横尾忠則展

韓国岳の帰りに遠回りだが、霧島アートの森に寄ってみた。毎度のことながら不便な所にある。

4年前に霧島に来たのは霧島アートの森で福田美蘭展を見るためだった。特に福田のファンというわけでもなく、なんとなくである。今回霧島アートの森をネットで調べると横尾忠則展をやっていた。「横尾忠則の地底旅行」というタイトルである。最近の横尾作品はよくわからないが、生の作品が見れるのは田舎では貴重な機会だと思い行ってみることにした。

美術館発行のチラシ。真ん中に横尾の絵がある。線路の枕木に「It's not what to paint. It's not how to
paint. It's how to live.」と書いてある。「何を描くか、いかに描くかではなく、いかに生きるか、だ」
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img255e posted by (C)オトジマ

いかんせん日本の美術館というところは写真がとれないので展示についてはあまり説明のしようがない。撮られたって減るもんじゃなし、ネットで拡散したからといって来客は増えこそすれ減ることはないだろうに。
というところで、チラシに載っている小さな写真を添付する。

古代神話世界を描いているようだ。わりとまともで普通の絵。たぶん神社からの依頼なのではないか。神社蔵だった。
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このような地底世界めぐりをしているような絵が多い。戦前の少年探偵団みたいないでたちの少年たちが奇妙な光景を見ている、というパターン。
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img256 posted by (C)オトジマ

どれもこれも大きな作品ばかりでタタミ2畳や3畳敷くらいはある。正直言って後で絵の処分に困りそうなサイズばかりである。どれも気色悪い絵ばかりだから買って家の壁に飾ろうか、という人はいなさそうだ。多くは横尾自身の作家蔵や美術館蔵ばかりである。例のY字路シリーズも何点かあった。時代は1980年代から最近までいろいろ。

1960年代から1970年代の横尾忠則の活躍は素晴らしかった。ものすごい多作で傑作ばかり。我々の世代にはあこがれのヒーローだった。彼は1980年ごろに商業美術から純粋アートへの転向を宣言した。しかし油彩やアクリルのタブロー作品では広く大衆が目にする機会は大幅に少なくなる。私も横尾作品を目にする機会がなくなり、いつしか彼への興味も薄れていた。

今回の展示を見ると、彼の描くものは結局彼の若い頃の作風をなぞっているような気がする。土俗的な不気味さ、あるいは高熱にうなされた時の悪夢、それにノスタルジーを加味したような雰囲気。つげよしはるや宮崎駿にも通底するような世界である。しかし1970年代には新鮮だったとしても40年もすると世の中に次々と亜流がはびこり、さらには目が慣れてしまい、インパクトは小さくなってしまった。若い頃大ヒットと次々と飛ばした歌手が年老いてステージに立てば客からは新曲よりも昔のヒット曲を期待されるのに似て、やはり我々は昔の横尾が見たい。ミュージアムショップで売ってるポストカードには往年の名作の絵柄ばかり。

そう、昔の作品の原画が見たい!彼の作品は印刷・出版媒体に発表されていたので、作品は版下状態のことが多かった。彼は有名になる以前は印刷屋で版下工として働いていたことがあるのでそこはお手のものだった。また、若い頃の気合の入ったアクリル画も見たい。今の巨大な作品は率直に言って手抜きか、老化か、粗製乱造のような印象を受けるのは私だけか・・・・。

1971年講談社刊「横尾忠則全集」より。
これは東映ヤクザ映画黄金時代、緋牡丹博徒のレコードジャケット。
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彼の原画はペン画のこれだけ。字も達者だ。
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着色はトレーシングペーパーにカラーペンで色指定してるだけ。
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下は1975年集英社刊「うろつき夜太」から。
やた

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トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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