蒲江

高速の北浦-蒲江間が開通して県境の向こうの蒲江が身近になった。また蒲江地域では国道388号の改良であいついでトンネルが開通し、いくつもの浦々が短絡された。去年2度ほど行っているが、あらためて高速経由で行ってみた。タダなので気楽だ。

国道からはずれた蒲江浦地区。本来の蒲江の中心部。大きな蒲江湾のなかにさらに小さな入り江がある。

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正面の建物が旧役場。現佐伯市蒲江振興局
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蒲江 posted by (C)オトジマ

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旧役場前。深島、屋形島へのフェリー乗り場。小さな待合室がある。
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細い路地のさびれた商店街。
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寂れているが、この雰囲気は好きだ。同じような漁師町の呼子の町に似ている。呼子はいまやB級グルメの町で大賑わいであるから、真似できるかも。その時にはこの古い商店は核となれる。壊すなよ!!
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商店街を離れると、迷路のように古い路地が入り組んでいる。車のない時代に成立した街区。火事の時には大変だ。門川の尾末も30年前まではこんなだったものだ。
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その奥に古い塀で囲まれた立派なお屋敷が・・・・
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御手洗家である。
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御手洗家は古くから蒲江の大庄屋を務めた旧家である。
今では日本財界の巨頭、キヤノン社長を務めた御手洗富士夫氏の実家として有名である。
現在では医業を営んでいる。キャノンの初代社長、御手洗毅氏も一族で、産婦人科医のかたわら社長を務めたという。御手洗富士夫氏は第6代・8代社長で、御手洗毅氏の甥にあたる。

蒲江浦にある現御手洗病院
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近所の御手洗産婦人科は御手洗病院院長の弟さんの経営
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小学校のころ、同じ学年に御手洗という姓の生徒が転校してきた。ナニ?おてあらい?? え? ミタライって読むの?イジラれそうな変わった苗字だ。しかし、これがなかなか由緒ある氏族らしい。蒲江の御手洗氏は瀬戸内水軍清原氏が起源という。
先日テレビで瀬戸内海の大崎下島(呉市)の御手洗集落という古い街並が紹介されたが、この地名も御手洗一族に由来するとか。

御手洗の街並(ウィキペディアより)


大崎下島の御手洗についてはコチラ

蒲江の御手洗一族の歴史については御手洗病院院長の御手洗東洋氏が本にしておられる。コチラ






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優劣はつけないほうがいいのだが

「蒲江はいいなぁ」と思わせるレポートありがとうございました。
しかし本当に良いところなのだろうか?
地元門川や、土々呂よりイイ感じなのだろうか?
よそに行くとよそがよく見えることが多々あるが、それだろうか? トトロのとなり氏の文章力なのであろうか?
気になるところです。

ミワ君へ

私にとって「いいところ」とは単純に古きよき時代、ノスタルジーを喚起させてくれるところ。蒲江にはわずかにその名残がありました。北浦の宮野浦に似ています。浦城から蒲江にかけてのリアス海岸はどこも同じような浦々の連続ですし、一般に漁師町はキタナイですから、特に蒲江がいいところとは思いませんが、単に県境の向こうで私にとって新鮮なだけ。土々呂・赤水もいいところですが、子どものころから慣れ親しんだ場所だけに客観的に見れません。開発で醜くなったところだけが目に付きます。実は私の心の理想郷は高度経済成長以前の土々呂なのですが、たぶん単なるノスタルジーと美化された過去の記憶にすぎないのでしょう。ミワ君と私は10歳しか違わないでしょうが、私は一ヶ岡が一面の水田で、夜は真っ暗な中に蛍が乱舞していたのを記憶しているんです!
プロフィール

トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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