夏井の火葬場

黒木泰則さん所蔵の写真の中に珍しい写真があった。
夏井の火葬場である。現在の塩浜町公民館近辺にあった。煙突がある。ケムリが出ている時には人が焼かれている。
45塩浜火葬場
45塩浜火葬場 posted by (C)オトジマ

戦後の地図には火葬場の記載がある。緑ヶ丘(現ウルスラ学園)には競馬場がある。
火葬場S
火葬場S posted by (C)オトジマ

私は子供の頃(昭和36年頃)、祖母の火葬で夏井の火葬場に行った記憶がある。当時は薪で焼き、一晩かかったので、骨拾いは翌日に再度行った。火葬場の係員をオンボと呼んでいた頃で、オンボに酒を一升持って行ったような記憶があるが、子供だったから記憶がオボロである。

葬祭場にはたびたび行く事があっても、火葬場となると肉親しか行かないもので、夏井には一度しか行ってない。その後、火葬場は浦城越えの峠に移転した。そこには父母と伯父で都合3度行った。でもさすがに火葬場で写真は撮っていない。下の写真は先日撮ったもの。

火葬場は平成24年に熊野江に移転したので、浦城トンネル入り口の旧火葬場は現在、廃墟となっている。
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P3161217 posted by (C)オトジマ

久しぶりに見ると、あれ?こんなんだっけ? というくらい小さくて質素だ。
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P3161218 posted by (C)オトジマ

その後で熊野江の新火葬場に行くと、あまりにも立派なことに驚く。火葬炉が8基もあり、焼却時間も大幅に短縮されたので、1日14件の処理ができる。高齢化時代の火葬急増に対応できるわけである。
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P3161219 posted by (C)オトジマ

夏井から浦城、そして熊野江と延岡の火葬場が豪華になっていく過程はこの半世紀の世の動きに連動している。
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P3161220 posted by (C)オトジマ

運営は南日本環境センターに委託されている。注意書きに「係員は公務員、あるいは公務員に準ずるものなので決して金品を渡してはいけません」と書いてある。オンボの時代の風習をもち込む人もいるのかも。
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P3161221 posted by (C)オトジマ

ここでは葬儀もできるらしい。安く簡素に上げたい向きは検討すべき。施設はそこらの安っぽい斎場よりはよっぽど豪華である。火葬場隣接だからとても便利でスピーディ。私ならそうする。しかし、市外の人は高い!!

コチラに『いのちの杜』ホームページがある。


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No title

焼く際に記念に写真を撮ろうとしたら、怒られました。

公僕で無く大阪から来ているとか
人骨はリン酸をタップリ含んでいるから、蘭にいいとか

明るく近代的になった火葬場だけど
やはりモロモロあるんだなぁと感じましたよ

ミワ君へ

へぇ、あそこに行ったんですね。私は行く機会に恵まれません。ん?恵まれないのはいいことなのかな? さすがに骨拾いの写真は私も撮ったことないです。納棺の写真は撮ってますが、やはり後日見たくなくて、思わず目をそむけます。肉親の死体なんか写真に撮るものではないですね。

散骨

遺骨は骨壺に入るだけが埋葬法では
遺骨として認められています。残った骨は塵として火葬場裏の集積所に集められ、県内9ケ所ある火葬場の遺骨を集める業者が入札で落札、何処かへ持って行って処理しています。何処はわかっていますが言えません。
残った骨を持って帰る事は可能です。ただし、散骨する場合は細かく砕いてからでないといけません。ただ持って帰る場合は金バケツ等でないと熱くてポリバケツは溶けます。
副葬品は今ダイオキシンの関係で規制が厳しくなっています。故人が身に付けていた金のネックレスや時計等をいれられる方がいますが、金は
後で回収されますので、後で骨壺に入れて墓に納骨した方が故人も喜ぶと思います。ダイヤは炭化します。また、遺体に握らせる三途の川の渡し賃の硬貨は、家火事の時の扱いと同じで銀行で換金出来ます。つまり
火葬場の集積所は宝の山なのです。
故人の意思を尊重する為にも残った骨は散骨が良いと思います。

No title

福岡にいる時は知りませんでしたが

この辺りでは 数年前までオンボさんに酒を持って行ってましたよ〜

いまは 高田の火葬場も近代的になったのですが

仏さんに対する気持ちまで、機械的になったよ〜な気がします

黒木さんへ

なるほど、骨に関するウンチクですね。そういえば、骨を拾うけれどもごく一部しか持ち帰りませんよね。考えてみれば骨はその後誰も見ない墓石の下の格納庫にあるだけですから、ほんの少しあればいいんですよね。あの骨壷は大きすぎます。私はアリナミンの瓶くらいの小さなのにします。散骨もいいですね。なまじ骨が残ると遺族がやり場に困りますから。そろそろ自分の葬儀についても事前にプランを練っておくような齢になってきました。

daijyo様へ

これはこれは和尚様、はるか雲上界からコメントありがとうございます。
私のオボロな記憶では昔のオンボは墨染めを着てたような気がします。現在の火葬場の係員は葬儀屋みたいに黒い礼服か、市職員みたいな作業服なのでお酒をあげてもいいような雰囲気はないですね。高田のオンボはどんな格好をしてたんでしょうね。

夏井

夏井には父と祖母の葬儀で二度行きました。
その時は酒を持っていったのを思い出しました。
父の葬儀は昭和43年でしたが火葬場にはちょっと変わったお坊さんがいました、詳しくは書けませんが・・・あの頃は有名でした。

数年前、義弟の葬儀で東京に行きましたがお通夜は夜9時で終了、その後、電気が消されて朝までは家族も入ることが出来ませんでした。葬儀後はマイクロバスで東京都内の火葬場に行きましたが数階建ての建物にたくさんの部屋(焼き場)があり火葬中は割り当てられた部屋で待機、2時間後にお骨を拾って葬儀場まで帰って終了でした。
流れ作業のごとく終わってしまい田舎の葬儀とはまったく違う都会の式に驚いた次第でした。

harbyさんへ

昭和43年というとまだ夏井の頃なんですね。ネット上で「夏井 火葬場」で検索すると私の記事と写真しか出ません。さすがに皆さん、火葬場では記念写真を撮ってないんでしょうね。今後、団塊の世代が死んでいくと、葬式が急増します。火葬もいよいよ工場並みの大量生産になるでしょうね。昔見た「ソイレントグリーン」という近未来SF映画では大量の死体をオートメーション処理で食品に加工してましたけど、それを思い出します。
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トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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