絵日記  いろいろ

引き続き、私の小学1・2年の絵日記から。

昭和35年というと60年安保の年。当時小一の私には全く記憶がない。
高度経済成長が始まったころでもある。テレビが急速に普及しはじめた。我家にテレビが来たのは私が小2のころだったと思う。
この絵日記の時にはまだテレビは来てないが、市内にあるおばさんの家に行ってテレビを見たことを書いている。おばさんは未亡人で副業にブタを飼っていた。当時は小遣い稼ぎににブタを飼う人が多かった。母と伯母は姉妹だから似ている。
TV
TV posted by (C)オトジマ

1年の時の日記には映画の記事がいくつかある。これは映画であることを示すためかちゃんとフレームがある。
映画は「十戒」である。赤ん坊だったモーゼがナイルに流されてエジプトの王女に拾われる場面。有名な海が割れる場面ではなくこの場面を描いたのはここが印象に残ったのだろう。
movie1
movie1 posted by (C)オトジマ

これは邦画で飛行機のパイロットの話のようだが、ほとんど思い出せない。戦争映画かな?飛行機から落下傘で脱出したパイロットがゴムボートで漂流している場面のようだ。1960年公開の映画を調べてもよくわからない。子供だけで行っているから土々呂劇場で見たはず。子供の入場料は10円くらいだった。
movie2
movie2 posted by (C)オトジマ

昭和35年あたりだと戦後まだ15年。映画や少年マンガでも戦争物が多かった。これは工作で潜水艦を作ったもの。艦橋を糸巻きで作っている。
submarine
submarine posted by (C)オトジマ

台風が近づくと土用波。これがまた面白い。海で大浪と戯れるのも面白いが、この絵は土々呂海水浴場の南端、海に突き出た防波堤の上で大浪が押し寄せる中で遊んでいる。今なら許されそうにないアブナイ遊び。
wave
wave posted by (C)オトジマ

こんな状況だった。かなりスリルがある。いまだに大浪の夢を見る。
東浜-土用-9
東浜-土用-9 posted by (C)オトジマ

この堤防はその後嵩上げされて延長されて今も存在する。しかし1970年代に延岡新港の造成で沖合防波堤が作られて、土々呂湾内には大浪は来なくなった。
東浜-土用-2
東浜-土用-2 posted by (C)オトジマ

月見をした、と書いてある。電柱を真ん中に配したところなどわれながら北斎ばりである。赤いカンナがいかにも昭和だなぁ。
moon
moon posted by (C)オトジマ

蚊帳の中でチョウチンに灯をともして遊んだ、と書いてある。アブナイ!
lantan
lantan posted by (C)オトジマ

友達の家に行って本を読んだ、とある。ミシンがあったんだろうなぁ。我家にもこんなミシンがあった。どこに行ってしまったんだろう。今、娘がこんなレトロな足踏みミシンが欲しい、と言っている。
machine
machine posted by (C)オトジマ

隣のイトコの家でフロに入ってる。ここのフロは赤いモルタル張りでレンガ煙突があって楽しかった。
bath
bath posted by (C)オトジマ

母が当時流行の救世主教に凝っていて、時々別府の本山に参っていた。その時、旅館で温泉に入ってるようす。
beppu
beppu posted by (C)オトジマ

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トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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