地理院地図からみる索道

2月9日付ポストで南延岡~椎葉間の索道について書いた。コチラ参照。

上椎葉ダム建設記録 その4.wmv_000452118

国土地理院の旧版地図を買って調べると、その索道が記載された版があるのを見つけた。

せっかく調べたので年代純に並べる。すべて愛宕山南麓を中心にしてある。

まず、明治37年(1904年)の地図。日露戦争の年である。もちろんこの地図には索道は載ってない。それどころか、送電線も日豊線もない。ほとんど江戸時代そのままなのに、地図だけはえらく精緻で近代的である。
愛宕 明治37s

次に、昭和7年頃(1932年)と思われる版。まだ索道はないが、送電線はいくつも見られる。日豊線もできた。日本窒素工場もできている。雷管工場はまだない。諸塚の塚原ダムのために索道が架設されたのはこの後だろう。
愛宕1930ss

昭和30年(1955年)。ここで愛宕山南麓を東西に一直線に横切る索道が現れる。上椎葉ダムの完成が昭和30年である。索道の始点は構口である。索道は送電線と同様に山があろうが谷があろうが直線である。この地図には向洋高校、雷管工場がみてとれる。緑ヶ丘の競馬場がまだある。現在のウルスラ学園の敷地である。浜川が幅広くのたくっている。
愛宕 昭和30-2s

地図では索道と送電線はちょっと見には見分けづらい。虫眼鏡でよーーく見ると下のような違いがある。

索道s

これは平成3年(1991年) 愛宕山南麓にあるのは送電線。索道と似たルートだが、微妙に異なる。若葉・片田の団地が現れ、10号線バイパスができ、激変している。
愛宕 平成s70

Youtubeにアップロードした動画を再録


ちなみに、地理院の旧版地図はコチラで検索して謄本を購入することができる。白黒コピーで500円である。実は5万分の1ではなく、25000分の1が欲しいのであるが、残念ながら、明治時代、大正時代の延岡は5万分の1しかない。

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地図は面白いですね

今朝からこのブログを何回も開いて地図を眺めました。
私はブログの記事を書くのに国土地理院の地図閲覧サービスを利用していますが見ているだけで本当に楽しいです。

今日掲載されている地図では送電線のルートが時代によって変わっていますが九電と旭化成が旧一ツ瀬発電所と星山発電所を交換した事や恒富変電所が出来た事でルートが変わったなど想像しながら楽しませてもらいました。
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トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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