石井十次資料館

雨が上がったのでちょっとドライブ。去年雨で見そこねた都於郡城を再訪してみよう、と西都方面へ。

木城を通過していたら農道脇に「石井十次資料館」というごく小さな標柱が立っていた。ヒマだからちょっと寄り道していこう。
県民にはおなじみの「孤児の父」石井十次である。

古風な門を入ると屋根の上に鐘楼をつけた奇妙な建物がある。方舟館である。岡山から移築したという。知らなかったが方舟という語からも類推されるように石井はキリスト者であった。
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P7073277 posted by (C)オトジマ

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この手の資料館にしては入場料が500円は高い。係りの方に「高いですね」というとこれでも施設の維持管理は赤字だという。ここは町立ではなく社会福祉法人「石井記念友愛社」が運営している。

係りの方に資料館に案内される。久しぶりの来館者なのか1時間ほど情熱的に説明を受けた。
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石井は高鍋藩士の子供で明治初期に岡山で医学を学んだ。そこでたまたま一人の孤児を預かることになり、それをきっかけに医学ではなく孤児救済という社会事業に目覚める。岡山に日本で始めての孤児院を開設する。
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よく見る写真である。教科書にも載っていた。岡山の1000人の孤児たち。すごい数だ。
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体操している
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集めてきた孤児のシラミを退治しているところか
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石井とは関係ないが、当時の東北地方の貧しい農民の子。孤児、あるいは女工哀史、女郎の予備軍。
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お揃いの着物の少女達。小ギレイだ。石井はの教育方針の中の一つに「満腹主義」というのがある。腹いっぱい食べさせることで悪習に感染した孤児を感化させることができる、というもの。国民の多くが貧しかった時代ならそうかも。
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ERTHQUAKE ORPHANAGE---震災孤児院。 濃尾大地震のこと。石井は娘に「震子」と名付けている。
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孤児が農作業をしている。実習教育も方針。
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実習教育。製本作業をしている。
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裁縫をしている
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これは岡山からコチラに移転した後、ここ茶臼原の写真。
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子ども達が皆クワを担いでいる。大きな牛馬用のスキを担ぐ子もいる
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クワ畑
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面白い資料がある。明治38年のライオン歯磨の新聞広告。ライオンの社長小林富次郎は石井に共感して商品に寄付のためのスタンプを付けて販売し、益金を寄付していた。えらかったんだなぁ、ライオン。
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小林から石井への送金の現金為替の封筒。日向国小湯郡----となっている。
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ライオン歯磨と関係あるのかどうか知らないが、石井十次の教育方針の一つに「ライオン教育」というのもある。たぶんライオンが子供を千尋の谷に突き落として育てるようなことを言うのではないか。静養館には藤島武二のライオンが子供を谷に突き落とす絵がかけてある。子供を誉める時も叱る時も決して大勢の前でせずに別室で1対1でしたそうだ。

施設には寄付者のゆかりの名前のがつけられた。ライオン館。 今も近所に現存するとか。
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これは第五ライオン館
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東京館---東京の人々の寄付だろう。石井の方針のひとつに「托鉢主義」というのもある。善意の喜捨を請う、というもの。福祉制度のなかった時代では当然だろう。寄付を集めるには人脈や政治力がいる。
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石井の最大の人脈は倉敷紡績の大原孫三郎である。岡山の孤児院では全面的に大原の支援があった。
これは児島虎次郎の描いた肖像画。大原美術館のあの大原である。
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児島は岡山出身で大原から奨学金をもらって洋画家になった。大原の信厚く、大原のためにパリで絵画の買い付けを担当し。たくさんの名画を購入した。今の大原美術館の名声は児島の鑑識眼にも負うところが大きい。
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児島虎次郎は石井に私淑し孤児院の情景を描いた。この「なさけの庭」は東京府勧業博覧会へ出品され一等賞授賞、宮内庁買上の栄誉を受けた出世作。これにより石井十次の篤行は明治天皇の知るところとなり、石井の孤児院には天皇から年に1000円の下賜金が毎年与えられるようになった。
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石井には娘が3人いたが男子はいなかった。その娘の一人「友」の婿になるのがこの画家・児島虎次郎である。だから今でもこの石井記念友愛会の理事長は石井氏ではなく児島氏である。別棟の静養館に児島の絵が展示してある。ルノアールに傾倒していたのかおおむねルノアール風である。貴重な作品がこんな額縁や保管で大丈夫かな?と聞くと、近く美術館を建てる予定だとか。

児島虎次郎 自画像
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窓辺の少女 明治末ごろ
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和服の少女
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中国の少女  これはなかなかステキな絵である。
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資料館にはルノアールの彫刻がある。大原から寄付されたもの。ルノアールの息子ココの像。ルノアールが彫塑もやっていたとは知らなかった。晩年手が不自由になってからの作。
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ホコリ臭く、古ぼけた書類ばかりの資料館の中ででひときわ目を奪うのはこのステンドグラス
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キリスト様かと思ったらどうやら違う。ハカマをはいたハゲ頭が合掌している・・・石井十次である。奇妙なステンドグラスである。
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ところがである。作者がなんと染色家の芹沢銈介なのである。石井との接点ではなく、理事長の児島氏が芹沢に直接依頼したとか。
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イエス像もある。しかし芹沢がステンドグラスをやるとは知らなかったなぁ。大変貴重な作品だ。
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児島虎次郎の作ったイスがある。木彫りの重厚なイスだ。時々子ども達をここに座らせてステンドグラスの石井と対話させるとか。
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床の一部は岡山から取り寄せた大理石だとか。
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他は木レンガ貼り。これがまたいい。
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資料館へのアプローチには和瓦がうまく使われている。
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大量の瓦。これは岡山の施設から持ってきたものだとか。それをここの園児たちが積んだという。
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右が資料館、左が方舟館
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石井の住居であった静養館
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いまでも子ども達がここで勉強することもある
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P7073351 posted by (C)オトジマ

現在も児童養護施設として50人ほどの子供がいる。昔のように農作業などの実習をする。
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カンナの花がたくさん咲いている
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P7073356 posted by (C)オトジマ

石井記念友愛社は現在児湯郡を中心に10の保育園やいくつかの福祉関連施設を経営している。

ふと気まぐれに立ち寄った石井十次資料館であったが、おもわぬ貴重な見聞をした。

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Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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