トンバン山と中秋の名月

夕方、庭先に出てみると台風一過の晴れた空に満月が出た。
写真にするとなんてことはないのであるが、つい写真にとりたくなるものだ。
「名月や池をめぐりて夜もすがら」と芭蕉は言ったが、長い間月を見るにはやや寒い今夜である。


月が出ている山は遠見山である。
土々呂に住んでいた子供の頃は「トンバン山」あるいは単に「トンバン」と呼んでいた。土々呂中の遠足で、中学校から徒歩で!!登ったことがある。当時は山火事の後で木はほとんど生えておらず、草原状態だったものだ。
遠見山のある「谷ノ山集落」は当時も行政区は門川町であったが学校区は延岡市の名水小学校と土々呂中学校であったから、いわばトンバン山は校区内にあったわけだ。

父が撮影したアルバムに50年以上前のトンバン山があった。父が私を連れて登山した時のもの。もちろん車のない時代だから、おそらく土々呂から庵川まで自転車で行き、麓から登ったものだろう。私は全然覚えていないが、写真が残っている。生粋の土々呂っ子で教員だった父も「トンバン」と記しているから「遠見山」という名称は知らなかったのではないだろうか。

下:トンバン山頂から南を望む。乙島や細島が見える。まだNTTのマイクロウェーブアンテナはないようだが、各種の細いアンテナは見える。現在は手前のピークにトイレや展望台が設置されている。(クリック拡大)


下:山頂に立つ幼い私。遠景は土々呂、延岡方面


下:山頂から土々呂湾と延岡方面を見る。愛宕山に作られた道路の法面の傷跡がまだ新しい。テレビ塔ができたころだろう。もちろん一ヶ岡団地や延岡新港はまだできてない。昔の写真に共通なのは山の森林がまだらで薄いことだ。貴重な写真だが、みなさん遠慮なくコピーしてかまいません。(クリック拡大)


下:庵川から見たトンバン山。今の唐船バエ近くの墓地あたりからではないだろうか。立派な石垣の家がある。


門川に引っ越してからはあまりトンバンという名前は聞かず、もっぱら「遠見山」と呼ばれているが、地元の人に聞くと昔は「トンバ」と呼んでいたそうである。
トンバンとはなんだったんだろう?と思っていたのであるが、どうやら遠見と同じ語源である。すなわち「遠見番所」から「遠見番」(トウミバン)になり、さらに転訛してトンバンになったのである。島浦にはちゃんと漢字で「遠見場山」があり、「トンバヤマ」と読む。

江戸時代、鎖国体制化で海上交通や外国船の監視のために幕府や各藩により、各所に遠見番所が設置されていた。あの山は日向灘を見張るには絶好の場所であるから番所があったものだろう。具体的に山のどこにあったのかは地元の人に聞いても判然としないのであるが。

遠見山は全国各所にあるが、トンバ、あるいはトンバンでググってみても島野浦しか出てこない。門川で出てこないところをみるとほとんど死語と化してネットと縁のない老人しか知らないからか。まぁ、このエントリで門川のトンバン山も検索に引っかかるようになったことは確かだ。

牧山あたりからビロウ島を望む。下に小さく保井ヶ浜(やすいがはま)が見える。
保井ヶ浜
保井ヶ浜 posted by (C)オトジマ

遠見山山頂から延岡方面を見る
遠見半島
遠見半島 posted by (C)オトジマ target=




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トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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