鷹島

8月15日は日本の最大の対外戦争である太平洋戦争の敗戦記念日。そんな時に昔の二つの大規模な対外戦争の戦跡をたどる旅となった。朝鮮出兵の名護屋城、そこから遠からぬ元寇の古戦場である鷹島へと移動した。
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この春、伊万里湾に来た時には松浦市星鹿半島から鷹島を遠望した。沖合に平坦に浮かぶ。3月に撮影。
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P3201839 posted by (C)オトジマ

唐津市肥前町から鷹島に肥前鷹島大橋が架かり、鷹島は離島ではなくなっている。
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穏やかな海に静かな入り江が点在。リゾート地としては素晴らしい立地に見えるがホテルなどは全然見当たらない。
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海中ダムがあるというのでいかなるものか知りたくて寄ってみた。正確には海中ではなく、海に隣接したダム。
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P8145239 posted by (C)オトジマ

堤体上は道路
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海側は漁港になっている。
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ダム湖。島は川がなく水源がないのでこんなところにダムができた訳だ。
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島はおおむね平坦で高い山はぜんぜんない。
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台地から降りたところに漁港がある。阿翁浦免。
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白浜海水浴場という小さな浜がある。この世の極楽のような景色。ここで泳げる家族は幸せだ。
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P8145243 posted by (C)オトジマ

向かいは黒島。波はほとんどない。透明度は高い。海水浴もダイビングもできる。
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えらく陽に焼けた子供がいるな、とおもったら黒人の少年だった。こんなところもインターナショナル。
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モンゴル村、というのがあるので行ってみたら入場料が800円もいるので入らなかった。どうせ移動式住居のゲルが並んでいるだけだろうから。
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東大寺の門前のシカのように人気のあるヤギ。野生のヤギだけでなく白ヤギさんも険しい岩場が好きなんですね。
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モンゴル村からの遠望
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P8145258 posted by (C)オトジマ

どういうわけか狭い島に石屋がやたらたくさんある。なにか理由があるんだろうがネット上の情報ではよくわからない。
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とにかく海が美しい。日本海側というのは意外と透明度が高い。水中眼鏡を持ってくるんだった、と後悔した。
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歴史民俗資料館があるので寄ってみる。
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鷹島は元寇のときの古戦場である。元寇は文永の役、弘安の役と二度あるが、弘安の役のおり、いったん博多湾に攻め込んだ元の先遣隊の東路軍は日本軍の強力な抵抗にあいいったん撤退する。そして後から来る主力である江南軍と合流するために伊万里湾に移動した。東路軍と江南軍の数千の艦船は伊万里湾の鷹島周辺に集結した。さぞ壮観だったろう。そこに例の台風襲来で元軍はおおむね壊滅したのである。台風襲来は別に奇跡ではない。東路軍が日本に到着して3か月が経過していた。夏場に3か月もいれば1度や2度九州に台風が来るのは全然普通である。台風シーズンに来たのがそもそも間違いであったが、800年前のモンゴル人が日本の気象に暗かったのも当然。この時の元軍は東路軍は900隻4万人、江南軍は3500隻、10万人という途方もない規模。全部が鷹島に集結していたわけではなかったろうが、鷹島周辺で水死した者、鷹島に上陸後、日本軍との戦闘での死者はすごい数だったろう。

鷹島周辺にはおびただしい軍船の残骸が沈んでいるはずで水中考古学により調査がなされいて、海底から多くの遺物が引き揚げられている。

碇石。大きな御影石。木の碇の重しとなる。
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P8145270 posted by (C)オトジマ

元の軍船は大きなものでは長さ40mにもなるという巨船。碇も巨大で7mほどもあったとか。
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P8145281 posted by (C)オトジマ

錆びた兜
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石の砲弾。投擲機を用いて打ち出した。日本にはなかった武器。
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P8145279 posted by (C)オトジマ

これがウワサの「てつはう」。陶器製で中に火薬が入っていた。今でいえば手りゅう弾。
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引き揚げられた船の部材を水につけて塩抜きしているところ。
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P8145286 posted by (C)オトジマ

元寇といえば竹崎季長の名を忘れることはできない。元寇を防衛した日本の武士たちは多数いたろうが、たまたま綿密な記録を残した竹崎が代表的な御家人として歴史に名を遺す。大活躍しても記録のない武将は忘れられた。記録は大切だ。竹崎は実はたいした戦果を挙げていない。竹崎季長については岩井三四二著「異国合戦」がなかなか面白い。以前のポストはコチラ

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Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
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