この世界の片隅に
昨年のキネマ旬報日本映画ベストワンに選ばれたのはアニメ作品「この世界の片隅に」であった。去年のメガヒット「君の名は」ではなかったのである。映画関係のプロの間では「君の名は」よりも「この世界の片隅に」の方が圧倒的に評価が高かった、といえる。大変遅まきながら延岡の映画館で今上映中なので見に行った。
なにやら戦時中の呉を舞台にしている、くらいしか知らずに、ほとんど予備知識なしで見る。 原作者の漫画家・こうの史代も監督の片渕須直も私には全然おなじみではない。
広島市で生まれた女性「すず」の戦前の子供時代から呉に嫁いだ戦中、終戦を迎えるまでを描く。ほとんどはささいな日常生活の描写である。しかし時代が戦中だけに終盤にはどうしても戦争の様子は描かれる。呉は軍港であるから米軍の執拗な攻撃にさらされる。しかし呉の初空襲は終戦間際の昭和20年3月と意外に遅い。広島は隣町だから原爆も関係してくる。軍人ではない一般市民のすずにも悲劇は襲う。

原作はこうの史代の雑誌連載マンガである。3巻組でそこそこ長い。アニメ化にあたってはかなり端折った部分もあるようだ。平凡な女性である主人公は嫁いで主婦となるだけだから何も波乱万丈なドラマは起こらない。当時の女性に起こる普通の境遇を淡々と描く。戦前、戦中の様子を丹念に調べてよく描いている。古い広島市街の様子、瀬戸内の漁村、農村のようす。食べ物への執着、かまどで炊事をし、井戸に水汲みに行く、五右衛門風呂のフロを炊く生活。高度経済成長以前の戦後までは見られた生活。かろうじて私の世代まではおぼろな記憶がある。そこらを見るだけでも見ごたえがある。

「君の名は」とは全く異なる世界と物語構成である。大人のはずの主人公とその夫は妙に子供っぽく見えて年齢不詳の感があるが、やがて慣れる。主人公「すず」の独白が多用されていて、声優はとぼけた味わいの「のん」が演じる。話は起伏に乏しいのに、2時間たつと彼女の語りが妙に印象に残る。この映画ではのんの評価がとても高いらしい。
片渕監督はこの作品のヒットで監督としての名声を不動のものにした、といえる。原作を読んだときに神様が耳元で「この作品を作れ」とささやいた、と表現している。そして作品を構想していた時NHK朝ドラ「あまちゃん」に出ていた「のん」の声を聴き、また神様が「彼女の声を使え」とささやいた、と語っている。実際にのんが声を演じたのはその3年後のことになる。構想から完成まで6年。息の長い仕事だ。人生くさらずにがんばればどこかで神様がささやいてくれるものなんだな。
予算、スポンサーゼロからスタートし、監督の執念だけで完成させた。このような地味な良心的作品は客を呼べないというのが常識なのに、じわじわと成績を上げ、興収20億を突破したというのは、うれしい誤算だろう。次作にはドンと予算がつくだろう。期待したい。大変な力作である。2度見ると、更に味わいが深いのかもしれないので、機会があればまた見ようと思う。
こちらにNHKによる、監督インタビュー。
なにやら戦時中の呉を舞台にしている、くらいしか知らずに、ほとんど予備知識なしで見る。 原作者の漫画家・こうの史代も監督の片渕須直も私には全然おなじみではない。
広島市で生まれた女性「すず」の戦前の子供時代から呉に嫁いだ戦中、終戦を迎えるまでを描く。ほとんどはささいな日常生活の描写である。しかし時代が戦中だけに終盤にはどうしても戦争の様子は描かれる。呉は軍港であるから米軍の執拗な攻撃にさらされる。しかし呉の初空襲は終戦間際の昭和20年3月と意外に遅い。広島は隣町だから原爆も関係してくる。軍人ではない一般市民のすずにも悲劇は襲う。

原作はこうの史代の雑誌連載マンガである。3巻組でそこそこ長い。アニメ化にあたってはかなり端折った部分もあるようだ。平凡な女性である主人公は嫁いで主婦となるだけだから何も波乱万丈なドラマは起こらない。当時の女性に起こる普通の境遇を淡々と描く。戦前、戦中の様子を丹念に調べてよく描いている。古い広島市街の様子、瀬戸内の漁村、農村のようす。食べ物への執着、かまどで炊事をし、井戸に水汲みに行く、五右衛門風呂のフロを炊く生活。高度経済成長以前の戦後までは見られた生活。かろうじて私の世代まではおぼろな記憶がある。そこらを見るだけでも見ごたえがある。

「君の名は」とは全く異なる世界と物語構成である。大人のはずの主人公とその夫は妙に子供っぽく見えて年齢不詳の感があるが、やがて慣れる。主人公「すず」の独白が多用されていて、声優はとぼけた味わいの「のん」が演じる。話は起伏に乏しいのに、2時間たつと彼女の語りが妙に印象に残る。この映画ではのんの評価がとても高いらしい。
片渕監督はこの作品のヒットで監督としての名声を不動のものにした、といえる。原作を読んだときに神様が耳元で「この作品を作れ」とささやいた、と表現している。そして作品を構想していた時NHK朝ドラ「あまちゃん」に出ていた「のん」の声を聴き、また神様が「彼女の声を使え」とささやいた、と語っている。実際にのんが声を演じたのはその3年後のことになる。構想から完成まで6年。息の長い仕事だ。人生くさらずにがんばればどこかで神様がささやいてくれるものなんだな。
予算、スポンサーゼロからスタートし、監督の執念だけで完成させた。このような地味な良心的作品は客を呼べないというのが常識なのに、じわじわと成績を上げ、興収20億を突破したというのは、うれしい誤算だろう。次作にはドンと予算がつくだろう。期待したい。大変な力作である。2度見ると、更に味わいが深いのかもしれないので、機会があればまた見ようと思う。
こちらにNHKによる、監督インタビュー。