観世音寺の碾磑

観世音寺の境内に大きな石臼があって、「碾磑」(てんがい)と立て札があった。九博のついでにたまたま訪れた観世音寺であったが、この碾磑というワードにピンと記憶がよみがえった。聞きなれない言葉であるが、石臼のことである。三輪茂雄氏の本(「粉の文化史」-新潮選書)でこの石臼のことを読んだことがある。こんな所にあったとは。
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P2256164 posted by (C)オトジマ

写真下:この石臼を調査に来た三輪茂雄(中央)・森浩一(左)両同志社大学教授。クレーンで上石を持ち上げて内部を調査した。表面は1000年以上の年月に風化しているが、摺動面の泥を洗い流すと素晴らしい8分画10溝の臼の目が現れた、という。三輪氏によれば、大変精密な加工がされた高度な技術のものだという。

写真ではわかりづらいがかなり大きな石臼である。三輪氏のホームページから引用すると・・・・・・
---その石臼は直径1.03メートル、上臼高さ21センチメートル、下臼高さ28センチメートル、重量は上下それぞれ推定約400キログラムという巨大なもの----

400kgもある石を人力でまわすのは困難で、三輪教授は畜力を利用したのではないか、と推察している。
江戸時代、貝原益軒は『筑前国続風土記』の中で、この碾磑が観世音寺造営の折に朱を挽いたもの、という見解を記している。すなわち水銀の鉱石の粉砕に用いられたということ。たくさんの堂宇が立ち並ぶ壮大な伽藍の造営に大量の水銀が必要だったのは間違いない。
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P2256157-e posted by (C)オトジマ

この観世音寺碾磑についての三輪教授の解説はコチラで詳しく読める。前述の書「粉の文化史」の観世音寺碾磑の項と全く同じ内容である。


今から20年以上前か? NHK教育テレビで三輪茂雄氏の「粉の文化史」というシリーズがあった。三輪氏(同志社大教授)が粉に関するアレコレのウンチクを語るものである。これがメチャクチャに面白かった記憶がある。最近、上記の氏の著作「粉の文化史」を買って読んでみたが、内容的にはほぼ同じようだ。出版年もおよそ25年前だからテレビ放送と同じ時期のようだ。

下:延岡、内藤記念館にある巨大な石臼。何に使ったものか?豆や小麦をひくには巨大すぎる。やはり鉱石か?なにも解説はなく、放置されているのでわからない。
内藤記念館
内藤記念館 posted by (C)オトジマ

粉は人類の農耕の歴史とともにある。米の場合にはそのままでとても食べやすいが、小麦の場合には必ず粉にしなければならない。そこで石臼が発展することになる。昔はどこの家庭にもあったあの石臼である。ひき臼ともいい、英語ではロータリーカーンという。日本では餅つきの搗き臼と同じくウスと呼ばれて紛らわしいが、まったく別物である。私の住む東臼杵郡という地名には臼と杵がセットで入っているがこれは搗き臼。ひき臼にはキネは必要ない。

このひき臼の模様が世界共通だという。決して偶然ではない。これはどこか地中海沿岸で発明されたロータリーカーンが世界中に伝播したことを示す。だから他の文明と隔絶していたアメリカ大陸のインカとかサハラ以南のアフリカなどにはこれがなく、サドルカーンという、ロータリーカーンの前段階のものしかないそうだ。サドルカーンというのは単に平たい石の上で別の石を動かし穀物をひき潰すだけ。サドルカーンからロータリーカーンへの進歩には巨大な技術的飛躍があるという。どこで誰が発明したのかはわからない。

サドルカーンの例--ウィキペディアより---


三輪教授のサイトから引用した臼の目のパターン

臼の目のパターンは世界共通で紀元前にはすでに世界各地に広まったという。車輪の発明と同じようなもの。日本にははるかにおくれて伝播した。それが観世音寺の碾磑である。日本では庶民が使うように広まったのはそれからまた1000年あとの江戸時代のことらしい。

上のように全体が6分画されたものと8文画されたものがある。日本では地域性があるという。上の内藤記念館の臼は8文画である。回し方は反時計回りで世界共通だという。多数派である右利きの人には右側で押した方がラクだからである。ネジが右ネジになっているのと同じようなもの。

三輪先生のウスに関する話は興味が尽きない。三輪先生は残念ながらすでに亡くなっているが、彼のホームページは後進の研究者のために残されているので、彼の研究の一端をうかがう事ができる。興味ある方はコチラへ

搗き臼もひき臼も重たくておいそれと移動できないので、古い家では庭先とか納屋に放置されていることがままある。私の家でも父がひき臼を何組か組み合わせてセメントで固めて庭のオブジェにしていた。30年前に家を壊した時に廃材と一緒に業者がどこかに廃棄してしまったものだろう。搗き臼は姉の家で水盤になって金魚が泳いでいる。

これは義兄宅の庭の搗き臼。植木鉢になっている。
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P4142119 posted by (C)オトジマ

どこにでもありふれたひき臼であったが、子供の頃にだれかがひいているのを見たことはあるが、私自身は使ったことはない。やはり食品を粉砕する道具であるすり鉢すら使ったことがない。現代人には縁遠くなった道具である。「轢く」という作業はコーヒーミルくらいしか思い浮かばない。

国東半島の瑠璃光寺にはおびただしい数のひき臼や搗き臼がある。重いのと場所をとるので、一般人にはマネできないコレクションである。檀家が不要でジャマな石臼を寄進したものか。臼マニアには垂涎の寺。臼マニアがいればの話であるが・・・
瑠璃光寺
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P4081933
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Author:トトロのとなり
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