原付で佐賀関へ 2

朝5時には日が昇り、いい天気だ。別府湾。
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P7034111 posted by (C)オトジマ

これが5時半。テント内は暑くて寝ていられない。
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佐賀関は半島の先端に小さな島がくっついたようなところにある。陸繋島のように見えるがそうではないそうだ。
くびれたつなぎ目のところが平地になっていて町が発達しているから函館のような地形だと思うのだが、その平地の部分は砂州ではなくて岩盤が露出しているから陸繋島ではない、ということらしい。
佐賀関ss


早朝の佐賀関の中心街。
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あちこちに「コガネグモ相撲」のノボリ。我々延岡の者の言うところの「ジョロコブ」である。我々も子供の頃は山でコガネグモを捕ってきてケンカさせて遊んだもの。庭に放して巣を作るのを見ていても楽しかった。
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岬には周回路があるので回ってみる。
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日曜だからか早朝から勤勉な釣り人が多い。
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これが白い石ばかりの白ヶ浜
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黒い石ばかりの黒ヶ浜
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集落の石垣
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島は蔦島
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岬の先端に昔の砲台跡がある。道路からは樹林の中をしばし降りる。
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樹林の中に頑丈そうなコンクリートの構造物が現れる。
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奥の穴からは土砂が崩れ落ちている。何の穴か?駐退機のためのものか?
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同じものが2基ある。
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ここにも立派な石垣。
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砲台というから旋回砲塔の円形台座があるものと思っていたら全然形が異なる。砲台と知らねば何の遺構なのかさっぱりわからない。
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こんな砲だった。15センチカノン砲。
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豊予要塞群の一つとして大正6年に設置された。20t以上もある鉄のかたまりをどうやって足場の悪いここまで引っ張り上げたのだろう。
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周回路を佐賀関の町までもどる。イチョウ並木がある。秋はキレイかも。
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精錬所正門近くに早吸日女神社(はやすいひめじんじゃ)がある。立派そうな神社なので寄ってみる。

楼門は一見新しそうだが実は木造で江戸時代のもの。1697年細川公の寄進。それにしては古びてない。
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楼門の中には立派な随神。新品に見えるくらい色鮮やか。
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大きな藤棚がある。藤の花の頃はキレイだろう。
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立派な本殿である。これまた江戸時代1763年に細川氏が寄進したもの。大藩だけにケチな寄進ではない。
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文化9年寄進の狛犬。
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大正時代の寄付者一覧の石柱群。ここらは50円の口。
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ところが同じ50円でも石柱が大きいのが旧大名の細川氏と内藤氏。熊本藩は参勤交代のための港湾として鶴崎近辺を所領としていた。延岡藩も大分郡東部に飛び地を所領していた。しかし藩の規模は10倍も異なるのに同じ50円とは。その向こうには1000円を寄進した一般人がいる。
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P7034166 posted by (C)オトジマ

ところがなんと2000円も寄付がある。久原鉱業。横には個人の久原房之助名で500円寄付している。久原(くはら)房之助とは戦前に大活躍した財界人・政治家である。今の日立の元となった久原財閥の総帥であった。当然この神社のすぐ横にある日本鉱業佐賀関精錬所のオーナーであった。詳しくはウィキペディア参照
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P7034167 posted by (C)オトジマ

境内からも精錬所の巨大な煙突が見える。
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長年日鉱佐賀関として有名であったが現在はパンパシフィック・カッパーという耳慣れない会社名となっている。
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現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
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