安西水丸

先日の朝日新聞に安西水丸さんへのインタビューが載っていた。
彼の出世作である「青の時代」を回顧する内容である。
朝日の電子版でも読める。  コチラ



大変興味深い短文であるが、文末の一言に印象を強く受けた。
----「 大学で講師を務めたこともあるけれど、日本の美術教育は石膏(せっこう)デッサンをやり過ぎる。「うまい」「下手」を重視しすぎていると、その子にしか描けない絵が描けなくなる。教養を身につけていくうちに見る目を失っていく。「有名なものイコール良いもの」では困る。少年の目を持った、孤独な観察者であり続けたいと思っています。」----
なるほどね。そういえば北斎や広重、若冲など日本を代表する世界的な画家は組織的な美術教育を受けていないし、現代では横尾忠則も美大を出ていない。「教養が邪魔する」というのは言えるんだな。
といって安西氏はちゃんと日大芸術学部を出ている。真面目に勉強したという。彼のエッセイを読むと結構教養人である。特に歴史には造詣が深いようである。

安西水丸というと、村上春樹のエッセイの挿絵などでおなじみ。昔から変わらぬ作風でとにかく洒落ている。ヘタウマの元祖的な作風で、だれにでも模倣できそうだが、すぐに模倣とバレる強いオリジナリティがある。実は模倣できそうでなかなかできない。あの細いペンの思い切り単純化されたラインが個性的なのである。彩色のカラートーンが輪郭からはみ出たりしてるのもマネされたもの。

下:安西氏はスノードームのコレクターとか


下:おしゃれな都会派のイメージだが和物を描いても素敵


ネット上を調べるとこんなインタビューもあった。
朝日のインタビューにも共通するが、とにかく真面目なプロフェッショナルという人物像が伺える。

私は氏の作風が好きではあるが、特に興味を持っていたというわけではなく、氏がガロにマンガを描いていたことも知らなかった。そこで「青の時代」を入手して読んでみた。
ひとことで言って素晴らしい。1974年の刊であるが、今まで知らなかったのが悔やまれるくらいである。氏がサラリーマン時代に片手間で描いたとは思えない素晴らしい作品である。すでに彼独自の作風が完成している。

内容的には少年時代への郷愁である。主人公の少年はどうやら水丸氏自身のようである。実話ではなく創作だろうが、風景や風俗は彼の体験から得ているだろう。彼は東京の生まれではあるが、房総半島先端に近い千倉で育っている。だから風景は海辺の漁村である。氏は1942年(昭和17年)生であるから少年時代に見た光景は昭和20年代のものである。高度経済成長以前のまだ日本の原風景が残っていた頃。私は一回り下の世代だから高度経済成長の中で育っているが、かろうじてその雰囲気がわかる最後の世代かもしれない。

下:縁日。そうそう昔の縁日には刃物屋が必ずいたものだ。


下:汽車がよく描かれる。電車ではなく、汽車であるのが世代的なものだろう。私も小学生の頃は蒸気機関車の絵をよく描いていた。ノスタルジーの象徴。


下:漁村の光景。帆がついている。機帆船というのもある特定の時代である。


土々呂という漁村に育った私のノスタルジーに共通するところが多いので、この「青の時代」は特に印象深い。
下は私の少年時代。よく見ると船の下には板をひいてあり、コロもかませてある。なるほどこうやって船を海まで降ろしていたんだなぁ。上の安西氏の絵にも船の下の板が見える。資料で調べて描いたに違いない。


「青の時代」を読んで土々呂へのノスタルジーを喚起されると、さらに二人のマンガ家が連想された。次回で。

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トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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