Eye em

世の中SNSばやり。フェイスブックやツイッター・・・・。実は私はフェイスブックもツイッターもそれが始まって日本ではまだ一般化してなかったころにすでにアカウントを取っている。まぁ、いろいろ事情があってほとんど投稿していないが。

若い女性の間ではインスタグラムが流行している。これは写真を一枚投稿するだけでコメントもなくてもOKだが、こってりとした内容を盛るには不適。操作もいとも簡単で、スマホからの投稿専用である。しかし、見てみたらわかるが、とかく若い女性の食い物の写真やや、加工された顔写真ばかり。あまり年配者が割って入る雰囲気がない。
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insta posted by (C)オトジマ

しかし、利用法はある。写真俳句、写真短歌には持ってこいだろうとおもう。盛んに投稿している人もいる。

そこで、もっと大人でも利用できるものはないか、と探すとちょうどいいものがある。「Eye em」である。
やはり写真投稿アプリであるが、ドイツ生まれらしい。PC版では日本語バージョンはなさそうだ。すべて英語での表記だから、簡単な英語を読むことをいとう人には不適かも。
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eyeem 1 posted by (C)オトジマ

スマホ版ではある程度日本語表示があるが、やはり英語主体である。
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P5110667 posted by (C)オトジマ

見てみるとインスタグラムと異なり圧倒的に風景写真が多い。絶景の写真ばかりで、クオリティも高い。ほんとにその人が撮ってるの?という疑問が湧くくらいすごい写真も多い。まぁ、ネット上のどこかからパクってきてもバレはしないだろう。

eyeemが面白いのは投稿した写真を売るシステムがあること。アップロードしたらそのままマーケットに出されるということでもないが、手続きを踏めばとにかく国際的に売れる可能性があるということ。
写真は国際的な写真トレードで有名なゲッティが売買してくれるという。買う方はおよそ9000円ほどで購入するが、売る方には500円しか支払われないとか。えらくギャップがあるが、ズブの素人の写真が売れるというのなら500円でも御の字だ。ホントに売れてるのかどうかはよくわからないが、ネット上には「売れた」、というレポートもある。まぁ、アフリシエイト広告でもおいそれとは収入は得られないんだがら、似たようなものだろう。

国際的な反応があるのも楽しい。アップロードするとほとんど直ちに世界中から「いいね」が寄せられる。どういうシステムになっているんだか知らないが。ということで、過去に取った写真を次つぎとアップロードしているところだ。
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eyeem 2 posted by (C)オトジマ



トトロの潮干狩り

東浜のクリーン作戦の日は櫛津の潮干狩りの日でもあった。
漁港経由で家に帰りつつあると、漁協近辺はすごい数の車。家族連れがバケツを下げて帰ってくる。
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P5070144 posted by (C)オトジマ

妙見橋の上から見る
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P5070142 posted by (C)オトジマ

さっそく洲の鼻に行ってみる。こんなとき原付が便利。UMKが来ている。
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P5070147 posted by (C)オトジマ

すでに潮が満ち始めている。
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P5070161 posted by (C)オトジマ

はやく撤退しないと深くなって帰れなくなるよ。
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P5070162 posted by (C)オトジマ

そこらじゅう掘り返している
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P5070150 posted by (C)オトジマ

向こうは妙見橋
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P5070151 posted by (C)オトジマ

ところが貝は赤貝みたいな大きな貝ばかり。何ていう貝かな。
潮干狩りはやはりアサリでないとな・・・。
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P5070152 posted by (C)オトジマ

こんなにデカイ。いまはホンビノス貝というのが流行りらしい。それかな?意外とおいしいのかも。
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P5070154 posted by (C)オトジマ

UMKのでーちゃんがやってきた。いちおう潮干狩りのいでたちではある。
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P5070155 posted by (C)オトジマ

ここで同じ場所での55年前の様子。手前の麦畑が時代かな。すごい人出。昔は車がないからバスで来たんだろう。臨時バスが出たんでしょうね。我が家からはもちろん徒歩で行けた。
櫛津貝掘り 1961
櫛津貝掘り 1961 posted by (C)オトジマ

半世紀以上たつのにこれを見る限りは今とあまり変わらないね。
櫛津貝掘り 1961-3
櫛津貝掘り 1961-3 posted by (C)オトジマ

このころはほとんどがアサリ。たまにハマグリが出るとおお喜び。
櫛津貝掘り 1961-2
櫛津貝掘り 1961-2 posted by (C)オトジマ

国道の真ん中あたりにイトヤ商店。手前の集落が流川。一番奥に櫛津の入り江が見える。もちろん鉄道は電化以前。
土々呂-1960
土々呂-1960 posted by (C)オトジマ

トトロ海洋クラブ

トトロ海洋クラブのTさんから連絡をもらった。
Tさんは土々呂小・中学校で私の2年後輩にあたる。
用事は当ブログの土々呂の昔の写真の利用許可の件である。
もとより、私は手持ちの昔の写真は土々呂地域の共有物として開放している。
なんでも土々呂の海水浴場の復活を目指す活動をしているとか。そりゃ素晴らしい。

実はトトロ海洋クラブはこの4月に設立されたばかり。
その活動の手始めとして浜のクリーン作戦をするという。
とても結構なはなしだから、私も参加してみることにした。

土々呂海浜公園の浜。沖の湾口に大規模なテトラの防波堤があるので波は極静か。
これで海水浴場ではない方が不自然だ。海水も見た限りでは遊泳に不適というほどではない。
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IMG_20170507_103927 posted by (C)オトジマ

戦前の土々呂海水浴場
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blog_import_524468956b8c4 posted by (C)オトジマ

昭和35年頃か。国道10号ができたばかりの頃。台風の時には国道まで波が来た。今は埋め立てや砂の堆積で海岸線が100mほど後退している。
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blog_import_52446884bb05d posted by (C)オトジマ

左端が私。
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blog_import_5244689bc193d posted by (C)オトジマ

予定では100名参加、とのことだがちょっと少ないか??
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IMG_20170507_110757 posted by (C)オトジマ

意外や空き缶、ペットボトル、ビニール袋の類は少なくて、ほとんどは流木。きれいな浜である。
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IMG_20170507_091541 posted by (C)オトジマ

しかし、難物が発泡スチロール。ほとんどは養殖用のフロートか、魚函。つまり漁業廃棄物である。
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IMG_20170507_102723 posted by (C)オトジマ

一個1mくらいあってけっこう重い。これがテトラのスキマや、やぶの中にたくさん吹きだまっている。
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IMG_20170507_091532 posted by (C)オトジマ

おそらく5年も10年も経過している。すごい量だ。
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IMG_20170507_101157 posted by (C)オトジマ

これが砕けて砕片になるといよいよ片付けが面倒になる。腐食せずに残るから美観を汚すことはなはだしい。
日本全国の海岸、とくに漁業の盛んなところには共通する。
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IMG_20170507_102706 posted by (C)オトジマ

とかく漁業者と釣り人が海岸や磯場のゴミの発生元。お行儀がよろしくない代表だ。
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IMG_20170507_104031 posted by (C)オトジマ

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IMG_20170507_103744 posted by (C)オトジマ

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IMG_20170507_110401 posted by (C)オトジマ

あとでカヤック実習があるので準備してある。乗りたいところだか今日は時間がとれないので残念。
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IMG_20170507_103823 posted by (C)オトジマ

トトロオーシャンクラブの立派なバナー。
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IMG_20170507_105841 posted by (C)オトジマ

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IMG_20170507_105850 posted by (C)オトジマ

なかなか予算は潤沢なようだ。正式名称には「B&G」が冠されている。だからなんだな。
B&Gは競艇の日本財団の組織である。
かつてここにあった海浜公園プールは廃止されてその管理棟がこのトトロ海洋クラブの事務所になっている。

カヤック
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IMG_20170507_111243 posted by (C)オトジマ

ディンギー。小さなヨットである。
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IMG_20170507_111230 posted by (C)オトジマ

すべての備品にはB&G日本財団のステッカーがある。
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IMG_20170507_111542 posted by (C)オトジマ

これまたB&G日本財団マーク入りのライフジャケット。充実しているなぁ・・・・・・
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IMG_20170507_111406 posted by (C)オトジマ

昔の土々呂海水浴場には貸しボート屋が4軒ほどあってたくさんのボートが並んでいた。モーターボートもあった。
子供用の小さな一人乗りボートもあって、それに乗って対岸の鯛名や赤水まで行っていた。楽しかったなぁ。今の子供にもぜひ舟遊びの楽しさを味わってほしいな。
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blog_import_524468976fdef posted by (C)オトジマ

志布志麓

薩摩藩は領内各所に武士を分散駐屯させる外城制をとり、それを麓と呼んでいた。藩内に103もの麓が置かれた。観光地となっている知覧が代表的なもの。昨年は出水麓を訪れた。当時の石垣がよく保存され素晴らしい武家集落であった。

志布志にも麓がある。ごく小規模なもので保存も芳しくはない。麓観光のために大きな駐車場が用意されているが、おそらく誰も観光には来ないだろう。天水家住宅の庭園が観光案内に乗っているので、駐車場にいた中学生に場所を聞いたら「知らない」という。一緒にいた別の生徒が知っていて教えてくれた。「てんみず」という知り合いがいるのでそうかと思っていたら「あまみず」と読む。
麓には平山氏庭園、天水氏庭園、福山氏庭園の3つが国指定の名勝になっている。

駐車場の目の前に平山氏邸がある。遠目にもボロボロ。
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P4300522 posted by (C)オトジマ

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P4300523 posted by (C)オトジマ

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P4300524 posted by (C)オトジマ

無住のようで、荒れ放題の感。
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P4300525 posted by (C)オトジマ

アルミサッシなので全然雰囲気がない。ほとんど廃屋。
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P4300527 posted by (C)オトジマ

これが国の名勝の庭園。うーーむ・・・・・・。知覧とは保存状態がまるで異なる。
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P4300526 posted by (C)オトジマ

近所に門構えが立派なかつては武家屋敷か、というようなお宅。石垣が年代を示す。
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P4300530 posted by (C)オトジマ

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P4300532 posted by (C)オトジマ

平山氏邸から300mほど離れた天水邸に向かう。
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P4300537 posted by (C)オトジマ

どの家も古そうな石垣に囲まれているのでちょっと見にはどれがしかるべき武家屋敷なのかわかりづらい。
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P4300536 posted by (C)オトジマ

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P4300538 posted by (C)オトジマ

天水製茶という大きな製茶工場の向かいにある。ここらは天水氏が多いようだ。
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P4300558 posted by (C)オトジマ

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P4300557 posted by (C)オトジマ

石垣の中の石段を上がる。
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P4300540 posted by (C)オトジマ

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P4300542 posted by (C)オトジマ

普通の古民家然としている。家主はまだ奥の棟に住んでおられるようだ。
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P4300544 posted by (C)オトジマ

こちらは展示用に開け放たれているので、この棟は住んでいない。
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P4300543 posted by (C)オトジマ

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P4300549 posted by (C)オトジマ

これが名勝の庭園。ごくせまくて、特に目を驚かすものではない。その気になればド30坪もあれば誰でも作れそう。
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茶工場
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P4300563 posted by (C)オトジマ

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近所には古い構えの家が多い。
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P4300561 posted by (C)オトジマ

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P4300529 posted by (C)オトジマ

鹿児島・宮崎県境にダグリ岬がある。印象的な地名なので覚えている。学生時代、まだ国鉄大隅線があった頃、東京からの帰省には当時の九州周遊券を使い、九州一周した。カメラを持ってなかったので写真はないし、全然覚えてないが、ダグリ岬あたりで海を眺めた記憶だけある。
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P4300576 posted by (C)オトジマ

あれが志布志湾中央に浮かぶ枇榔島のようだ。
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IMG_20170430_172819 posted by (C)オトジマ

志布志

志布志の観光案内を見ると、安楽社の大クスがある。巨樹は見てみたい。
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P4300455 posted by (C)オトジマ

でかいが、写真ではスケール感がわからない
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P4300456 posted by (C)オトジマ

宮司によれば、去年の台風で大枝が何本か折れて枝ぶりがだいぶ寂しくなったそうだ。
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蒲生の大クスが1500年で、これが1300年。全国で10位以内の大クスだという。
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P4300466 posted by (C)オトジマ

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珍しいものがある。普通は仁王や狛犬があるべきところに、石の随神が。かつて見たことはない。
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P4300464 posted by (C)オトジマ

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元禄年間の奉納だからかなり古い。1692年だから約320年前。屋外にあるにしては状態がいい。
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P4300458 posted by (C)オトジマ

これは随神を納める。普通は楼門の中にあるものだが。
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P4300471 posted by (C)オトジマ

阿形。宮司の話では外にある石の随神はこの木像をモデルにして作られたとか。それにしてはあまり似てない。
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P4300470 posted by (C)オトジマ

吽形。袖の形が特徴的。手にしてたはずの武器は見当たらない。失われたか。これが元禄依然というととても保存がいい。着色は近年のものだろうが。
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P4300468 posted by (C)オトジマ

ありがたい神社であった。宮司からいろいろお話も聞けた。これは安楽山宮神社といって、同じ町内にある田ノ浦山宮神社とセットになっているらしいが、そこまでは行く時間がなかった。
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P4300472 posted by (C)オトジマ

安楽社からしばらく行くと、志布志の街中に宝満寺がある。全然予備知識はないので何が有難いのやらサッパリ知らない。
駐車場にテントがいっぱい。なにごと???
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P4300520 posted by (C)オトジマ

舞台もしつらえてある。志布志お釈迦祭り? ははーん、いわゆる花祭りだな。釈迦の誕生日。それにしては盛大。
しかし、まったく人けがない。聞こうにもだれも見当たらない。
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P4300521 posted by (C)オトジマ

目をむくように豪華なアーチがある。
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P4300475 posted by (C)オトジマ

造花かと思ってよく見るとなんと生花。それも高価な花ばかり。
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境内の中にもすごい花の築山ができている。
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P4300481 posted by (C)オトジマ

花だけ見てもすごい財力だ。
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ポスターによれば前日がお釈迦祭りだったとか。藤の花で作ったアズマヤ。
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どこにも見事な花ばかりだが、全く見物人がいない。もったいない。
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奈良時代に創建されたという古刹。明治の廃仏毀釈で廃寺になったが昭和になってこの堂が再建されたという。
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P4300478 posted by (C)オトジマ

本来の堂宇は廃仏毀釈でなくなっているのが残念。明治新政府はアフガニスタンのタリバン同様に文化財の価値を知らない野蛮な政府であった。その本拠地がここ薩摩・大隅であった。岡倉天心やフェノロサがいなかったらもっとひどいことになっていただろう。全国の城がほとんど壊されたのも返す返すも残念だ。
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P4300485 posted by (C)オトジマ

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ちょっとした庭園があり、池の上の巨岩を抱くようにクスの巨木が生えている。
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P4300514 posted by (C)オトジマ

岸壁に何やら祠があるが、立ち入り禁止。崩落のおそれがある。
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P4300518 posted by (C)オトジマ

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池にはレンガの太鼓橋。珍しい。
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P4300516 posted by (C)オトジマ

山頭火の句碑がある。どこでもあるなぁ。弘法大師みたいな人だ。昭和5年にここらを歩いている。
家をもたない 秋が ふかうなった   山頭火
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P4300506 posted by (C)オトジマ

思わぬところでお釈迦様の思し召しで美しい花を見れたありがたい寺であった。
プロフィール

トトロのとなり

Author:トトロのとなり
現在トトロのとなりの門川町に住む。
日豊地域での見聞を中心に徒然を記す。
お金がないので遠くには行けない。
お金がないのでグルメ記事はなし。

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