延岡~上椎葉間の長距離索道

前回書いた、「上椎葉ダム建設記録」映画で私が見たかったのは資材運搬のための索道である。以前に当ブログでその索道のことを書いたことがあり、DVDを貸して下さった黒木さんも当初「索道の映像がありますよ」と連絡を下さった。

諸塚に住んでいた私の義父や義兄に聞くと、確かに昔、索道が諸塚を通っていた、とその記憶を語る。メンテナンスのための油さしの職人がバケットに乗っていた、とか途中の中継所で積載している資材をこっそり中抜きする輩がいた、とかエピソードを聞いた事がある。

下の地図は戦後間もなく米軍が日本統治のために作成した地図で、いまは失われた軽便鉄道や森林鉄道が記載されていることで、鉄道好きに知られているものである。しかしこれには索道は載ってない。そこで私が勝手に推測したルート図を記入してみた。送電線と同じで極力最短コースを通ったのではないだろうか。
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この索道は南延岡から上椎葉まで延々60kmにも及ぶ長大な索道である。現在からするとほとんど想像を絶するくらいのスケールである。しかし、延岡図書館でいろいろと郷土資料を調べたが、索道の存在はチラッと述べられてはいるが、詳細や写真がなかなかない。諸塚村史にごく小さな写真が一枚あるだけであった。たぶん九電の社史とか建設記録には書いてあるんだろうな、とは思っていたがそのまま放置していたのである。

期待して「上椎葉ダム建設記録」を見てみると、たしかに南延岡駅の索道の出発点の様子や、途中の山の上をバケットが動く様子が見られる。しかし残念ながら索道が見られるのは40分の映画中でわずかに20秒くらいか。しかし、貴重な動画である。索道に興味ある方(多分めったにいないだろうが)のためにそこだけ抜粋してみた。


以下はスクリーンショットである。日豊線南延岡駅に設けられたセメント倉庫
上椎葉ダム建設記録 その4.wmv_000412012

上の倉庫跡地は現在興電社の社屋となっている。
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P2123291 posted by (C)オトジマ

ダム本体だけで10万トンのセメントが必要だった。当時の道路事情だとトラック輸送の方が高くついたのだろう。
上椎葉ダム建設記録 その4.wmv_000418084


コンベアでセメント袋が運ばれる
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バケットに積み込む。一台に7袋積んだと言っている。1袋30kgとすると約200kg。10万トンを運ぶためには50万台分という途方もない量である。
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女性も働いている。
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上椎葉まで8時間の旅の始まり。秒速2mだから時速7.2km。走るくらいだ。60kmをおよそ8時間くらいか。
上椎葉ダム建設記録 その4.wmv_000448848

向こうの山は愛宕山だろう。バケット間隔は40秒だから80mということになる。概算すると、延岡~椎葉間に片道で750個、往復で1500個ぶら下がっているいることになる。
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同じ場所の現在。今のトップバリューあたり。
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P2123293 posted by (C)オトジマ

山の中をすすむバケット。ラインは片道1本しか見えない。
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はるか高い鉄塔の上に架線とバケットが見える。これは椎葉だろうと思われる。この1本の鉄塔を見ただけでもすごい施設だということがわかる。
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椎葉側の端末。
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この映画のナレーションでは「耳川索道」と言っている。戦前に塚原ダムが作られたときに既に延岡からの索道は張られていた。harbyさんの指摘ではケーブルは塚原で一端途切れていたらしい。その延長として塚原~椎葉間を新設したのだろう。塚原ダムの着工は1935年で上椎葉ダム着工の15年前である。塚原ダムも当時としては日本最大級で、国際的にも最新技術で施工されたもので、土木業界では有名な歴史的ダムだそうだ。その時にはセメントや砂、鉄筋はもとより、食料なども40kmも離れた延岡から索道で運んだ、とコチラに記載がある。当然、今の緑ヶ丘あたりの長浜の砂だったのではないだろうか。しかし、上椎葉ダムの時には、現場に骨材工場を設置して砂から大粒の砂利まで最新の機械で製造している。

子供の頃、自分で索道を作って遊んでいたものである。子供の頃の憧れは年を取っても消えることはない。耳川索道をリアルタイムで見たかったなぁ・・・・
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コチラには現在も稼働中の茨城県のセメント工場の索道の動画がある。延長4kmくらいらしいから耳川索道に比べたらごく短い。



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懐かしい建物・・・

2枚目の写真、懐かしい建物の写真を拝見しました。
この建物は上椎葉ダムが完成して8年後の昭和38年に現在、この場所で営業しているk社が土地、建物をそのまま引き継いで現在も工場として利用しています。今、この線路右側はダイソーの駐車場になっていますがここから見る工場の建物はこの写真の倉庫をそのまま改築したものです。この建物の向こう側、現在は会社の駐車場とか宗教施設になっている場所に昭和50年前後までは索道の鉄塔や引き留め台などの基礎がたくさん残っていました。
九電社員で索道の油差しをしていた人の話では諸塚(宇納間?)に中継所があったという事で上椎葉までずっと繫がっていたのではないとも聞いた気がします。
私の少年時代、旧10号線の愛宕町には旭化成火力発電所の石炭ガラを愛宕山に捨てる索道(サルギカイと呼んでいました)、平原町にはこの九州電力の索道があり道路上には危険防止の金網が張ってありました。
懐かしさでコメントが長くなってしまいました、申し訳ありません。

harbyさんへ

ヘエーッ!私も年配の方なら稼働中を記憶しているはずだ、と思います。80代なら記憶は鮮明なはず。その割にはあまり話題になってないような。とかく産業遺産というものは消えてしまいやすいですね。harbyさんは電気関連のお仕事をしてらっしゃったと思いますので、索道関連の情報にもアクセスしやすいんじゃないですか?先輩達が死んでしまう前に思い出話を聞いておくといいかもしれませんよ。あの倉庫が残っているとは知りませんでした。今度通りかかったら見てみようと思います。

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