とびしま海道

とびしま海道は西端の下蒲刈島から東端の岡村島まで大小7つの島を結び約40kmある。8つの橋がかかり、西端の安芸灘大橋で本州とつながる。岡村島が愛媛県に属するほかは平成の大合併で広島県呉市に属する。

map カマ刈40

いきあたりバッタリの旅ではあるが、一応キャンプ地とか銭湯などのおおまかなリサーチはしていた。この7つの島のなかで風呂に入れそうなのは「県民の浜」だけのようなので上蒲刈島にある県民の浜に行く。すでに真っ暗なのであたりのようすはわからないが、大きな施設がたくさん建ち並ぶ。そこにかまがり温泉「やすらぎの館」がある。さびれた諸島ではあるが温泉は地元の人々で賑わっていた。

海水浴場の駐車場で車中泊。真っ暗なので8時にはもう寝る。キャンピングカーで来てる家族がいたが、発電機を回しながら一晩中煌々と灯りをつけてテレビを見ていた。ほとんど家での生活と同じ。

6時前には目が覚める。浜に出て朝日を見る。
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P9214039 posted by (C)オトジマ

漁船の朝は早い。対岸の四国が見える。
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瀬戸内の海は波がない。日向灘を見慣れた目には珍しい。
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ここの海水浴場にはヨーロッパの浜みたいに個室の桟敷がある。夏にはヨシズで仕切られるのかな。
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美しい浜である。県民の浜にふさわしい。
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地図で見るかぎりは大きな島が並んでいるのでコンビニとかファミレスとかあるのだろう、と思っていたら大間違い。小さな店があっても夕方5時には閉店。いっさい食い物を持って来てなかったのであわてる。戦後の食糧難を思えば一晩・一朝くらいは食わなくとも死にはしないが、長年の習慣でやはり食わねば落ち着かない。夜は唯一開いていた海鮮の店で食った。朝7時に開いている店はないかと島から島へとウロウロ走り回ったら、開店準備中の小さなレストラン「花美月」があってモーニングサービスにありつくことができた。花美月さんありがとう。

花美月は高いところにあるので絶景を見ながら食事できる。モーニングサービス500円。
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昨日来た道を列島東端側に戻り、大崎下島にいたる。沿道で見た古い民家
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小さなフェリーが島影を行く。橋の整備でフェリーは激減したとか。
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第五号橋の平羅橋
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島の東端にある豊町・大長という集落をしばし散策。
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漁村とばかり思っていたら、ミカンで栄えた町だという。大長ミカンは有名らしい。
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古い家屋がけっこう残っている。「郷愁小路」にもこの集落は収録されている。
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田舎では一つの販売店がすべての新聞を扱う。
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越智医院。愛媛県の今治からしまなみ海道にかけての島嶼部はかつては越智郡と呼ばれた地域。そのせいかここらには越智姓が多いようだ。「我輩は猫である」に越智東風(おちこち)という登場人物があるが、ここらの出身か。
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立派な神社がある。宇津神社である。
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ここらの神社は入り口に2本の石柱が立つのが決まり。
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ステキな白馬が奉納されている。
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面白い由来書があった-----秀吉の朝鮮出兵・文禄の役のおり、小早川隆景の配下であった宇津神社の氏子が敵に包囲され窮地に陥ったとき、どこからともなく白馬が現れ味方陣営に誘導してくれて命拾いした。その時宇津神社で飼っていた白馬が死んだ。その神恩を感謝して等身大の白馬を作り、神社に奉納した------というもの。ということはこの馬は400年以上昔のもの??? それにしてはキレイ。

栗毛の馬もいる。
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ホルトの木。平賀源内が、この木をオリーブと間違え、「 ポルトガルの木」と呼んだことに由来するとか。
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再び集落を散策。もともとは離島だけに道は細くて入り組んでいる。驚いたことに軽自動車のある家が多い。かなりのテクニックが必要だ。またどの家にもミカンを入れるコンテナが積んである。
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山はすべてミカン山
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明治期にミカン栽培がはじまり、たちまち島の基幹産業になった。地元だけではミカン山が不足し、よその島や遠くは対岸の本州や四国まで出かけてミカン山を作った。そのためミカン農家はミカン畑に通うための船を持っていたという。
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呉市から尾道にかけ、自民党代議士のポスターがやたらと街頭に貼りまくられて景観をはなはだ害している。
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トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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