別府 救世主教

2週間前に行った別府に、また行く用事があったので街をうろついてみた。

以前にも書いたことがあるが、私の亡母は昔「救世主教」という新興宗教に凝っていた。
調べてみると、MOA美術館で有名な「世界救世教」の分派である。世界救世教の教祖・岡田茂吉自体が「大本教」から分派して教団を作っている。岡田没後に世界救世教から分派し、牧喜之助が教祖として救世主教を旗揚げした。この手の神道系・「手かざし」系の新興宗教は分派に分派を重ねて訳がわからないように込み入っている。「世界真光」「崇教真光」などもこの系列。宗教とは信徒になんかなるよりも、教祖になった方が御利益があるようだ。

さて、その救世主教は別府に本山があった。昭和30年代、幼かった私はよく母に連れられて別府の本山に参った。
小さな子供には宗教儀式は退屈であったが、行き帰りに汽車に乗れること、たまにラクテンチや近鉄デパートに連れて行ってもらえることなど楽しくもあった。あのころ飽きずに眺めた日豊線の車窓風景が私の郷愁の原風景となっている。

なにせ小さい頃だから場所は覚えてないので、ネットで調べると、救世主教関連施設が別府市荘園町あたりにある。ナビをたよりにウロウロしているとこんな看板が。鶴見町である。
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P3231483 posted by (C)オトジマ

細い道を入っていくとたしかに見覚えのある紋所があった。救世主教六山荘である。
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P3231477 posted by (C)オトジマ

清掃奉仕をしていた信徒の方に許可を得て中に入る。内側には梅鉢の紋。しかし、私の記憶にある本山の建物はかなり大きかった。内部には千人くらい座れるタタミの大広間があったような気がするのでここではない。
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P3231479 posted by (C)オトジマ

しかし、これには見覚えがある。
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P3231478 posted by (C)オトジマ

墳墓である。教祖牧喜之助の墓。太古の古墳と同じく、丸い葺石で覆われた円墳である。明治天皇の墓もほとんどこれと同じ。ともかくも手を合わせてお参りした。
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P3231481 posted by (C)オトジマ

横にこんな墓碑が。しかし名前も生い立ちも経歴もなく、「主観様」をたたえる言葉。牧は昭和37年に亡くなっている。私は生きた「主観様」もじかに見てるし、できた直後のこの墓も見ている。50年前のことである。
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P3231480 posted by (C)オトジマ

敷地内ではあちこちで信徒の方々が静かに清掃や整備の奉仕活動をされていた。うかがってみると、私が思っていた大きな建物はここではなく、別の場所にある「救世殿」というものらしい。

またナビをたよりにウロウロすると1kmほど離れたところにらしきものがありました。これが救世殿。そう古くはない。
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P3231502 posted by (C)オトジマ

こんな通りにある。この坂道とサクラ並木にはオボロな記憶がある。昔は道路は舗装されておらず周囲はこんなに建て込んでなかった。
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P3231506 posted by (C)オトジマ

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P3231508 posted by (C)オトジマ

紋所は元祖の世界救世教とほぼ同じである。
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P3231504 posted by (C)オトジマ

幼い私がお参りしていたのはここだったのか? なんだか石垣が新しい。
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P3231505 posted by (C)オトジマ

大通りから路地に入ると、こんなお屋敷がある。
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P3231509 posted by (C)オトジマ

ここの生垣は古そうだ。50年は経ってそうだ。
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P3231511 posted by (C)オトジマ

おなじみの紋所。
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P3231512 posted by (C)オトジマ

門から中を覗くと。ここを見ても記憶がよみがえらない。地図を見ると、ややこしいことにここも「六山荘」なのである。グーグルマップで航空写真を見ると広い敷地に多くの建物があるが、あの巨大な大広間の建物は見当たらないような気がする。私が子供だったから大きく見えただけかもしれない。
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P3231513 posted by (C)オトジマ

これも六山荘の塀である。
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P3231516 posted by (C)オトジマ

閑静な高級住宅地である。
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P3231518 posted by (C)オトジマ

鮮やかに記憶がよみがえる・・・という体験はなかったが、なるほど、こんなところだったか、と確認できただけでもよかった。奉仕作業の信徒の方には「お母さんが信徒さんだったんだから、是非あなたもいっしょにやりましょうよ」とお誘いを受けたが、子供の頃、さんざん宗教漬けにされたからか、長じてからは宗教は敬遠している。しんと静まり返ったこの本山を見ると、50年前に門前で入場を待つ長大な信徒の行列や大広間の人いきれがウソのようである。新興宗教の寿命も永遠ではない。

これは救世主教本部から程近い東荘園にある佛所護念会大分地方教会。新しく立派で大勢の人が来ている。
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P3231528 posted by (C)オトジマ

佛所護念会青年会館。これも立派な建物。いかにも今、活気ありそうな宗教である。
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P3231530 posted by (C)オトジマ

大型バスがいっぱい停まっていて、動員力がうかがわれる。佛所護念会は日蓮宗系列の新興宗教。立正佼成会・創価学会・霊友会など日蓮宗系列の新興宗教も多い。佛所護念会は霊友会から分派。
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P3233579 posted by (C)オトジマ

さっき、ウィキペディアで世界救世教を調べていたら、かの教団の教義の中に「医薬品は益より害が多い」というのがあったそうだ。なんでも「手かざし」で治癒できるという教義である。救世主教も似たような教義だったのだろう、子供の頃、我家にはクスリというものがいっさいなかったし、医者にも行った事がない。私は子供の頃アリナミンやベンザどころか正露丸もオロナインもクスリというものを飲んだことがないし、怪我しても赤チンキもつけたことがなかった。唯一飲んだのは中学生の頃、重症の蕁麻疹になり薬店で売薬を買って来て飲んだだけ。さしものクスリぎらいの母が心配して私を買いにやらせた。その後もまったく病気しないので現在にいたるまでクスリや医者に縁がない。今やっとその「クスリぎらい」の遠因が世界救世教にあったことを知ったのである。

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山田さんへ

今でも延岡の市役所裏の通りに世界救世教の教会がありますが、それがかの救世主教と連続するものなのかよく知りません。そこに行っていたという記憶もありません。母は教会へは行かず、近所の信者仲間と勤行会みたいなことをしてました。母はその後、成長の家に転向しましたし、救世主教とは50年以上縁がないので単なる遠い記憶でしかありません。宗教には興味はありませんが、懸念するのはエホバの証人などキリスト教系根本主義の跋扈です。

新宗教・・・

大本教は、いろんな新宗教の元祖である事を5年くらい前の雑誌『週刊東洋経済』の『新宗教特集』で勉強しました(笑)

ウチは新宗教にハマる余裕がないので縁がありません(笑)
自分で宗教を興した方が儲かりますよね(笑)

らじさんへ

確かに忙しいと宗教にはまっているヒマはないですね。かつて某新興宗教じは「貧病争」に寄ってくる、といわれたものです。そして一般に女性が新興宗教にはまりますね。不思議なことに教祖はたいがい絶倫男ですけど。宗教は自分でやれば儲かりますよ。仮に信者1万人いれば、お布施とグッズや本の販売で笑いが止まらないでしょう。

教祖さま

おっしゃる通りですね。(笑)
残念ながら僕は絶倫男ではないので、教祖さまにはなれそうもありません(笑)
妻が新宗教にハマってしまう事の無いよう、せいぜい気を付けます。
プロフィール

トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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