鞆の浦

長年意見の対立や訴訟沙汰にもなってきた 広島県福山市鞆の浦の湾内埋め立てによる道路建設について県が中止を決定した。英断である。この問題では市が頑強に建設を主導してきていた。
ココに市による設計やバラ色の計画が示されているが、県の決定によりハシゴをはずされた市はこのサイトを閉じるかもしれないので、写真を転載する。

下:これが現状


下:計画道路が完成したらこうなる。浜辺を埋め立てて、町の中を迂回するバイバスと観光客向けの広い駐車場ができる。が木に竹を継いだような感は否めない。


ウィキペディアにはこの鞆の町の道路がいかに前近代的かを示す細かな写真が多数掲載されている。昔の港町はどこもこんなもので一昔前までは珍しくもない光景。しかしどこもかしこも区画整理や道路拡幅で昔の面影を失ったまでのこと。鞆の浦ではそれが奇跡的に残っているわけで、それであるからこそ貴重なのだ。

しかし住んでる人は不便に決まっている。車で訪れた観光客も不満タラタラかもしれない。5月に行った呼子がそうだったな。呼子まで続く県道の超長蛇の渋滞の車列を見たら、マイカーの進入を禁止してシャトルバスで郊外から運ぶべきだ、と思ったものの、やはり自分だけは車で乗り付けたい。それが人情。

市としても住民の利便をはかり、観光客の駐車場も確保でき、更には常夜灯のある古い港を海側からも見ることができる、といういいことずくめの計画という自信があったのだろう。

小さな町の小さな景観問題が全国的な注目を引いたのはジブリの巨匠宮崎駿氏がかかわりを持ったから。

ジブリはある年、NGO「ピースウィンズ・ジャパン」大西 健丞氏のすすめで毎年恒例の社員旅行を鞆の浦にした。宮崎氏はいっぺんでその町が気に入り、自分だけで再訪し数ヶ月住み込んだ。宮崎氏はそこで「崖の上のポニョ」の構想を得た。映画の舞台は映画の中では明示されていないが、「鞆」であることを暗示する場面がある。

下:主人公宗介母子が買い物に行くスーパーは「トモ」である。



NHKが一年間ポニョを製作中の宮崎氏に密着取材したテレビ番組でも映画製作中の宮崎氏は発想に行き詰るとこの町を訪れ、自炊しながら逗留している場面があった。

下:宮崎氏が逗留した鞆の浦にある家


下:上の写真の家はこの写真の一番手前の家と思われる。


鞆の浦では幕末に坂本竜馬が逗留した古い家屋が「いろはや」として観光名所となっているように、宮崎氏が逗留したこの家も大事にしとけばそのうち名所になり、金を産むはず。

「鞆の浦埋め立て」は宮崎氏や地元出身の映画監督大林宣彦氏の応援も得て反対運動が日本中、いや世界中に知られることになった。時の国交大臣も関心を持つ事態になる。私も宮崎氏が言うくらいだからそりゃ埋め立てなどとんでもない、と思っていた。

市は最大限景観に配慮する旨、建設計画のホームページでも細かに説明している。たぶん多くの観光客にとっては利便性が高まり、できてしまえば誰も文句は言わない。新たな観光客は以前を知らないから新しい景観について是非を問うこともないだろう。
地元の人だってふだん見慣れた地元の景観についてとくに珍しいとも美しいとも思っていないのではないか。それよりも不便な道路の方が切実である。

不満を言うのは「美しいと思う」基準が鋭い人々である。広い道路やきれいな緑地帯や環境に調和する綿密な色彩計画を駆使したところで、歴史のかもす古色や意図せざる無秩序の織り成す面白さ、味わいをぶち壊すことには全然変わりない。何が美しくて、何が醜いかは民主主義や議会の多数決では絶対に判断できない。一般に行政当局や建設業者は美しい景観に関心がないし、自分に審美眼がないことに自覚がない。

ともかく今回の広島県知事の英断にほっとしたところだ。

私はおおむねなんでも古ければ古いほど有難く感じる。妙に小細工して真新しくなってしまった保存建築を見るとガッカリする。伝統的街並保存に関係する当局者や関係者はディズニーランドやディズニーシーに行ってうまく古色を出す秘訣を学んできて欲しいものだ。


コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR