屋島

三日目は屋島。
源平合戦の屋島の戦いで有名な古戦場である。那須の与一が扇を入るエピソードは知っているが、戦いの全貌は知らなかった。ウィキペディアを読んでだいたいが分かった。源氏はたった数百騎しかいなかったというから、そう驚くような大規模な戦でもない。

今は川のように見えるが、元は庵治湾という大きな入り江だった。埋め立てでこんなに狭くなった。ここらが古戦場である。
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PB055974 posted by (C)オトジマ

これが屋島。メサという独特な地形。九州では玖珠あたりにこんな地形が多い。昔は島だった。今でも島かな?
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ここは庵治石の産地。庵治湾の道路沿いには延々と石屋が並ぶ。こんなに石の需要があるのか?と不思議なくらい石屋ばかり。
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無造作に積まれた石。ゴミなのかな?墓碑銘の彫られた墓石も多い。
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地図で見ると屋島は相引川によって四国本土から隔てられている。相引川は両端が海で海水だから本当に川かどうか疑わしい。
屋島は島であったが埋め立てや干拓で陸続きになった。江戸時代に高松藩主が風流人だったのか屋島を島たらしめるためにこの水路を開削したという。今はきたない。
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相引川。流れはない。潮の干満はあるらしい。
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屋島の山頂に屋島寺がある。琴電の踏切を渡って屋島ドライブウェイに入る。現在は無料になっている。
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84番、屋島寺。
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朝早くから熱心なお遍路が経を上げている。
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徒歩でお参りする人はこちらの山門から入る。本来の門だろうが今は裏口。ここで会ったお遍路の男性に聞くと徒歩で麓から来たという。標高差およそ300m。歩き遍路である。ここの次は隣の五剣山の85番八栗寺であるが、ここも高い山の上だから大変だ。
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屋島は南北に長い。山頂はほぼ同じ高さで細長い馬の背状になっている。寺から北端の遊鶴亭まで歩いて見る。
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道はほぼ平坦で樹林の中。片道2.3kmほど。
ちょうどいいウォーキングコースであるが、地元のウォーカーはいるようだが観光客は見当たらない。
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高松市街地方面。残念ながら視界は良くない。
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遊鶴亭が見えてきた。
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瀬戸内海。正面が小豆島。頻繁にフェリーが通う。
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下に岬先端の長崎鼻が見える。驚いたことに長崎鼻から赤ん坊を抱いた若い女性が登ってきた。標高差200m以上ある。
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屋島は風化しやすい花こう岩の山体の頂部が固い安山岩に覆われていて浸食されないまま平らに残っている。
山頂の周回路沿いは安山岩が露出している。
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庵治湾を挟んで対岸の五剣山は山全体が花こう岩でそれが庵治石という石材の石切り場になっている。
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屋島の麓に「四国村」という施設がある。広大な敷地に四国の古民家を多数移設して展示してある。入場料1000円とやや高いが、一軒一軒見ていたら何千円もかかるところを一カ所で見れるのだから得である。
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まずは祖谷のかずら橋。祖谷までいかずともここで体験できる・・・・・・はずだが、よく見るとワイヤロープにカズラが巻き付けてある。まぁ、安全は安全であるが。
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小豆島の歌舞伎小屋。村の田舎歌舞伎は演じるのも見るのも楽しかっただろう。現在も小豆島に残っているとか。
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ちょうどNHK「新日本風土記」で小豆島の農村歌舞伎をやっていた。
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茅葺の家屋がたくさん。
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丸亀藩の蔵
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ケヤキの木がいかにも田舎の百姓家。いいなぁ。
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円形の茅葺の小屋。なんか日本離れしている異国的景色。砂糖を絞る小屋らしいが・・・・・・・・
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内部ではこうやって牛がグルグル回ってサトウキビを絞っていた。円形の訳だ。
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安藤忠雄設計の美術館もある。建物は立派だが、陳列スペースは小さく、美術品も少ない。背後に屋島の峰。
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灯台と灯台守の家を並べた区画がある。
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明治初めに洋式灯台を設置する時、お雇い外国人が設計したのでどれも洒落た洋館である。
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「退息所」と呼ばれる。早い話が住居である。
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長崎のグラバー邸みたいだ。
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四国はこうぞ・みつまたを原料とした和紙の産地であったのでその関連の小屋。
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こうぞを蒸した装置。
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大きな茅葺家屋
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えらくきな臭いと思ったら、本当に囲炉裏で火を焚いていた。カヤをいぶすためだろう。
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四国村入口にあるティールーム「異人館」で一休み。明治期に神戸に建てられた洋館を移設。
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吉岡銅山

福山から井原を経て高梁へ。井原はイバラと読むことを知った。あちこちに「子守歌の里」という看板がある。
「中国地方の子守歌」は井原に伝わるものらしい。井原鉄道には「子守歌の里高屋」という駅まである。

井原の芳井商店街。
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古そうな商家がある
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純和風の建築にクリスマスの装飾。夜はイルミネーションがつくようだ。
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芳井を過ぎると俄然山の中になる。
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山の中腹にかつては茅葺だったろう農家が散らばる。過疎地である。
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立派な大師堂を見かけた
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どこも柿の実がすごい。過疎化でちぎる人もいなくなったのだろう。
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高梁川の支流、成羽川沿いになるとすごい渓谷美が見れる。
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対岸には立派な屋敷が見るが、たぶん高齢者だけの集落。
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数軒の集落に立派な寺。たよりないつり橋で行ける。3tまでの制限がある。
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福山から走ること約2時間で成羽町坂本に到着。遠い。ここに去年見損ねた西江邸がある。
麓の駐車場に車を置いて徒歩で急坂を登る。
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見えてきた。
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ここは「釣りバカ日誌」のロケ地としても使われている豪邸である。
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西江家は江戸時代から明治にかけて銅山とベンガラで財を成した。
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ベンガラ
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案内の女性はなんと西江夫人であった。要領よく西江家と吉岡銅山について解説してくれる。
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残念ながら、座敷には上がれない。途中からそこらを掃除していた男性にガイドが交代した。なんと西江家の当主であった。
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吹屋はてっきりベンガラの里だと思ってたら実はここは銅山の山だったとか。吉岡銅山という。江戸時代には有数の銅山だった。
銅の副産物として硫化鉄が出て、それを加工してベンガラも作っていた。
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西江氏夫妻は60歳前後の様子だが、この坂本地区の平均年齢はなんと80歳で夫妻がもっとも若い部類だとか。近年は観光客も減り気味なので、なんとか吉岡銅山を世界遺産に認定させて町おこしを図りたい、と熱弁を振るわれた。
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ベンガラ村への途中の「吉岡鉱山」という案内があるので、狭い山道をくだっていくと草ボーボーの広場に出る。
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PB040529 posted by (C)オトジマ

このヤブの奥に坑道跡があるらしいが、ちょっと冒険になりそうなのでやめておく。
学術調査ならともかく、少なくとも観光客を迎えるような状態ではない。
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西江邸から吹屋ベンガラ村はすぐ。そこは去年見たので、パス。近所に吉岡銅山の坑道が見れる、笹畝坑道を見物。
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ここは江戸時代から明治にかけての坑道跡だという。昔はここにトロッコの線路があった。
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奥深くに巨大な空洞がある。鉱石を掘り出した跡だろう。
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作業員が仕事している。江戸時代の様子。女性も働いている。今は電気や電池があるので楽だが、昔は暗黒の坑道でどうやって作業したんだろうか。
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吉岡銅山では山中を掘りつくして行動の延長は70㎞にも達したという。
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横溝正史の「八墓村」は幾度か映画化されている。その中でも渥美清が金田一耕助役をした松竹版では吹屋の弘兼邸が舞台になっている。先日それを見て弘兼邸も見なくては、と思った。ベンガラ村から車で10分ほど。

その要塞のような威容が見えはじめると圧倒される。
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PB045919 posted by (C)オトジマ

駐車場から徒歩で登る
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ほとんど城。
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門内に入り、屋敷が見えると、屋敷はそう驚くようなスケールではない。
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ここも座敷には上がれない。
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屋敷から麓を見下ろす。日本昔話の風景。ちょうど正面の丘に神社が見えるが、弘兼氏の個人神社。周囲は庭園となっている。
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門からアプローチを見下ろす。門内には座敷があって門番が住める。
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下に降りて石垣を見上げる
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これでもかつてよりは低いそうだ。この下にまだ石垣の下部が埋まっている。
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この屋敷はやはり石垣に価値のある邸宅だ
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福山

福山には国宝・明王院がある。一昨年、鞆に行った時、知らずに明王院の横を通過してしまった。
五木寛之の百寺巡礼で由緒ある立派な寺だと知って、これは行ってみなくては、と思った。

明王院のとなりには真っ赤で目立つ草戸稲荷があって、うっかりすると明王院に気づかない。
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PB045774 posted by (C)オトジマ

保育園だか幼稚園だかの幼児たちがお参りに来ていた。本道は1321年の建立というから、なんと700年前!! それにしちゃキレイ。
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立派な五重塔がある。これも1348年に建立。当時、このあたりは草戸千軒とよばれる瀬戸内の海運で栄えた町があり、その財力がこのような立派な伽藍を支えた。
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ベンガラの赤が美しい。
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驚くような大きな寺ではない。
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この奥に護摩堂や庭園があるのだが、毎日公開しているわけではないそうだ。
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庫裏にBS朝日の「百寺巡礼」のポスターが貼ってあった。
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干し柿が干してある。意外と世帯じみている。
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PB045779 posted by (C)オトジマ

次は福山城へ。コンクリートで再建された城ではあるが、日本百名城の一つだという。延岡城は入っていない。
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城の近くにすごい教会がある。と思ったらホーリーザイオンズパークセントヴァレンタインという結婚式場だった。なーんだ。
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PB045796 posted by (C)オトジマ

なかなかの威容だ。現存していた城ではあるが、惜しくも終戦直前の空襲で焼失。写真や資料が残っていたので元通りに復元したそうだ。福山藩はおおむね10万石。江戸時代に藩を預かった水野氏、阿部氏とも有力な譜代大名であった。
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PB045803 posted by (C)オトジマ

天守で幕末の資料の展示がされていたが、ペリー来航関連の資料がたくさんあった。実は幕末、日米和親条約を締結した老中・阿部正弘はここの城主である。阿部ならではという珍しい資料があった。ペリーがお土産にくれたという米墨戦争の絵とか。

天守から。この城は新幹線の駅と接していることで有名である。
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PB045804 posted by (C)オトジマ

「教会」の威容。
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PB045805 posted by (C)オトジマ

天守のすぐ下に福寿会館と庭園がある。あとでここに行くことにする。
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秋のこの時期には各地の城では菊花展が開かれる。
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PB045811 posted by (C)オトジマ

福寿会館の洋館。ここに喫茶「薔薇」があるので寄って見る。
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PB045837 posted by (C)オトジマ

昭和初期の建築。市内の裕福な海産物業者が建てた。
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窓から天守と紅葉を見ながらコーヒーを飲むという贅沢。
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PB045820 posted by (C)オトジマ

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和館。利用客がいないので内部を見学。
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庭園にはいくつか茶室があるが、あまり使われていないようだ。廃屋寸前。
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PB045845 posted by (C)オトジマ

福山美術館ではマリメッコ展。誰だっけ?
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PB045852 posted by (C)オトジマ

福山は単なる工業都市と思っていたが、けっこう見どころがある町であった。

笠岡 神島

初日は岡山県笠岡市の笠岡ベイファームに車中泊。広大な干拓地の真ん中にある道の駅である。
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PB040449 posted by (C)オトジマ

背後の山はかつての島、神島。今は陸続き。
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干拓地
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PB040451 posted by (C)オトジマ

対岸には福山のJFEスチール工場。昔の日本鋼管である。
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PB040452 posted by (C)オトジマ

干拓地は神島(こうのしま)と接続している。かつては笠岡諸島の島であったが、干拓により陸続きとなっている。
干拓地の中にはかつての小さな島が山になって残っている。木之子島と片島。
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上の地図で示されているようにベイファームは国道2号沿いにあるが、この国道2号はバイパス。しかし、交通量はきわめて少ない。この干拓地内に盲腸のように取り残されたバイパス。本道との接続が悪く、バイパスへの交通誘導はされていない。失敗した道路である。

神島の反対側、つまり瀬戸内海側に出てみた。
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PB040457 posted by (C)オトジマ

神島には88箇所巡りの遍路道が整備されている。ここの88箇所はまだ元気な現役のようだ。
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PB040454 posted by (C)オトジマ

江戸時代中期に作られた。総距離29㎞だから一日では難しい。二日がかりになるが四国の1200㎞よりは全然ラク。
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どの札所にもたくさんの千羽鶴や生花がかざられている。
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PB040459 posted by (C)オトジマ

寝仏の頭をナデナデするための小窓がついている。
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PB040462 posted by (C)オトジマ

道路わきにすごく立派な札所の敷地が作られている。
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PB040464 posted by (C)オトジマ

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神島神社
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PB040465 posted by (C)オトジマ

沖には笠岡諸島。
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PB040467 posted by (C)オトジマ

一番奥が北木島。いまをときめくお笑いコンビ、千鳥の大吾の出身地としてにわかに有名になった。
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PB040476 posted by (C)オトジマ

笠岡湾。カブトガニの生息地として有名。
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PB040480 posted by (C)オトジマ

かつては広大だった笠岡湾は干拓や埋め立てによって細長い川か、河口のようにしかみえなくなった。
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北木島からのフェリーは湾の奥の港に着く。
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PB040485 posted by (C)オトジマ

湾の最奥、金浦近辺。
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PB040493 posted by (C)オトジマ

金浦は昔は漁村集落だったはず。
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PB040491 posted by (C)オトジマ

昔の雰囲気を残す小路もある。
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PB040488 posted by (C)オトジマ

市街地。ケヤキの並木が紅葉している
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PB040484 posted by (C)オトジマ

しまなみ海道

連休を利用してまた中国四国への旅。近年の秋の恒例行事。
岡山まで行くとなると、陸路高速で行くか、フェリーで四国経由か、と迷うところだが、陸路だと高速を走るだけで一日仕事になる。コストはやや高いがフェリーの方が楽しい。三崎の道の駅で見たアサギマダラ
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PB030423 posted by (C)オトジマ

三崎で地元の方に聞くと、松山方面に行くのは八幡浜から高速経由と、保内から瀬戸内に抜けて国道経由でいくのと時間的に同じだそうだ。というところで肱川河口の長浜近辺。瀬戸内は波がない。空気の透明度が低く遠くは霞んでいる。
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PB030428 posted by (C)オトジマ

しまなみ海道は連休とあって自転車族がたくさん。
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PB030089 posted by (C)オトジマ

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IMG_20171103_151314 posted by (C)オトジマ

塩で有名な伯方島で降りてみた。島にもゾロゾロとチャリンコライダー。
見晴らしの良さそうな「開山」という山があるので登ってみた。山頂は公園になっていて展望台もある。大島方面。
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PB035744 posted by (C)オトジマ

生口島。
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PB035752 posted by (C)オトジマ

多々羅大橋と左は大三島。
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山頂に石仏が並ぶ。88箇所である。
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PB035759 posted by (C)オトジマ

おそろいのチェックの前掛けをもらっている。
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PB035761 posted by (C)オトジマ

生口島には耕三寺という名所があるが、寺の隣には平山郁夫美術館がある。5時が近く時間がないので美術館へ。
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PB030439 posted by (C)オトジマ

平山郁夫はこの生口島の瀬戸田出身だそうだ。こんなことでもないとまとめて作品を見ることはなかなかない。
印象に残ったのは平山が子供のころから絵がうまいこと。コチラのリンク先を参照

平山が少年時代に瀬戸田瀬戸を描いていた。これは対岸の高根島から見た瀬戸田港。丘の上に見える白いものは耕三寺。
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PB030442 posted by (C)オトジマ

高根島は生口島にくっつく小さな島。夕暮れだが渡って一周してみた。
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PB030443 posted by (C)オトジマ

こんな小さな島にもイノシシが出るとは
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PB030445 posted by (C)オトジマ

たしかにレモンの畑がある。
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PB035773 posted by (C)オトジマ

これがレモン?両端が尖ってないとレモンの気がしない。
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PB035772 posted by (C)オトジマ

瀬戸は夕やけ。11月になると5時過ぎには日没。
鉄塔があるのはウサギや毒ガスで有名な大久野島。
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PB035766 posted by (C)オトジマ

しまなみ海道は今治から因島、尾道まで造船所だらけ。対岸、三原の今治造船。
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PB035765 posted by (C)オトジマ


プロフィール

トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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