人吉盆地

行橋の「原田侑美術館」で原田の絵、「青蓮寺」を見てから是非この寺に行ってみたい、と思っていた。
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人吉盆地は宮崎県境からすぐではあるが、一度も踏み入れたことがない。青蓮寺のある多良木は東西に細長い人吉盆地の東のどんづまりにあるから高速道路で行くよりも、西米良から山越えで行ったほうが近い。西都から国道219号で一ツ瀬川を遡る。

一ツ瀬ダム。九州一の発電能力を持つ。
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一ツ瀬ダムは巨大なダム湖を持つ。今は渇水期。
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西米良村の「かりこぼうず大橋」。木製トラス橋である。杉6000本を使ったとか。
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西米良村中心部の村所。東米良はダム湖に水没した。同じ県内でなあるがはじめてここに来た。生きてる間に再び来ることはないかも。ここからしばらく行くと県境である。
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多良木の青蓮寺に到着。原田の絵からなんとなく人里離れた山の中を想像していたのであるが、県道33号に面した集落の中の開けたところにある。原田の絵のまんま、といえばそのまんまである。寺の屋根には珍しい直線基調のライン。
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茅葺の堂であるところがこの寺の魅力。1443年頃の建立。ただし今の姿は255年前の大修理後の姿だという。ともかく古い由緒ある建築である。建立以来屋根の葺き替えは数十回に及ぶという。
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外から拝んで帰ろう、と思っていたらちょうど待機しておられたボランティアの方が内部を案内してくれた。さらに寺の由緒、人吉盆地の支配者であった相良氏の来歴、阿弥陀仏の詳細までたいへん熱心に解説していただいた。普段は中の阿弥陀三尊は拝観できないがこの連休は公開しているという。鎌倉期の大変繊細な彫。大変有難い像である。
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人吉の名所はおおむね青井阿蘇神社と人吉城である。どちらも市の中心部にごく近い。
青井阿蘇神社も茅葺屋根が特徴的である。立派な楼門。藩主相良氏の崇敬を受けてきた。
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拝殿。参拝客や観光客で賑わっていた。
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相良氏の居城、人吉城へ。2万2千石という小藩であるが、城構えはなかなか立派。相良氏は鎌倉時代に駿河相良から地頭着任以来700年間、一貫してこの地を支配し続けた稀な領主である。延岡はその間どれだけ領主が交代したことか。
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石垣天辺の武者返しは西洋式の築城術で幕末に追加されたとか。
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城の下は球磨川が天然の堀となっている。城は桜がいっぱい。あと10日もすれば花見で賑わうのではないか。
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二の丸跡。杉の木が植えてある。太さからすると明治以降の植林だろう。飫肥城と同じ風景。
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人吉市街。頂上の本丸跡まで行ってみるが、何もない。もともと天守はなかった。
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Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
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