今市

長湯温泉から東へやや行くと今市がある。観光案内では「今市石畳」とある。昔の街道の石畳が今に残っている。
豊後国内では一般に肥後街道と呼ばれる道である。熊本から大分市鶴崎港までを結ぶ、かつて肥後藩、岡藩の参勤交代に使われた道である。
これが肥後国内では豊後街道と呼ばれる。それはそうだろうな。
肥後の人にとっては豊後に至る道であり、豊後の人にとっては肥後に至る道であるから。信濃川が信濃国内では犀川や千曲川と呼ばれ、越後に入ったとたんに信濃川になるのと同じ。

石畳しかない、という予備知識はあったが本当に石畳だけ。こんな道が600mほど残っている。県道はこの区間だけ脇を抜けている。
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道の両側は黄土色のアスファルト舗装されているが、真ん中は幅2mほどの石畳で、車で走ると片輪が石畳に乗る状態。一見平坦に見える石畳はかなりデコボコしていて車で走るにはかなり不快。沿道の住民の皆さんの不便が偲ばれる。
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さらには下のように唐突に必然性もなく直角のクランクが現れる。城下町の道みたいに防衛上の観点からだろう。「こんなもん掘り起こして舗装してしまえ!」となるのが普通だろう。こんな道が残っただけでも奇跡的だ。イタリアのアッピア街道を想起させる道である。昔の徒歩や駄馬の通行には良かっただろうが、荷車には大変だったかも。
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昔の宿場町だから旅館や茶店や下駄屋などが軒を連ねただろうが、現在はその跡地に設置された看板のみ。歴史的事物の看板に安易に勘亭流様のフォントを使う無神経をよく見かける。筆による手描きがムリならせめて楷書体にすべき。発注者・看板屋いずれにもセンスのない場合が多い。
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天保年間の年銘のついた灯籠。歴史を感じさせる。
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風情ある寺への石段。
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道端の大師堂
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石畳の南端に丸山神社がある。石段のコケと楼門が見事。
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享保5年(1720年)今市の商人松田庄右衛門尉長次が父母の長命と子孫繁栄を願って寄進したもの。約300年前のものとは思えないほどしっかり残っている。内部の彫刻など去年作ったかのようにきれいであるのが不思議である。
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下:楼門にはお決まりの随神。これは時代相応にかなりボロボロに風化している。
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楼門じゅう彫刻だらけ。
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神社への奉納絵馬に「二十四孝」をテーマにしたものはよくあるらしい。この彫刻はそのうちの「郭巨」。ぶんぶく茶釜かと思ったが全然違う!---下に解説をペーストしておく。
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郭巨(かくきょ)の家は貧しかったが、母と妻を養っていた。妻に子供が産まれ、3歳になった。郭巨の母は孫を可愛がり、自分の少ない食事を分け与えていた。郭巨が妻に言うには「我が家は貧しく母の食事さえも足りないのに、孫に分けていてはとても無理だ。夫婦であれば子供はまた授かるだろうが、母親は二度と授からない。ここはこの子を埋めて母を養おう」と。妻は悲嘆に暮れたが、夫の命には従う他なく、3歳の子を連れて埋めに行く。郭巨が涙を流しながら地面を少し掘ると、黄金の釜が出て、その釜に文字が書いてあった。「孝行な郭巨に天からこれを与える。他人は盗ってはいけない」と。郭巨と妻は黄金の釜を頂き喜び、子供と一緒に家に帰って、さらに母に孝行を尽くした。

二十四孝のうち「孟宗」
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孟宗(もうそう)は、幼い時に父を亡くし年老いた母を養っていた。病気になった母は、あれやこれやと食べ物を欲しがった。ある冬に筍が食べたいと言った。孟宗は竹林に行ったが、冬に筍があるはずもない。孟宗は涙ながらに天に祈りながら雪を掘っていた。すると、あっと言う間に雪が融け、土の中から筍が沢山出て来た。孟宗は大変喜び、筍を採って帰り、熱い汁物を作って母に与えると、たちまち病も癒えて天寿を全うした。これも深い孝行の思いが天に通じたのであろう

落語では「二十四孝」はおなじみの演目であるが、神社で見たのははじめてである。とにかく見事な木彫ではある。ヨソの神社では絵馬であることが多いからこのような手のこんだものは珍しいのではないか?大事にして欲しいものである。

社殿はありきたりである。
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天井の絵はベニヤ板のようである。湿ってベロベロになっている。合板というだけでほとんど無価値。大きな一枚板を多数確保するのはなかなかだ。ウチの近所の神社でも天井板絵の寄進を勧請しているが一枚なんと30万円!京都の絵師に頼むとか。寄付が10万円くらい含まれているのかも。私なら一枚3000円で描いてあげるんだがな。
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下:神社奉納絵馬の定番、三十六歌仙もあるが、退色がひどく歌はほとんど読めない。三十六歌仙の奉納は江戸時代の流行のようだから相当古いものと思ってよさそうだ。
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落語の「二十四孝」

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現在トトロのとなりの門川町に住む。
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