風立ちぬ 再論

※映画「風立ちぬ」のレビューは

上のポスターの元絵となったマンガ「風たちぬ」のひとコマ。堀辰雄の小説「風立ちぬ」の冒頭で、軽井沢の高原でヒロインが描いている油絵のイーゼルが風で倒れる場面がある。(モデルグラフィックスより)


ポスターを見ると「風立ちぬ」というタイトルと「いざ生きめやも」と小さく惹句、「堀越二郎と堀辰雄に敬意を表して」とある。戦前の天才的戦闘機設計者・堀越二郎の物語で、機能的で美しい飛行機にあこがれた堀越二郎へのオマージュとなるだろう。
自分自身少年時代からのヒコーキマニアである宮崎氏の趣味性と広く大衆を動員しなければならない興行とのかねあいが危惧されるところであるが、そこは宮崎さんのことだからうまいこと折り合いがついたのではないか。

ジブリ作品では毎昨、使用音楽が話題になる。今回は鈴木プロデューサーからユーミンの「飛行機雲」が使われることが示唆された。ユーミン作品は「魔女の宅急便」で「ルージュの伝言」「やさしさに包まれたなら」が極めて効果的に使われた。「飛行機雲」も含めどれも荒井由実時代の初期作品である。「飛行機雲」は高校生の頃の作というから、40年前。なんとなく悲しい曲ではあるが、意味は判然としない。死とか病気を示唆しているし、飛行機雲も出てくるから「風立ちぬ」にはふさわしいのかもしれない。私の娘は「エンディングでこの曲が流れたら絶対泣いてしまう」と言っている。なるほどね。最近のYoutubeでは本人歌唱のオリジナル曲が削除される傾向にあるからこのリンクもいつまで生きているかわからない。


「風立ちぬ」というと松田聖子の歌を思い出す人も多い。たぶん堀辰雄の小説からタイトルと高原のイメージを借りただけ。私は大好きな曲である。「秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」(藤原敏行)と重なって秋の到来を感じさせる曲である。しかし「風立ちぬ」という堀辰雄のつけたタイトルがまたポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』からの借用で、「風立ちぬ、いざ生きめやも」という句は詩の一節であり、堀の小説の冒頭に出てくる。それはともかく、詞・松本隆、曲・大瀧詠一の「風立ちぬ」は現在の多くの日本人には堀辰雄の小説よりはるかに馴染み深い。なんなら宮崎駿の「風立ちぬ」のオープニングに使われても私としてはウェルカムなくらいである。


モデルグラフィックスに連載された「風たちぬ」はほとんど戦前の日本の航空機開発のウンチクである。若き堀越二郎が限られた日本の工業技術水準の制約の中で悪戦苦闘する。イタリアの飛行機設計者カプロニが二郎の先生役で随所に登場する。宮崎氏は「紅の豚」でもおなじみなようにイタリアの飛行機が大好きなのだ。ヒコーキ趣味の宮崎氏としてはそれだけでも十分このマンガは成立したんだろうが、マンガの後半になって突如として女性が登場する。映画化を視野に入れたのかもしれない。

物語として膨らませるためにはロマンスが必要だ。そこで堀辰雄の「風立ちぬ」のシチュエーションを導入したのではないか。小説「風立ちぬ」は八ヶ岳山麓のサナトリウム「富士見高原病院」で療養する結核の女性と堀自身と思われる小説家との間の恋の物語。小説ではヒロインの名は「節子」であるが、宮崎版では「菜穂子」となっており、これは堀辰雄の別の小説「菜穂子」から取ってきたものと見える。

下:マンガ「風立ちぬ」(モデルグラフィックス)より。富士見高原病院は実在し、現在も営業しているが、昔の病棟はもうない。堀辰雄自身もここに入院していた。


堀辰雄の「風立ちぬ」には格別ストーリーらしいものはなく、結核病棟で徐々に弱っていくヒロインと小説家との交流が淡々と描かれる。宮崎版では主人公は名古屋の三菱で戦闘機の設計に忙しい中、たまたま休養に訪れた軽井沢でヒロイン菜穂子に出会い、恋に落ちる。その後彼女は高原病院に入院し、二郎は見舞いに行く。堀越は菜穂子に美しい飛行機を見せたいがために奮闘する。二郎の努力は九試単戦となって結実し、その後のゼロ戦へとつながる。

大型ラジコン模型で復活した九試単戦。 モデルグラフィックスより。


宮崎氏の「出発点」という随筆集を読むと、小説「風立ちぬ」の舞台となった八ヶ岳南麓が宮崎氏と関連あることがわかる。宮崎氏はジブリ設立以前、ヒマな時期があり、夏には夫人の実家が持つ八ヶ岳の別荘で過ごした。することもなく、テレビもない別荘で、宮崎氏は姪達が持ってきた少女雑誌「なかよし」しか読むものがなく、寝転がって読むうちにあの「コクリコ坂から」の映画化の構想を得たという。実際に実現したのはなんと30年後。「コクリコ坂」を監督した宮崎吾郎氏も少年時代にその別荘で同じマンガを読んでいたという。ということで、堀辰雄と八ヶ岳つながりで地縁がないことはない。実際、宮崎氏は別荘から遠からぬ富士見高原病院に見学に行ったことがあるとか。

八ヶ岳南麓。


八ヶ岳中腹の別荘地帯。数年前にドライブした時撮影。


さらに宮崎氏は堀辰雄のファンのようでマンガ中で「私は堀辰雄が好きだ」と言っているし、詩の引用もしている。マンガ「風立ちぬ」には堀越二郎が本郷で小説家となった堀辰雄と会食する場面がある。実際に両者は一歳ちがいで学部は違えど東大で同時期を過ごしている。ただし本当に交流があったのかどうかは知らない。宮崎氏の創作ではないだろうか。

下:堀越二郎が本郷のレストラン「ペリカン」で堀辰雄と会う場面。堀は犬、二郎はブタ。


「風立ちぬ」という堀辰雄の小説から借りたタイトルからも推察できるように、二郎の恋人菜穂子は結核で死ぬことになる。昔は結核は死の病だった。マンガも二郎が九試単戦を完成したところで終わる。我々からすると、その後堀越二郎は名機ゼロ戦をはじめとした幾多の戦闘機の開発、戦後はYS-11の開発に携わることになるわけだからそこらも見たいところであるが、戦争物にはしたくない、というのが宮崎氏の本意だろう。

2013年7月の映画「風立ちぬ」レビューはコチラ

一昨年の関連エントリはコチラ。重複した記事もあるが、参照して欲しい。


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What a surprise!

I visited this entry for reading something about movie, but I found a song which I haven't listened to it for a long-long time.
I was too young to know what name & who sang this song, at that time. Finally, I got it! It's Kaze tachinu - Seiko Matsuda.
You made me very happy, thanks. :)

To Durianguan

You knew Seiko's "Kaze Tachinu", right? It's an old song, about 30 years ago. It has no relation with Miyazaki's movie "Kaze tachinu". Its lyric says like this--"Autumn has come to the highland.I said goodbye to him,I still love him though---" For your information,in the movie "Kaze tachinu", one of a main character says---"Love shortly ends in a summer resort"----. Seiko's song tells similar situation.
When September comes, we Japanese feel a kind of melancholy. Maybe tropical people can't understand such feeling. So this song always makes me sentimental.----松田聖子,風立ちぬ----
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トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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