろう。
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比較するものがないのでわかりづらいが巨木である。一本で森ができるくらい枝を広げているが、残念ながら周囲に造林の杉があるので陽が射ささず、低いところの枝は枯死してるものが多い。周囲の人工杉は伐ればいいのに。
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既視感があると思ったら、椎葉の矢村杉と似ている。矢村杉の方がデカイ。これは2年前に行った時。
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高森殿の大杉を後にして牧場の道を外輪山へと登る。清栄山が見えてきた。カルデラを取り囲む外輪山の一部である。
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ここが峠にある登山口。わかりづらいが小さな標識があり、ツエがたくさん置いてあるのでそれとわかる。
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外輪山の外はなだらかで牧場となっている。
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登山口の標識では山頂まで540mとあるのですぐそこと思ったら・・・・
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けっこうな斜面だ。
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振り返ると外輪山外側の草原。
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やっと山頂が見えてきた。
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山頂に到着。1006m。 登山口からは約25分で標高差140m。
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カルデラ内。高森、南阿蘇方面。
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眼下にはさきほどまでいた高森殿の牧場が見える。
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根子岳方面
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祖母・傾方面。こうしてみると平らなところに聳え立っている。
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久住方面。全然見えない。かすかに荻岳が見える。
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すぐ下は牧場。
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簡単に登れるわりには超絶景が楽しめる素晴らしい山であった。また来ようかな。

帰る前に南阿蘇村に寄ってみた。久木野の道の駅あたりまで行く分には地震の被害はさして見られない。コンビニで店員に聞くと、ここらへんは全然大丈夫ですよ、と言ってた。屋根に青シートの家もめったに見ない。

道の駅は通常通り営業。地震の後はここは避難所や自衛隊のベースキャンプとして使われたとか。
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IMG_20160520_143436 posted by (C)オトジマ

モンベルの売店。モンベルはアウトドアの専門家だけにテントを寄付したりして被災者救援に活躍したらしい。
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さすがに客は少ない
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あの山裾あたりの被害が大きい
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烏帽子岳も崩落
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田には例年のように水が張られている。
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高千穂のバラ 2016

平日にヒマができたので遠出。先週は海辺の仙崎に行ったので今週は山へ。
阿蘇方面に行く途中、高千穂の田原のバラ園に寄る。山田さんという個人のバラ園である。このところ毎年見せていただいている。去年は6月1日で満開だったが今年はやや早いけどどうかな。

国道325号の入口に臨時的な小さな看板がある。これが遠景。咲いてる咲いてる。屋根にバラの絵がある。
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アクセスの進入路はややせまいが自宅横に広い駐車場を整備してある。
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自宅にも花がいっぱい
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山田さんの姿は見えなかったが遠慮なしに中にいれてもらう。
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ちらほらと高齢者のグループが見に来ている。
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すぐ前は田んぼ
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P5202984 posted by (C)オトジマ

例年のようにすばらしいお庭でした。山田さんありがとうございました。
まだまだツボミが多いので最盛期は5月末くらいか。例年6月初旬まで公開しているので興味ある方はぜひどうぞ。

愛宕山

延岡市の市街地南部に愛宕山がそびえる。標高250mほど。頂上にテレビ塔があるので車道がある。頂上から市街が一望できる。高校生の頃にはクラスで夏休みに早朝登山をしていた。その後、車では度々登っているが、歩くのは高校生の時以来なんと45年ぶり。

神社下の駐車場には散歩の中高年の車が数台。
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P5113643 posted by (C)オトジマ

当然車道を登るつもりでいたら・・・・
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頂上まで車道と完全に分離された階段式の登山路が整備されていた。知らなかったなぁ。
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なんと立派な渓谷まである。谷川を整備したものだろう。モミジをたくさん植えて深山幽谷風になっている。
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紅葉はキレイなんだろうか。暖地ではなかなか紅葉しないもの。
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視界が開けたところから旭化成工場が見える
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展望台の広場に着く。頂上のテレビ塔群
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登山道の終点近くに野仏の集会所がある。市内各所から集められたもの。
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展望台駐車場から伊形、一ヶ岡方面
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平原、土々呂方面
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赤水湾
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展望台から南延岡駅
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方財、東海方面
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行縢山
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北方、九州保健福祉大方面
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下りは車道で
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先日の地震で鳥居に被害があったようだ。
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扁額が落下している。下で見るとけっこう大きくて重そう。キケン。
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愛宕神社
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往復2時間のウォーキング。標高差200mくらいか。延岡市民の素敵な散歩道。






国宝消滅

デービッド・アトキンソン著「国宝消滅」(東洋経済)が面白かった。
私は不勉強で氏のことを初めて知ったが、テレビにもちょくちょく出ている有名人らしい。


著者は小西美術工芸社という文化財修復専門の塗装会社の社長である。文化財の専門家である。しかしその道に入る前はゴールドマンサックスの金融アナリストであった。金融の世界でたっぷりお金を稼いでのんびり京都で余生を過ごす予定のところを、その会社の経営を任されてしまった。社長の年俸はゴールドマン時代の8日分の給与にすぎない、という。どんだけ高給? 彼は日本の文化財に対する発言権を確保するために文化財関連のトップ企業である小西美術工芸の社長を引き受けた。

彼はイギリス人であるが日本文化をこよなく愛し、その消滅を案じていて各所で発言している。もとが数字を扱う専門家だけに文化財の価値や保全、修復に関し言うことにすべて説得力がある。早い話、日本は近年「観光立国」を喧伝しているが、こと文化財の扱いに関しては後進国レベル。文化財保護に関する国家予算も欧米先進国に比べケタが少ないどころか韓国よりもずっと少ない。貧困な文化財行政が刻一刻と貴重な文化遺産を消滅に追いやっている・・・・・。

飫肥の武家屋敷、伊東伝左衛門家は200年ほど経っているが荒れ放題でほとんどボロボロ。遠来の観光客にお見せするのが気の毒なくらい。ただし入場料無料。というかこれで金を取るのはおこがましい。
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かといって、近所の小村寿太郎生家は修復のし過ぎなんだか修復ポリシーの欠如なんだか、安物の映画のセットみたいに全く古色がなくてガッカリする。古建築修復のマニュアルなんかないのかな?ディズニーシーに学ぶべき。これも無料ではあるが小さい家なのでしみじみ時間をかけて見るほどはない。
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P6213129 posted by (C)オトジマ

高齢化人口減の日本が今後、生きていくためには観光しかない。それも必ず儲けることが必須である。。外国人がよりお金を落とす可能性のある文化鑑賞・体験型の観光が求められ、そのためには観光客がより時間をかけて文化財を楽しめるような仕掛けが必要。現状のように順路の矢印に沿って足早に駆け回るのではあっという間に見てしまう。文化財自体も埃だらけの虫食いだらけ、ワビ・サビを通り過ぎて廃墟寸前の状態ではあまりに失礼。まずは予算をつけて補修の頻度を増さねばならない。本来は古来より日本の寺社は伊勢神宮の20年ごとの式年遷宮で見られるように常に改築・補修をしてきた。それが現在の文化財保護行政では補修は30年に一度、根本修理は150年に一度くらいの予算しかつかないそうだ。それでは木造建築は老朽化に追い付かないという・・・・・・・。 

そもそも今後の日本にとって国家の文化財への投資は最も効率のいい投資だという。過去の何兆円もの箱物への公共投資が今となっては老朽化で維持費にも苦しんでいるし。バブル期に全国自治体が競って作ったリゾート施設や観光施設が廃虚化しているのに1000年前の奈良京都の寺社はいよいよ大量の観光客を集めている。

例えば熊本城は昭和35年に1億8000万円で大小天守や塀などを復元した。年間300万人が500円払ってるとすると年に15億円の収入だからとっくに元はとって大儲けである。近年は本丸御殿を54億円で復元しているがこれもじきに元が取れる。入場料だけでなく町へ観光客の落とすお金もあるから文化財への投資はきわめて高効率だ。このほどの熊本城の地震の被害に対し日本財団が補修費30億円を寄付をするという。国家の年間の文化財修復予算75億円と比べて半分近い。日本財団がエライんだか国がアホウなんだか。もとは競艇のテラ銭ではあるが生きた使いかただ。

20年前、娘が小学校の修学旅行で熊本城に行った時。とうぶんこの姿は見れない。生きてる間に見れるのかな?
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img005 posted by (C)オトジマ

はっとしたのが拝観料の問題。私などは神社仏閣が拝観料を取るのは宗教施設にあるまじき堕落、と思っていたがそれは全くの誤りらしい。日本の文化財の展示レベルの貧困と劣化は安い拝観料に原因があるらしい。とにかく安すぎる、という。ディズニーランドが8000円、横浜の水族館八景島シーパラダイスが5000円。大分の水族館「うみたまご」が2200円でだれも文句を言わないのに二条城が600円、東大寺が500円とはなにごと、という。ラーメンより安い。ヨーロッパでは一般に施設入場料は高いのが当然らしい。

以下の表、神社は一般に拝観料を取らないが、付属の宝物殿や美術館を含めての料金らしい。ちなみに東大寺の大仏殿は500円だった。
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外国の有名な施設・大規模なところばかりだから日本の小さな寺社と比べて比較するのもどうかな、という気がするが法隆寺に比べると清水寺や知恩院など安い感はするし、規模を考えれば東大寺はバーゲンだ。しかし普通の観光客は京都や奈良に行くと数か所の寺を回るので積み重ねると結構な出費となる。去年、奈良の当麻寺に行った時には境内にいくつもの坊や庭があって個別に入場料をとるので結局一人2000円くらいになった。かりに奈良で一日に東大寺と隣接する依水園、法隆寺、薬師寺、当麻寺をまわると一人5000円をゆうに越してしまうのである。お金に関しては貧富により感じ方はさまざまだから一概に言えないが私にとっては決して安くはない。表ではストーンヘンジがおよそ1500円。興味ない人にとっては石が並んでいるだけ。それなら西都原古墳群が1000円くらい取ってもいいことになる。ちなみにエジプトのピラミッドは内部に入らなければ1200円ほど。

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P6069269 posted by (C)オトジマ

アトキンソン氏は安い入場料がお粗末な展示やおざなりな管理の原因だという。さらには現行の入場料では施設の維持がやっとで老朽化に対する大規模な修理に対する準備ができない。入場料を高くしてそれに見合うサービスを提供する、というやり方に変えなければ文化財は一層早く消滅に向かうという。そもそもヨーロッパから数十万円をかけて日本まで来た観光客はヨーロッパの高い入場料に慣れているし、数百円の差なんて気にしない、という。また、安い入場料が過剰な入場者を招き、文化財の消耗を招く。高くして本当に見たい人を選別する必要がある。修学旅行など負担力の低い所には別の料金体系を取ればよい。・・・・・・

経済と文化財の両方の専門家、さらに日本と欧米の両方の観点を持つアトキンソン氏ならではの卓見に富んだ書である。






仙崎砲台

朝からあまりに快晴だったから青い海を見たくて蒲江へ。以前に行ったことのある仙崎山に行ってみる。

入津湾、西之浦。
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P5123674 posted by (C)オトジマ

西野浦の林道上がり口に「つつじ祭り」の大きな横断幕があるが、たぶんひと月前くらいが最盛期だったはずで、全く咲いてない。
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P5123714e posted by (C)オトジマ

快晴で海はベタなぎ。むこうの島影が四国なのかどうかは自信がない。グーグルマップで確かめようとしたら電波がなかった。
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南のほうには蒲江の元猿山。深島。と遠方には宮崎県北浦方面。
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はるか眼下には定置網
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遊歩道が公園から山頂の仙崎砲台に伸びている。
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P5123677 posted by (C)オトジマ

砲台から仙崎公園を見下ろす。
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P5122949 posted by (C)オトジマ

西を見ると入津湾、西之浦。
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P5122950 posted by (C)オトジマ

砲台。旋回砲があったはず。15㎝カノン砲と言われる。詳しくは以前に書いたので省略。
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P5123703 posted by (C)オトジマ

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P5123679 posted by (C)オトジマ

真ん中の穴に旋回砲塔の軸があったはず。
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P5123701 posted by (C)オトジマ

砲台は石組みをモルタルで固めている。石はここで現地調達。しかしセメントや大砲を上げるのが大変だっただろう。麓から400mもの山の上である。仙崎山を要塞化するためにまず道路が作られたはず。
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P5123704 posted by (C)オトジマ

周囲の穴は弾薬置き場だったらしい。砲塔は3基ある。
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P5123700 posted by (C)オトジマ

別のところに機銃座と思しきもモルタルの台。
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P5123691 posted by (C)オトジマ

周囲には柱が立っていた形跡が。今と違い70年前は樹林がなかっただろうから掩蔽するための天幕があっただろう。
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P5123693 posted by (C)オトジマ

砲台のかたわらに古い空き瓶が落ちていた。サントリーの角瓶かな、とよく見ると「ダイコク ブドウシュ」とローマ字で銘がある。大黒葡萄酒ということ。聞いたことのないブランド。帰って調べると、戦前には割と大手の洋酒会社だったらしい。瓶の中身も葡萄酒という保証はなく、ウイスキーの可能性もある。戦後は三楽オーシャン、さらにメルシャンと社名が変わっていてさすがにそこらは聞いたことがある。断言はできないが、戦中、この砲台に勤務していた兵隊たちが飲んだ酒瓶かもしれない。
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P5142959 posted by (C)オトジマ

さらに岬の突端にある仙崎地蔵尊に行ってみる。砲台から車で10分ほど。西野浦の集落からはえらく遠い。
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P5123718 posted by (C)オトジマ

もともとここにあったのだが、戦時中仙崎山の要塞化にともない麓の海岸近くに移転させられた。それを昭和61年に再びここに復元したもの。並んでいる石の地蔵たちは特別なものには見えない。
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P5123719 posted by (C)オトジマ

地蔵尊からは視界が北のほうに開けている。正面には長く海に突き出す鶴御崎が見える。鶴見崎は陸軍の要塞地帯だった。丹賀要塞、先端にも砲台群がある。
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P5123717 posted by (C)オトジマ

これは地蔵尊よりかなり麓より。仙崎にも88か所遍路道があるのかも。
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P5123727 posted by (C)オトジマ

麓の集落を見下ろす。
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P5123725 posted by (C)オトジマ

今回は動画も撮ってみた。








我が家のバラ

5月も中旬になり、どこもバラが咲いている。各地のバラ園も見ごろになっているだろう。
我が家ではモッコウバラとナニワイバラがあるので満開は一か月前であった。いささか旧聞に属するがそのころの庭のようす。



阿蘇 バラ

娘が4日までで東京に帰る。4日は晴れたので阿蘇の「はな阿蘇美」までバラ見物。

南阿蘇は16日の本震で大被害が出ている。北阿蘇では阿蘇神社の楼門が倒壊した。
はて大丈夫なのかな?とネットを見ると5月1日から「バラ祭り」で地震の被害はないのでどうぞお越しください、とある。ゴールデンウィークの稼ぎ時に今年の阿蘇観光はサッパリだろうから、わずかなりとも客が行くことで多少の支援になるかもしれない。

阿蘇までの道は全然問題ない。問題なのは阿蘇山上と俵山近辺、阿蘇大橋のあたり。高森峠から。
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P5043558 posted by (C)オトジマ

真下は高森。正面に外輪山の俵山。その向こうが益城町。
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P5043559 posted by (C)オトジマ

根子岳で岩峰に崩落があった、と聞いている。たしかに以前とは違うような・・・・・。
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P5043562 posted by (C)オトジマ

中央の岩峰がやけに屹立している。
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P5042802 posted by (C)オトジマ

白いところは崩落のあとのようだ。
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P5042803 posted by (C)オトジマ

これは北阿蘇から杵島岳方面。烏帽子岳は崩落があり、杵島岳や米塚は山頂付近で地割れがひどいという話。
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P5042891 posted by (C)オトジマ

中岳方面。
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P5042889 posted by (C)オトジマ

坂梨から阿蘇駅あたりまでは青シートの屋根もあまりなくて被害はうかがえない。内牧温泉も普段通り。
しかし観光客はふだんのゴールデンウィークに比べたらいないも同然だろう。

さて、はな阿蘇美はどうかな? うーむ、正面ゲートのアーチは全く咲いてない。ツボミはたくさんついている。
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P5042808 posted by (C)オトジマ

これは去年の5月22日。あと2週間先ならこれが見れるはずだった。
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P5222091 posted by (C)オトジマ

ドームの中はどうかな? やはり、まだまだのようだ。ツボミだらけで彩りが少ない。
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P5043570 posted by (C)オトジマ

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P5042832 posted by (C)オトジマ

まぁ、まだハシリだから仕方ない。咲いてる花だけを見ればいい。家族3人が皆オリンパスで花を撮りまくる。
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去年来たときの豪華さにはとても及ばないが我が家の女性陣にはバラはやはり好評だ。
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P5043574 posted by (C)オトジマ

ドーム入場料は花がポツポツでも満開でも500円。足利の大フジは毎朝開花状況を見て料金を変えるとか。合理的だ。
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P5043588 posted by (C)オトジマ

お昼を食べるために国道57号で竹田に移動。竹田もかなり揺れた、という話だが、街中を見る限りはそうわからない。
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P5043609 posted by (C)オトジマ

古い家が倒壊していない
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P5043632 posted by (C)オトジマ

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P5043612 posted by (C)オトジマ

滝廉太郎邸あたり。滝家の土蔵は天井の梁にヒビが入り地震の大きさを示していた。
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P5043615 posted by (C)オトジマ

ここも瓦が落ちてない。
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P5043631 posted by (C)オトジマ

しかし、武家屋敷街では土塀の瓦に被害が見られた
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P5042898 posted by (C)オトジマ

まだ下に瓦の破片が散らばっている
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P5042899 posted by (C)オトジマ

土塀の白壁にヒビ
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P5042900 posted by (C)オトジマ

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いつものように大蔵清水湯でランチ。竹田も観光客は少ない。
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P5043606 posted by (C)オトジマ

銭湯の跡をレストランにしている。
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P5043602 posted by (C)オトジマ

なかなかいい土人形がある。地震を用心してすべて倒しているものを、起こして撮影した。
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P5043599 posted by (C)オトジマ

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P5043600 posted by (C)オトジマ

5月にふさわしい。
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P5043604 posted by (C)オトジマ



中津

築上からの帰途、娘が喫茶店オタクなので日出の的山荘でお茶でも、と思ったが問い合わせると4時で閉店だという。そこで中津に寄った。中津の古民家カフェで検索すると出てくるのが「月蔵」
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P5013528 posted by (C)オトジマ

古い蔵を改装している。
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P5013522 posted by (C)オトジマ

地元作家たちのギャラリーになっている。
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中津といえば福沢諭吉邸だが、ここはパス。
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P5013477 posted by (C)オトジマ

福沢邸からほど遠くないところに寺町があって寺が集中している。ここらは道路舗装が石畳になっていていかにも歴史的町並み。
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この赤い塀の合元寺が中津の名所なのでいちおう見ておく。赤の塗料は何かな?まさかペンキでは?寺の建物も壁もそう古いものには見えない。
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あまりにたくさん寺があるのでどれが何寺やらわからない。
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これだけ寺が集中してると経営も大変だろうな。
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いちおう中津城も外から見ておく。すでに閉門していた。ここには元来天守閣はなくて、この天守は萩城を手本に昭和39年に作られた模擬城であるから文化財的な価値はない。堀の水は海水なので干満ある。
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P5013533 posted by (C)オトジマ

石垣は本物
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城のそばにおしゃれなカフェがある。実は新しそうだがあえて古色を出して雰囲気を出している。
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南部小学校の門。生田門と呼ばれ藩の家老屋敷の門だったものを復元。
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あちこちに古い街並みの名残が見える
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夕刻の中津を駆け足で回った。
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蔵内邸

平尾台から帰路に就くが、せっかくここまで来たので、3年前に来ているが娘が未見なので築上の蔵内邸に寄ってみる。

蔵内邸は明治大正期の石炭長者の豪邸である。詳しくはコチラ。当ブログでの過去記事はコチラ
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P5012724 posted by (C)オトジマ

当たり前だがあいかわらず立派な屋敷。今回の写真は細かいところを撮ってみた。
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前回も感心したが各部屋に生け花の会が美しく花を活けている。古いお屋敷はガランドウで意外と見るものが少ないものだが、花や人形などがあるとずっと華やぎが出る。家具調度があればなおさらいいのであるが。
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ランプシェードがかわいい
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昔懐かしい便器も優雅。昔は派手な彩色を施した焼き物の便器は珍しくなかった。
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ゆがみの多い昔の板ガラスも趣がある
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すりガラスのフレームのあるガラス。額縁みたいで面白い。
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なげしの長い材
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庭園が国の名勝に指定されたそうだ。
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入場料は300円。
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P5013435 posted by (C)オトジマ

邸内には蔵があって蔵内炭鉱の歴史を見ることができる。この豪邸はそんな歴史を踏まえて見ると味わい深い。山本作兵衛の著書や絵が大変参考になる。展示の中に炭鉱札がある。作兵衛の著書の中でも詳しく述べられているが「炭鉱札」は炭鉱が鉱員に支払う賃金を私製の紙幣である炭鉱札で支給するシステム。これによる搾取がはなはだしく、低賃金に加えて二重の搾取に苦しんだ。炭鉱主の豪勢な生活の背後にあった炭鉱労働者の悲惨な人生に思いをいたすべき。

平尾台

娘たちと一緒にたいていの北部九州の観光地は来ているので、未見の平尾台に行ってみることにした。
田川の香春のホテルから平尾台までは約30㎞と近い。

この道の先達、じなしさんからはせっかくなら四方台まで登るように、というアドバイスをいただいていた。車でいっぱいの茶ヶ床園地に車を置いて、さてどこに向けて歩きだせばいいのか迷っていると、登山スタイルのオジサンや山岳ガイドだという青年があれこれと懇切にルートを教えてくれた。 やはり、「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」。
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P5013361 posted by (C)オトジマ

出発地の標高400m。カルスト地形の野原、くらいに思っていたらみなさんしっかりと登山スタイルに身を固めた方ばかり。我が家の家族はきのうハウステンボスに行った時とおんなじ街歩きスタイルで申し訳ない。

前途にはカルスト地形特有の石灰岩がポコポコ見える大平山。しかし、ここは後回しにして四方台を目指す。
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P5013366 posted by (C)オトジマ

しばしは舗装道路
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P5012728 posted by (C)オトジマ

右手に周防台を見つつ登る。一帯は野焼きがされているので樹林がなく見通しが良い。
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P5013368 posted by (C)オトジマ

真っ白い石灰岩。結晶質で高千穂あたりとは異なる。地下深くで熱変性を受けているので化石はないそうだ。
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遠景に見えるのは三菱マテリアルの石灰石採掘場
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左のなだらかなピークが四方台
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築上、中津方面の平野
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P5013386 posted by (C)オトジマ

四方台。標高610m。もう1㎞も登れば標高710mの貫山まで行くが、今回はここまで。
残念ながら弁当は買い忘れたのでアメをなめて休憩。
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P5012734 posted by (C)オトジマ

四方台から大平山方面へはすごい急斜面を下る。大平山からこちらに回ってきた人には大変な急登。下りでよかった・・・。
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このくらいの斜度
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P5013398 posted by (C)オトジマ

降りてきた山上を振り返るが写真では急坂がわかりづらい
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P5013399 posted by (C)オトジマ

降りてきた四方台を振り返る
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P5013407 posted by (C)オトジマ

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P5013419 posted by (C)オトジマ

日本ではふつうは見れない絶景というべき。野焼きのおかげ。樹林が茂っていたら普通の山に見えるだろう。
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P5013422 posted by (C)オトジマ

じなしさんには咲き乱れる花を楽しむようにもアドバイスをいただいたが、時期的なものか多種多様な花が見られるというほどはなかった。そもそも花の名を知らないくらいなので目にかからないのかもしれない。
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P5013423 posted by (C)オトジマ

2時間の楽しいピクニックでした。北九州市という大都市にあるのに、ゴールデンウィークにもかかわらず人出は多くなく快適。次に機会があれば貫山まで行ってみようかな。
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P5013424 posted by (C)オトジマ

ハウステンボスの新緑

東京から来る娘と合流するために長崎空港へ。長崎空港は初めて来る。
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P4301084 posted by (C)オトジマ

長崎空港は海上に作られた空港である。その工事経過を示す写真が空港に展示していた。面白い。工事以前、手前に見える大村空港は旧海軍の基地を継承したものでもともとは陸上にあった。今でも自衛隊基地として使われている。沖合の島を造成して新空港を造る。
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島を均して埋め立てて空港敷地を造成しているところ。
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1975年に工事完成。まだ大きな池があるし、空港ビルあたりの駐車場が小さい。
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これが現状。今では空き地にソーラーパネルが大量に並んでいる。
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airport 2013 posted by (C)オトジマ

空港から対岸を見る
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P4303205 posted by (C)オトジマ

空港から本土に渡る橋
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P4303207 posted by (C)オトジマ

娘も妻もハウステンボスには来た事があるが私ははじめて。私はあまり関心はなかったが、まぁ、一度は見ておくのも悪くはない。
しかし、思った以上に大規模なものであるのに感心した。以下、絵葉書のような写真が並んでしまうのは仕方ない。
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P4303221 posted by (C)オトジマ

敷地内にオランダの高級住宅地を模した分譲地がある。各戸が運河に面している。ハウステンボスの客は進入できない。
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P4303228 posted by (C)オトジマ

家も高そうだが、それよりも高そうなクルーザーをもやっている家が何軒もある。家から直接自分の船に乗れるというボートのオーナーには夢がかなうような家。運河から大村湾に出れる。どんな金持ち?
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P4303227 posted by (C)オトジマ

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P4303224 posted by (C)オトジマ

運河は閘門で大村湾と隔離されてはいるが、干満は30㎝くらいあるそうだ。
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P4303234 posted by (C)オトジマ

オランダの街並みを再現しているから建物が多いが、上層階は何に利用されているのか?ガランドウではないのかな?
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P4303238 posted by (C)オトジマ

花はチューリップが済んでいるのであまりないが、新緑がキレイ。
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P4303240 posted by (C)オトジマ

ここは池を囲む住宅地で散策するとよさげだが、観光客は進入禁止。
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P4303247 posted by (C)オトジマ

ものすごい量のアジサイ。6月はアジサイがきれいだろう。
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P4303249 posted by (C)オトジマ

クス並木
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P4303253 posted by (C)オトジマ

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熊本の地震のせいかゴールデンウィークにしてはそう客は多くないと感じた
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P4303274 posted by (C)オトジマ

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P4303278 posted by (C)オトジマ

近年ハウステンボスは5月になるとバラを売り物にしている。4月30日の時点ではこのありさま。満開は5月10日以降くらいになるんではないか。バラを一つの楽しみにしていたが不発。しかし満開になったとしても「アジア最大のバラ園」はどうなんでしょう。
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P4303283 posted by (C)オトジマ

一部には咲いているものもある。
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P4303281 posted by (C)オトジマ

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P4303292 posted by (C)オトジマ

ホテルニューオータニの威容
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経営がIHSに移って好転してるというが、もうオランダにこだわらないなりふりかまわぬ集客作戦に転じたらしい。場内には街中のゲーゼンと変わらぬいろんなゲーム場ができてるし、オランダの雰囲気にそぐわぬアジアンな店も多い。しかし若者が行列してるのはそんなところなのである。ディズニーシーみたいなイメージの統一はなかなか難しい。しかしとにかくこれだけのものを潰しちゃもともこもないのであるから頑張ってほしい。宮崎のシーガイア、オーシャンドームと並んでバブル期の過剰投資の代表と言われていたが、宮崎が破産して廃墟になってるのに比べたらたいしたもの。




大村城近辺

大村市の大村公園で車中泊した。道の駅と違い車中泊族はごく少なかった。たぶん私以外には1、2台。
大村公園は大村城の周囲にある。元来は堀だったところ。大村城は玖島城とも言って、もともとは大村湾の島であった。築城に際し埋め立てて陸続きになっている。その島の先端は玖島崎という岬になっていてキャンプ場になっている。本当はそこに泊まりたかったのであるが、車が乗り入れられないので公園の駐車場にしたわけである。キャンプ場の近くに小さな島があって龍神社という神社になっている。とても趣のある神社である。
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P4303048e posted by (C)オトジマ

島には木橋を渡る。水深はごく浅い。大村湾はほとんど湖といっていいくらい外界と隔絶しているのできわめて波静かで潮の干満も小さい。だから海の中というのにこんな橋が成り立つ訳である。島の標高もごく低い。外洋に面していれば台風の大波で水没するくらいの島である。
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P4303052 posted by (C)オトジマ

波静かで浅いので子供の水遊びにも心配がないようなところ。
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すぐそばには海上タクシーの乗り場がある。誰が乗るのかと思えば競艇場への客の送迎用らしい。向こうは大村競艇場の巨大な施設。昼間は大賑わいのはず。
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P4303068 posted by (C)オトジマ

島のそばに陸繋島状の小さな砂嘴がある。先端の列石は人工的なものに見える。
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P4303064 posted by (C)オトジマ

先端側から振り返る。玖島崎の緑が美しい。
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玖島崎はキャンプ場になっている。
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小さな古墳がある。こんな穏やかな海のほとりだから大昔から住みやすかったはず。
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玖島崎先端から大村湾を望む
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むこうの平らな島は長崎空港。赤い橋のようなものは誘導灯施設。しょっちゅう飛行機が着陸している。飛行機の撮影スポットとしてはいいところかも。
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せっかく風光明美なのに台無しにしているのが競艇場。
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海のすぐそばまで樹林になっている。満潮ラインと差がない。コンクリートの護岸がないのも内海ならでは。
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城のすぐ近くにもどるとなにやら古そうな堀込式の船着き場がある。
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大村藩専用の船倉だった。いまではとても浅いが昔はそこそこ水深があったのかも。昔は屋根もあったとか。
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P4303091 posted by (C)オトジマ

こちらは海に突き出す波止場。これも江戸時代の波止場である。大きな石で堅固に構築されている。先端は階段状の雁木になっている。高校のボート部がボートを下すのにちょうどいい。
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波止から玖島崎を望む
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玖島城(大村城)の板敷櫓。もちろん再現である。
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P4303104 posted by (C)オトジマ

思いもよらず立派な城だ。表向きの石高わずか2万7000石の小藩とは思えない。7万石の延岡城よりよっぽど立派に見える。
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堀は巨大な菖蒲園になっている。6月には素晴らしいだろう。
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石垣はすべてがオリジナルではないだろうがとても立派
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本丸跡は神社となっている
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例によって明治維新時に建物はすべて破脚されているらしいから塀は復元だろう。
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大村神社。本丸跡であるが天守はなくて藩庁の建物があった。周囲は清掃が行き届いている。
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最後の藩主、大村純熈
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すり減った石段が歴史を感じさせる。幾多の武士たちが歩いたはず。
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板敷櫓
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二階内部
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櫓からの景色。大村湾。
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武家屋敷街が残る本小路あたり。今は静かな住宅地となっているが、往時の石垣が残る。
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P4303172 posted by (C)オトジマ

大村の旧市街地は太良岳麓の扇状地に立地しているので海からずっとゆるやかな斜面になっている。武家屋敷街はいかにも山の手という雰囲気。しかしあちこち虫食い状に土地を分割して新興住宅地化が進みつつある残念なところもある。
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古い庭木を残すためにガレージの樹脂製屋根に穴を開けている。
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P4303176 posted by (C)オトジマ

上小路。武家屋敷の面影を残す小路が5つほどある。時間がなくて全部は見れなかった。
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古い土塀が往時を物語る
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武家屋敷街の中をJR大村線が通る
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この白い塀は一軒のお宅。森の中に家がある。
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P4303182 posted by (C)オトジマ

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P4303189 posted by (C)オトジマ

草場小路。このお宅はこの塀が特徴的。観光案内でこの塀の写真を見かけるが、どうやらこのお宅だけのようだ。
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五色塀というそうだ。ネット上の写真ではもっと石の部分が大きいのもあるので、修復ごとに多少デザインに変異があるのかも。
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草場小路はごく短くてこのお宅しか武家屋敷然とした屋敷はない。
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雲仙、島原半島

夕方まで間があるので島原半島を南北に縦断してみる。
30年ぶりくらいの雲仙である。昔社員旅行で雲仙温泉に泊まったことがある。

なだらかな山裾を雲仙温泉方面へ。
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後ろを振り返ると諫早湾と太良岳方面
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平成新山。火砕流のあと。
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新緑が美しいがなかなか見たようには写真に撮れない
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ほんとうは向こうに橘湾が見える
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下って千々石あたりから雲仙方面を見る
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千々石というと天正少年遣欧使節の千々石ミゲルを思い出す。千々石ミゲル関連の施設もあるが、それよりも目を引く橘神社があるので寄ってみる。
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軍神橘中佐を祀っている。橘中佐を知らなかったのでいまひとつピンと来ないが、日露戦争の英雄らしい。
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P4293039 posted by (C)オトジマ

橘中佐の一族はもともと千々石の有力豪族であった。橘周太中佐は日露戦、遼陽の戦いで壮絶な戦死を遂げた。
戦死者はだれしも壮絶な戦死のはずだが、なぜに橘中佐が軍神になったのかはなんらかの要因があったのだろうが、よくわからん。ちなみに日露戦の戦死者は5万余。橘中佐関連では千々石の面する湾はもともと千々石湾であったが地元の要望により橘湾と改名されたとか。

立派な石橋を渡る。
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P4293037 posted by (C)オトジマ

かつては玉垣が砲弾型の石だったようだ。
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P4293024 posted by (C)オトジマ

とんでもない長くて広い参道に驚く。素晴らしい石畳である。どんなえらい軍神なんだ。日露戦の軍神では橘よりも有名な広瀬中佐を祀る竹田の広瀬神社よりもはるかに立派である。
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P4293025 posted by (C)オトジマ

振り返ると・・・
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新緑が美しい。
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やっと社殿が見えてきた
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夕日の中で輝く橘神社。武運長久をお祈りしてきた。
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P4293030 posted by (C)オトジマ

日没時、大村に着く。太平洋岸に住んでいると海に落ちる日没が珍しいのでうれしい。
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P4293044 posted by (C)オトジマ









神代

連休には東京から来る娘と長崎空港で合流して北九州方面へ。

九州道はこの日地震から復旧という話であるが、高速は避けて有明海をフェリーで渡る。
途中やむを得ず熊本市内を通過する。ナビは当然主要道を示すが、あちこち通行止めで住宅街の中を迂回するとどこもかしこもブロック塀が倒壊し半壊状態の家が続く。みなさん後片付けでお忙しい中を申し訳ない。河川敷はがれきの集積場になっている。軽トラを持ち込むボランティアは役に立ちそうだ。大きな道沿いではほとんど被害は感じられない。

国道501号で海岸沿いを玉名から長洲に至り、有明フェリーで島原半島へ。長洲港にある日立造船。
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P4292938 posted by (C)オトジマ

穏やかな有明海と島原市街、雲仙普賢岳方面
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多比良港近辺
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P4292940 posted by (C)オトジマ

多比良港のすぐそばに神代がある。
5年前に来たことがあるので再訪である。地震のせいでみなさん観光を自粛されているのか連休というのに広い駐車場はがら空きで車は2,3台。神代は佐賀藩の支藩で神代鍋島氏の陣屋があったところ。小さな小さな城下町である。
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鍋島氏陣屋の入口の石垣と門。亀甲模様の石垣が見事。
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P4292978 posted by (C)オトジマ

玄関周辺は修復工事中
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修復工事がなった長屋門。前回来たときは工事中だった。
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屋敷自体は明治大正期のものである。大きな屋敷である。
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P4291041 posted by (C)オトジマ

ここは邸内は撮影禁止になっているので写真はないが、まぁ、よく見る古くて広いお屋敷である。
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邸内に池があるのが珍しい。
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武家屋敷街によくあるように水路が廻っている。
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P4291038 posted by (C)オトジマ

竹の生垣。よく手入れがしてある
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どういうわけかパトカーやバイク警官の巡回に何回か出会う。
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P4292975 posted by (C)オトジマ

観光客の姿はほとんどない。武家屋敷自体は残っていない。石塀が往時をしのばせる静かな小路である。
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このかやぶきの家は空き家になっている。
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P4292987 posted by (C)オトジマ

プロフィール

トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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