臼杵 醸造元

臼杵は醤油製造がさかん。九州ではメジャーブランドのフンドーキンとフジジンがある。

八町大路のサーラ・デ・うすきの隣に・・・


古い商店がある。カニ印醤油である。そういえばこのブランドもよく聞くが、フンドーキンほどメジャーではないので3流の零細ブランドと思っていたが・・・


カニ印とはサルカニ合戦のカニではないのである。道理でカニ印のわりにはカニさんのマークではないわけだ。岐阜県可児市のカニの方に由来がある。会社のホームページの由来解説によれば・・・・

慶長の時代(江戸開廟前)、美濃藩主稲葉貞道が臼杵に移封される1年前、商人・医者・僧侶・農民等に変装した7人の武士達が臼杵の町に偵察に来ました。俗に言う稲葉の7人衆です。商人に変装した可兒孫右衛門は、一年後に殿様と一緒に來臼した次男と共に、臼杵市本町で1600年(慶長5年)味噌の製造業、「可兒醤油、屋号:かぎや」を興しました。以来城下町商人として手広く商いをし、稲葉藩に貢献して繁栄をもたらしたとして名字・帯刀を許されましたが、武士であった可兒孫右衛門は、商人になる為3年間牢獄に入ったと可兒家文書に記されています。 その後412年間、創業時と同じ場所で今も11・12代目が商いをしています。

つまり、臼杵では大手2社よりカニの方がはるかに伝統があるわけだ。(フンドーキンは1861年、フジジンは1883年創業)白壁が黒くなっているのは戦時中、防空のため軍の命令で塗装しためとか。

その隣にはフジジンの店が。アンテナショップらしい。


昔のポスターが貼ってあった。明治期のもの。


ここでしょうゆソフトクリームをいただいた。店番をする女性は昔、工場で出荷係をしていたという。土々呂駅前にあったフジジン代理店の泉商店を知っておられた。我家は泉商店の宅配するフジジンのミソ・醤油を長年愛用した。時代の変化で宅配制度が崩れ、泉商店もとうに廃業した。

清酒「一の井手」の蔵元・久家本店は創業1860年。「久家の大蔵」は施錠されていて見れなかった。



フンドーキンは最大手である。


創始者の小手川金次郎の金が社名やマークに取り入れられた。いわずと知れた作家・野上弥生子の実家である。
現在ではフンドーキン醤油と小手川酒造は別会社になっている。

左が野上弥生子生家、右が小手川酒造。


臼杵川の中州を占めるフンドーキンの工場。


工場の横にある事務所。古い建物のようだ。


その後ろにある事務棟。小学校の校舎を移築して使っているという。


フンドーキン工場と道路を隔てて中州の南端にある松島神社。これは船着場からの石段。


文化7年(1810年)の年銘のある狛犬。200年前。


松島神社から川を隔てて立派な寺が見える。大橋寺である。




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現在トトロのとなりの門川町に住む。
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