周防大島 陸奥公園

夜10時頃、周防大島東端の伊保田港でフェリーを降りて、すぐ近所にある陸奥野営場へ。

周防大島sL

人けのないさびしいキャンプ場を想像していたら、テントがズラリとならんで大盛況だった。広島ナンバーが多い。そういえば広島から近いし、広島は人口100万の大都市だから連休にキャンパーが押し寄せても不思議はない。テントサイトは使わずに駐車場で車中泊。ワゴンRのシートを倒してベニヤ板を敷くと安眠できる快適空間ができる。

朝の様子。
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P9142040 posted by (C)オトジマ

キャンプ場の一角に自衛隊の対潜哨戒飛行艇 PS-1 が置いてある。樹木が多くて全貌をいっぺんに写真に収めるのは難しい。
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P9142035 posted by (C)オトジマ

雨ざらし日ざらしであまりキレイではない。4発機だからかなり大きい。ここでは飛行機にさわり放題。バンバンたたいてみた。飛行艇の細部が見れるので興味深い。
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P9142036 posted by (C)オトジマ

なぜ陸奥野営場というかというと陸奥記念館があるからである。
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陸奥とは遠くはなれた周防の国になぜ陸奥? たぶん我々の世代までは戦艦陸奥はお馴染みの船である。現代の人は戦艦というと反射的に大和、と思い浮かべるだろうが大戦中までは陸奥こそが帝国海軍を代表する戦艦だった。同形艦に長門がある。大和・武蔵の完成は戦時中で秘密兵器だった。陸奥は排水量32,720トン、40cm主砲8門を持つ巨艦であったが、大戦中の昭和18年、一度も戦うことなく火薬庫の爆発でこの記念館のすぐ近くで沈没した。死者1121名を数える大惨事となったが、国民の士気を損じるとしてこの事故は戦後まで秘匿された。最近防衛大や自衛艦内のイジメが話題になっているが、戦前はそれがはなはだしく、イジメにあった水兵が火薬庫に火を放ち、艦もろとも自爆した、という説もある。詳しくはウィキペディアなどを参照して欲しい。
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向こうに見える島が柱島。海軍の泊地があり陸奥はそこで沈んだ。
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P9142042 posted by (C)オトジマ

朝、開館まで待てなかったので記念館は見なかった。近くの丘に残骸が展示してあった。スクリューはまだピカピカしている。
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副砲。
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艦首、舳先の一部。
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砲塔の付け根の分厚い鉄板は爆発の衝撃からかグニャリと曲がっている。
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美しい瀬戸内海
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島の北岸沿いに国道437号が走る。景色がキレイだし曲線改良が進んで快適なドライブコース。湾ごとに古い集落があるが、国道はたいてい集落の海側をバイパスしている。その集落内を通る旧道に回るとどの集落も古い家屋がよく残っている。古民家の宝庫みたいな島である。
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郵便局跡。
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周防大島には周防大島八十八ヶ所霊場巡りがある。総行程160kmくらいで一日30km歩けば5日くらいで回れるのではないか。景色は抜群にいいので楽しそうだ。四国は1000kmあるから相当な覚悟が必要だがここならラクかな。
コチラに歩いた人のレポートがある。この方は例によって登山趣味の方で中国地方の山の権威のようだ。
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札所のひとつ、67番西方寺。
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廃屋も多い。
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美しい瀬戸内海に見とれるが、黄色いガードレールはいただけない。山口県はどういうわけかこの黄色い悪趣味なガードレールで全県を彩っているのである。ダサイことに早く気づけよ。
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P9142075 posted by (C)オトジマ

道の駅サザンセトとうわはたぶん大島観光の中心。この島にドライブで来た車は取りあえずは寄るはず。

この道の駅に隣接して「服部屋敷」がある。服部家は幕末の在郷士族で農業のほか酒屋、網元、廻漕業など手広く行い、名主・村長職などを務めた名家。屋敷は明治18年に建築され、平成6年現在の地に移築復元された。いろいろと凝った造作のある屋敷らしいし、入場無料なので是非見てみたい。

ところがである。道の駅の案内所できくと、近年来訪者が少なくなってほぼ常時閉館状態らしい。事前に予約があれば役場から人が来て見せてくれなくもないらしいが、その日は日曜だったから無理。やむなく外から周囲を歩いただけ。

屋敷の周囲は土塁で囲まれている。復元ではあるが珍しい屋敷だ。そのせいで中の様子はうかがえない。
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P9142078 posted by (C)オトジマ

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全国各所にこのような保存家屋があるのだろうが、平日は来訪者もマレだろうから維持するのは大変だ。周防大島は以前は4町あったものが平成の合併で1つになっている。以前は各町ごとに箱物を競って作ったんだろうが、今となっては維持が大変、という構図だろう。しかしここは道の駅の横で観光コースにあるからかなり条件はいいはずだ。ぜひ常時公開する体制を作って欲しい。でないともったいない。民間委託という方法もある。

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Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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